/流れ星ぱらぱら
流れ星の正体って、引力に引かれて空から地面におっこちる氷や土の塊だっていう。それが空気とこすれあって熱を生じ、一瞬の炎になって燃え尽きる、そのきらめきが星になるのだという。
説明されてもまったく分からなかったのがオレやフリオやティナで、同じことを言っていたのがクラウドやセシルだ。でもどっちにも納得の出来ないオニオンはスコールを質問攻めにして、口下手なスコールをえらいこと困らせていた。探究心と対抗心が半々といったところか。オニオンはともかく、子ども扱いと物知らず扱いにはやたらとムキになる。
「だいたいさ、【空気】のない層がスコールの言うとおりあるとして、【空気】のないところを飛んでる星ってのはどうやって飛ぶ力を得てるわけ? 風のエレメントがないところじゃ飛翔を支えるエネルギーも手に入らないはずだ。矛盾してるよ」
「それは、一度投げた石が飛び続けるのと同じ理屈… じゃないか? たしか慣性がどうこうって」
「投げた石はそのうち落ちちゃうでしょ。紙飛行機とかは長時間滞空するけど、あれは風のエレメントが途中からエネルギーにとって変わってるからだ。つまり、それが無いってことは物体はどういう状態になるわけ」
「……」
「黙っててもわかんないよ!」
「……」
あ、ちょっと泣きそうな目で、こっち見てる。
そんなスコールに気付いてか気付かなくてか、「おっ」と横でいきなりバッツが声を上げる。つられて視線を追いかけたのはほぼ全員。「あっ」と声を上げたのは、これは間違いなくティナだった。
「流れた!」
「流れたな! すぐ次が来るぜ。ティナ、お願いはした?」
「え……えっと、ええっと、それは」
のんびりとバッツは笑う。指先でついと空をなぞるようにする。ほら、といわれて、ティナは泣き出しそうな顔になった。急かされてどうしたらいいのか分からなくなったちっちゃい子の、あの、たまらないほど可愛くみえてきてしまう顔だ。そして視線の先は例のこまっしゃくれたチビで、とたん、オニオンはさっきまでの勢いをなくしてしまう。
「どうしよう、オニオン。お願い、何がいいかな?」
「え!? ど、どうして僕に聞くんだよっ」
「あ、ごめんなさい! 今難しい話だったのよね…… あっ!」
「また流れたな」
「―――!! もう! スコール、続きは後でね!」
ティナのとなりにはクラウドがいて、さっきからちゃっかりオニオンの『なぜなに攻撃』から逃れていた。が、お姫様がお呼びとあったら質問コーナーもここまで。オニオンがティナのほうに走っていくと、スコールは露骨にほっとした顔になる。
「やるじゃん」
オレは小さく口笛を吹き、バッツの背中を尻尾で叩く。
「え、何が?」
でも、こっちの反応も本気なんだから、どうしたことやら。
「なんだよ。スコールに助け舟出したんじゃないの?」
「へ? 何がだよ。だってさ、さっきから星…… ほらまた!」
「おっ」
バッツが空を指差す先を見る。その指先がなぞる先を追うように、星が流れる。分かっていても驚きを感じる。どうして分かるんだろう。横顔を見上げると、バッツは、嬉しそうな顔で夜空を見上げている。
「ほらジタン、どんどん来るぜ。お前もお願い、考えた?」
「お願い、ねえ…… バッツはどうなんだよ」
「おれ? あー、おれはいっぱい流れ星が見られりゃそれでいいや」
本末転倒だ。オレは苦笑しながら、バッツの指差す先を見る。
風が教えてくれたんだ、とバッツが言ったのは、もう一週間くらいも前のことだ。
もうすぐ星が来る。いっぱい流れ星が降る日が来る。みんなで星を見ようぜ。そんなことを唐突に言い出したとき、本当に流星雨が見られるなんてどれだけの人数が信じたことやら。
でも、バッツの言うとおり、今日の夜は星が降ってる。
バッツとお喋りしてる『風』とやらは、どれだけ遠くから吹いているのか。スコールのいうことが正しいなら、星と星の間という途方も無い遠くから吹いてるってことになる。バッツらしい話だといえなくもない。
「あれ、どこに落ちるんだろうな?」
オレはバッツの隣で空を見上げる。首がちょっと痛くなる。時々視線をずらすと、熱心に空を見上げているバッツの横顔が見える。横顔を見てしまうのは、首が疲れているからだ、と自分に言い訳をしている。
「地面に落ちる前に燃え尽きちゃうんじゃないかな。大体はだけどさ」
「落ちてくればいいのになぁ」
「それがジタンの願い事か?」
「そんな真面目な話じゃないって」
笑いながら背中を小突く。尻尾の先で肩を叩かれるのが好きだってバッツは言ってた。本気なのかは、やっぱり、よくわからない。もしかしたらオレの癖を見抜いただけなのかもしれない。
「隕鉄というものもある。たまには、地面に届く流星もあるはずだ」
「おかえり、せんせ」
ひらひらとオレが手を振ると、スコールは実にいやぁな顔をした。可笑しい。可愛い。オレはちょっと歯を見せて笑う。
「そういえば、星といっしょに落っこちてきた人間もいるらしいぜ」
「……まじで?」
「うん。そんなこと言ってるやつがいた」
誰か忘れちゃったけど、とバッツはさらさらと笑う。オレは急に、胸のどっかがぎゅうと痛くなるのを感じる。
オレたちはほとんど何も覚えていない。過去が、無い。考えてみればあたりまえで、願い事なんてそんなに思いつくはずが無かったんだ。だって足りないものがなければ、欲しいものもないだろう? オレは自分に何が足りないかも思い出せない。
バッツにだって、自分が誰のことを言ってるのかなんて、思い出せないだろう。それを『当たりまえ』と思うか、思わないかは、相当な個人差がある。バッツはたぶん『当たり前のように忘れていられる』という方向に、突出している。
……バカかオレ。何考えてるんだよ。
「ジタン、願い事、考えてみろよ」
急にうじうじしだした自分を、あわてて頭の中から追っ払おうとする。そんなオレの頭の上に、また、いつもの明るい声が降ってくる。スコールはちょっと疲れた顔で、やっぱり、バッツの指差す先を追っていた。バッツは両手で空を指す。
「願い事。思いつかないって言っただろー」
「いいんだよ。言ってるうちにだんだん思いつくから。何でもいいから言ってみな?」
「そんなポロポロ星なんて流れないって」
言い返すオレに、バッツは、奇妙に確信をもった口調で、言い返した。
「大丈夫、まだ降る」
オレは言いかけた軽口をとめて、ぽかんとバッツを見る。バッツはちょっと笑う。夜空を向こうにして、やわらかい髪をふちどる線が、雲母の淡い金色に映える。
「大丈夫さ。そんなにたくさんは思いつかないだろ? それくらいの願いをかなえるくらいは、まだ降ってくれるって」
「……風がそう言ってる?」
「うん。そういう音で吹いてる」
スコールがうたぐりぶかく聞いても、バッツはにっと笑って答えた。オレにも、笑いかけた。とっさに変な空想が頭に浮かぶ。
もしかしたらバッツが、
オレたちのためにこうやって、
「あっ、念のため言っとくけど、おれには星を降らせたりとかはできないからな?」
考えかけたことを読んだみたいに、慌てたようにバッツは言う。
「それじゃ、エクスデスとかゴルベーザになっちまうだろ! おれはあくまで『予報』してるだけだから。ほんとだぜ?」
「本当にィ?」
「マジだってば。信じろよ」
むくれた顔をするバッツは、本当に子どもに見える。オレはからから笑う。バッツの向こうに見えるスコールも、なんとなくやわらかい顔になっていた。さっきの変な痛みは胸から消えていた。
まだ星が降る。向こうで、ティナを真ん中に挟んで、クラウドとオニオンも、空を見上げている。さえぎるものの少ない岩だらけの土地。だから空が広い。星くずが、見とれるほどにまぶしい。
願い事。考えて、ひとつだけ思いついた。バッツと同じ願い事だとわかって、オレは自分でびっくりし、それから、思わず笑ってしまう。
「おっ、なんか願い事、思いついたか」
目ざとく気付くバッツに、オレは、片目をつぶってみせた。
両手を空に広げる。指をおおきく開いて。星空はおおきく、もしも光るものすべてが金貨だったとしても、集めきる前に諦めてしまえそうなほどにひろい。
「バッツ、あれ、全部落とせるかな?」
「んん?」
バッツは目をまたたく。オレは笑う。胸がまたチクチクする。
「星、星、ふれふれ、もっと降れ……」
「ああ、そういうことか!」
バッツも笑う。勢いをつけて立ち上がる。真剣な顔で夜空を見渡し始める。オレもぴょこんと立ち上がる。複雑な顔でこちらを見ていたのは、スコールだけだ。
「よーし、もっと降らないかな。ジタンのために! 星々ふれふれ!」
「よっしゃ、ぜんぶおちろー!」
はしゃぐ、うたう、わらう。それが願い。
ここにいたい。笑っていたい。幸せでいたい。たったひとつ。願い事。とてもわがままな。
ふざけながら笑いながら、オレはひたすらに願う。流れ星、もっと降れ。降り止むな。まだ、まだ。
空の星、全部落ちてしまえ。
オレはまだここにいたい。
子どもっぽくはしゃぎながら、そんな風に思う。
こんな風に過ごせる時間が短いなんて、とっくの昔に分かっていた。
ブログより採録いたしました。
59だとちょっと甘えん坊なジタンと、お兄ちゃんなバッツという組み合わせがツボなのです。
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