千秋一夜
【MEIKO無双】




 虎は、一日に千里を駆けるという。
《…それゆえに、死して虎となり、己が約定のために千里をかけた武者がいるというけれど》
 ゆえに、虎は一日に千騎を狩ける、という。
 ならば、女は虎だ。ただ一騎で千騎を狩る。
《あたしは死なない。生きたまま虎になり、生きたまま、あの人へたどりついてみせる》
 霧のようにまとわりつく睦月の雨が、笠をしとどに濡らし、そして、しずくとなって顎からしたたった。緋色の椿が狂い咲き、むせるように薫りたった。ぽたり、とまた音がした。朽ちかけた笠の下からひかるような眼が覗いた。野太刀の柄ごしらえは、いっそ実用本位で無骨である。ただ封印のごとく結びをかけた打ちひもが紅く、藍の錆びかけた着物の上には簡素な当世具足を纏っている。
 小作りな姿である。ただ、その太刀だけが異様なほどに巨きい。小姓が荒武者の太刀を運ぶか、とも見ゆる姿である。だが、そのような錯覚に惑わされたものは、真実を悟るよりも先に息絶えてあろう。
 女、であった。
 荒武者、であった。
 人ではなく虎、それも返り血に染まった紅虎――― とその名を呼ばれる、この戦国にあって当世きってと呼ばれる剣客であった。
 真の名は、メイコと言う。今はその名を呼ぶものも無い。
 大作りの野太刀”べにとら”の名、その身を染める真紅の返り血。
 その二つをもって呼ばれるが、”冥途の虎”の名であった。


 待つこと、どれほどか。
 ―――ざん、ざん、と足音が聞こえてくる。女の顎からしずくが落ちた。顔を上げ、笠の下から峠を見下ろすと、眼下を一群れの兵が行くのが見えた。騎馬が30ほど、徒歩はその倍ほどか。小勢である。だが、その中心にひときわ目立つ騎馬の姿が見えた。おそらくは将兵であろう。己が見定めた勢である、と女は見定めた。
 ゆっくりと立ち上がる。雨を吸ったわらじが、地面に落ちた椿を踏みつけた。 
 先触れの兵が十ほど、峠を登ってくる。女は道の中心に立ちふさがった。己の太刀を鞘のまま抜き、道へと突き立てる―――

「止まれッ!」

 一喝に答えて、先触れの兵が足を止めた。腰に刀を佩いた、おそらくは武者と見える男が、驚いたようにこちらを見る。女は泰然として動かない。
「何やつ。我が方を何者と知ってのことか」
「当たり前だろう」
 女は、傲然と顎をそびやかした。
「戦好みの若武者殿に媚びて、わずかばかりの城でも得んと目論みし愚かな小物の軍勢よ。このような雨の日を選んで参上せんとは、ぬれねずみの哀れな姿を毘沙門天どのにさらしたいと見える」
「―――そなた、何者? わが殿を愚弄するか!」
 男は、鞘を払った。女を小者と見て切り捨てる心積もりなのであろう。そのまま徒歩にてこちらへと迫ってくる。女は、ニィ、と笑った。粗末なしつらえでも隠せないほど紅いくちびるが、三日月のように、あでやかな笑みを浮かべた。
「無礼者、露払いに切り捨ててくれるわ!」
 構えた刀が、曇天にきらめいた。そのままに切りつけてくる。ゆるり、と女は動いた。鞘のままの野太刀。抜きもしないままに。
 刀を抜くことなく、ふっ、と視界から姿を消した女に、男は一瞬目標を見失った。ばさり、と濡れた笠がかかってくる。男は、とっさにそれを刀で払っていた。だが。
 振り下ろされたその刀の先端を。
 ましらのごとく跳躍した女の足が、《踏みつけて》いた。
「―――ッ!?」
 次の瞬間、引き絞った弓を弾く速さで、女の足が跳ね上がる。そのつま先が男の顎にめり込んだ。ごり、と音を立て、顎が砕けた。
「う…ぐぉッ!?」
「脆いッ!」
 顔を打たれた人間は、反射的に前へとのめるもの。女の動きは、正確にそれを心得ていた。ほとんど呆然とした周りの兵たちが動けぬ暇に、女の手は、湿った土につきたてられていた野太刀を掴んでいた。見る間に抜かれる四尺七寸。こしらえの丈は男の身の丈ほどもある。
 それが。
 跪くがごとく地にふせた武者の背中へと、振り下ろされた。
 血が、しぶいた。
「ろ、狼藉者じゃ! 備えよッ!」
 先触れの兵が音声をあげた。うろたえたか足取りはそろわない。女は、一寸の容赦すらもしなかった。半ば己の重みをつかって振り回すようにして、身の丈ほどもある野太刀を、横薙ぎに払ったのだ。
 首が、血が、はらわたが、散る。
「ば、ばけも―――」
「ハッ、知れたことを!」
 断末魔の叫びを踏み越えて、女は、踏み出した。下る勾配を一寸の迷いすらもなく駆け下りる。虎の吼えるがごとき音声を、気合と共に放ちながら。
 野太刀は、本来、騎兵のための太刀である―――
 騎馬の上よりふりかざし、力任せに騎馬を断つ。いわば、武者と武者の一騎打ちのための刀である。男の身の丈ほどもある長さもあろう、だが、その重さは並みの男であっては自由に扱うことすらも叶わない。
「な、何ヤツじゃ、あれは!?」
 それを、女は、自在に操る。
 否、己の身の一部のように、”使う”。
 軽い具足に身一つ。野党にも劣るような姿の女は、まずもって想像を超えたようなその姿で、まっすぐに、軍勢へと向かってつっこんできたのだ。
 浮き足立った兵たちが槍を構えるも、槍衾とすることもかなわぬ。咆哮と共に薙がれた一閃が長い槍をへしおった。そのまま跳躍した足が兵の頭を蹴り砕き、さらに、己の太刀を足場とした一跳びが兵の群れを超えた。背後から一薙ぎにされ、まるで紙のように簡単にちりぢりに千切られていく兵たち。
「お、鬼じゃ、鬼が出た!」
「鬼……? ハッ!」
 腰を抜かした小兵のひとりがあげた悲鳴に、女は、嘲笑をもって答えた。頭から真っ赤に染まったその姿。その凄惨さよりもなお鮮やかな笑みで、女は、高らかに言い放つ。
「あたしは鬼ではない。あたしは虎だ。それも、生き胆を喰ってこの身を養う、畜生ごしらえの人喰い虎よッ!!」
 ひと――― ではない。
 女はゆくてを阻む雑兵を軽々と片付けると、さらに一歩踏み込んだ。すでに将は目の前。女は、野太刀を振り上げた。武者は、「ひ……!」と悲鳴をあげる。
 鈍い音と共に、鮮血が、しぶいた。
 振り切った野太刀が、鈍い色の軌跡で雨を薙ぎ払った。刀を振り切って、足を止める。馬の首が斜めにずれ、そして、地面へと落ちた。
 将を乗せたまま、首をなくした馬がくずれおちる。すでに修羅を見んばかりの恐怖に凍りついた武者の前で、女は、勢いよく地面へと野太刀をつきたてた。馬の首をたやすく貫き、刀は、柱のごとくに地へと立つ。
 女は、息を吐いた。周囲を睥睨する。すでに息絶えたもの、立つ意思すらも失せたもの。己にはむかうものは1人とて残らぬと見て、言い放った。
「貴様らのうち、まだ生きる気があるのなら、この言葉を伝えるがいい」
 ―――夫子曰く、小子之を識せ、苛政は虎よりも猛なり。
「ただびとのごとくでは、斬る価値もないわ。ならば私は苛政とやらを相手取るのみ。ここより先は畜生道。民草を喰らって肥え太った侍なら、いくらでも相手取ってやろうぞ!」
 放つ声は虎の咆哮のごとく。だが、その音声はとうてい虎のものではない。女、それも、艶やかなこと紅のごとき乙女のものである。
 生き残った者たちは見た。身の丈ほどもある野太刀を持ちながら、膚は凝脂、いやさ、白玉のごとく、獰猛な笑みを刻んだ唇の朱さは紅椿のごとき佳人の姿を。
「な…… 何やつじゃ、貴様……?」
 言葉の通りに言うのならば、おそらくは、このあたりの水飲み百姓にでも買われた野武士のたぐい。
 だが、その姿の異様なまでの艶やかさは、とうてい並みの荒武者とは見えぬ。巴御前もかくやの姫武将である。女は、唇を釣り上げ、獰猛に、また、嫣然と笑んだ。
「まだ分からないの? 何度も言ってやってるのに」
 あたしは、虎だ。
「あたしは人の姿をした虎、冥途の虎よ。ゆえに―――」
 嗤う、嗤う。真紅の佳人。一騎で千騎を狩る姫武者が。
「―――この峠の椿の樹、これを越えるものがおろうものならすべて喰う。よって、ここを死線と心得よ!」
 
 




【千秋一夜】:http://www.nicovideo.jp/watch/sm4623583

わが最愛の神芝居師、ササキ氏がMEIKO無双のPVを作ってくれました。
これは…伸びる!
奈津魅Pもササキ氏もいまいち評価されていない気がしていたので、こういう風にコラボってくれると嬉しいなあ。ということでメイコ無双でSS支援。
というか最近ふえてますねVOCALOID戦国入り。がくぽ参戦のおかげか。
ひたすら無双してるだけでストーリーがねえぞ、姉さん…(´・ω・`)
でも姉さんはひたすら剛剣が似合うと思います。薩摩示現流みたいな。格闘+ポールウェポン。防御は捨てる。ひたすら男らしいぞ…姉さん…




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