プレミアム登録の罠と眠れないKAITO いかん。 蝉が鳴いている… 朝だ。 「まだ起きてたんですか… 匿さん…」 地の底から這い上がるような低い声がする。レンだった。今井さんとは思えないくらいの声… 正直、亜美や真美と同一人物とは思えない。声優さんってすごい。 「そういう問題じゃないでしょ。徹夜したんですか」 「ああ… これから寝る」 「一言言ってもいい?」 「なんだ?」 「人間って、ダメになろうと思えば、どこまででもダメになれるんですね」 ―――想像以上にキツかった。 思わず床に沈没する俺と、眠くてはれぼったい目を擦りながらおきあがってくるレン。付き合ってくれるだけ親切だと言えるだろうか。そういえば、居間のDVDには昔買ってきた新ビックリマンのボックスが入れっぱなしだった。 「んぁあ〜」 「結局、床で寝ちゃったよ…」 「うむ、済まん」 「体痛いし、もう正直勘弁してくださいよ。その上、昨日はミク姉ちゃんの誕生日だったのに、徹夜してアイマスの動画見てるとか」 「面目ない…」 「コーヒー牛乳、氷入れます?」 「うん。ちょっと薄くてもいいから冷たいのがいい」 「じゃ、バナナも冷凍庫入れときます。電源落としたら喰えるくらい冷えてますから」 レンきゅんのショタメイドマジサイコー。 電源を落として、洗面所にいって顔を洗って、ついでに目薬も差した。昨日は久しぶりに遠出をしたが、帰ってきたら徹夜でニコニコときたら生活パターンは完全にぐちゃぐちゃだ。頭は重いし肩は痛い。自業自得なので誰も責められない。 「あーマジ人間って働かないと堕落するわー…」 「せめて、ボカロの調教でもしたらいいんじゃないんですか?」 「いや絶対無理。今日いろいろ動画とか見てたけど、あれは絶対に無理だから。シーケンサってなんなのかもわかんないから」 ぺたぺた歩いてきたレンが、どん、と繊細さのカケラもない手つきでマグカップを目の前に置いてくれる。コーヒー牛乳を啜り、冷やしたバナナをかじる。レンも横でもこもことバナナをかじる。 「匿さん、繊細な作業とかそーゆーのは?」 「割と得意だけどなぁ」 「持続する作業は」 「無理」 「…じゃあ、ミク姉ちゃんっすかね。いちばん素直だから」 「あー」 そんな話を聞いていて、ふと、思い出した。 「そういやさレン、KAITOってどういうやつ?」 「んぅ?」 バナナを食べたまま、レンが眼をきょとんとまたたく。ほっぺたの片方にバナナをためたまま、しばらくもぐもぐと考えていた。やがて、ごっくんと飲み下す。 「一言で言うと、バカじゃないっすかね」 「…情け容赦のカケラもないな」 「ニコニコ百科事典とか見てくださいよ。絶対にそう書いてあるから」 まあ、いわれた通りなんだけどさ… それでもあきらめきれないでipodをいじってみる。”オールドラジオ”は名曲だよな。あと”哀歌”と”天の河殺人事件”もリピード決定だ。 「くそーちくしょーうちにもKAITO兄さんお迎えしようかな。おはようからおやすみまで見守られてみてーよ」 「なんでわざわざKAITO兄さん…」 「KAIKOはちひゃーに似てるんだよ。ちひゃ可愛いよちひゃ」 「ダメだこの人」 ちひゃ=如月千早。どっちかっていうとボカロ界隈だと、兄さんの神調教こと”蒼い鳥”のほうが有名かな… ぶっちゃけ実は千早本人よりも上手く聞こえることすらある。あれはすごい。 「言っとくっすけどねー」 はあ、とため息をついて、レンがちゃぶ台に頬杖をついた。 「ああいう風にKAITO兄ちゃんが出来る相手って限られてるっすから。ていうか、匿さん無理だから」 「なんだよ。俺のどこが悪いんだよ」 「胸に手を当てて考えてみたら?」 レンが指を左右にゆらす。窓の外を指した。 「おとといから今朝までの日程を考えてみろよ、日程を。一回でも”おはよう”とか”おやすみ”がいえる生活おくってたっすか?」 おもわず、考えてしまった。 …ぐうの音も出ない。 ばったりと前に倒れる俺に、レンがため息をつく。自分用のカップのコーヒー牛乳をごくごくと飲む。 「ボカロでもなんでもね、大事にしてもらおうとおもったらそれなりの甲斐性ってもんが必要なんですよ、甲斐性が。せっかくプレミアムになったんだから、エコノミー云々って言い訳はもう無理でしょうが」 「お前は俺の母ちゃんか」 「それにだけはなりたくないっすね。他の何がどーこーと言われても」 レンさんいちいち辛らつです。 俺たちがなんやかんやと言っていると、「んむー…」とかなんとかうめき声が聞こえてくる。もそもそ動いていた毛布の下から、ぴょん、と金髪の先っぽが見えた。リンだった。拳で眼をごしごしとこすってから、周りを見渡す。何時なのか、ここがどこなのかもよく分かってない様子。 「あれ、レンー。朝ごはんー?」 「まだ寝ててもいいのに」 「ますたーはどこー? ミク姉のケーキはあ?」 ダメだな、こりゃ。 レンにじと目で見られて、俺はがりがりと頭を掻いた。手を伸ばして近くにころがっていた財布を見つけ出し、中身を確かめる。正直食欲なんぞカケラもない。双子と一緒に喰っても二人前で足りるだろう。 「ケーキはない。マスターもいない。朝飯はこれから喰いにいくけど、リンもくるか?」 「ふぇ…?」 近所のデニーズのモーニングセット。意外と美味い。これが、洒落にならんのだ。 やれやれ、とレンがまたため息をついた。リンの上から毛布をひっぺがし、ぼさぼさになった髪の毛をひっぱる。リンが顔をしかめる。 「ここで食べないと今日は飯抜きだってさ」 「…ええ? 嘘っ、なにそれ。聞いてないよっ?」 そりゃ、今考えたんだし。 あわてて起き上がり、服を脱ごうとして、すぐに回りに気付いて、「出てってよね!」と怒鳴られる。なんだかもうよくわかんないが追い出された。廊下に出たレンは、Tシャツの襟をひっぱりながらおおあくびをする。 「とりあえず、どっちか選んでみたら? KAITO兄ちゃんのいる規則正しい生活と、兄ちゃんがいないかわりに堕落しきっててどーしよーもない生活」 「…それ、選択肢として成立してんのか?」 「でも、いなかったらこうやって徹夜明けからデニーズとかいけるし」 まあ、そうだけどさ。 ブラないよーとリンがわめいている。無くても同じだろーとレンに言われて何かわめきかえしている。俺はのそのそと洗面所に入って顔を洗う。そしてふと鏡を見る。我ながら冴えないにもほどがある顔つき。 …うん、これをKAITOには見せらんないな… あきらめよう。 はあ、とため息をついて水を流した。外だと9月の初日の蝉が、なんだか健気な感じで鳴いていた。 どの程度実話かは秘密(´・ω・`) ←back |