SSリクエスト企画ログ
*ボーカロイドにゃっぽんでの企画ログです




http://www.nicovideo.jp/watch/sm2215784
【なっとく森の歌】(鏡音リン)
*りゅうず様よりリクエスト

 留年決まった。親に仕送り打ち切られた。彼女に振られた。
 とにかくなんつーかもうなにもかもどうでもよくなったとき、俺が思い出したのは幼い頃に聞いた懐かしい歌だった。暗く、恐ろしく、そして優しいところ。誰もが知っているけれど、誰も知らない場所。
 もうなにもかもどうでもいいので、俺は、そこに行ってしまおうと思った。人間社会なんてどうでもいい。未来なんてどうでもいい。希望も絶望もどうでもいい。俺は、闇の中に消えてやる。
 そんな風に思って、たしか医者からもらった薬をまとめて一か月分ほども飲んだ。それからええいままよと思って財布をもったところまでは憶えているのだが、はて……
「暗い…」
「当たり前ですよ、夜なんだから」
 俺はなんだか知らんが、じめじめしたコケの上に倒れていた。頭上を見ると枝同士が重なり合っていて、空が見えない。代わりに見えたのは誰だかのつまさきだった。…つまさき?
 どうも、俺は道のようなところに倒れているらしい。相手さんは隣で柵の上とかに座ってるらしかった。見上げると女の子だ。しかも子どもだ。俺は納得がいかない気持ちになった。
「ここはどこだ… まっくら森か…?」
「違います」
「じゃあ、どこなんだ…?」
「どこって、テキトーなそこらへんの森ですよ。アナタ、その”まっくら森”ってどこにあるか知ってたの?」
「知らない」
「じゃあ、つけるわけないじゃないですか」
 そりゃあ、そうなんだが。
「まっくら森はな…心の迷路なんだ…」
 俺はそれでも一縷の希望にかけて、その少女を説得しようとした。いやいやもしかしたらここはもう目的のまっくら森なのかもしれない、この少女が俺をためそうとしているのかもしれないと思って。
「タマゴが跳ねて、鏡が歌う… どこにあるのか誰も知らないが、どこにあるのか誰も知ってる… そういう場所なんだ」
「はぁ」
 なんだか、冷淡な返事した。
「違うのか?」
「違うと思いますよ」
 少なくとも、と彼女は言った。
「見ての通り、鳥は空を飛んでますし」
 指差す空を、コノハズクなのか、鳥の影がよぎった。
「魚は水の中を泳いでますし。あたしの鏡は歌ったりしない代わりにちゃんと顔が写ります。…見ます?」
「暗くて見えないんだ」
「明るかったら見えるはずなんだけどね」
 …うん、納得の返事なんだが。
「まっくら森では、昨日は明日なんだよ」
「すくなくとも、ここらだと明日は明日ですよ。強いて言えば明日はトゥモローだし、昨日はイエスタデイだし」
「……」
 なんだか俺は、しみじみと、情けない気持ちになってきた。
「…あのさ、ここってぶっちゃけどこなんだよ?」
「んー、ぶっちゃけるとアナタがへこんじゃうのでいえませんけど、強いて言うなら納得できる森といいますか。けっこう論理的で、フツーのところですよ」
「そこ、俺の目的地と違う」
「そりゃあ、知らないところにはたどり着けないですよう。知ってる場所にはいけるけど、知らない場所にはいけない。それが普通でしょ?」
「まぁ、その通りなんだが…」
「ね? 納得」
 至極その通り。ぐうの音も出ない。
 彼女は立ち上がったらしかった。足音はしなかったが、ぱんぱんと小さなお尻をはたく音がした。手足が重くて動かない。俺はか細い声で、「待ってくれ」と呼びかける。
「なんですか?」
「救急車を呼んでくれ…… こんな場所で死ぬわけにはいかないんだ」
「そうなの? あなた、自殺志願者でしょ?」
「こういう納得のいかない死に方はやなんだよ!!」
 俺は心底思った。どうやら俺は夢を見るには心が汚れすぎてるらしい。このガキ、もとい少女と話していると、なんだか日常の納得がいかなかったことがどんどん思い出されてくる。
 彼女に振られたと思ってたが、あの女は生理前になるとたいがいむちゃくちゃをいうやつなのだ。家族だって同じで留年を持ち出したからブチきれて文句を言っただけかもしれない。それに、俺はストレートで大学に通ってるのだ。年数で考えれば、同じ学年に同い年なんて山のようにいるはずではないか。
「…じゃあ、ちょっといいことを教えてあげますとね」
 ひょこん、と視界になにかが入ってくる。白いリボンだった。さっきから正論このうえなくて身も蓋も無いことを言っていたガキの顔が見える。きれいな緑色の眼、金髪をした女の子。
「ここ、正確にいうと富士の樹海。でも入り口付近。ついでいうと、あなたみたいに意識がはっきりしてる人はたいてー死なないの。もうすぐ樹海にヘンなこと考えてる人がいないか巡回して見張ってる人たちがくるから、風邪を引いた頃には無事発見されるでしょ」
「…そ、そうなのか」
「うん、そう」
 くすっ、と彼女は笑った。腹が立つことに、なんだかすごく可愛かった。
「あとね、アナタの言ってる”どこにあるか誰も知らない””どこにあるかみんな知ってる”のほうはね、そういう論理的なアタマの持ち主は入れないの。ということで、残念でした」
「いやになるほど納得したよ」
「それはなにより」
 ぴょこん、と彼女の頭が消えた。どうも俺をそのまま捨てていく気らしい。いや、ちゃんと発見はされるからいいのか…? その後の警察の説教やら彼女の拳骨やら家族の泣き言やらを考えて、それから俺は、ようやく彼女の正体が分からないということに気付いた。
「なあ、そこの…」
「うん?」
「お前、何者なんだ?」
 彼女は、黙った。それからしばらくして、また、ちょっと笑う気配がした。
「んー、強いて言えば、なっとく森の唯一納得のいかないヒト、かなっ?」
 ―――幻覚か、変人か、はたまた、何かの妖怪変化か。
 いや、そういう思考回路自体が、俺をかの理想の場所から遠ざけてるのは明確なのだが。嗚呼。
「じゃあね、納得しちゃったヒト。たぶん二度と会わないと思うけど、元気でね」
「ああ、お前もな!」
 この一連の出来事の中、どうしても納得がいかなかった唯一の少女は、そのままスキップをするような足取りで森の奥へと消えていった。俺はすべての真相をあきらめてぐったりと全身の力を抜いた。空には月が出ていた。彼女の姿はもう見えない。ようするに夜で、暗いからだからなのだろう。

 ―――ああ、納得。






http://www.nicovideo.jp/watch/sm2691927
【ever】(初音ミク)
*切様よりリクエスト

 年老いた英雄は、今、樫の木の下にあった。彼の節くれだち痩せた指には多くの指輪がきらめき、背に羽織った豪奢な紫の外套は貝紫によって染められたものであった。銀のフィブラは己の尾を噛む蛇を象り、腰に履かれた剣はかつての悪王の首を断ち切ったものであった。
 英雄は、そのひとみで己の領土を見渡す。拓かれた土地に羊らが雲のように群れ、河には船が帆をかけて行きかう。うつくしい土地。うつくしい王国。
「妃よ」
「なんでしょう、殿下」
 英雄は振り返り、やなぎをあんだ椅子にかけた、おのれの妃を見る―――
 かつてせせらぎのようだった髪が純白の雪となっても、小さな手はまだすべすべと白く、顔立ちには誰をも魅了した可憐さが残っていた。だが、彼女の目は静かだ。年老い、子や孫を育て、ゆっくりと歳をへた女の目だった。
「このような場所にいらっしゃるなんて、ずいぶんと久しぶりのことですわね」
 美しく年老いた妃は、ゆっくりと広い大地を見下ろし、そして、眼を細めた。
「お前と私が出会った場所はここだ。…憶えているか?」
「まぁ、そうでございましょうか」
 英雄は、ゆっくりと、思い出し語りのように淡々とつぶやいた。
「かつてこの国は焦土であった… 夜ごとに妖魅が若者らをまどわし、泉には水蛇が潜み、月は吸血梟たちの羽ばたきに赤く爛れた」
「まあ、なぜいまさらそのようなことを申しますの。すべて、迷妄でございましょうに」
 くすくすと、妃は微笑んだ。可笑しな冗談を聞いたかのように。
「故に、若者たちは常に剣をとぎ、娘たちは呪いの歌を彼らのダルマティカへと編みこんだ。母たちは暖炉の灰に護りの字を書き、父たちは王がためにでなく剣に誓いを立てた。誇りのためだ」
「…古いことを、おっしゃますのね」
 それは、50年も前のこと。長いときの流れからすれば、ほんのわずかだけ以前のことだ。
 かつて、迷信と圧制とが暗く大地を覆っていたこの地に、若き英雄が立った… 彼は民を奮い立たせ、悪王の支配を退けた。迷信で覆われた民草を明るくするため、彼は象牙の神像を打ち倒し、竜が棲むとされた泉へと鉄の剣を投げ入れた。彼の行いによって民は知った。この世界にはヒトのほか王は無い。彼らの未来を支配し、彼らの行く先を決めるのは、ただヒトのみであると。
 英雄がたって進む側には、常に、ひとりの乙女の姿があった。清流がごとき髪と勿忘草のひとみ。彼女の歌は人々を奮い立たせ、祝福は勝利を齎した。国王と国母。英雄と乙女とを共に抱き、ひとびとは、この世界を拓くための勇気を得たのだ。
 ……。
「妃や。…いや」
 今は年老いた乙女は、顔を上げた。その目が怪訝そうに細められる。王は己の外套の中に手を入れた。そっと、小さな箱を取り出した。
 黒檀で作られている。銀がはめ込まれている。そこに描かれているのは古き封印だった。英雄が己のフィブラに描いたのと同じ、己の尾を噛む蛇の姿。
「妖しき空の歌姫よ。私は、お前に、ひとつのことを望んだ」
「閣下…? 何をおっしゃいます」
「私が望んだものは、”光”だ。迷妄の闇を打ち払い、ただ、義の太陽の下にすべてを解き放つ。そのような世界を持ちたいと、私は、お前に望んだのだったな」
 英雄は、ふと、その目をそらした。天頂には太陽がある。羅のようなうす雲がただよい、太陽に、虹の暈をかけていた。
「―――だがお前は言った。その願いはかなえられぬだろうと。お前は、やがて光の世に飽いて、妖しくも安らけき闇の世を求める日がくるだろうとな」
 そして。
「…そして、私は知ったのだよ。すべてはお前の言うとおりだったのだな、と」
 
 かつて、1人の男がいた。若く美しく、そして、野心に溢れた男が。
 彼は古からの約定に従い、夜の神の娘たちが水浴みをする泉へと赴いた。彼は娘たちが夜鳥の絹を脱ぎ、そのまばゆいばかりの裸身をさらしたとき、その絹のひとつを隠した。そして、乙女の誘惑をすべて退け、神の娘にひとつの願いをかなえさせることに成功した。

 そして今、神の娘は、ここにいる。
 ごく平凡に年老い、気品があり穏やかだが、ごく、あたりまえの老女となって。
 英雄は手を伸ばした。皺深い手で、己の妻の頬にふれた。
「私は思うのだよ、乙女よ。確かにお前の言ったとおりだった。この世界には、夜が必要なのだ。光と義の中にすべてを暴き立てたとしても、闇を払うことなど出来はしない。闇はかえって人の心の中に棲む。
 ならば、必要なものは、内なる闇に答える、外なる闇だ。人が己のすべてを光と信じぬよう、すべての人を戒めるがため、この世界には闇が必要なのだ。
 ……今、お前にこの翼を返そう。お前はまた若くなり、美しくなり、そして存分に歌うがいい。すべて夜の歌を」
 英雄は、ちいさな箱の蓋を開いた。両手が夜のような紺青の絹を広げた。妃は、ただ眼を開いて、英雄を見ていた。
 草の上に、箱が、音も立てずに転がった。

 ……。

 ひとりの姫は、その心に奇妙にざわめくものを抱きながら、古き樫の丘の道を急いでいた。
 夕暮れ。世界はゆっくりとヴェールに閉ざされ、やすらぎのときが訪れる。男たちは明日の戦のために剣を研ぎ、女たちは子どもたちを抱き臥所に眠る。何も代わらぬ夜のはずだ。ただ、空のランプである月と星とがきらめくだけの夜。
 だが、今宵、小鳥たちは不安にざわめき、梢は怯えたようにその葉末を震わせていた。何が起こるのか。何も起こるわけが無い。けれど。
 そのとき、姫は、ふいにびくりと足を止めた。
 ―――ひとりの乙女が、いた。
 そこは高い樅の上。とうてい人の立てるような場所ではない。だが、姫はしゃらりと銀の鈴がなる音を聞き、彼女の髪が風にひるがえるのを見た。青く透ける髪が、月のように光るひとみが、こちらを見る。
《アナタハダレ》
「あ… あ」
《アナタノナヲコタエナサイ》
 乙女は喉をそらし、哂った。高らかに。
《ソウスレバ、ウタッテアゲル。コノ夜デ一番初メニ月ニ殉ジタ娘トシテ、アナタヲ》
 その歌声は透き通り、非人間的なまでに美しい。すくんだ足が、ふいに、何かをふみつけた。ぱしりと音がした。姫はふいに我に帰り、とたん、怯えた雌鹿のように駆け出した。
 駆けて、駆けて、駆けて。古き樫の丘へ。
 丘の上へと一息にたどり着くと、木の根元に祖父たる英雄が腰掛けていた。息を乱した姫を見つけ、「どうしたのだね」と問いかけた。
「おじいさま、私、今…」
 言いかけて、姫は、声を飲んだ。妖魅だと? そのようなもの、子どもの夢ではあるまいし、どうして見たといえるものか。
 だが、英雄はすべてを知っているようだった。姫の髪に手を当て、「恐ろしいものを、見たのだね」と語りかけた。
「……」
「それとも、美しいものを?」
 姫は眼を見開いた。英雄は… 否、老人は、しずかに首を横に振ると、姫を側へと座らせて、老いた腕で肩を抱き寄せた。
「姫や、憶えておいで。お前はこの新しい世ではじめての歌姫となるのだから。この、あたらしい魔世中で。そうだね、私の可愛いミクや……」

 ……そしてその日より、月と歌とはまた、人々の恐れと魅惑の象徴となったのだった。







http://www.nicovideo.jp/watch/sm4378303
【peace maker】(ミク♂)
*<MistyLane>さまよりリクエスト

 君に、真っ赤なリボンを買ってあげるよと約束していた。それを思い出したのは血で染まった制服を井戸水ですすいでいるときだった。
「ねぇ、そこの人。水、汚さないでくれよ」
 少年はじゃぶじゃぶと服をすすぎながら、少し離れた場所で嗚咽を繰り返している男へという。たぶん自分よりもずっと年上…… もしかしたら、妻や子どもがいるような年の男。
 げえげえと嗚咽を繰り返しながら、いつまでも背中を震わせてうずくまっていた。無精ひげの生えた顎をよだれが伝うのが、汚いな、と少年は思っていた。たぶん新兵だろう。まだブーツに傷が無い。まだ手に、銃握の胼胝が出来ていない。
「う…うっ」
「おっさん、見つかると殴られるぜ、古参兵に」
「すまん、だが… 俺は……」
 彼は顔を上げて、顔をゆがめて笑おうとした。醜い笑顔のはずだったが、少年は、なぜだかそうは思わなかった。ため息をついて立ち上がる。すすいだジャケットの袖を、パン、と強くはたいた。
「おっさん」
 側に立つ少年を、男は、涙でかすんだ目で見上げた。少年が差し出していたのはちいさなリンゴだった。まだ青い、食べられるはずも無いリンゴだった。
「これは…」
「食うんじゃない。噛んで、それから、捨てる。吐き気がおさまるから」
 少し時間をあけて、少年は、付け加えた。
「俺も、はじめてのときはそうだったよ。古参兵に聞いたんだ。よくある話だからさ」

 少年も、一度、己自身の嫌悪に負けて、ものも食べられず、水も飲めず、ほとんど一晩も泣きながら震えていたことがあった。激しいゲリラ戦の後だった。
 ―――泣き喚く現地人の子どもを、索敵されることの恐怖から、己の手で絞め殺したときのことだった。

 男は言われたとおりにリンゴを噛み、風当たりのいい場所へと案内されると、少しは落ち着いたようだった。少年は何も言わず帽子を脱いだ。まるで少女のような面差しと、すきとおるような髪が、風に吹かれた。
 黒々と茂る森に覆われた大地。クリークと畑。あたりには陣が敷かれ、遠く、塹壕の掘られた守備線が見える。ここは交戦地区。いつ、一般人に偽装した敵兵との戦争がはじまっても、おかしくない場所だった。
「君は… いくつなんだね。ずいぶん若く見えるが」
「16歳。そうでもないよ、志願してからもう2年はたってる」
「では、14歳からずっと戦場に…?」
「ああ」
 男がまじまじと少年を見る。男を見つめ返す少年の目は、微塵もゆらぐことがない。
「志願兵… たった14歳の子どもが…」
「おっさん、あんたは徴兵組?」
「あ、ああ」
「ふぅん。だったら、今まで非交戦地域にいたんだ。それならわかんないかな」
 俺の生まれたあたりだと、男は銃をもてるようになったら戦地にいくのが普通だった。少年は淡々と答えた。
「そうじゃなきゃ、マフィアになるかのどっちかだったかな。でも、俺はこっちのほうがよかったからさ」
「そんな… ご両親は反対されなかったのか」
「いないよ、そんなの」
 男は、絶句したようだった。なぜそんな反応をされるのか、馴れはしていても分からない。少年が遠くに眼をやると、光が目に入り、眸は古いガラスのような淡い水色にきらめく。
 親はいなかった… たぶん戦争で死んだ。少年と、その、双子の妹は、幼い頃から働きながら、母の親戚だという娘が働くワイナリーで育った。古くねじれた葡萄の木と、厳しいけれど明るかった義理の姉。彼女の婚約者だった優しい青年。
 白く乾いた道を、毎日のように補給のジープが通るのを見ていた。歌の上手な妹を連れて酒場に行き、アコーディオンを弾いて伴奏をした。コインを投げてくれたり、焼いた肉を裂いてくれた兵隊たち。ときには大の男が、己の頼んだ歌を聴き、妹の歌声に涙ぐんでいることすらあった。
 戦争、戦争、終わらない戦争。
「俺も14歳になったし、いつまでも無駄口を養ってる余裕はなかったからさ。志願すれば給料ももらえるし飯も食える。別の仕事なんてなかったし」
「…学校に、行くことは…」
「読み書きは、カイトが教えてくれた。楽譜は気付いたら読めてた。別に学校なんかいく必要ないだろ?」
 昨日は同盟国の言葉を教え、明日は敵国の言葉を教える。そんな学校には行っても仕方が無い、と姉が言っていた。妹はそれでも学校に行きたがっていたはずだ。いろんなことが知りたい、遠くのことも知りたい、と。
 そんな妹を、きちんとした学校にいかせてやりたいと思ったこともある。だから兵士になった。生きるためと、ほんのわずかばかりの夢のためだった。
 隣の男が頭を抱え、自分の膝の間にうずくまった。「こんなはずじゃなかたった」と呻いた。
「私は… 兵士になどなりたくなかった。人殺しの片棒など担ぎたくなかったんだ」
 少年は無関心にちかくの草の葉を千切った。馴れた手つきでくるくると巻く。端をちぎる。
「君のような少年が、そんなことを口にしなければいけない国に、未来なんて無い… 私は、そんなことに加担なんてしたくなかったんだ。なのに、戦場に出たら…」
「何もかわらないだろ、おっさん。あんたは今までと同じことをしてるだけさ」
 少年の答えに、男は、顔をあげた。少年はいちど草の葉の端を噛み、それから、答える。
「あんたが、どこか知らないけど後ろのほうで働いて飯食って寝たり遊んだりしてるとき、俺も、俺の家族も、泥の中を這いずり回りながら、殺したり殺されたりしてたんだ」
 男は呆然と少年を見た。少年はそちらを見もしなかった。
「俺の兄みたいだった人、戦争で死んだよ。墓も立ってない。姉さんも。…どこかの兵士に攫われて舌を噛んだ。妹にはほんとのことなんて言えなかった」
 少年ははじめて振り返った。透き通った色、清い泉の色をした目が、男を見た。
「あんたが何も知らないでいたとき、俺たちはずっと死んでたんだ。だから、安心しろよ。これからはあんたは、何にも知らないで殺す側じゃなくって、殺される危険と一緒に殺す側になったんだ。そのほうがフェアなんじゃないのか? 心も痛まないと思うけど」
 妹は、きれいな、やさしい子だった。
 歌が上手かった。透き通るような声をしていた。今も無事なはず。軍の広報部にいて、ときおりラジオから彼女の声が聞こえる。無事でいるんだな、そう思ったときだけ微笑みがこぼれる。
 妹がまだ生きている。だから、少年は今日も生きていられる。そして目の前の誰かを殺す。その誰かが、自分の大切な誰かを、殺さないように。
 男は黙り込んでいた。やがてその目にみるみる涙が溢れ、男は嗚咽しながら両手で顔を覆う。少年は無関心に草笛を口にくわえる。苦く、青臭い香りがした。

 ”エデンの黄色の薔薇が わたしの胸に咲き誇り…”

 男は泣いていた。理解できるから、少年は、男を止めも、慰めもしなかった。草笛の素朴な歌が風に吹かれた。懐かしい、ふるさとの歌だった。




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