きみのゆめみたゆめをみた
セシルに言われてあたりをつけて学校の裏山に忍び込んでみた。腰の当たりまでのびた潅木をがさがさを分けて歩いていくと、ちょうど今をさかりに咲いている木苺の花がほろほろと散る。このあたりは、季節になるとたくさんの木苺がとれるのだ。夕日色をしたもみじいちごや、指先ほどのサイズも無いくさいちご。 「ティーダーぁ! どこだー!」 だが、今の季節の木苺は、ただうっとおしく手足にまとわりついてくる雑草でしかない。何を好き好んでこんな場所にもぐりこんでいくものか、とフリオニールはクラスメイトあいてにつくづくと呆れた気持ちになる。だが、しかたがないのだ。どっちみち自分がみつけてやらなければ、ティーダは出てくるタイミングを見失ってしまうではないか。 「ティーダーぁ!」 ふと、目の前でやぶが切れた。ようやく抜けたかとちいさくためいきをつく。と、目の前の斜面を見ると、ながく伸びたゆりの茎を倒すようにして、日光で金色にあせた髪の少年が横になっている。 まだ子どもっぽさの残った頬の辺りに、涙のあとがこびりついていた。近くに行ってもまだおきない。フリオニールはもう一度ためいきをつくと、がさがさとことさらに音を立てて藪をかきわけていく。すぐ近くまで行くと、やっとティーダが目を覚ました。ぱっちりと開いた青空色のひとみ。 「…あ、のばら」 「誰がのばらだ」 わき腹のあたりをつま先でつついてやると、「んん」と不満そうにうめきながら起き上がってくる。大きくあくびをするのと伸びをするのと目をこするのとを器用にまとめてやってのけるティーダの傍らに、フリオニールは腰を下ろした。 「あれ、なんでここがわかったッスか」 「お前の昼寝場所なんてだいたい把握してる。今日は天気がいいからこのあたりだろうってあたりをつけてきたんだがな」 「一発的中ってことッスか。うーわ」 「ぐっすり眠れたか?」 ティーダは顔をちょっとしかめて、健康的に日焼けした頬の辺りをごしごしとこすっていた。こびりついた涙のあとがとれないんだろう。フリオニールはためいきをついて、髪をしばっていたてぬぐいを解く。その端で肌についたまま細かな結晶に乾いた涙を、こそげおとしてやった。 「別にオレ、誰にも心配されるとこなんて見せてなかったつもりだったんだけどなぁ」 「セシルがな」 「お?」 「兄さんが心配していたから探してきてやってと言っていてな」 「……なるほど」 「ゴルベーザ先生に感謝するんだな」 「さすが、いい人ですとも! ッスねえ」 フリオニールにはいまいちわからないことを言って、ぴょこん、と身軽に身を起こす。フリオニールは髪をしばりなおしながら、大きく伸びをしているティーダの、若木のように延びたすがたを見上げた。 「何があったんだ?」 「んー… 忘れた!」 元気よく言い切るティーダに、「おい」とさすがにフリオニールの声もとんがってしまう。けれども。 「なんかぁ、チームの練習に出らなくって、あといろいろあって、それからちょっと落ち込んで、一人になりたかったって感じだったッスかね。たぶん」 さらりと言う内容に、怒るための気力なんて、あっという間になえてしまう。 「練習に出られないって、お前、怪我でもしたのか?」 「なんか手首いたくて… 腱鞘炎かもって言われたんだ。癖になりかけてるからそのたびに休まされてウンザリしちまうッスよ」 「なら、こんなところでゴロ寝なんかしてないで、家に帰れよ」 「……」 「親父さん心配するぞ」 「……親父は、関係ない」 ぶすったれた口調で言う。くるりと背中を向ける。まるっきり、子どもだ。フリオニールはため息をつき、がりがりと頭をかいた。 いためたというのはどっちだろう。たぶん利き手じゃないほうの手首をつかんだ。「帰るぞ」というと、「えー」と不平の声を上げる。だが、「自転車乗せてやるから」というと、「ほんと!?」と一発でくいついてくる。 とたんにご機嫌になって、鼻歌交じりについてくるティーダは本当に現金な性格をしている、と思う。だがもとよりそれを許しているのもフリオニール本人なのだ。木苺がぼうぼうと茂った藪を降りる。自転車置き場はすぐそばだ。
どうせ、このまま自転車の後ろにティーダをのっけて帰れば、コスモス寮の自分の部屋に一晩泊めるはめになるのだ。飯を食わせて風呂に入れて布団をひっぱりだして、ひとばんかけてティーダの人生相談につきあうはめになるのだ。いつものことだから、多少うっとおしくは思っても、いやではない。本当を言うと、それをいやだと思ったことなんて、今までに一回も無かったのだ。 「なぁ、フリオニールーぅ」 「なんだよ」 「さっき、オレ、変な夢見てたんッスよー」 それが、フリオニールがバラの花持ってる夢でー、と後ろからくっついてくるティーダが言う。 「それでオレがなんか親父とマジ気で殺し合いとかしてんの。セシルもいた。仮面ライダーみたいな真っ黒いカッコしててさ」 「ただの夢だろ」 「ん。それも夢なの。で、そいつがさめるとオレもっと別のとこにいて、そこがホンモノのオレなんッスよ。でもそれも人の夢だから、ホントのホントの『誰か』が目を覚ましたら、パチンってオレも消えちゃうんッス」 フリオニールは、思わず、足を止めた。振り返るとティーダが夏の空色の目でこっちを見ていた。明るい、広い、光るような空の色をした目。 「ややこしい夢だな」 「ほんとッスよ」 でもこいつにとっては、怖い夢だったんだろう、とフリオニールは思った。 ティーダは泣き虫だ。17歳の少年にしては、感情のあらわし方が開けっぴろげに無邪気にすぎる。でも彼の感情は、そのたび、そのたびに、すべてが正真正銘のホンモノだ。笑うときには心のそこからうれしい。そして泣くときには、本当に涙を流すほど、おそろしくて、こころぼそい思いをしているのだ。 「フリオニールぅ。前進んでくれよ。先行けないッスよう」 「あ、あぁ」 後ろから背中をおされて、あわてて、ふたたび歩き出す。目の前の藪の細い踏み分け道。ふれるたびにほろほろと散っていく水紅色や白の木苺の花。 後ろから付いてくる、仲のいいクラスメイト。金色の髪と日焼けした肌、夏の空色の目。開けっぴろげで素直でバカで泣き虫で。そのくせ心の強いやつで。他の誰とも変えられないくらい大事なやつで。 「夢なんか忘れろ」 フリオニールは、ぶっきらぼうに、背中で言った。 「へ?」 「今体験してるもん以外のことなんかうだうだ考えるな、って言ってるんだ。お前はただでさえバカなんだからな」 なんだそれ、と抗議の声が聞こえてきた。だがぜんぜん怒ってるようには聞こえなかった。それにひどく安心した。同時になんだか胸がぎゅうと苦しくなった。
振り向きたい、振り向けない、振り向くことは許されない。もしも振り返って『真実』を知ってしまったら、こんなやさしい夢なんて二度とは取り戻せることはない。 フリオニールとティーダは、二人でゆっくりと春先の森を下っていく。まもなく、木苺のちいさな花が、ふんだんに実る宝石のような実に代わる季節がくるはずだった。
少年のときはうつりかわりかげろうのよう
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