夕焼け・リグレット



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 夕暮れごろになると、何故か、無性にどこかに行きたくなる。どこかに、"帰り"たくなる。いつからかそれが、俺にとっての"夕暮れ"というものだった。

 これは確実に幼馴染だったあの人の影響で、夕焼けごろに誰からも迎えに来てもらえずに俺がぽつんとしていると、決まってあの人が「帰ろ!」といって俺を見つけにきた。どうして、いつも見つけられるのか本当に不思議だった。たとえば町外れに不法駐車されたままの車の影にかくれていても、人のいない公園でベンチに座っていても、毛虫だらけで人が寄らない葉桜に登っていても、すぐにあの人は俺を見つけてしまう。そして言ったのだ。いつも同じ笑顔で。同じ言葉を。



「スコール、帰ろ!」



 ……それから、一緒にどこかに帰る。それは『帰る』といいつつどこに戻るというのではなくて、行き先は俺の家(たいてい誰もいなかった)だったり、あの人の家だったり(こちらは動物しかいなかった)、あの人の友達の家だったり(えらい上品ででかい家だったが、いつも歓迎してくれた)、俺のことを可愛がってくれる人の家だったりした(出してくれるおやつがいつもすごく美味しかった)。

 でも、言葉はいつも同じ。「帰る」なんだ。どうしてなんだろう、とばくぜんと思っていた。言葉の使い方がまちがってる。



 だからある日言った。俺は、あの年の子どもに出来る限り、突き放した口調で。

「バッツ、"帰る"じゃない」

「へっ?」

「どこに行くのか毎日違うのに、どうして"帰る"って言うの?」

 あの人がどういう顔をしたか、憶えていなかった。都合がいいことに俺はいちばん自分にとっての罰になるところだけ、忘れてしまった。

「なんか、"帰る"っていいじゃん。それだけだよ」

「まちがってるのに……」

「あってる間違ってるより、いい言葉かどうかのほうが大事ってこと! お前もでっかくなれば分かるって!」

 そう言って笑って、くるりと楽しそうに、手を広げて回ってみせる。影も一緒に楽しそうに躍った。夕暮れごろの、さびれた公園だった。

「からすが鳴くから、かーえろ。おうちに帰ろう…♪」

 俺は、ちょっと腹を立てていた。わけのわからない気持ちだった。あの人のばかさ子どもっぽさが腹立たしいのか、自分に怒っているのか分からなかった。俺はまだ5歳で、あの人は8歳だった。実を言うとわかるわけなんて、なかったのだ。

「ほらスコール、帰ろ」

「……」

「うーん……」

 あの人の影が、ながく伸びていた。いつもきたないどぶみたいなはずの池が、あのときだけ磨きたての銅色にきらきらしていた。8歳のあの人は少し考えて、それから、ちょっと笑った。ちょっと寂しそうに。それを笑い飛ばすみたいに。

「……スコール、行こうか。どっかに」



 ……ほんとうはまだ後悔している。もう、10年以上も過ぎたのに。

 たぶんあの人は、"帰る"って言葉を使いたかっただけだったのに。まだ8才で。家に誰もいなくて。そして俺もそうで。それからしばらくしてあの人の父親は家を売り払い、あの人はあちこちを転々としながら暮らすようになった。"帰る"という言葉はもう使えなくなった。あの人には。



 再会したのは、あれからずっと経ってからだけれど。



 いまだに思い出し、後悔して、それから少し胸が甘くなる。

 夕暮れは、あの人の"帰ろう"を連れてくる。





 俺の幼馴染の、バッツの話だ。




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 スコバツ幼馴染設定は萌えるかなと思って…
 かと思ったら、数字様にイラストをいただいてしまいました。ありがとうございました。