終末の過ごし方





 もう、世界が終わる。
 なんだかんだそれを知りながら、オレは、なんだかヘンに普通な感じに過ごしている。
「おいジタン、めしー」
「ん。…おぉ?」
「ごめんな、肉無くって。仕方ないから道具袋ぜんぶひっくり返してみました」
 バッツはそういって、ほら、とひっくりかえした道具袋の底をひっぱってみせる。オレは思わず笑ってしまった。でも、それでこれだけやれるバッツはすごいと思う。べこべこになった鍋の中から甘いにおいがしていた…… デザートとかに食べる甘いスープだ。
 たまに、バッツはこういうものを作ることがある。カロリーの確保が生き死ににかかわる旅人だからなのか、どうも出身のあたりだと砂糖とかの甘味料が貴重品らしいのが原因なのか、とにかく糖分とか脂肪分のやたらと多いむちゃくちゃ太りそうなものが《ごちそう》だと信じ込んでいるのだ。なので、バッツに全部まかせておくと、翌日には胃もたれ必至のすごい食い物がでてくることがたまにある。
 ……うん、それが、バッツらしいんだろうけどな。
 実際に美味いからあんまり気にすることじゃないだろうし。
「沢山食えよー」
「食えるかよ。女の子じゃあるまいし」
「そうか? おれなら鍋ごとでも食えるよ?」
「それは許さん」
「なら、たんと食え」
 バッツは笑い、鍋の中身を大きなスプーンですくって、ふうふうと吹いてさましてくれる。「はい、あーん」と差し出されるのはなんとなく恥ずかしい気もしたけど、いまさらそんなそぶりをするのも可笑しい。オレは素直にぱくりとスプーンをほうばる。予想通りクソ甘い。
「どうよ」
「甘い」
「えぇえ?」
 バッツは口を尖らせて、今度は自分が鍋の中身をすくう。口に入れてみて首を捻りながら「美味いと思うけどな」などとつぶやいている。オレは、口の周りを舐めた。実際に美味かった。ただ、ちょっと困らせてみたかったんだ。
 干したチェリーとシナモン、たっぷりの砂糖を鍋で焦がしてカラメルにして風味がつけてある。ゆでた押し麦をかゆになるまで煮込んで、その上から残りわずかだったクリームを乗っけていた。冷やして食べたらいかにもしゃれた感じのデザートになるだろう。でも、あえてそこを熱々のままで食べるのが、バッツの流儀なんだろう。
 だいたい、とオレは思う。
 こんなものを鍋ごと冷まして、それを別けてる暇なんて、とっくになくなってる。
「おい、他になんかないの、なんか」
「なんかってなんだよ」
「パンとかさ、クラッカーとか。これだけだとマジ甘すぎるぜ?」
「クラッカー? えっと…… あぁ、ちょっとだけあった」
 バッツはこっちにケツを向けて道具袋をひっかきまわし…… 底まではたいたんじゃなかったのか? ……ポピーシードを載せたクラッカーを見つけ出してくる。バッツはちょっとだけ懐かしそうな目をした。指先で、透明なフィルムの包装をなぞる。
「もったいないから開けてなかったんだよな」
 スコールからもらったんだろうか。クラウド、あるいは、ティーダ? そういう感じのアイテムだった。どういう素材で作られているのかよく分からない。でも、そのままの形で保存しておいたら、湿気たりかびたりしにくい特別な食べ物。はじめてみたときバッツは目をキラキラさせて感動してたっけ。
「あけてもいい?」
「いいよ」
 オレは笑って答える。バッツは歯をみせて笑うと、指先でクラッカーの包装を慎重につまむ。ピッ、と音を立てて透明なフィルムが裂ける。
「あっ割れたっ」
 オレは、慌てるバッツに、けらけらと声を上げて笑う。時間が無いとは思えない、暢気な気分だった。たぶん相手がバッツだからだった。こいつが一緒だったら、いつでも、笑っていられる。たぶん死ぬときだって、オレは笑ったままでいられるだろうと思った。
 そういうのが正しいとは思わない。投げやりになってるのかもしれない。頭が、おかしくなっているのかもしれない。世界と同じくらい、オレも壊れているのかもしれない。
 でも、泣かないで、絶望しないで、べた一面に真っ黒になった心にならないで、この時間を迎えられるということが、今はひどくありがたく思える。友達っていいよな。仲間や恋人とも違う。もしも、そんな人がそばにいたなら、オレはそいつを護ろうと最後の最後まであがき続けただろうと思う。どんなにそれが無駄なことだって。
 ―――そうしたほうが、いいのかな?
「なぁ、バッツ」
「ん?」
 新鮮な香りがするままのクラッカーをうっとりと眺めていたバッツに、オレは、問いかけてみる。何気ないままで。
「このままで、いいのか?」
「なんで?」
 きょとんと目を見開いた表情が、いつもどおりだと思う。いつものバッツだ。能天気で無邪気で明るくて。
「なんつうか、ほら、その最後に一矢むくいるとか、そういうことしなくていいのかと」
「あぁ、そういう意味。……そういや、そういう案もあったか」
 気付いてなかったのかよ。
 呆れるオレに、バッツは、からからと笑った。なんだか突き抜けてる感じだった。くるりと手を翻し、オレのダガーを取り出してみせる。器用に片手で二本まとめてにっこりと笑う。いつみても見事な軽業っぷり。あたりまえか、オレのコピーなんだから。
「最後に誰に挑むとか言われてもなー、特に思いつかないし」
「おいおい」
「当面、ジタンの面倒見るのが最優先事項だし」
「……」
「そうだなぁ、……スコールんとこ、行きたかったけど」
「……」
 オレは、ちくんと胸が痛むのを感じた。バッツを見る。首に何か小さなものを下げている。簡素な細工だった。空の薬莢を皮ひもでしばってペンダントにしている。
 スコールのものだった。ほんとなら、もっと別に身につけるべきものはあっただろうと思う。でも、他にスコールが残していってくれたものは何もなかったのだから、どうしようもない。
「まぁいいよ、きっと、また会えるさ」
 そう言ってさらさらと笑った。バッツの表情に嘘は無かった。何かを通り越して透明な表情だった。何故だか分からないけど胸のどこかがぎゅうと苦しくなる。近寄って、肩を抱いてやりたくなるような。
 でも、もう無理だ。
 オレにはもう、動く腕が無い。
 皇帝とやりあって、半分、相打ちみたいになってしまった。バッツが瀕死のオレに必至に手当てをしてくれたからなんとか生き延びてはいる。でも、超高熱のエネルギーにつっこんで、オーブンで焼きすぎた元チキン今消し炭…… みたいになってしまったもんは、さすがに、どうしようもなかったのだ。
「もう一口どぉ?」
「いや、それより先にさ、クラッカー」
「あ、そうだった」
「何のためにあけたんだよ!」
 オレは笑う。バッツとくだらなくやり取りをする。遠くで、空が音を立てている。雷みたいな音を。世界が崩れていく。もうすぐ全部消える。砂に描いた絵が満ち潮にさらわれるみたいに、ばらばらに散らばって、見えなくなる。
 結局、勝ちなのか、負けなのか。それすらよく分からない。
 なし崩しに今回のゲームは終わって、残り少ない駒の中にはオレとバッツがいる。ほんとは、他に誰か生き残っているのかどうかすら、すでによく分からない。もしかしたらオレたちだけかもしれない。そうじゃなくて、他のみんなは必至で最後の決戦に挑んでるのかもしれない。
 よく分からない。いいか悪いかと言われると、ぜんぜん、良くない。
 でも。
「あのさ、バッツ」
「ん?」
 オレは、目を閉じた。まだ口の中に残る甘み、チェリーの酸味、焦がしたカラメルの香ばしい味、それに、心を込めて料されたものを食べたときだけのものである、胸にしみるようなあったかさ。
「なんか、ごめん」
 バッツは、目をきょとんと見開いた。それから笑った。なんだか苦く。照れくさく。でも、誇らしげに。
 手が伸ばされて、オレの髪をくしゃくしゃと撫でた。バッツの身体もすでに傷だらけのはずだ。でもあったかい。そして何気ない。これからもずっと、同じやりとりが、続くんだろうという気がするくらいに。
「ヘンなこと言うなよ、ジタン」
 バッツが笑う。いつもみたいに。これからも、たぶん、同じだろう感じに。
「謝る必要なんてないだろ? ……友だち、なんだからさ」
 雷を何百回も一気に鳴らすような音が、また、近くなる。遠くの空が瑪瑙色に腐食してぼろぼろと融けていく。世界が、終わる。オレたちも一緒に。
「オレもさ、ジタンと一緒で良かった、なんとなく」
「どうして?」
 雲が翻る。そのたびに、オパール色の層がひらめいて、そして、消える。同じ色も瑪瑙色と一緒に突き崩されてどろどろに融けるんだろう。そして渦になって、また次の創造のための坩堝となる。繰り返される無限のゲームのための地平となる。
「だってさ、やっぱり、友だちと一緒なら」
 空が、巻き取られていく。舞台の終わりに緞帳を引くみたいに。その向こうに見えるのは、黒よりも暗い《何も無い》真っ暗闇だ。
「心強い。だろ?」
 バッツは笑う。手を伸ばす。もう動かない、オレの右手に触れる。指の足りない手をぎゅっと握り締める。なんかの合図みたいに。
「ありがとな、ジタン」
「何言ってんだ。こっちの台詞だよ」
「そうか? ま、どっちでもいいや」
 オレは、慎重に、手に力を込めていった。かすかにだけどぴくんと残った指が動いた。オレたちは思わず顔を見合わせ、それから、くすくすと笑いあう。可笑しそうに。
「まぁ、なんだ。……ありがとよ、バッツ」
「こちらこそ。また、次にあったときも、よろしくな?」
「もちろん。今度も、スコールも一緒にな」
「あったりまえだろ!」
 雷が近づく。もう、暗すぎてお互いの顔もよく見えない。でも繋いだ手を感じる。その強さを。
 最後に、闇と光が混ざり合ったものが、圧倒的な波となって地平の向こうから押し寄せてきた。ああいつもどおりだ、と最後にかすかに思い出した。それでもお互いの手は握ったままだった。オレは消滅の瞬間に叫んだ。叫ぼうとした、だけかもしれない。でもそれでよかった。バッツも同じことを言った。それがお互いに分かったから。



 
 それじゃバイバイ。

 また、今度。













何回もゲームセットがあったはずなんだ。