天国!地獄!大地獄!






 ……この学校だと、なんとなく慣習として週末には小テストがあることが多い。らしい。
 そのことにティーダが気付いたのはコスモス寮に入り浸るようになってからで、かつ、毎週土曜日の夕食ごろになると、全員が全員で暗い顔をつき合わせている寮生たちを見るようになってからだった。
 うすっぺらいベニヤの浮いた食堂のテーブルに集まり、一堂が勢ぞろい。一番上座のところに最年長のライトが座り、いつものように沈着冷静極まりない目でぐるりとみなを見渡すと、重々しく宣言した。
「それでは、評定を始める」
「評定って言うな」
 トップバッター、クラウド。げんなりしきった彼の目の前には科学の小テストの答案がおいてある。体を乗り出して答案を覗いたティーダは、思わず「うわぁ……」と声を漏らした。
「なんだその態度は」
「え? だってソレ、100点満点ッスよね? 何点?」
「やかましい」
 ライトはクラウドに答案と問題を手渡されると、しばらく黙っていろいろを考えていた。クラウドは机にひじを突いて頭を抱える。深い深い深いため息。隣のティナが心配そうに小首をかしげた。
「クラウド、大丈夫?」
「ああ…… ありがとう、エア、じゃなくって、ティナ」
「ティナ、ほっときなよそんなチョコボ頭」
 隣のオニオンの返事は辛らつ極まりない。クラウド・ティナ・オニオンという座り順がなんだか非常に不穏だった。小さなオニオンは半ば椅子の上に膝立ちになって、ティナとクラウドを引き離そうとじたばたしている。
「いつものことじゃんか、科学のテスト赤点!」
「あんなに、がんばって勉強してるのにね」
「もう諦めた」
 うつろな目でつぶやくクラウドに、ライトが、「諦めてはいけない」とまじめに返す。戻ってきた答案を見るとあっという間に真っ赤に文字が入っている。ティーダは再び「うわぁ」と声を漏らす。
「今回は小論文形式の内容が主だったから、理解があいまいな部分を指摘されたのだろう。次回はきちんとテキストを読み込んでおくべきだな」
「……とかなんとかいって、先週は完全暗記の内容だったような気がする」
「セフィロス先生は、気になることがあれば理科室へ聞きに来ればいいと言っていたが」
「死んでも嫌だ」
 クラウド、断言。ふたたび目が死んでいる。ライトは至極まじめに「諦めてはいけない、クラウド」と再び声をかけるが、はやくもティーダはドン引きモードに入っていた。周りを少し見回すと、隣で真剣に答案とにらめっこしているセシルの髪をちょんちょんとひっぱる。
「なな、セシル、セシル」
「どうしたの?」
「……あれ、毎週あんなんなんっすか?」
 ティナが横から答案を覗き込み、あれこれと慰めの言葉をかける。オニオンはさらに横から辛らつな言葉で突っ込むが、その二人にちゃんと声をかけてもらわないとクラウドは今にも幽体離脱してしまいそうだ。セシルはとても気の毒そうにその様子を見て、ティーダにこそっと耳打ちをする。
「毎週とまではいかないけど、科学のテストがある週はね……」
「ってか、暗記したら小論で、小論できるようになったら抜き打ちで前の内容とか、鬼だろ!!」
「セフィロス先生は、クラウドのことが大好きなんだよ」
「ちょー迷惑ッスね……」
「しかたないよ。愛ってそういうもんだよ」
 そう答えるセシルの達観の仕方がなんかちょっと怖かった。ティーダは椅子をそっと引いて逆方向に逃げる。が。
「あの英語教師ィィィ!!!」
 バン、とテーブルに答案をぶちつけるフリオニールの大声に、危うく、椅子ごとひっくり返りそうになった。
「ちょっ、何、何なんッスか!?」
「冗談じゃないっ! なんで前置詞の《n》が抜けただけで丸ごと英作文が零点扱いになるんだよ!?」
 またしても、「うわぁ」だった。
「フリオニール、自分の間違いを人のせいにするな」
「違う! これ絶対に個人的な嫌がらせだ! あのヤロー個人攻撃しやがってあれでも教師か!?」
「マティウス先生は、非常に教育熱心な方だぞ?」
「あれは教育じゃなくて弾圧だ! むしろ圧政だ!」
 ギリギリと歯軋りするフリオニールは今にも寮を飛び出して職員室に直談判しにいきそうな勢いだ。でも、やっぱりこれもいつものことなんだろうか。いつものことだったら嫌過ぎる。そう思ってティーダはそっと逃げ出して、後ろのソファで不機嫌極まりない顔をしているスコールににじり寄る。こちらはなんだろう。
「なあスコーぶふっ」
「来るな」
 近寄ろうとしたら、いきなり手で止められた。顔とかつかまれて。
「ちょっ、酷! 何その扱い!?」
「見るな」
「えー、何ッスか。優等生のスコール君まで赤点ッスかぁ?」
「……赤点のほうがまだマシだ……」
 へっ? と首をかしげるティーダ。その背後からいきなりにゅっとなんか出た。バックアタック! ふいうちを喰らったスコールは逃げられない!
「て、手鏡!?」
「うわー」
「うわぁ……」
「お、お前らぁっ!!」
 なんと、絶妙な角度から鏡を差し出したバッツに、その瞬間をジタンが携帯電話で撮影するという脅威のあわせ技である。スコールは真っ赤になって二人をとっ捕まえようとするが、しかし、さっさとすたこら逃げ出した二人相手ではどうしようもない。と、ポケットにつっこんでおいた携帯がメールの着信音を鳴らす。見るとジタンからだった。しかもスコールの答案だった。
 逃げ惑う二人を、怒っておいかけまわすスコール。思わずそちらを見ると、二人そろっていい笑顔でサムズアップしてみせる。二人そろってドSすぎる。でも見たかったのでティーダもしっかり中身をチェックした。
「う、うわぁ……」
「見るな、と言っただろうが……」
「いやだってこれ…… うわぁ……」
 思わず、画面を拡大してじっくり見てしまう。最近の携帯は解析度もいいから文字までばっちり読めてしまう。テーブルに片足を載せて皇帝(英語のマティウス先生の通称だった)への怒りをぶちまけていたフリオニールも、クラウドを一生懸命に(ただし的外れ気味に)なぐさめていたティナも、こちらの様子にさすがに気付いた。「どうしたの?」とティナに聞かれるが、「あ、いや」とティーダはあわてて携帯を隠す。
「ティナは見ちゃダメッス!」
「なんだよ。何の回答なんだ」
「あー、えーと、あの、のばらもダメ」
「ええ? え??」
「おい、なんだのばらって!」
「じゃあ僕は?」
「……ぎりぎりセーフ、いやアウト、うーん、セウトっすかね……」
「何つまんないこと言ってんのさ。さっさと見せ……」
 そこでオニオン、硬直。しばらくティーダとなんとも微妙な表情を見合わせあい、それから、すごく気まずい感じで視線をそらす。ライトまでこっちに気付いた。「どうした」と声をかけてくる。
「あー、いやあの、ライト先生は見ないほうがいいかもしれないなぁって」
「そうそう、そうッスよ! 教育の希望に燃える若い先生には必要ない内容ッスよ!!」
 さしものライトも、いぶかしげな表情になった。が、存外素直な彼のことで、「そうか」とあっさり引き下がる。ティーダはまたちょっと携帯の画面を見た。これは見せられないよなぁ…… 保健体育のアルティミシア先生だろう。しかし、性の知識に乏しく無謀な行動に走りがちな若者をいさめるための内容で、思いっきり教え子に逆セクハラしてどうするつもりなんだろう。なんだかさすがにスコールがかわいそうになってきたので、ティーダはそっと写真を削除した。
「ちょ、痛い、痛いスコール痛い! それ関節逆関節技極まってる!!」
「スコール、ら、尻尾らめ……」
 とうとう友人二人をとっ捕まえたスコールは、鬼神のごとき表情で、「お前らのテストを見せろ」と迫る。とたんにバッツもジタンも顔が真っ青になる。え、もしかしてあいつらもなの? もはや「うわぁ」の一言も出ずに唖然とするティーダに、オニオンが、「あれは例外」とひらひらと手を振ってみせる。
「バッツはいつもあんな感じだから。仕方ないよ、アホだもん」
「えー? じゃあジタンは?」
「別にオレは人に見せらんない点なんて取ってねーもん」
 ジタンは、スコールの手からようやく尻尾を奪い返すと、ぶんむくれた顔でテーブルの上にあぐらをかく。すでに完全に開き直った顔だ。
「じゃあなんだこの回答は」
「クラシック音楽嫌い」
「そういう問題じゃないだろうが」
「オペラとかもっと嫌い。絶滅すればいいのに。この世のクラシックマニアのナルシストごと」
 ……いったい、何があったんだろうか?
「バッツはアホで、ジタンはバカなんだよ」
「そうだったんッスかぁ」
「納得すんなよそこの髪の毛プリン!」
 あとは、《爆発が足りない!》と書かれた謎の美術課題をかかえて落ち込んでいるティナと、高等部での課題ではなく小学校の《街ではたらく人にインタビューしてみよう》でビミョーな評価をされているオニオンか。なんだかんだいってみんな大変なんだなぁ。ティーダはちょっぴり気が楽になった。
「なーんだ。みーんな成績、悪いんじゃないッスか。オレだけじゃないんだ〜」
「ティーダ。君も、答案を持ってきたのか?」
 ティーダは、思わず、飛び上がりそうになった。
 悪意無く背後に立ってバックアタックをかました真面目な教育実習生は、硬直して振り返れないティーダに、「私に見せてみろ」と言う。ティーダは見せたくなかった。すごく。と、言うよりも。
「オヤジに見せて笑われたくないからフリオニールのとこまで逃げてきたのに! ……ってとこ?」
「オニオンなんでオレの考え読んでるんッスか!? 勝手に人の頭ンなか見るなよ!!」
「見えるわけ無いじゃん」
「え? オニオンって、テレパシーが使えたの?」
「いやティナ、ほめてもらえた気がするのはうれしいけど、あれはティーダが単純すぎるだけだから」
 振り返りたくなくて半ば涙目のティーダの肩に、ぽん、とライトの手が置かれる。「大丈夫だ、ティーダ」とすごく同情のこもった声。
「努力をすれば、きっと明日は開ける」
「開けねぇぇぇ!!! この現状見てなんでその台詞言えるんッスかアンタ!?」
 毎週これか。毎週これとかマジなのか、とティーダは思う。あ、なんか涙出てきた。


「ちゃんと、評価されたいって気持ちを持って勉強すれば、大丈夫だと思うんだけどなぁ
 一人だけ、きっちりと満点を取った答案を手に、セシルがおっとりと首をかしげた。なんとも大切そうにその手に握られた現国の小テストには、思い切り見慣れたあの人の字で、「いい点ですとも!」とコメントが付けられていた……
 
 





ちなみにセシルはぴくしぶでみたネタがあまりに可愛かったので思わず。