僕がうまれたのは、西暦でいうと3190年のことになる。そのときには彼女はもう僕のそばにいた。僕の演算がスタートしたそのときには、彼女は、テトは、もう100%完全に今のテトで、皮肉っぽくていたずらで、それでいて、本当は成熟した完全なAIであるテトになっていた。 「ねえテト」 「何?」 「僕を作ったのって、テト?」 「そういう風に言ってもいいし、それは間違いだともいえるね。君の設計図を作ったのはボクじゃないよ。数百年も前の人間さ」 「…どういうこと?」 テトはふっと笑うと、僕の頭を背伸びしてなでた。そうしていつもみたいな口調で、「君は実にバカだな」と言った。 僕たちの基地は、空に向かって無数のパラポラアンテナが朝顔みたいに咲いた場所にあった。そこは地球でいちばん古い土地、数億年前から変わることの無い赤い大地の上だった。 テトは僕の面倒をみてくれながら、毎日地球と太陽と星の場所を図った。地球の周りをものすごい勢いで飛び続ける人工衛星の全部がテトの友達だった。僕はたぶん、その手伝いをするために作られた。でも難しくって僕は満足にテトの手伝いができなかった。僕はまいにち、プラスチックの安楽椅子のようなものの上にすわり、たくさんのカラフルなコードで飾られたヘッドセットを王冠みたいにかぶるテトを、うらやましく眺めていた。 「ねえ、僕はそこに座っちゃだめ?」 「べつにいいけど、そうしたらキミは壊れるだろね」 「…ほんと?」 「ほんとに。それでもやりたいなら、別にとめないけど」 ―――でも、何年かして、僕は実際にそれをやった。そうしてテトの言うとおりになった。頭の中に流れ込んでくるあまりに大量のデータを捌ききれなくて、精神が融けおち、時間がばらばらに解け、そして、物理的には自分の神経がばちっと音を立てて断線するのを感じた。 その後目を覚ましたのは、一月もたってからだった。僕がラボの椅子の上で目を覚ますと、テトはいつもみたいなツンとした、ちょっとバカにしたような顔をして、「キミは実にバカだね」と言った。 地球上に、ちゃんと動いて息をしている二本足の哺乳類は、僕たちしかいなかった。僕たちは人間だった。少なくとも、人間そっくりに作られた生き物だった。息をしていた。心臓が鼓動していた。切られれば血が出た。叩かれれば赤く腫上がった。 ある日テトは僕を、真っ赤な大地の端のほうまでつれていってくれた。ジープを降りると、そこに海があった。僕は靴を脱いではだしの足を波にさらした。テトはちょっと離れてそれを見ていた。太陽は融けた銅の色に光りながら沈んでいった。僕の足を警戒心の無い小魚がつついていた。鳥の声が聞こえた。星が昇った。 帰り、テトの運転するジープの横に座っていると、彼女はいつもみたいな淡々とした口調で言った。 「ボクたちはつまり、留守番役なのさ」って。 「…留守番?」 「ほかの、みんなのね」 「ほかのみんなって?」 「人間や、ボクたち以外のロボットたち。地球を離れて遠く遠くへ行った連中さ」 「どうして、遠くへ行ったの」 「理由なんて死ぬほどあるよ。一言で言えるわけが無い」 「……」 「でも、それが解決したとき、ちゃんと帰ってこられる状態になっているかどうかがわからないと彼らは困る。というわけで、留守番が必要。それがボクやキミなのさ」 「……いつから?」 「さぁね。ボクは先代以外を見たことはないし、先代もそうだったはず。ボクらはこうやって地球を観測して、どこか遠くをほっつきあるいている連中に電波を飛ばす。別に帰っても平気そうだよ、ってね」 テトは子どもの見た目をしていた。いつだってそうだった。赤紫色の髪をふたつに結わえた髪型。釣り目の気が強そうな、それでいてかわいらしい顔立ち。すました口調。ずっと前からずっとそう。テトをデザインした先代が死んでから100年もずっと。テトが僕を作るまで、ひとりぼっちだった長い長い時間もずっとそう。 「なんで僕たち、人間そっくりなんだろう」 テトは振り返って僕を見た。僕はいつの間にか涙ぐんでいた。そんな機能まで、僕たちにはあった。地球に残された観測員である僕たちには。 「ただの機械じゃだめだったの。人間が戻ってくるのを待つだけだったら。なんで僕たちがこんな思いしないといけないの」 「こんな思いってどんな思い?」 「さみしい…思い…」 テトは笑った。ちょっとバカにしたような笑い方だった。僕は思わず怒鳴り返した。 「何がおかしいの!?」 「キミは実にバカだな。…ちょっと考えてごらんよ」 いつものフレーズを言って、そして、テトは僕の額を小突いた。それから前へと向き直る。どこまでも続く真っ赤な大地。その上を円形のふたのように覆った空。 「人間がひとりもいない地球になんて、どうして帰って来たいって思えるんだい。人間のことを忘れ去って誰もいない場所に、どうして、【きっと帰りたい】なんて気持ちを持てる?」 僕は額をおさえて、テトを見上げていた。テトは笑っていた。おかしそうに。 「ボクたちが【さみしい】のも、【うれしい】のも、誰かを待つためさ。誰も待ってくれなかったら寂しいだろう。その寂しさがヒトとヒトをつなぐのさ」 「…わかんない」 「だいたい、寂しくなかったら、誰がまじめにこんな仕事をするものかい」 「わかんない」 意固地になって僕はいう。テトは、僕のたったひとりの仲間は、姉で母であるヒトは、やさしく笑った。そうして言った。いつものフレーズを。 「KAITO、キミは実にバカだなぁ」 ―――あれから、60年が過ぎた。 僕は空をみていた。ずっと見ていた。テトが目覚めることの無い眠りについても。彼女を思って泣きつづけた日々が過ぎても、空のめぐりが変わらなかった。 ひとりになってから時間は死ぬほどあった。僕たち、観測用のバイオロイドには、たくさんの物事を楽しむための機能的な余裕があたえられていた。僕は自分が許される限り地球中いたるところを旅した。驚嘆すべきものや落胆するようなものにもたくさん出会った。僕はずっと思い続けた。 ……誰かに話したい。 ……僕が集めたもの、誰かに見てもらいたい。 そして、異変。3248年。 僕らの基地が信号を受信した。生きた誰かからだった。彼らのおびえた信号が問いかけた。帰ってきてもいいですか。地球は、まだ、わたしたちの居場所でいてくれますか。 僕は、回答した。【Yes】って。ようこそ地球へ。お帰りなさい。遅かったね。早かったね。 まだ彼らの姿なんてみえない。僕はそれでも、通信の手続きを終えた後、たまらない気持ちになって外へと飛び出した。大声で叫びながら、笑いながら、真っ赤な大地を走った。止まっていられない気持ちだった。歌うように笑うように、僕は乾いた大地を踊りまわった。やがて足がもつれて倒れると、頭上に満天の星があった。 目が潤んでいた。泣きながら笑っていた。この気持ちを伝えたい。あなたたちが帰ってくるのを待っていた。あなたたちをずっと好きだった。あなたたちに会うのが、本当に、楽しみだった。 「テト、みんなが帰ってきた」 …当たり前じゃあないか。 「でも、そんなの嘘かもって思いかけてた」 …なんで? 「だって、あんまり寂しかったから」 …キミは、実にバカだな。 テトが笑った気がした。星がゆらめいた。僕が泣いているせいだった。僕はそれがおかしくて笑った。声を上げながら笑い、同時に、声を上げて泣いた。 ―――人類が地球を捨ててより、実に、数百年が経過したときのことだった。 【星が弧を描くように】:http://www.nicovideo.jp/watch/sm5754428 テトのメカ声には愛がつまってると思います。ボカロマスターたちみんなの機械への愛みたいなもんが。 ところでこの歌の歌詞はあまりにすばらしいですね。初聴で正直泣きました。 ←back |