《1987年の電脳少女》
(FC音源・炉心融解)





 コンティニュー しますか ?
→はい いいえ


 なんだか年明けあたりから、週刊誌も中つりの広告も、ずうっと同じようなことをかいてばっかりいる。つまんない。なんだか隣の国でたくさん人が殺されたとか。世の中のニュースっていつまでたってもおんなじことばっかりだ。
 リンがちいさな手に白い息をはきかけているうちに、真夜中のバス停には人をいっぱいに詰め込んだバスがすべりこんでくる。リンはどぶねずみの上にコートを着込んだサラリーマンや、奇妙に誰もが似た印象のするブランドのお兄さんお姉さんたちに混じってバスに乗り込み、定期券を運転手さんへとちらりと見せた。
 人の間をすりぬけてシートの間に小さなお尻を押し込む。となりのおじさんがちらりとリンを見た。古いプラスチックみたいにすすけた目を、リンは道端の空き缶でも見たみたいに無視した。慣れた手つきはウォークマンを見る必要すらない。耳につっこんだイヤホンから、大好きなアイドルの歌声が聞こえてくる。
 チャカチャカとテープの振動がポケットから伝わってくる。リンはようやく小さくため息をついた。目を上げると曇った窓の向こうに真っ青な光。青信号に変わったのだと、バスが動き出してはじめて気付いた。
 今日のテスト、なんかいまいちだったなぁ。エアチェックで夜更かししてたのがまずかったのかも。でも仕方ないじゃん。引退したはずの咲音メイコの亡霊のうわさもあるけど、あの《うわさ》を聞いてしまってからはますます、夜中のラジオをチェックしないと、塾や学校での話題についていけなくなってきた。
 家に帰ったら、たぶん弟のレンがママの作った夜食を食わされながら勉強をしている。可哀想なことだ。受験に失敗して公立にいったリンと違って、レンは私立の進学校にひっかかってしまっている。でも、学力の違いのせいで去年の順位がさんざんだったレンのせいで、ママは、半狂乱になってしまっているのだ。可哀想なレン。ママのお人形兼サンドバック。
 いいけどね、別に。気の毒だと思うけどおかげであたしは楽が出来る。気になるのはどちらかというと《うわさ》のほうだ。
 FCのキラーソフト、シューティングRPG《メルトダウン》。
 そのメインテーマについての奇妙な噂話…… ここ最近、塾の補修クラスでは、みんながそのうわさに持ちきりだった。
(特別な条件を満たしてクリアしたら、BGMにあわせて歌が聞こえてくるとかいう……)
 まさか。FCのあのピコピコしたサウンドに、歌声が混じってくるとか。だが実際にリンは「聞いた」「聞いたやつを知っている」といううわさを何回も聞いていた。
 塾の自習室には伝言用のノートが置いてあって、そこには受験を目指してお互いを叱咤激励しあう小学生の嘘、入り組んだ迷路がメインのたくさんの落書きに混じって、さまざまなノイズが流れている。
 「聞いた」「聞かない」「ただの噂」「限定版だけ」「歌のためのクリア条件は」…… 
 やさしげなバラードに、バスが止まり、また走り出す、不規則なくせに単調な音が混じり始める。リンはうとうとと眠りのはざまを彷徨い始める。皮膚が切れそうに乾いた暖房。誰もが黙り込んだ人の群れ。擦り切れたテープの雑音。
 ……。
 聞いてみたい、とリンは思う。
 きっと、そんな歌が本当にあったとしたら、ひどい雑音にまみれて単調なものであるはずだ。だって、所詮はゲーム機なのだから。
 けれどリンはノイズが好きだった。ノイズならば全てが好き。無意味なもの全てが好き。リンはひそかに熱望していた。本当に無意味なもの。本当に無意味な未来を。
 窓の外を、人の生活を、欲望を、労働や未来なんかを飲み込んで、真夏の植物みたいに野放図に伸びていく街が見える。街は夜にかすんでいる。壊れちゃえば良いのに、とリンは思う。たとえば核戦争がはじまって、全部が全部ぶっこわれちゃえばいいのに。そうなったらリンはきっと、青い焔に焼かれながら、うっとりと空を這う無数の流れ星を見上げる。満足さに満たされて一握りの灰へと姿をかえ、消え去っていく。

 未来―――

 戦争がはじまって、世界中が灰色の雪にうもれているんだろうか。公害に負けて何もかも奇形に変わり果てているんだろうか。1999年には世界が終わるって本当だろうか。どこまでがうわさでどこまでが《科学的真実》なのか分からない。
 ノーライフソルジャー。ノーライフチャイルド。ノーライフキング。未来の無い私たち。希望の無い戦士たち。
 家に帰ったら、とリンはまどろみの中で思う。今日、ノートで見かけたクリア条件を試してみよう。最終ステージまで1ライフでノーコンティニュー。ラスボスの後のショートステージで全ライフを使い切ってゲームオーバー。ノーコンティニュー自体がとてもむつかしい。でも、その後の敵すらほとんど出てこないショートステージで全ライフを使い切るって、どうやればいいんだろ。自殺?
 機械は、どんな声で歌うの。心の無い歌はどんな風に響くの。形の無い歌姫はどうやって歌うの。
 どうやって。
 どんな子たちが。 
 どんな未来で。

 ―――そのとき、すべての思考を断ち切るように、轟音が響いた。






http://www.nicovideo.jp/watch/sm5834487

こ、これなんか強烈にカッコいいのはどうして!?
レトロフューチャーとも違うっつか、FC時代の閉塞的な世界観が反映されているというのか、時代が巡ったその結果にたどりついた謎の境地的な??
頭の中で横スクロールシューティングがすごく再生されました。嗚呼我らがバビロン、80年代末。ぼろぼろに蚕食された未来が平坦な戦場を描き出そうとしていた空漠の時代、僕たちは希望の無い戦士たちとしてパッドリセットを繰り返していました。そんな僕らもいまや《オッサン》。…時代の流れって残酷だ。




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