ミク姉からなんか泣きそうなメールが入ったのが今日の6時。文面は簡潔。『キャベ2と牛乳とおいしい塩、それからもろみ味噌を買ってきてください』 …おいしい塩って何なの?? とりあえずあたしはそのまま文面をレンに転送した。それから曲の調整に戻って、その後、コロリとそのメールのことを忘れてしまった。なので、晩ご飯の時間になって、がく兄の家臣の人が串かつを食べさせてくれるという話にあっさり食いついて、晩ご飯をおごってもらうことにした。 だって、おいしいじゃん、串かつ。あつあつだし。 会社帰りのおじさんばっかりの飲み屋だと、14歳の女の子は入り口で立ち入り断られてしまいそうだ。あたしはリボンを外して首に結びなおし、ちょっぴり少年っぽい感じに髪の毛を後ろになでつけた。がく兄もその辺はばっちり分かってる。 「お客様ぁ、未成年の女の子の連れ込みはちょっとー」 「くどいことを抜かすな。これはわしの念弟じゃ」 ……念弟って何? まあいいや。 店員さんはなんかドン引きしてたけど、それで通してくれることにしたらしい。 ってな感じで座敷に上げてもらって、あたしはオレンジジュースを頼んだ。がく兄が上座に座ると、揚げたての串かつがバンバン運ばれてくる。がく兄はまずはお酒のほうがよかったらしく、あたしが食べたい味のやつはバンバンゆずってくれた。これだからがく兄は話せる。 両方のほっぺたにうずらの卵をいれてもぐもぐしてると、がく兄がふと、お銚子を見てて何か思いついたみたいだった。「のう」と尋ねてくる。 「のう、リン。メイコ殿は近頃どうしておるのじゃ?」 「ふぐ?」 もぐもぐしてて返事が出ない。がく兄はお銚子をひっくり返しながら、首をかしげた。 「メイコ殿のことを言うたらの、是非にでも手合わせをと言うやつばらがおっての」 「手あわふぇ?」 「何も敵妓(あいかた)に侍らせようという話ではなかろうよ。メイコ殿はあのような上臈に見えて、とんだ娘金時ゆえにな」 「がくふぃー……」 ……もぐもぐ、ごっくん。 「がくにー、言葉が古くてわかんない」 「りん殿、お館様にの、メイコどののような美人と仲良うしたい、と言うてきたものがおりましてな」 苦笑しながら家臣の人が通訳をしてくれた。がく兄は「大儀じゃ」と言ってその人にお銚子を差し出す。「はっ、お流れありがたく」とその人はお酒を注いで貰う。何の会話なんだろ。 「んーとね、メイねーはお誕生日会が終わったから今暇なんじゃない? 誘ったら来てくれると思うけど。美味しいお酒があったら。…あ」 さけ串かつを口にほうばりかけて、あたしは手を止めた。 「無理か。今、メイ姉、家を出らんない」 「ほう、何故じゃ」 「お誕生日にもらったプレゼントが家にいっぱいあるの。ナマモノが多いから早く食べないと痛んじゃうかもしれないんだってさ。だからしばらくは家にすぐ帰るって」 「ほう、ナマモノと申しますと、ケーキなどでございましょうかな」 「メイ姉はケーキとか食べないよ。フルーツケーキとかは食べるかもだけどさ」 ぱくっ、もぐもぐ。 「あまふぃタベモノふぁー、かいふぃーのこうぶつだけふぉ」 「メイコ殿は辛党じゃ。ケーキだのなんだのいう南蛮菓子ならばカイト殿のほうであろう… とりんは言っておる」 「さようにございますか。坂東のおなごは違いますな」 首をひねりひねり家臣の人。もぐもぐしながらオレンジジュースを飲むあたし。一瓶からっぽになった。追加をお願いしようと座敷から手を出して店員さんを呼ぼうとする… と、その瞬間に携帯電話の着信履歴がチカチカしてるのに気付いた。何コレ。 留守電を聞いてみた。聞こえてきたのはレンの悲鳴だった。 【リンんんんんッ!! なんでかえって来ねぇんだよーッ!!】 「うわっ」 あたしは思わず電話を耳から遠ざけた。がく兄と家臣の人が眼をぱちくりさせる。 【オレ一人にメイコ姉ちゃんの相手させる気かぁ!? 無理だよ! カイト兄ちゃんとっくに潰されてるよ!!】 「つ、潰され… じゃと」 家臣の人がごくんと息を呑む。がく兄が複雑な顔になっていた。 【ちょっ、姉ちゃん、オレ未成ね… いやぁぁヤメテェ!! そこはダメェ!! ぱん…】 ぶちっ。 あたしの横から携帯を取り上げて、がく兄が留守電をぶちきった。 「あ、まだ聞いてるのにっ」 「りん、そなたはわしらと姉弟のどちらが大切じゃ?」 「えーっ、そういう質問はモテなくなるんだよーっ?」 「……。ならば、メイコ殿のナマモノと、揚げたての串かつのどちらを選ぶ?」 「串かつ!串かつ!!」 即答するあたし。ニコニコしながらあたしの頭を撫でるがく兄。なんかすごくビミョーな顔の家臣の人。 「その… 御館様。メイコ殿というのは、どのような方にございますか」 「このような女子じゃ」 がく兄はあたしの携帯の待ちうけを見せた。みんなで一緒にとったメイ姉の誕生日の写メだった。ちょっと照れつつもすごい笑顔のメイ姉。ほっぺたがほんのりピンク色。 「これはまた…」 「上臈であろ。だがの、このメイコ殿はとんだ娘金時での」 がく兄はしごく真面目な顔で言った。 「金時ならばまだ良いが、メイコ殿はまさかりも持たずに、熊と相撲をとってねじりきるような御仁での」 「そ… それは恐ろしい…」 「その上、うわばみじゃ」 「がくにー、家臣の人ー、何言ってるのかわかんない」 ぶーと膨れるあたし。がく兄が笑った。 「すまぬ、すまぬ。この茄子もやるから膨れるでない」 「やったぁ! ありがーがく兄ー!」 歓声を上げて串かつにかぶりつくあたし。すんごく複雑な顔で待ちうけを見ている家臣の人。ちょっと酔いかけてるのか着物をはだけながらお酒を舐めてるがく兄。 「これだけを見れば、弁財天のような美形と見えますがのう。酔芙蓉の風情にございますが」 「芙蓉ではなくうわばみじゃ」 「は……」 「その時にはの、一斗はすでに呑んでおったわ」 「……」 「りんの弟など、今日のつまみにぺろりじゃろうよ」 「……あまり、うらやましくないのは何故にございましょうか」 「そちが賢いからじゃ」 わかんないのがフツーだから、あたしはぜんぜん気にしないでエビ天をもぐもぐしてた。なんか帰らないほうがいいっぽい気配は分かったけど。 それにしても、ここの串かつって美味しい。途中で食べるように出してくれる生野菜も美味しい。スティックにんじんとかキュウリとか細いネギとか。 …ちょっとだけ可哀想になったなあ、ミク姉やレンにもお土産包んでもらったほうがいいのかな。 「あ」 そこであたしは、ようやく、メールを貰ってたことを思い出した。 「ねーがく兄。キャベツと牛乳と、あとお塩ともろ味噌って、どういうお土産チョイスなの?」 「…それはなんじゃ」 「買ってこいってミク姉に言われてたの忘れてた」 がく兄はちょっと黙った。家臣の人が黙って下のほうの人をちょいちょいと招いて、何かを耳打ちした。その人は外に出て行った。 「なになに?」 「なに、小者を薬屋に走らせただけよ」 「可哀想だよーパシりはー」 「後で褒美を取らせるゆえに良いのじゃ」 「なら、いっか」 なんかがく兄の言ってることがさっぱりわかんなかったけど、まぁいいや。食べてもまだまだおなかに入る。まだまだあたし、ガンガン食べて大きくならないと、メイ姉みたいになれないで、ミク姉みたいになっちゃう。 「りんは、メイコ殿の半分でいいがのう……」 「そなの?」 なんかがく兄は複雑だ。あたしはやっぱりわかんない。わかんないけどまあいいや。あたしはオレンジジュースを、ジョッキで飲み干した。 【新日本酒音頭】 http://www.nicovideo.jp/watch/sm5145082 この歌詞すごい、すごいけどなぜ作ったしw ←back |