美熟女保険医、白衣の妄想地獄 保健室に、美しい女教師。 それは全ての男子学生の夢である。 彼女が未婚であればソレもよいが、人妻であればまたコアな喜びがある。さらに倦怠期や不和で配偶者と上手く言っていない美女ならなおよろしい。 禁欲的な白衣を大胆に前で開け、中身は美熟女グラマラスなボディラインを強調するかのようなファッション。こぼれおちそうに豊満なボディと同年代の少女にはとうてい望めないような風に脂のなじんだやわらかい肌。下着はきっと黒。セクシーなレースのコンビ。とりあえず無意味にガーターベルトなんかをはいているとなおよい。 そして保健室を訪れた少年へ、女教師は妖艶に微笑む。あらどうしたの坊や、どこか”手当て”が必要なのかしら…… 「ミシア、それを全部コンプリートしておるのは、おぬしの何かアブノーマルな趣味の賜物か?」 「失礼なことを言わないでください。ファッションはともかく、私の私生活の環境や体型まで趣味のために提供することなんてできません」 まぁ、それもそうか。そう思いながら《雲》はもくもくと最中を食べる。保健室用の図書類を運んできてくれた同僚の《雲》相手にお茶とお菓子を提供しながら、保健室の美人女教師こと、アルティミシアは壁にポスターを貼っている。 「それにしても、ここ最近の若い者は露骨じゃのう。そのようなポスター、わしらの頃なら一晩で盗まれてどこぞの若造の部屋のたんすの中じゃったぞ」 「そっちのほうがずっと露骨だと思うんですけど……というか、人の仕事場をそういう変な目で見ないでくださいな、《雲》。あなたそんなに暇なんですか」 「うむ、暇じゃあ」 「……」 保健室のポスターというのは、往々にしてなんだか非常にコアな内容だ。自分自身を”世の中の謎全部好き”と任じてやまない《暗闇の雲》にとっては非常に面白い空間でもある。たばこの害について書いてあるポスターの横に、人間を縦に切ったような形で消化器の解説をしたポスターがある。その隣に日射病に対する警告ポスターが張ってあって、その隣が新しいポスターだった。《性感染症について》という内容である。 「ミシア、そなた、このように珍妙な空間に長時間滞在しておるから、そのような奇怪な趣味が身についてしもうたのではないか」 「人のことを珍妙とか奇怪とか…… 失礼な人ですね、あなたは」 「いや、孫めに聞いてのぅ」 「?」 ずず、と茶をすする《暗闇の雲》。ポスターを貼り終わり、画鋲の箱をもって戻ってくるアルティミシア。茶渋の付いた湯飲みから顔を上げた《雲》の目がちょっと冷たかった。何だ、とアルティミシアは顔をしかめる。《雲》はぼそりと言った。 「スコール・レオンハート」 「……あぁ!」 とたん、うれしそうな顔になるアルティミシア。《雲》は顔をしかめる。妙齢の美女が台無しになる。 「スコールですか! ああ、そう、彼のことですね。なら話は別だわ」 「どう別と」 「だって、とてもかわいらしいんだもの、彼」 胸の前でうっとりと手を組むアルティミシア。胸元がV字に深く開いたセーター、長さは控えめながらスリットの入ったボルドーレッドのスカート、そんな服装が一気にまたいかがわしく見えてくる。《雲》はさらに顔をくしゃくしゃにした。 「《雲》、そんな顔をしているとしわが増えますよ」 「婆あがしわを気にしてどうする。それよりそなたのその反応はなんじゃ。年甲斐も無く、みっともない」 「だって、好みのタイプなんですもの、あの子」 スコール…… コスモス寮に在籍する男子学生。 目つきが悪く、無口で無愛想で、外見からしていかにもとっつきにくい印象を与える。少し着崩した制服の感じが今時《ヘルズ・エンジェルス》風のバイカーっぽさをどことなく漂わせているのもその原因のひとつだろう。が、そういう類の”不良っぽさ”というのは、遠巻きに見ている女の子にとってはちっともマイナスの意味を持つものではない。濃い藍色の目と鷹羽めいた色の髪。顔立ちの端正さにもよく引き締った体つきにも無骨で荒削りで、それでいてどこか繊細そうな美しさが光る。いまどき珍しい種類の美男子ではある。 「一度、ゆっくり保健室にたずねてきてはくれないかしら、と思っているのだけれど」 アルティミシアは、頬に手を当てると、はあ、とため息をついた。 「出来れば誰もいない時間…… そうね体育の授業中に足に怪我をしたとか。足首をくじいて動けない、とか言って、誰かに支えられてたずねてきて欲しいものですね。もちろん連れはさっさと帰って二人きりで」 「……詳細じゃのう」 「ええ、もちろん。そうしたらきちんと靴を脱がして様子を見てあげましょう。ちょっとイジワルをしてわざと痛いほうに動かして、痛むかしら? とか言ってみたりして。ああ、あの子が痛みを感じてしまったことに悔しそうに顔をゆがめてくれたりしたら、最高ですね!」 ―――ミシアは、間違いなく変態教師だ。《雲》は頭の中で結論付けた。 きゃっきゃっと一人妄想にもりあがっている同僚をほうっておいて、《雲》は後で小憎たらしくもかわいい孫、もといオニオンと会うと言っていた場所を頭の中で反芻する。どこまで伝えたらいいだろうか。ミシアの妄想をまるごと聞かせるのはちょっと…… いくらなんでも教育に悪い。 すでにアルティミシアの妄想が、スコールの胸元に手を突っ込みながらベットに押し倒すところまでいったあたりで、「のうミシア」と《雲》はさりげなく話をさえぎる。 「おぬし、暇な時間はいつもそんなことを考えておるのか?」 「まさか。ここはそんな楽しい職場ではありませんよ」 アルティミシアは憤然と答える。いつもそんなことを考えられる職場イコール楽しい職場…… 《雲》はちょっと遠い目をしたくなったが、なんとか自分を現実へと引き戻す。 「ここにくる生徒たちの相談も受けなければならないし、学内で起こることの処理もありますし。最近の保険医はやることや学ぶべきことがずいぶんと増えました」 「なんと殊勝なことを言う。おぬし、本当にミシアか?」 「図書館で本を読みながらだらだらと惰眠をむさぼっているだけのアナタに言われたくありません。私は仕事熱心なんですから」 「すごかろう、なんとわしは本を読むことと眠ることが同時に成立するのじゃ」 「変人偏屈活字中毒」 「なんじゃ、色ぼけの変態熟女」 二人はしばし、お互い、がっぷりと視線を組み合わせたまま、一歩も譲らずにらみ合っていた。 ……一歩も押さない攻防は、ぴぴぴぴ、とあまり聞かない音が保健室に聞こえるまで続いた。 「あぁ、コーヒーが」 「こーひー? 珈琲がどうした」 「あたらしいエスプレッソマシンを入れたの。とても美味しいんですよ」 何事も無かったように立ち上がり、きちんと片付いた書類棚の片隅に、ちょこんと収まっていた真新しい家電のほうへいく。そんなアルティミシアの後姿をみながら、《雲》は湯のみの底にたまった最後の渋い一口を顔をしかめてすすった。 「一日中、ここで楽しいことも無く、あちらこちらと仕事の手配ばかりだもの。せめて美味しいコーヒーくらいは飲みたいですからね」 「ふむ…… とはいえ、数杯分はありそうじゃが」 「あなたみたいに、用も無いのに来る人が多すぎるの。ジェクト教諭もだし、ゴルベーザ教諭もだし」 「まさか手を出してはおらなんだろうな」 「まさか!」 今度、鼻の頭にしわを寄せたのは、アルティミシアのほうだった。 「同僚に手を出すなんて、不潔です」 「……あやつらの息子や弟はどうじゃ?」 「えっ? えー、うーん、どうでしょうねー。ティーダはちょっと硬派さが足りないというか、幼いし、セシルはいいところまで行っているんだけど…… そうねセシルはいいわ。すごくいいですね! ああ見えて意外と背も高くていい体つきもしているし。なんで今まで気付かなかったのかしら!」 「おぬし、いつかゴルに殺されるぞ」 「あら、あの人は女性に手をあげたりしませんよ。フェミニストですもの」 「……」 わからない。 そろそろ付き合いが短いとはいえなくなってきた同僚ではあったが、《雲》にはあいにく、アルティミシアの考えていることの半分も分からなかった。 (こやつの脳内もまた、暗黒物質じゃのう) いやまあ、そういうタイプと話すのが好きだから、別にいいんだが。 可愛い孫はあと10年育ってもミシアの好みのタイプにはならなさそうだし、ひとまずはスコールだけじゃなくてセシルもアレだと孫に伝えておくか。そう思いながら《雲》はひとくちコーヒーをすすって…… 思わず目をぱちくりと瞬く。 「美味しいでしょう?」 机に頬杖をつきながら、アルティミシアが微笑む。この顔を見ればセクシーでありながら真面目でやさしい良い保険医だというのに、もう。 「ミシアはずっとそのままでいてもらいたいものじゃ」 「あら、どういうことです」 「ほほ、己で考えることじゃな。たまには妄想と仕事以外にも頭を使え」 「何か含みのある言い方ですね」 「むしろ含みしかないわいな」 ちょっと納得がいかない風に口を尖らせながらも、自分もコーヒーを口にする保険医。その向かいで湯のみでも持つようにカップを持った美人司書。 内実さえ知らなければ、実に、実に男子学生の夢を結晶したような、二人の美女の光景であった。 ミシアさんってこんなひとだったっけ……(悩 |