【楽鈴ver】 あたしは、鏡音の家が燃えた日を見ていない。 なのに、こんなにも胸が熱いのは、焼かれるように痛いのは、あたしの心は間違いなく鏡音の家と共に焼かれたからだ。父上、母上、妹たち、それにレン。 あの、ささやかで小さな館は、谷あいに田畑を切って懸命に生きていた領民たちは、槍を持つよりも鋤をもつほうがずっと多かったような家臣たちは、皆、やはり秋の落ち葉に火をつけたように、焼かれてしまったのだろうか。あたしの生家は、秋は蜻蛉が飛び交った野は、茅の茂る向こうに夕焼けを望んだ丘は、すべて燃えてしまったのだろうか。 燃える。心が燃えてる。あたしの心が。 熱くて痛い。なのに、涙も出ない。当たり前だろう。 あたしの心は今も熾火となって燃え続けていて、……ほんの一滴の涙など、何の役にも立たないということは分かっているのだから。 各務の国が落ち、領主であった鏡音の居城は焼き討ちにあったという。 ―――その話を伝え聞いてより、神威家の奥にある座敷牢に、心ばかりのしつらえを整えるよう、神威家家臣の女衆へとひっそりとした通達があった。 齢13ほどの小娘が喜ぶものは何か。紅や白粉が欲しいのか、それとも鞠や人形か。狭苦しく寒い座敷にかぼそい手足が凍えぬよう、綿を入れたかいまきが準備され、漆をかけた格子の向こうで火鉢が焚かれた。だが、かんざしの一本、さもなくば桜炭のひとつも渡されるということはない。床には毛氈を敷き、水鳥の羽をいれた布団を入れられたその部屋の奥、その小娘はさんざ泣き、喚き、外に出せと叫んでは暴れていた。武器になるようなものを渡せば、小娘はそれを監視のものへと向け、なんとしてでも座敷牢を出ようと試みたろう。 月が欠け、また満ちた。小娘はしだいに静かになった。強情に黙り込んで、石のように口も訊かぬ。頬には涙が痕となり、外に出ようと格子を掻き毟った指は血まみれになった。 座敷牢の娘は、名を、りん、と言った。 今は家名ももう持たぬ、滅びた家の娘であった。 ……月が登らない。 その夜、りんは座敷牢の隅でかたく膝を抱えたまま、黙り込み、格子から差し込む光の移り行きを眺めていた――― 一度は光となって差し込んでいた月影が、しだいに登る刻限が遅くなり、今では日が暮れてより月が差すまでの時間がかなりのものとなっていた。月の動きで季節は読める。ずいぶん時間がたったのだ、とりんはぼんやりと思った。 あたしがこの、座敷牢に入れられてから…… もう半月ほども過ぎるのだろうか。時間の感覚が麻痺している。死ぬ気など微塵もない。だが、周りはそうは思っていないのだろう。だからこそこのような場所に入れられ、そして、だからこそ人形だの紅だのが与えられるのだ。 りんが、そのさみどり色の眼でぼうっと壁を見ていると、ふいに、下からばたばたと足音が聞こえてきた。誰だろう、と思って体を硬くする。ふいに上げ扉が跳ね上げられた。りんは眼を見開いた。 「お館様! このようなところに…」 「くどいわ。これはわしの《もの》であろう。ええい、そのように髪を掴むでない! 無礼であろうが!」 「いいえ止めまする、とめもいたしましょうが! 戦は明日よりでございましょうに、此度の騒ぎはなんでござる!」 「だから、景気付けだと言っておろうに。そちは下がっておれ!そのようなむさくるしい顔があっては、歌う小鳥も鳴かぬようになってしまおうが」 りんはいまや眼をひらいて、ぼうっとそちらを見つめていた。この座敷牢へと続く扉が開いて、現れたのは青々と長い髪も美しい若武者である。この神威家の若き党首である。若武者はりんを見るなり、「おい、りん」と言い放った。 「お館さま……」 「来い。貴殿に用があるのじゃ」 りんは一瞬あっけにとられ、けれど、すぐに顔を厳しく引き締めた。小娘らしからぬ勝気さで若武者を睨み返す。ちいさいとはいえ、まるで狩り犬のような獰猛さ。 「なんなの。こんなところに入れって言ったと思ったら、今度はいきなり出ろですって?」 「ほう、生きがいい。弱っておらぬようで一安心よ」 「なにその言い方! あたしって生け簀のフナ扱いだったの!?」 「その通りじゃ」 「……!?」 がちゃり。音を立てて、錠が開かれる。りんはおもわず後ずさりをして壁に張り付いた。だが、若武者… 神威は委細構わず座敷牢のなかへと入ってくると、片腕でひょいとりんを担ぎ上げる。 「な…なぁっ!?」 当然、りんはじたばたとあばれるが、神威は頓着すらしない。あばれるりんに少し顔をしかめつつも、「じい!」と先ほどの武者へと声をかける。 「わしの与一をひけい。これよりりんをつれて遠乗りじゃ。付き人は不要ぞ!」 「お館様… それは… いえ。心得てございます」 「なんで止めないのよっ!?」 何かしらを途中で悟ってしまったらしい古武者は、神威の言うとおりに下へとひっこんでいった。りんは神威の髪を掴み、思い切りひっぱる。さすがにこれには神威も顔をしかめる。 「おいりん、よさぬか。そのように主家に狼藉をするものがあるか」 「主家もへったくれもないわよ! あたしもうなんでもないもん! あたしの家はもうないもん!」 りんは、怒鳴った。半ば悲鳴だった。 「離しなさいよ! 好きにさせてよ! 家に帰りたいの、あたし… 各務に帰らせてっ」 「ならぬ!」 だが、それに答える神威の声は、はじめて、厳しく強いものだった。 一喝され、思わず動きを止める。そんなりんをみて、神威はにやりと笑ってみせる。いっそ美女さながらに臈たけた面差しに見合わぬ、どこかしら、悪たれのようにやんちゃな笑い方だった。 「そのように暴れずとも、お前に各務の地は返す。だがりん、その前に一度、わしに付き合え」 「え……」 りんは、絶句した。神威はまた笑う。やはり、子どものように無邪気な笑い方だった。 神威の愛馬である与一は、その名の通り、源平の世にあっては那須の与一が相場といわれる《うぐろ》もかくやの駿馬である。黒々とした青毛は墨を流したかのよう、鴉の羽のように黒い。 各務の家を返す、と神威は言った――― その一言にりんは気を飲まれてしまっていた。そういわれたままに神威にかつがれ、馬の前に乗せられ、夜駆けに馬を走らされる。何も分からぬまま馬に揺られ、やがて、たどり着いた場所は。 「……なに、ここ」 神威が手綱を引くと、与一が足を止める。そこは、峠の頂上であった。眼下に見下ろす広い葦原が月影にゆれる。 長い間、座敷牢に入れられていたせいか、馬をおりると満足に立つこともできなかった。膝が砕けてすわりこみそうなりんを、神威は片腕でささえてくれる。「見ろ」と楽しそうに言った。 「源氏蛍じゃ。見事なものであろう。此度の戦に呼び集めたものが、来る途中に見たといっておったのよ。だが、これほどまでとはわしも思わなんだが」 言うとおり、そこは、蛍の宿。 ひろい葦原一面に、金に、緑に、無数のほたるが飛び交っている。 これほどまでに数があれば、所詮は小虫のほたるであっても、戦場のかがり火にも負けぬ勢いであった。ほたるが舞い、ほたるが群れ、ほたるが争う。妻乞うほたるの群れたちは、またたき、きらめきながら、まるで焔のように渦なす。 「これを、見せるためだけに。あたしに?」 「そうじゃ」 「……なに、それ」 脱力して崩れ落ちそうになる。すると、どうしても隣の男の腕にすがらねばならぬ。りんは胸がムカムカしてくるのを感じる。 「なにそれ! それだけのために、こんな大騒ぎなわけ!?」 「おう、そうじゃ」 「何考えてんのよこのバカ様ッ!!」 りんが怒鳴ると、ふいに、神威は声を上げて笑い出した。「な、なによ」とりんが怒ると、「りん」とふいに優しい声がする。 「そのような呼ばれ方をするのもひさしぶりじゃの、お前に、《ばかさま》とな」 「…」 ふらふらと頼りなく、まるで手弱女のように色白く顔ばかりがいい。そのような若武者が裏でなんと呼ばれていたか。それは今より5年ばかりも前のことである。 元服も前より神威の家を継がされ、まともに弓も引けぬ神威を、《わかさま》でなく《ばかさま》と呼んではばからなかったのはたしかに当時のりんである。だが。 「りん。お前に言いたいことがおうてな」 「なに、よ」 「すまぬ。わしは、大恩ある鏡音の家の大事に、役立つことができなんだ」 「…!」 鏡音家の主は、姻戚筋にある神威家を彼が継いだとき、役にたたぬ党首とあなどって見捨てることのなかった、唯一の同胞であった。 まるで棒のようにたちつくすりんの前に、神威が膝をつく。眼を合わせる。ひどく真剣な眼をしていた。りんのことをみつめた。 「どれほど詫びても詫びたりぬ。わしはそなたの魂を護りきれなかったのじゃ」 「だ、ったら」 りんは、思わず、声を詰まらせた。 「―――行かせてよ。あたしを、各務に……っ」 一族郎党が焔の中に消えて、自分ひとりがおめおめと生き残った。そう知ったとき、りんが望みはたったひとつであった。 どれほど無謀であろうとも、各務の家へと馳せ帰り、憎き敵の首を打つ。 …所詮、りんは十三の小娘である。それが自ずから死を選ぶことと大差ないことくらい、理解はしていた。 「各務に行けば、おぬしは必ず死のうぞ」 「わかってる…」 「りん、おぬしはそれほど死に急ぐか」 「違うッ!」 りんは、吼えた。目に涙が滲んだ。涙が、熱かった。 「あたしはッ、鏡音の家の仇が討ちたいッ。レンや、姉様たちや、父上や母上や! ほかにも、戦で死んだ鏡音の家臣みんなの、仇を討ちたいの…っ」 燃える。ほたるが燃えて舞い散る。涙に腫れ、じんじんと熱いまぶたの裏にも火の粉が舞い散る。ほたるのように、焔のように。 ふるさと。父母がおり、きょうだいたちのいた場所。そこが踏みにじられ、焼き払われた。己の身が焼かれるのとひとしい仕打ちだ。ならば、その怒りを返さねば、りんが生きている意味はない。それが乱世に武家の娘と生まれたものの、生き様なのだ。 りんの言葉をきいていて、神威は、しばらく黙り込んでいた。腹のそこから声をしぼりつくしたりんは、涙をいっぱいに浮かべ、神威をにらみつけていた。 ―――やがて。 「りん、よく言った」 神威は、静かに、そういった。 りんは驚いた。眼を見開く。 「な…に」 神威は立ち上がる。ほたるヶ原を見渡し、眼を細めた。 「りん、おぬしは強い女子じゃ。魂がまるで火のようじゃ。なればこそ、ここで死せるはあまりに下手よ」 「どういう、意味…」 「わしに任せてみぬか」 神威は、息を呑むりんを見下ろした。長い髪が闇に艶めく。 「わしはそなたに各務の地を取り替えしてみせよう。貸し賃もたっぷりとつけてやろう」 神威は、言いながら、手を広げた。 「―――このほたるの群れよりも多い兵を、りんにやる。わしはそなたにこの秋津州をやろう。鏡音の家への恩返しに」 秋津州。 すなわち、それは、この日ノ本の国すべてのこと。 りんは、呆然とした。神威の顔を、白い顔をした若武者の顔をまじまじと見つめる。 この男が――― 国盗りをすると、言ったのだ。 「ほん…き、なの?」 「天地神明に誓って」 神威の目はひどく真剣で、りんをたばかろうとするような色など微塵もない。神威は、立ち尽くすりんの前にゆっくりと膝をつく。目が同じ高さになる。そのひとみは、りんのさみどり色の眼を、じっと見つめていた。 「りん。そなたは強い女子じゃ。魂が燃えておる。その火を種火にもろうて、わしは、やっと武士になれたのじゃ」 ―――五年前に、はじめて出会ったときに。 ―――まだ若くたよりなかった年上の少年を、強くなれ、と叱咤してくれた。 「りん、そなたの身が焼かれているようなら、その火をわしに移すがよい。それをかがり火に、先へとすすむ灯にしようぞ。そなたは火のような女子じゃ。そうしてわしは、その火がほしい」 だから、と神威は言った。 「わしのものになれ。わしの、先を照らす火となってくれ。頼むから犬死などせんでくれ。……後生じゃ、りん……」 【夢みることり(楽鈴ver)】:http://www.nicovideo.jp/watch/sm4582712 《覚醒用BGM》タグ、理解…!! いかんがくぽの声がこんなにリンに会うとは思わなかった。がくぽ紳士とかコメってごめん。がくぽPでいいよもう!(とかち的な意味で) しかし、アイマス架空戦記ばっかり見てると、戦国時代の知識がえらいこと偏ります。だってリンの中の人も、殿も、フツーに架空戦記に出まくってるんだもの。 上杉謙信… 公式チート…(´・ω・`) ←back |