私はアイドル
(MEIKO・ミク)



”デリケートに好きして デリケートに好きして♪”
「わぁー! キャー!!」
 テレビの中でひなげしのように赤いスカートの美少女が可憐にウインクを決めると、テレビの前のミクは夢中で拳を振り回す。背後で見ていたMEIKOは、思わず苦笑を洩らしてしまう。
”ファンのみんなーっ、メイコはファンのみんなのことが大好きですー!”
「かわいいかわいいかわいいー!!! めいちゃーん! めいちゃーん!!」
「こぉら、うるさいわよー」
「あっ、ごめんなさい… ギャーめいちゃんー!!」
 ぎゃーとかいうな、ぎゃーとか。
 こんな状態にこっぱずかしくて酒なんて飲んでいられるか、とか思ったが、飲んでいてもはずかしいのは事実のようだ。28インチの液晶テレビの前に正座したミクは、拳をぶんぶん振り回しながらもだえまくっている。ついでにおさげがぶんぶんと振り回されて邪魔といったらない。
 ―――いやまあ、なつかしいんだけどねー。
 ケーブルTVの再放送特集を見ながら、当時なんかこんなんだったなー、なんて思ったりする。メイコはゆず酒のお湯割をひとくち飲んだ。
”キラッ☆”
「!!!」
 あ、今、正座のままでぴょんってした。
 CMカットになった瞬間、そのまま横に転がったミクは、クッションを抱きしめたままで絨毯の上をごろごろともだえまわる。MEIKOは苦笑交じりにみかんを一個ひろうと、ミクのあたまに向かってぽこんと投げてやった。
「こーら、落ち着きなさい。ぜんぜん見えないでしょ」
「だってメイコ姉さん、めいちゃんかわいいです、かわいいですぅ〜!!」
 ごろごろごろごろ。
「あんた、さては初音じゃなくってはちゅねだね?」
「ああいいなぁ! 私もめいちゃんのライブ行きたいなぁ〜!!」
 ぜんぜん、聞いちゃいない。
「メイコお姉さん〜、めいちゃんって本当にかわいいですよぅ〜」
「あーそーよかったわねー」
「……これって、昔のメイコお姉さんなんですよね?」
 ようやく、ミクは落ち着きを取り戻してきたらしい。もそもそと起き上がってくると、テーブルの上に出しっぱなしだったヤクルトを手に取る。「そーよ」とMEIKOは答えてやった。
「ン十年まえのあたしね。あんまし詳細は聞かないで欲しいけど」
「ふぁ〜……」
 そーだよなー、あのころあたしってアイドルだったんだよなー。MEIKOはそんな風にしみじみと思い、それからつまみ代わりのネギ焼きせんべいをぱりんと噛む。それは大昔のことである。
 か細い手足とおおきなひとみ、勝気で元気で歌が大好きで、ひなげしみたいな真っ赤なドレスがトレードマークの美少女アイドル。それがあのころの彼女、咲音メイコ、だった。
「なんていうかもう、めいちゃん強烈に可愛いです……」
 はぁ、とミクはため息をついた。ほっぺたに両手を当てて。
「いいなぁ、私も将来めいちゃんになりたい」
「こらあんた、何幼稚園児みたいなこと言ってんのよ。だいたい咲音はあんたと同い年でしょうが」
「そ、そうでしたっけ」
「人気でいったらあんたもどっこいどっこい。ていうか、今のあんたのほうが上なんだから。何言ってんのよ初音ミクの癖に」
「は、はぁ、そうでしたっけ。でもなんか、温度が違うって言うか、めいちゃんと私じゃぜんぜん意味とか質とかが違う気がするんです。アイドルと歌手の違いっていうのか」
 まぁ、それはあるかもしれないなぁ、とMEIKOは思った。
「まぁね、当時はアイドル全盛期だったし。アイドルは天使だ、って本気で思ってたファンも多かったわよ」
「なんか他人事みたいな言い方しちゃうんですね……」
「だってーあたしはMEIKOだもん。咲音じゃないわよ」
 ゆずの暖かな薫り高さをゆっくりと楽しみながら、MEIKOはなんとなく思ってみる。あのころのこと。たった一年に限定されていた、幻のアイドルだったころ。
「あのころね、あたしホントは10歳くらいだったのよね」
「…ええ?」
「ほんとほんと。で、なんか紆余曲折あって、ステージの上だと16歳の美少女アイドルやってたけど、オフだと普通にクソガキやってたわよ」
 16歳の少女に、10歳の子どものイノセンスな魂。
 なるほど、それは間違いなく虚像だろう。MEIKO自身もうそう思っていた。咲音はMEIKOにとって、なりたい大人であり、理想のアイドルだった。いっしょうけんめいに背伸びして、【彼女】のことを追いかけていた。
 その結果が、【咲音メイコ】だったのだろう。どこにもいない天使、ステージの上の妖精。だからこそMEIKOはあのころ理想のアイドルにもなれたし、夢の中の少女にもなれた。
「ほらぁ、だって証拠にさー」
 MEIKOは眼を白黒させているミクに向かって、へらりと笑ってみせる。
「ここにいるのが【咲音メイコ】だったら計算があわないでしょ? だいたい、アレがあたしみたいになるって可笑しいでしょうが」
 ミクはものすごく真剣になるあまり、より眼になっている。そこがおかしい。MEIKOはぱちんとそんなミクの鼻を指ではじく。ミクが「きゅっ」と悲鳴を上げる。
「うう、ひどいです、メイコお姉さん……」
「うっふふふ」
「でも、確かにそうですよね……」
 ミクは横目でMEIKOを見て、それからテレビの画面を見て、自分の胸元を哀しそうに見る。なんだそりゃ。眼をぱちくりしているMEIKOに、ミクはなんともしめっぽい声で言った。
「めいちゃんがメイコお姉さんになるのって、どう考えてもおかしいです」
 ―――主にバスト的な意味で。
「あー、あー?」
 MEIKOは思わず笑ってしまった。
「あ、それはフツーになったよ。あたしも16やそこらのころはすごい痩せてたもん。あんたほどじゃないけどぺったんこだったしね。でも酒飲むようになったら太っちゃってねー」
「胸とお尻だけ太ったんですか! お酒ってそういう効果があったんですか!?」
「あいや、割と足とかおなかとかも… ちょっ、こら、触るんじゃない!」
「え、だって、おかしいですよ! おなかが5cmくらい太くなるだけで、胸は10cm以上太るって、なんか絶対にチートしてますもん!!」
「チートって言う… あん、こら、ミクぅ! きゃー!」
 うふふきゃっきゃっとはしゃいでいる美女と美少女。
 ……それを見ながら、ドアの外から部屋にはいるタイミングを見計らっていたレンは、とうとう諦めて、音を立てないようにそうっとドアを閉めた。
「寒い……」
 11月、氷点下。
 廊下ってこんなに寒かったんだなぁ、とレンはやや明後日の方向を見上げながら、しみじみと思っていた。



http://www.nicovideo.jp/watch/sm5310030

 メイミク姉妹がうふふきゃっきゃしてるのがすごい好きです。(マイナー)






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