/Toy Soldiers



 お前がどんなやつか、確かめてみたいんだよ。
 空恐ろしいことをいって笑う表情は、けれど、三月の空のように澄み切って無邪気なもの。それだからこそ、感じる違和感は血管に異物を流し込まれるように強烈なものだった。全身をかけめぐる血が鈍重な水銀に変わる。やめろ、とわめいたつもりだった。舌がもつれてまともな声にならない。
「やめ……」
「やめないよ。大丈夫だって。……ちょっと味見するだけ」
 もがいた腕を簡単につかみとって、逆の方向にひしぐ。小枝が折れたような音がする。彼は、クラウドは、絶叫した。そのつもりだった。胸に乗せられた膝に力が込められて肺が押しつぶされる。大きく開いた口の中、宝石のように並んだ白い歯を、彼は、捕らえた蝶を見つめる子どもの目で見つめている。
「お前の目、きれい」
 指が伸びて、頬をそうっとなぞった。蝶の羽から鱗粉をそっとはたく仕草。
「やっぱりお前って、セフィと同じ味がするのかな?」
 やめろ、と声を上げようとする。もう声すらでなかった。金属質の痛みが脳髄をつらぬく。引っ掻き回す。どこかでぷつりと閾値を越えて、その瞬間、すべての肉体の感覚が、苦痛から切り離される。乖離。いつの間にか身についてしまった精神の防御構造だった。クラウドは緩慢に悲鳴をあげ、もがきながら、目の前の男を見上げていた。白い髪に色石の飾りをつけ、まだらの模様がついた服に、赤や、さまざまな色の布をまとった青年。
 
 バッツ・クラウザー。

 心を持たず、正義を持たず、ただ気まぐれに振舞うだけの虚ろげな風。
 白い髪のバッツは、クラウドにとって、片翼の天使に匹敵する、あるいは、それ以上の悪夢に他ならない存在だった。

 胸を強く押さえつけられ、頭の上で重ねられた手を、地面に縫いとめられている。激痛に意識が明滅した。ひゅう、ひゅう、とかすれた息が喉から漏れる。それでも意識を失わないのは、慈悲か、あるいは彼の残忍さの現れに他ならないのか。クラウドは地面に縫いとめられたまま、自分の上にのしかかったバッツを見上げていた。目が丸く顎の細い、あどけない顔立ち。象牙の肌と白い髪。煙色の目。
「そんな顔しないでもいいよ。殺さないから」
 バッツの指は、長い年月を草木の間を走り抜けて過ごした生を象徴するかのように、手のひらが厚く、指が硬い。そんな指先が締まった下腹から膚をなぞりあげていく。服が捲り上げられる。
「……っク」
「ああ、ここ、傷跡だ。ここから這入ったやつもいるってことか…… 痛そうだな」
 いつ身体についたのか分からない傷、へそのすぐ上から肋骨の合わせ目あたりまで続く傷を、バッツの指がなぞる。ちりつくような感覚が膚を走った。クラウドは、喘ぐように息を漏らし、少しでも酸素を得ようと弱弱しくもがく。だが、バッツの仕草は確実で、ひとつの迷いも無かった。身体を動かそうとするたびに生ぬるいものがこぼれおちる。バッツが少しだけ困った顔をする。
「あんまり暴れない方がいいよ?」
 ちゃり、と音が鳴った。バッツが、地面に深々と突き刺された短剣に、触れた音だった。
「暴れると、手首ごと手が裂けちまう。大人しくしといたら、ちゃんと抜いてやるから」
「―――ッ、が……!!」
 重ねられた手首のすぐ下、骨と骨のつくりだす狭い間隙を、この虚ろげな風は、ほふった家畜を解体するかのような正確さで貫いて見せた。動くたびに己の力で腱が裂け肉がちぎれる。しとどに流れる血が頬までも浸している。
 その血をゆびさきで掬い取って、バッツは、しげしげとそれと見つめた。はじめは指だけだったのが、やがて、行儀の悪い子どものような仕草で、両手一杯にクラウドの血をすくいとろうとする。べたつく手のひらを、指を、ちろりと舐めた。舌は子猫のようなピンク色だった。
 顔をしかめ、ちろりと舌を伸ばし、舐め取ろうとして、あわてて首を横に振る。唇をこぶしでこする動作も、鼻の頭に皺を寄せる様子も、まるきり、まずい獲物を食わされかけた動物のそれだ。クラウドは笑った。笑ったのだと思う。
「……なに、を…… して…… いる?」
 自らを喰らおうとしている行儀の悪い子どもを前にして、ほかに、どんな返事ができるというのだ。
「お前の血、しょっぱくて、鉄臭いんだな」
「……ったり、前だ……」
「セフィはそうじゃなかった」
 ぽつりとバッツがつぶやく。クラウドは目を見開いた。
 象牙の肌と白い髪。色の薄い煙色の目が、頬から口元にかけてをべったりと汚した血糊を強調しているかのようだった。クラウドを下した男。こうやって地面に貼り付けにしたまま、まるで猟果でも確かめるように、この身体をばらばらに腑分けしようとしている男。耳の辺りをふちどったやわらかい癖毛。どこかしらに子どもっぽさ、あどけなさの滲む表情。
「セフィロスが…… だと……」
「あいつはもっと、面白い味がする。星の匂いがする。火の味がする。でも……お前は違うんだね」
 まったく意味が分からない。体がゆるんだのかわずかに肺に酸素が入り込んでくる。一気に吸い込もうとしてむせ返った。ピンでとめられた虫のようにあがくクラウドを、バッツは、無頓着な瞳で見下ろす。
「分かったよ。ようするにお前は、セフィの仲間じゃないんだ」
「あっ…… たりま、え……」
「あぁ、いや、そういうことじゃないよ。仲間じゃなくて、お前はさ、セフィの」

 轟音。

 血臭も、つながらない言葉も、すべてを叩き壊すようにして、地面が破断し、炸裂した。煙色の目のバッツはふきとばされた木の葉のようにひらりと宙へと舞い上げられ…… そのまま降りてこない。びっくりしたような顔のまま、ふわりと落ちかけ、そこでとまる。浮遊しながら見下ろすバッツを、地面から、もう一人の男が凄まじい怒りの表情で見上げていた。
 もう一人、銀髪を背中でゆわえた青年が、あわててクラウドに駆け寄る。だがバッツの関心は、今となっては初めに間に潜り込んできた男へと移っていた。片手には分厚い刃の大剣。半ばあらわになった肌のすべてを覆う強靭な筋肉。男は唸り、手にしていた剣を地面に突き立てる。鎖が音を立てる。あの、【かたまり】を、地面へと、貫通させた?
 バッツがそう思った瞬間、
「……ぅォォォォぉおらァッ!!」
「!?」
 裂ぱくの気合と共に、衝撃が、横殴りに見舞った。
 不安定な空中では、どうしようもない。腕を十字にして受けるのが精一杯。なすすべもなく吹っ飛ばされる。だが。
「まだよォ!」
「ッ?」
 後ろ!?
 その存在を感知したとほぼ同時に、すさまじい質量を乗せた膝が真下から跳ね上げられる。受身を取る暇もなかった。衝撃。全身を痛みが打ちのめし、汗が吹き出し、胃の腑から胃液が逆流する。けれども。
「さんっ、どめは」
「!?」
「オコトワリ、ってな!」
 最期の一撃を頭上から叩き込もうとしていたジェクトはだが、しかし、確実に捕らえたはずの獲物の姿を見失う。何がおこった!? 混乱が判断を鈍くした。地面の上からフリオニールが絶叫した。
「ジェクト! 上だ!」
「ッ!」
 魔法円がゆるりと弧を描くようにして移動する。すかさず高場に立ち上がったバッツは、けれど、さきほどのダメージにもかかわらず、どこかひどく爽快そうな表情を浮かべていた。ぎゅっと手のひらを握り締め、腕を開く。くるりと体が弧を描くと、その動きに呼び出されたかのように、白い光球がふたつ、みっつ、ときらめきはじめる……
「ほぉら、ほぅら!」
「―――!」
 次の瞬間、爆散するかのようにして、白い光球が、光を増す。次々と炸裂する。ジェクトは目を見開いた。背中を舐める予感。全身に突き刺さる超高温の焔と魔力の輪舞。
 ……《リモートフレア》だと!?
「っと、逃がさないぜぇ!?」
 パチン、とバッツは指を鳴らした。その瞬間、脳裏を奇妙な感覚が走った。ジェクトはすぐに気付く。手足が、体が、動かない!
 《バインド》の拘束で動きもままならぬジェクトに向かい、バッツは、矢継ぎ早に光球を生み出していく。炎が焔をあおり、真っ白な火に包まれた空間は、まばゆさの余りほとんど視界もままならない。
「ジェクトぉぉ!!」
 地上で、フリオニールが絶叫する。バッツの耳には届かない。夢中で紡ぎだすきらきらしい魔法の光球。紅く燃えるもの、青白く骨を焦がすほどにまばゆいもの、金色に輝ききらめくもの。生み出すはしから、うごけないジェクトのほうへと投げつけていく。純白に虹の七色が混じるきらびやかな美しさ。くるりくるりと手足を投げ出すようにして、調子をつけて光球を連ねる。燦爛。無数の宝石を連ねた女王の首飾り。
「キレイだろ?」
 ニッ、と笑ったかと思うと、
「プレゼント、だ!」
 白い髪の”風”は、魔力の鎖へと力を注ぎ、その首飾りを、”引きちぎった”。
 連爆。凄まじい爆音と、目をくらませる光の乱舞。轟、と風が荒れ狂った。まるで泳ぐ魚のようにくるりと空中で体勢を入れ替え、油断なく目を細め、爆心地を見つめ―――
 ……目をくらませる輝きがうせ、視界がクリアになったとたん、目を、見張る。
 殺すつもりで、撃ったのに?
「……ってえな、この、クソガキャ……!」
 地面へと何重もの傷を刻み込んだ円陣の中央で、呻きながら、巌のようなものが立ち上がる。貝のような白く風化した質感。荒い髪。ジェクトは呻き、地面に爪を立て、立ち上がる。潮風に砥がれたように硬質化した身体をバッツは見た。鉤爪を立てて起き上がる、その”生き物”を。
「わお」
 声が漏れる。笑みこぼれる。嬉しそうな笑みが顔全体に広がる。肩を震わせ、自分の受けたダメージを振るい落とそうとしていたジェクトは、不可解な反応に目を眇めた。
「あン? 何ニヤニヤしてやがる、クソガキ」
「……すごい。おもしろい。お前も、人間じゃなかったんだ」
 ジェクトは、顔をゆがめた。何を言っているのだ、この男は?
 ジェクトの手が届かない空中で、バッツは、「すごい、すごい」とかみ締めるにつぶやく。きらめく瞳は煙色のトパーズ。残忍でもなければ狂気でもない。ただ、《嬉しそう》だった。珍しい虫を見つけた子どもの笑み。逆に、その屈託のなさが強烈な違和感を伝えてくる。ジェクトはつばを吐きすてた。
「ああ、そうさな、俺様はこれでも立派な怪物だ。なんか文句あんのか!」
「カイブツ……」
「さっさと降りて来いよ、あぁん!? 勝負してえんだろうが。相手してやるよ、おめぇがひき肉になるまでよ!」
 バッツはしばらく、空中で思案をしていたようだった。けれど、しばらくして、「今日はやめとくか」とつぶやく。
「お前さ、名前は?」
「テメーに名乗る名前はねえ」
「そうなの? じゃあ、こっちが名乗っとくか」
 ジェクトは顔をゆがめた。ふざけているのか、こいつは?
「おれはバッツ。バッツ・クラウザー。憶えといてくれよな。また、逢いに来るから」
 バッツは笑う。目を細めて、まるで、少女のように。
「じゃあ、またな。”怪物”?」
 くるり、と白い生き物は宙で身体を翻す。髪がゆれ、風をはらんで飾り布が揺れ、装飾品が触れ合って澄んだ音を立て……

 ……そして、またたき一度を過ぎたとき、そこにはただ、行き過ぎた風の残滓があるだけだった。










 よう、こんにちは、”お人形”
 一度お前に逢ってみたかった。悪いけど今日はセフィはいない。
 だからさぁ……
 今日はおれと遊ぼうぜ、セフィの”お人形”?


「今は、これが限界か……」
 クラウドの両腕に巻きつけた布をピンで留めつけ、フリオニールがつぶやいた。声には焦燥が滲んでいる。クラウドは、どこか他人事を見るような気分で、その様子を見つめていた。
 両方の手首に布をきつく巻きつけて止血をした。傷は酒で洗って消毒をした。折れた腕に添え木を当てた。最低限の回復魔法で流れつづける血は止めている。だが、アイテムを使うなり、回復魔法を使うなりしてきちんと傷をふさがなければ、剣を握ることなど不可能だ。
 フリオニールは自分の方が怪我をしたような顔をしている。奥歯をかみ締めた表情を見るに、たぶん、クラウドを一人にした自分のうかつさを責めているんだろう。クラウドは優しい声を作ろうと苦労する。
「いや、十分だ。もう痛みは無い」
「そんなわけがあるか。あんな…… あんな、弄ぶみたいな……」
 くそっ、と吐き捨てて、地面を殴りつける。フリオニールの目の端に涙が浮かんでいた。
 なんと言えばいいのか、分からない。クラウドが迷っていると、ふいに、足音が聞こえてくる。ジェクトだった。鈍重な大剣を地面へと突き刺す。鎖が音を立てた。
「哨戒終わり。敵は見えねえな。とりあえず一端撤退と行こうや」
「さっきの、あいつは?」
「影も形もなんとやらってヤツだな。単なる勘だが…… 今日は戻ってこないだろう。他のカオス連中がかぎ付ける前に、さっさととんずらしたほうがいい」
 ジェクトは、クラウドの隣に、膝を突いてしゃがみこむ。おおきな手のひらで頭を撫で、気遣わしげに顔を覗き込んだ。くすぐったいような気分でクラウドは目をまたたく。
「よし、意識ははっきりしてんな。動けるか」
「ああ……」
「ああ、ってお前さん、目がイッちまってるぞ」
 ジェクトの目は、赤い琥珀のような、あたたかい赤銅色をしている。正面から顔を覗き込まれる。この目の色は好きだ、とクラウドはどこか遊離したような意識の中で思う。
 痛くないというのも、怖くないというのも本当だ。
 まだ、人間らしいちゃんとした感覚が、戻ってきていない。
「おいフリオ、ビシッとしろや。俺様がこいつを担いでくから、お前が周りを警戒しろ」
「あ、ああ」
「こいつは…… 手がイッちまってんのか。しかたねえな」
 ジェクトは、クラウドの膝の下と背中に腕を回す。横抱きに抱き上げる。背中に背負われても、ちゃんとしがみついていることが出来るかどうか、わからないからだろう。クラウドは素直にジェクトの腕に収まることにした。
「血なまぐせえな」
 ジェクトは、荒々しく舌打ちをした。
 この場所から、彼らの陣地…… 秩序の聖域まで戻るのに、どれくらい歩くのか。だが、ジェクトにもフリオニールにも、微塵の迷いも揺らぎも無いということはクラウドにも分かった。クラウドがぼろぼろに痛めつけられているから、守り、そして退くのだ。打ち合わせもなしに瞬時にそのことをきめた二人に、よけいなことをいって困らせるような真似は、クラウドにだって出来はしない。
 足元で崩れる粗い砂。珊瑚の浜辺を歩くような足音が響いた。頭上を見ると、奇妙な幻光が尾を引いて飛び交っている。しばらくは無言だった。フリオニールが、耐えかねたように、呟きをもらすまでは。
「あの男」
 脳裏にフラッシュバックする。白い髪、赤石の飾り、屈託のない大きな目。
「いったい、何なんだ? どうしてこんな酷い真似をした?」
 殺さない程度に痛めつけ、虫の標本でも作るように、地面に身体を磔にした。顔を覗き込み、その痛みと恐怖を確かめた。まだどこかしら遊離したままの頭で、クラウドは、その一部始終を思い返す。
「……あいつは、セフィロスを知っているようだった」
「あの悪趣味なニイちゃんか。おい、あのクソガキはセフィロスの下っ端ってことか?」
 下っ端、というジェクトらしい言い方に、思わず苦笑が漏れる。クラウドは思い返す。
「違う、と、思う」
 ―――あくまでおぼろな記憶に基づくものだったが。
「セフィロスは、あんな不確かな性格の手駒は作れない」
「……まぁ、ずいぶん、楽しそうではあったけどよぅ」
 むかつくことにな、とジェクトは吐き捨てる。嬉しげに笑みこぼれる表情。屈託のない言葉。その内容の残酷さ、そして、こちらへと向けてきた攻撃の苛烈さ。全てのものにまるで釣り合いがとれない。
 無言のままで横を歩いていたフリオニールが、ふと、何かをつぶやいた。小さくて聞こえなかった。「なんか言ったか、フリオ」とジェクトに聞きとがめられて、ハッと顔を上げる。
「いや、なんでもない。ただの独り言で」
「独り言ってツラじゃあねぇぞ、のばら」
 荒っぽい言葉遣いの向こうに、気遣いが透けて見える。フリオニールは苦笑した。そして答える。
「……怖いな、と思っただけだ」
 
 怖い。

「俺は、遠くから見ていただけだけど…… なんだか、怖いヤツだなと思ったんだ」
 そう吐露して、困ったように笑う。「笑ってくれてもいいよ」と付け加える。
「臆病風にでも吹かれたのかもな。あいつ以外にも不気味な奴はたくさんいるはずなんだが」
「いや、分からんでもないな」
「え?」
 ジェクトもまた答える。赤銅色に日焼けて、革のように分厚くなった肌。くしゃくしゃに皺を寄せて顔をゆがめる。どこか珍しい表情。フリオニールは、目を丸くして傍らの巨漢を見上げる。
「なんつうか、アレは、ちょいと変わってると思ったぜ。警戒した方がいいだろうな。どう動いてくるか、ちっとも予想がつかねえ」
「あぁ……」
「しっかし、お前さんはどうしてこうも、薄気味の悪い野郎にばっかり惚れこまれるんだろうねェ?」
 ジェクトの言葉に、クラウドは苦笑するしかない。笑えるだけまだよかった、と思う。あんな相手と一人で対峙したくない。思い出したくなくとも、くっきりと頭の中に刻み込まれた、屈託のないふたつのひとみ。
 殺さないよ、と一番初めに彼は言った。
 お前は、大切な、大切な、セフィの宝物だから……
 悪夢はどこまでもついてくる。銀の幻影は、まるで悪い夢のように、どこまでもクラウドの存在自体にまとわり着いてくる。だが、それは”悪夢”だからこそ耐えられるものでもあった。
 もしも、それが”悪夢”ではなかったとしたら。
 クラウド自身にとっても、望ましい未来だったとしたら?
「クラウド、安心してくれ。俺たちが守るから」
 フリオニールの表情は、どこか、ひどく切羽詰って真剣だった。それほどショックだったのか。クラウドは、なんとか笑おうとする。口の端を持ち上げるのでも精一杯だったけれど。
「大丈夫だ。……オレは、あんなものに、負けない」
「おーおー、元気そうでなにより。よかったな騎士さま、お姫様はまだまだ頑張る気だぜ」
「お姫様って」
「……誰がお姫様だ」
 ジェクトは声を上げて笑う。釣られて、少しだけだが、気力が戻ってくる。フリオニールも同じだったようだ。さっきまで青ざめてこわばっていた顔に、少しだが、いつもの彼らしい表情が戻る。
 それでも…… それでも。

 おれと遊ぼう、”お人形”?

 彼は、笑っていた。その目はクラウドに向けられながらも、その向こうにただ、銀色の幻影だけを見ていた。
 あの無垢な笑みを浮かべた彼は、ただクラウドを使って、別の人間と遊ぼうとしていた。

 オレは、とクラウドは思う。握り締めようにも手が動かない。焦燥だけが脳裏でちりつく。
 オレはまだ、人形でしかないのか? ここまで来ても? こんな遠いところまで来てもなお、また、”お人形”として生きろと強いられるのか?
 目を伏せて、クラウドは、じっと考えていた。けれどふいに声がする。頭上から降ってくる。短くてぶっきらぼうな声。
「寝てろ、クラウド」
 ジェクトは言う。か細い体の青年を、横抱きに抱き上げたまま。
「安心しろ。てめえが動けないなら、俺らがいる。だから、今は寝ろ」
「今度こそ、後れを取ったりしない。だから」
 ジェクトの声は冗談めかして余裕を滲ませ、フリオニールの言葉は真っ直ぐで真摯だ。心強さを感じた。クラウドは、やっと、こわばっていた表情がゆるむのを感じる。

 大丈夫だ。オレは、人形じゃない。仲間が居るから。

「ありがとう、ジェクト、フリオニール」
 
 
……今は、まだ。








混沌側ばっちゅはきっと魔法系。
カオス側は空中に浮いてるやつがおおいので、たぶん、空も飛ぶ。
……たぶん、高所恐怖症は治ってるんだと思います。ていうか思いたい。