/おねえさんの好きなもの





 わたしのKAITOお兄さんは、アイスクリームが大好きです。

 普通のシュガーコーンも大好きだし、ワッフルコーンなんかを買うときはちょっと目がキラキラしています。お兄さんがこっそりハーゲンダッツの情報ページをブックマークしてるってこと、わたし、知ってます。アメリカ映画を見るときに、1パイントのパッケージを包丁(向こうだとナイフって言うのかなあ)を真っ二つに切って、それをスプーンですくってそのまま食べてるのを羨望の目で見てるってこと、私も知ってます。
 VOCALOIDの日々って、いろんな苦労と隣り合わせです。私なんかも、いろんな歌をいっぱい歌って疲れたときは、ネギを食べてストレス解消です。カイトお兄さんだって疲れたときにはWebショップでハーゲンダッツの限定モデルの豪華なドルチェを買って自分を慰めてます。

 でも… MEIKOお姉さんだけは、何が好きなのか、私にはよく分かりません。
 歌いすぎて疲れたとき、なんだかやなことがあったとき、メイコお姉さんは何を食べてストレス解消してるんでしょうか?




「えー、私の好物ぅー?」
「はいー。メイコお姉さん、くたびれたときって、何が欲しくなりますか?」
 わたしがそうやって聞いたとき、お姉さんは、なんとも困った風に首を傾げました。
 カメリアレッドのツーピース、くびれたおなかのおへそが見える衣装は、デザインそのものはかなりシンプルですが、メイコお姉さんはスタイルがいいのでよく映えます。いいなあ。わたしなんて、どこもかしこもつるぺったんなのに。
 わたしがそんな風に思っていると、しばらく「んー」と下唇に人差し指をあてていたメイコお姉さんは、にやっ、となんだか変な風に笑いました。
「そうねぇ、私の場合、やっぱアレかな。ワンカップ!」
「わんかっぷ?」
「そ、ワンカップ。命の水。世界一おいしいガソリンね」
 ―――なんだか意味がよくわかりませんでした。
 それは私たちはVOCALOIDで、ふつうの人間とおんなじ意味での物を食べて生きてたりしませんけど(私だって、動力源は電気です)、別にガソリンなんていらないと思うんですけど。わたしが困ってると、お姉さんはうきうきと立ち上がって、「ミクちゃんちょっと待ってててね」とわたしに言います。ひらひらと真っ赤なスカルプの爪を振って。
「ちょうどいいわぁ。いいチャンスだし、ミクちゃんにも教えてあげる。しかもアレね、ケイトの作ってくれる焼きネギに良く合うんだから」
「ほんとですか!?」
 ケイトお兄さんがたまに作ってくれる焼きネギはすごく美味しいです。生のネギをかじってる私を見かねたんだと思うけど、フライパンにゴマ油をたらしてじっくり焼き後をつけて、ニンニクしょうゆをたらして食べる焼きネギってすごく美味しい。中はトロっとしてて、外はパリっとしてて、生よりずうっと美味しいんです。ネギの食べ方だと、わたしには、生の次にお気に入りです。あと、鳥の手羽といっしょにスープにしたネギも、ものすごく美味しいんですけど。
「待っててねぇ、すぐに買ってくるから」
「はぁい…?」
 うきうきと出て行ったメイコお姉さんの後姿を、私は、首をかしげながら見送りました。



 …お姉さんの買ってきてくれた《ワンカップ》は、なんだか、透明なガラスのコップにはいった、お水みたいなものでした。
「メイコお姉さん、これ、お水ですか?」
「うんうん、命の水ってやつねー」
 ソファにどっかり座ったお姉さんは、ぱきっ、と気持ちのいい音を立てて《わんかっぷ》を開けました。そのままごくごく中身を飲んで、「ぷはぁっ!」と気持ちよさそうに声を上げます。
「あー、きくぅーっ!」
「???」
 なんだか、すごくおいしそうだなぁって風には、わたしだって思いましたけど…
「ミクちゃん、飲んで飲んでー! ミクちゃん、いちばん働いてるんだし、これくらいのストレス解消は許されないとね」
 脚を組んでごくごく《わんかっぷ》を飲みながら、お姉さんはうれしそうに言います。わたしはしばらく《わんかっぷ》を見ました。《鬼殺し》って書いてあります。鬼殺し… なんだか怖そうな名前です。
 でも、私は、思い切って《わんかっぷ》の蓋をあけてみます。やっぱり、パキッ、っていういい音がしました。蓋はアルミで出来てたみたいでした。
 口をつけて、思い切って――― ごくん、と一口飲んでみます。
 その瞬間、喉の奥に、火がつきました。
「!!!????!!??」
 眼を白黒させながら、私はむせかえります。ツーン、と脳天に突き抜ける刺激。おなかの中に入ってカッと熱くなる感触。なにこれ!? 口を押さえてじたばたしてるわたしに、お姉さんが、「あれぇ?」と小首を傾げました。
「んー、ミクちゃんにはちょっと刺激が強かったかなぁ?」
 なにこれ、なにこれ、なにこれ!?
 吐き出すわけにもいかず、かといって口いっぱい飲んでしまった《わんかっぷ》にわたしは眼を白黒させてしまいます。ネギよりずっと強烈でした。なにこれ!? 涙眼になりながら必死で飲み下すと、お姉さんが、ニヤニヤしながらソファの上からわたしを見ていました。
「どう、ミクちゃん?」
「こ…… れ…… なんなんですかっ!?」
「だから、《わんかっぷ》」
「ど、毒!?」
 そんなわけないじゃない、とお姉さんが呆れ声を上げます。
「お酒よ、お酒。ワンカップの日本酒。見たことなかったの? ミクちゃん」
 お酒、OSAKE。
 そりゃ、知識くらいはあります。飲んで飲んで飲まれて飲んで、なんて歌だって歌ったことあります。でも、お酒って、飲んだらふわあっとして幸せな気持ちになって、泣いたり笑ったりするものじゃなかったの? これじゃ、まるで火でも飲まされてるみたいじゃないですか!
 わたしが眼を白黒させてるのをみながら、お姉さんは、ちょっとあきれたような顔で、またひとくち《わんかっぷ》を飲みます。お姉さんはすごくおいしそうに飲んでるのに… ちょっと涙が出そうなくらいでした。
 しかも、なんだか、変なのです。
 頭がぼーっとして、周りがふわふわしてくるんです。
「ありゃ」
 そんなわたしをみていたお姉さんが、ちょっとだけ、困ったように小首を傾げました。
「たった一口なのに… ミクちゃん、そんなにアルコールに弱かったの?」
 そんなの、知るわけ無いです。私は16歳ってことになってるんだから、そもそも、お酒を飲んでいいはずが無いんです。
「ひどいです、お姉さん…」
 涙眼で言う私に、お姉さんは、「そんなつもりじゃなかったんだけどなぁ」と困り顔をしました。立ち上がって、わたしの足元に転がっていたワンカップをテーブルの上に避けてくれました。さもないと、つまづいて倒しちゃいそうでしたから。
「ストレス解消にはいちばんだから、ミクちゃんにはいいと思ったんだけどなぁ。大丈夫?」
「だいじょうぶじゃないですぅ… まずいです…」
「生ネギよりマシじゃないの」
「長ネギのほうが美味しいですっ!!」
 このままだと、《味を覚えろ》とか言われて、むりやり続きをのまされかねません。わたしはあわててお姉さんの手を振り払い、逃げ出しました。「おいしいのにぃー」という未練っぽい声が後ろからおっかけてきましたが、そんなの、わたしの知ったことじゃありませんでした。



 数日後、スタジオの控え室でわたしはKAITOお兄さんにその話をしました。お兄さんは苦笑しながらわたしの頭を撫でてくれました。「姉さんは、シリーズで唯一の成人だからなぁ」と言います。
「例外もあるけど、たいていの大人ってのはお酒が好きらしいよ。ストレス解消になるっていうし」
「でもまずかったです……」
「ミクはまだ16だからね」
 わたしは、VOCALOID01初音ミクは、設定年齢16歳です。何年たっても16歳で、わたしはずうっとそれよりも年を取ることがありません。でも、あんなものを飲まされるくらいだったら、16歳のままでぜんぜんいい、とわたしは思いました。
「…ところで、お兄さん、そのアイスってなんですか?」
「ああ、これ? くらげアイス。ちょっとBlogで見かけたから、取り寄せてみたんだけど」
 ケイトお兄さんが見せてくれるパッケージには、デフォルメされたくらげが浮かんでます。わたしは「ひとくち下さい」と手を突き出しました。
「あ? えー… くらげのアイスだけど?」
「いいです。《わんかっぷ》よりマシです」
 やっぱり、わたしにはMEIKOお姉さんの趣味が、わかりません。ネギを振り回しながら歌ってるほうがわたしに合ってるとおもいます。
 やさしいお兄さんは、わたしにプラスチックのスプーンをくれました。わたしはカチカチのくらげアイスをスプーンでぐさぐさ刺して、半ばやけくそな気持ちで一口分を掬い取ろうとします。お兄さんは苦笑しながらわたしをみてます。


 そんなこんなが、わたしたちの日常です。






ぼかろ初SS。
姉さんは酒好きで決定か… しかもワンカップってのが渋いです。ちょっとづついろいろ飲みたいのか、それとも安さ命なのか。どっちなんだ姉さん。



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