ふたごのばら





 うあああああああ、と朝からなにやら大声が聞こえる。あれはたぶん、というか確実にティーダだ。ベットのなかで不機嫌極まりない気分で眼を開けたスコールの上に、「何なに?」と朝から元気な声が降ってくる。ついで、「痛え!」という悲鳴も。
「あ、ごめん。どっか踏んだー?」
「ってめ、って言いながら尻尾踏むなよ! お返し!」
「痛っ! なんだよー、ガキかよお前ー」
 お前らどっちもガキだ。放っておくと二段ベットの上の底が抜けそうなので、スコールは仕方なく布団から這い出す。まだ朝もはやい。外で雀が鳴いていた。
 おんぼろ寮の軋む窓をあけて、出窓から乗り出して下を見る。泣き出しそうな顔のティーダがはだしで外でおろおろしていた。
「どうしたんだ、朝から……」
「あああ、スコール! 大変なんッス! のばらが死んでる!」
 ……死んでる?
「いや、まだ死んでない! でも死んでる最中なんッス!」
「死にing的な?」
「あんたは黙っててくれ」
「…あ、今理解した。現在進行形で死んでるみたいな」
「ジタンも黙ってくれ」
 いくら小柄なジタンが片割れだとはいえ、二人まとめてベットで寝るのは狭苦しいはずだ。にもかかわらず今日もスコールの部屋で二人で狭いベットにぎゅうぎゅうづめになっていたこの二人。はしごも使わずにベットから降りてきてさっそくスコールの肩越しに窓から顔を出そうとする。無理するな。窓ごと落ちる。スコールは黙って二人を押し戻す。
「と、と、と、とにかく来て。なんかやばい。すっごくやばいから!」
「わかった、すぐいく。…ややこしくなるからあんたたちは来るな。特にバッツ」
「えー、なんで」
「……あぁ、もしかして、そゆこと?」
 勘がいいのはジタンのほうで、聞かないうちからピンときたらしい。スコールはTシャツの上に上着を羽織ながら、大またに狭い部屋を横切る。フリオニールの部屋はすぐ下だ。
 階段を下りると、涙眼のティーダがフリオニールの部屋の前でそわそわしていた。怖くて中が見られないんだろう。青くなったり赤くなったり忙しい。何が起こっているのはだいたい予想がつくが、いちおう、「どうしたんだ」と聞いてみる。
「な、なんかフリオが、触ってみたら冷たくて…… 頭から血が出てて…」
「……あぁ」
「し、死んでるッスあれ! ぜったい死んでる!」
「……」
 大体分かった。というよりも、完璧に分かった。
 スコールが無言でドアを開けると、ティーダが肩越しにびくびくと覗き込んでくる。部屋の中を見回す。こぎれいに片付いた六畳間に二段ベットがひとつ。そして、そのベットの下から手が突き出していた。くしゃくしゃのシーツに包まった、土気色の腕。
「脈が無いんッスよう」
 半べそで訴えるティーダを無視して、部屋に踏み込んだスコールは黙ってその腕を掴んだ。そのまま力を込めてずるりと本体を引き出す。顔が出てくる。血が出ている。ひぃ、とティーダが情けない悲鳴を上げていたが、そんなものに構っているスコールではなかった。
 ベットの下に押し込まれていたのはフリオニールだった。くしゃくしゃにもつれた銀髪と、土気色の顔。身体はぞっとするほど冷たい。額が割れて血が出ていた。スコールは顔に手を当ててみる。息をしてない。
「おい」
 スコールは、ぴしゃりと、フリオニールの頬を叩いた。
「おい、おきてくれ」
 そのまま、往復で、ぴしゃぴしゃと叩く。
 反応は無い。だめだこれは。スコールはため息をついて手を離す。ごん、と音を立てて床に頭がぶつかる。
「きゅっ、救急車」
「必要ない」
「じゃあ、警察… あっ、霊柩車!?」
「……」
 ほうっておいたら、本当に物騒なものを呼びそうなティーダに、どうしたものかとしばらく思案する。と、控えめなノックが聞こえてきた。見ると三つ編みの銀髪を肩にたらした誰かさんがティーダの肩越しにこっちをみている。パジャマの上に白いカーディガンを羽織った、まるでサナトリウムの美女のような姿。
「おはよ… ふわぁ。どうしたの? なんだか騒がしいけど」
「あっ、セシル!」
 相変わらず、朝っぱらから見るにはちょっとなまめかしい姿だ… どうやら様子を見て事情を悟ったらしいセシルは、とたんに困ったような顔になった。スコールの手元の【フリオニール】を見る。
「あれ、もしかして、【彼】?」
「らしいな。手が冷たいし脈も無い」
「そう…… 放っておいてあげたら」
「いや、ティーダがまずい」
「ほほほ、放っておいたらって! それじゃ密室殺人っすよ!?」
「うん、そうみたいだねぇ」
 完全に混乱しているティーダを見て、それから首を傾げて、セシルは、「ちょっと通してね」と部屋に入ってくる。スコールの横にしゃがみこむと、【フリオニール】の顔を覗き込んだ。しばらく思案。それから、「しかたないなあ」とぼやきながら【フリオニール】の髪を撫でる。
「ティーダ、スコール、ちょっと向こうむいてて」
「えっ、えっ!?」
「……分かった」
 スコールは立ち上がり、ティーダの頭をむりやり外に向かせ、それから部屋のドアを閉める。しばらく沈黙。その間にようやく眼が覚めたらしい二人が二階から降りてくる。どうしたどうした、となんだか嬉しそうなバッツとジタン。スコールは端的に答える。
「2Pカラーが来てるぞ」
「え、まじで?」
「あぁ、あっちのほうのフリオ!? なんだよ、はやく言ってくれたらよかったのに!」
 ぎょっとした様子のジタンと、とたんに眼を輝かせるバッツ。スコールに眼をふさがれたままのティーダが、「何何なんなんだよ!」とわめく。と、後ろでドアが開く。セシルが顔を出す。
「起こしたよ〜」
「起こし… えっ?」
「よーう、フリオその2〜!」
 ティーダを押しのけるようにして部屋に飛び込むバッツ。セシルの向こうには茫漠とした表情で座っている【フリオニール】がいた。眼があいていた。生きてた。
「え、生き返った!?」
「久しぶりだな! どうしたんだ、いきなり?」
「……バッツか?」
 襟首に抱きつかれながら、なんだか妙に後れたタイミングで返事を返す。あきらかに瞳孔開き気味の眼でこちらをみる【フリオニール】。バッツは「ひんやりしてら」などと言いながらほお擦りをするが、ティーダのほうは明らかにたじろいでいた。襟をかきあわせ、乱れた髪をなおしながらこっちに戻ってくるセシルに、おっかなびっくり問いかける。
「セシル、あれ、誰…?」
「ええとね、彼はフリオニール… ティーダの知ってるフリオの、双子のお兄さんだよ」
「え!?」
 緩慢な動作で手を上げて、額に触って、血が出ているのを確かめる。フリオニールあらためその兄は、手についた血を見て、ぼそりとつぶやく。
「頭が、割れるように、痛い」
「あー、割れてるよ、実際」
「……なるほど」
「どうしたんだよ、それ?」
「昨晩、ベットの下に潜り込むときに、急に頭痛がした」
 よくみると、ベットの縁に血がついていた。
「だが、単に頭痛がしただけだったので、そのまま寝た」
「デコ割ってたんじゃないのか?」
「かもしれないな」
 血圧も低そうなら、体温も、テンションも低そうだ。見た目はフリオニールとまったく同じだが、あきらかに反応が違いすぎる。やがてバッツを首にぶら下がったまま立ち上がった彼は、皆に向かって「おはよう」と挨拶をする。
「おっはよ、2Pカラー」
「弟はどうしたんだ?」
「さぁ」
「さぁって……」
 ジタンの問いかけにしばらく考えてから、彼は、慎重に答える。
「おれも、昨日来たばかりだから、わからない」
「分からないから、とりあえず部屋に入り込んで、寝ながら待っていようと思ったんだね」
「でもなんでベットの下?」
「おれが寝ていたら、あいつが帰ってきたときに、眠る場所がない」
 フリオニールの寝場所を取るのは忍びなかった、という意味だろうか。
「だが、まだあいつは、いないようだな」
「うん、外泊届けを出してたからね… 言ってくれたらよかったのに。ところで、朝ごはん食べようか。怪我の手当てもしないと」
「そうだな」
「あー、ひんやり…」
 背中にぶらさげたバッツをもろともせずに、平然とセシルの後について部屋を出て行く。「あいかわらず変な奴」とぼやくジタンと、その横で唖然として声も無いティーダと、それとスコールと。
「え… え?」
 ずいぶんと遅いタイミングで、ティーダが声をあげる。口をパクパクさせながら廊下の向こうを見て、部屋の中を見る。まぁ分からないでもない反応だ。初対面だと自分もそうだった、とスコールは思う。
「兄? フリオの? …えっ?えっ?」
「見た目似てるけど、中身ぜんぜん似てない兄な」
「えっ、だって同じ顔で… えええ?」
「まぁ似てないというか、フリオが真冬に溺死してから死体置き場で復活したような奴だけどさ」
 それじゃあゾンビだろう、とスコールは頭の中で冷静につっこむ。
「いろいろと事情があるらしい。フリオニールのれっきとした血縁だが、少し変わり者でな。人前に出ることが好きじゃないらしい」
「で、でも頭から血… 割れるように頭が痛いって…」
「……そういうやつなんだ」
 本人の希望ゆえにフリオニールもあまり喋らないが、実はけっこう仲のいい双子なのだ。ただしあまりに雰囲気が違いすぎるため片方だけを見れば混乱の種なのは間違いない。兄のほうしか知らなかったらしい知り合いが、弟のほうを見て、《フリオニールが日射病でバカになった!》と大騒ぎをしたという話も聞いたことがある。
 片や素直で素朴な熱血漢、片や無口で冷静で低体温で瞳孔が開き気味。見た目の似方と中身の差が反比例するというのも大変だ。
「ところでさぁー、スコール」
「なんだ」
「あれ、セシルが2Pカラーを《起こす》のってさ…… 毎回何やってんの?」
「知るか!」
「……なんだよぅ。なんで即答なの?」
 ジタンはけらけらと可笑しそうに笑う。ティーダはいまだ納得がいかない顔で眼をこすっている。朝からひどい災難だ。スコールは眉間の皺をもみほぐした





2Pのばらは小説版
血圧の低いイケメン、ときどき電波。