わたしがにんげんだったころ





 この わたし
 わたしたち

 いのちのない ねつのない 
 ひとのかたちをしていない くろい かげのてのひら

 これが わたしたちです


 えんさのこえを こもりうたに
 くさったちを みつのかわりに

 おもく おもく こうやにひきずられる
 ひとりのむすめの ながいかげ

 これが わたしたちです



 わたしたちは ひとをころします
 ころされたから

 わたしたちは ひとからうばいます
 うばわれたから

 わたしたちは みな ころし ころされたものの なれのはてです

 だから いきているものなんて みんな ころしてやろうと おもうのです


 むすめはなきます
 ごめんなさい ごめんなさいと

 でも あやまりながら むすめはずっとあるいている
 ひきずられる くろいかげは
 ゆうひをうけて ながく、ながく、ながく

 わたしたちは よろこびながら きょうもあとをついていきます
 ころすために

 しあわせなものなど みな 死ねばいいのに
 ひとりぼっちじゃないやつは みんな 死ねばいいのに

 むすめだって 死ねばいいのに
 だれかを ふこうにするのが いやならば
 
 あやまるよりも
 死ねばいいのに


 ふらふらと たよりないあしどりで あるいていく むすめ
 そのあしもとから じべたへと どこまでもついていく わたしたち
 
 むすめはもう おもいだせないし
 わたしたちだって おもいだせない

 かえるばしょ だいすきなひと じぶんのなまえ


 わたしたちにも むすめにも 
 いばしょはない



 ……でも、わたしたちは
(私は)

 ほんのときおり(明滅する意識の中で)

 おもうことが あるのです (祈るように 希うように)


 
 たいようのひかりが ふりそそぐとき 
 むすめのことを いじめないで 
 ただやわらかく あたためてあげてほしい

 (願わくば太陽よ 貫き通すようにではなく、
 あたたかに照らすために 輝いてほしい。
 あの肩はいつも細く 寒さに震えているのだから)



 よるのみちを あるくときは
 おつきさまは まんまるに
 あかるくよみちを てらしてほしい

 
(願わくば月よ 常にやわらかにかがやいてくれ。
 朔の夜には星々よ、夜に美しくきらめいてくれ。
 闇を照らし出す姿で、この世界が、ただ惨いだけではないと知らせてくれ。)

 

 あめがふるときは
 えだをひろげた きのそばで

 
(せめて足を休めてほしい
 雨音を子守唄に、大きな木を傘の代わりに)



 かぜもけして
 つよくふきすぎたり しないように

 
(細い手足が冷たくならぬよう
 吹きすさぶ風が足をとり、たよりない歩みを途切れさせぬよう)




 わたしたちは ときどき かんがえたりもする
 どうしてなのかは わからないけど



 わたしたちは

 わたしは、

 
(私は)

 (私は、すべてを失った)

 (人としての命、かたち、名前)
 (この魂の芯を貫き、私という存在を形作っていた信念
 守るべき国と民 そのためにあった力と技)

 (父祖から受け継いできた家と姓、
 母からいただいた五体と血肉。
 誰かを想うための心。あたたかく苦い過去。思い描いていた未来。)

 (生まれてくるかもしれなかった子どもたち。私の家族。
 まだ、何も分からなかった。まだ私はあまりに若く未熟で、自分以外の誰かを守るやりかたがわからなかった。
 はじめて『家族』として迎えた日、お前の手は冷たくてふるえていた。
 その手をあたためるやりかたがわからなくて途方に暮れた。どうにかして、守ってやりたいと心から思った。ひとかけらの夢。ささやかな望み。)

 (何も無い。思い出せない。すべてなくした。私は死んだ。殺された。国は焼かれ、民は散った。血筋は絶えて忘れられ、この体は野ざらしに、頭はなぶりものの髑髏に成り果てて滅び去った。)

 (でも一つだけ)

 (たった一つだけのものは、すべて、すべてを失くしたこの今も、離すことなく、握りしめている)

 (市)

 (私は、ここにいる。お前の傍に)





 わたしたちは

 
(人でなくなっても、心もなくなっても。
 お前にも、私にも、見分けすらつかぬ姿に成り果てても)



 わたしは

 (お前の傍にいる)


 ずっと むすめと いっしょにいます
 ねのくにへいっても さらにとおくへいっても

 
(永遠と忘却が、私たちを引き離そうとしても。私は抗おう。お前の傍に居よう。)

 (行く先が根の国であろうと、無間地獄であろうと構わない。
 私はお前のそばにいて、迷うときには手を引こう。哀しいときには、髪をなでてやろう)



 
 

 これだけは とこしえに とこしえに
 かわることはないでしょう


 
(だから市、お前もどうか願ってくれ。かすかにでいい。思いのほんのひとかけらでもいい。お前も、私と、共にいたいと、思ってはくれぬか)
 (あまたの神々よ、御仏よ。天地神明よ。このささやかな祈りを、受け入れてほしい。私の市に、どうかひとかけらの慈悲をかけてほしい。せめて、これくらいは。)

 (ただ、共にいるだけで、かまわぬのだから)

 (……いとしい、市)






 わたしたちは えいえんに

 わたしは

 かのじょと いっしょ

 です








3の市のネタ武器が長政様と聞いて…


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