しっぽのキモチ






「スコールは、独り上手のさみしんぼ。だからいっつも独りでいて、それで、さみしそう」
「なんだ、いきなり?」
「いや特に意味は無いけど」
 なんだそりゃあ、とジタンが呆れる。バッツは白い歯を見せてニッと笑った。どうやら、この場所全体を揺るがしてうごくリズムで、拍子を付けているらしい。今の居場所は、ぎりぎりと音を立てて巨大な歯車のうごく、螺旋の回廊をもった城……
 スコールはちょっと離れた場所にいるはずだ、と思う。そこらにいるイミテーションをあらかた掃討してきた帰りだった。
 身軽さが身上のジタンと、器用さでは誰にもひけをとらないバッツ。それに比べるとスコールはスピードでいくらか劣るというタイプの戦い手だった。重たい上に扱いの難しいガンブレードを扱っているせいだろう。力が強く足場をしっかりと取ることができるという特徴があるが、いかんせん、動きが遅いのだ。だからたぶん帰りが遅れてるんだろなあ、とジタンは思う。
 だいたい、スコールが一緒にいたら、バッツはこんな何も考えていないもの言いはできまい。そんな風に思いながら横を見る。まるでひなたの猫みたいに油断しきった様子で、バッツはなめらかな木の足場に大の字になっていた。
「無防備だなぁ。うりゃ」
「ちょっ、こら。やーめろー」
「おりゃ、おりゃ、うりゃ」
 短剣を鞘ごとぬいてつっついてやると、バッツは笑いながら右に左にと転がりまわる。なんだかそれこそ慣れた猫でもからかってるみたいだった。面白い。これも、人には見せられない格好だよなあ、と思いつつ、ジタンは面白がってそのままつんつんとバッツをいじりまわす。
「わー、こら、何しやがる、おサルさんの分際で〜」
「誰がおサルさんだ。そんなこというやつは…… こうだ!」
「うおっ!?」
 バッツが背中を向けた隙にぴょんと飛びついて、そのまま足で腰の辺りにしがみつく。はっしととっさに腕をつかんだバッツはえらい。が、得物の本数が多いことを忘れているらしい。にやりとジタンは笑う。想像通り。
「おら、喰らえ!」
「ちょっ…… うぷっ!? なんじゃこりゃっ」
 くるりと顔にまきつけて、そのままヘッドロックにかかってやる。が、腕でもなければ足でもない。
 ジタン必殺、尻尾締めの刑である。
「うりゃうりゃ。降参しろ降参しろ」
 一見細くて華奢に見えるが、尻尾を舐めるなかれ。ジタンはその気になれば尻尾一本で自分の体重を支えることも出来るのだ。短時間ならモノからぶらさがったりも可能。つまり、腕と同じくらいの力はあるわけで。ようするにだ。
「うぶぶぶぶぶ! こうさ、こうさん〜!!」
 そのまま変な顔になるまで顔をぎゅうぎゅうにされたバッツは、悲鳴を上げて両手をあげた。勝利! やったね! ジタンが尻尾を解いてするりと立ち上がると、バッツは実に恨めしそうな顔でこっちを見上げていた。
「イェイ。オレの勝ち!」
「ハイ、おれは負け……」
「……」
「おい、なんだその顔〜、勝者〜」
 あお向けで腹を見せていたバッツが、ふと、黙るジタンに気付いて、そのままころりと横にころげた。腹ばいになってジタンの尻尾を軽くつかむ。くすぐったいが、別に、抵抗する気もしない。いつもどおり。でかい猫になつかれているようなものだ。ものだ、と思うけれど、ジタンは思わず呻いてしまう。
「なあバッツ、オレってこういうやつだったっけ?」
「へっ?」
 バッツが、目を丸くする。当たり前の反応だ。
 実に情けない表情で振り返って、床にねそべっているバッツを見る。まんまるに見開いたバッツの目はきらきらした薄茶色で雲母みたいだ。ジタンはそんな風に思い、思いながらも納得がいかず、「うー」と再びうめき声を上げる。
「こういうやつって、ジタンは最初からこうだったと思うぜ?」
「えー、違うー」
「なんだよその反応」
「オレってさ、もっとこう、なんつうか…… カッコよくなかった?」
 へっ? とまたバッツが言った。目を真ん丸くした。
 そもそもこのやり取り自体がすごく間抜けだ、とジタンは思う。思って思わず天を仰いだ。もっともそこには何も無い。天井すらない。ぎりぎりと歯車がきしむ闇があるだけだ。
「なんかバッツといるとどんどん堕落する気がする……」
「堕落って…… 別にジタンはぜんぜん変わってないと思うけど」
「違う! 志が低くなってる!」
 ジタンはうめいた。小柄でかわいらしい顔立ちをした尻尾のある少年。自分はそんなやつだったと、いまさらながらに思い出したのだ。
 正確には盗賊。蜂蜜色をした甘いハニーブロンド、それと、すきとおるようにつぶらな青緑色の目。顔立ちはカッコいいというよりもだんぜん《かわいらしい》。ほうっておくと女の子と間違えられることもあるくらい。むしろ、女の子のふりを自信を持って出来てしまうくらい。
「オレってさ、こう、もっとカッコいいヤツだったと思うんだけど」
「ジタンはカッコいいと思うけど。おれも」
「…そういう甘やかした態度がよくないんだよっ。おまえ、二十歳だろ!? そんな年のやつと野郎同士でころころ転げまわってるやつのどこが《カッコいい》になるんだよっ」
 そうなのだ。
 傍にいるとバッツに感化されすぎる。それが大問題なのだ。
「なんか最近オレってぜんぜんカッコつけてない! なんかむしろ退化してるっぽい!」
「退化ねぇ?」
「いかん。こんなんじゃダメだ。せめてスコールを見習う……」
「え、おまえ、スコールみたいになりたいわけ?」
 ムリだ。というより、ダメだ。あれはあれで全然意味が無い。
「……あれはカッコつけたがりのガキにしかみえない」
「背伸びしたい年頃ってわけだ」
 懐かしいなあ、などとぜんぜん説得力のないことを言いながら、バッツは楽しそうにジタンの尻尾をおもちゃにする。金色の毛は髪の毛よりも細いしやわらかい。つつかれたり撫でられたり、うっかり流されてそっちに意識がばらけそうになる自分を、ジタンは慌てて引き戻す。
「違う! そうじゃないんだよ、ようするにプライドの問題なわけ! こうやってコロコロお前と遊んでるようじゃダメだろ、男としてさー」
 ジタンだってお年頃だ。ついでいうと常人以上に見栄っ張りの自覚はある。他人にはカッコいいヤツだと思われたいし、女の子にはモテたいし、背伸び気味に自分を大きくだって見せたいのだ。
 だが、バッツと一緒にいると、うっかりそのことを忘れかける。
 で、挙句の果ては、この始末。
「ダメだオレ。このままだと堕落する」
「すればいいのに」
 バッツは無責任だ。
「ダメだって言ってるだろ!? とにかく、オレはちょっとこの現状はまずいと思う! だからもうやめる!」
「なーにをーぉ?」
「お前と一緒にコロコロ転がりまわってるようなこの現状をだよっ」
 が、その瞬間。
「―――誰ぁれが、逃がすかっ!」
「ひゃっ!?」
 スパン、ときれいに入った。
 何がというと、バッツの足払いが、である。
 尻尾をぎゅっとつかんで驚きに腰が上がった瞬間、そのまま膝裏の絶妙な場所にチョップを入れられる。すとんと膝が落ちてしりもちをついてしまう。ぎょっとするがもう遅い。すかさず立ち上がるバッツ。動作が速い!
「なんだとー、少年ー? おれ様から逃げて独りでカッコつけヤローになるつもりだとー?」
「なんだよその変な口調!?」
「そんなん、認めるわけ無いだろうが! お前はすでにおれのものー!」
「誰がお前の……ひぇっ」
 変な声が漏れた。ジタンはとっさに口をふさいでいた。さもなければ絶叫してたところだ。
 バッツはなんだか妙な具合に悪役くさい顔でニヤニヤしながら、ジタンの尻尾をわしづかみにしていた。片手は先端、片手は根元。その意図は。
「ちょっ、それやめ、マジで効くから、おいばっ」
「逆さ撫での刑じゃー!」
「ひゃぇぇええぇっ!?」
 逆さ撫で。
 文字通り、片手で先端をぎゅっとつかみ、もう片手で尻尾をわしづかみにすると、そのまま毛並みと逆に逆なでするというやつである。
 これが、気持ち悪いというか、くすぐったいというか、とにかく、効くのだ。
「三回目ーっ!」
「ちょぉ、やめっ、ぎゃー!」
 ぞくぞくぞくっ、と背筋が粟立った。全身から力が抜けてしまう。不覚であった。弱点として自覚はしていた。が、ここまでまともに正面からかまされるほど油断したことなんて、一回も無かったのに!
「ジタン、いいこと教えてやろう」
「離せーっはなせーっやめろぉぉぉ」
「おれがマスターしてるジョブな、普段は使ってないのもいっぱいあるわけ。たとえば《魔獣使い》とか。どんなのか分かるか?」
 ジタンが必死で逃げようとするのを片手であっさり押さえ込んで、バッツがにやにやしながら片手を伸ばしてくる。そのままいきなり服の中に手を突っ込まれた。「ひゃっ」と上ずった変な声が漏れる。
「やややややめろいや止めてくださいー!!」
「こうやっていろんなモンスターや動物を《なだめて》だな……」
「ひゃっ、やっ、ちょっ」
「あとで《とらえる》とかやってつかまえるわけ」
「ひゃひゃひゃくすぐっ、いやっ、そこはらめぇ!!」
「逃がすわけないだろージタン・トライバル! こんなでっかいにゃんこ、逃がすわけないって。もうチョコボの次に好きってくらいになってんだぜおれ? 《シッポのある人間》。逃がしゃしないね。もし逃げようとしたら《魔獣使い》にチェンジして捕まえにいってやる」
「オレはモンスターじゃねぇー!!」
「でもドーブツ。うりゃここはどうだ」
「あっあっあっそこダメそこやめろー!」
「やめてくださいバッツ様って言ったらやめてやろう」
「言うかぁぁぁ!」
 二人でとっくみあいながら、ごろごろとあっちへいったりこっちへいったり。ジタンはジタンでバッツの腕をかじったりひっかりたりして逃げようとするが、こちらは完全にノリノリのバッツは平気であちこちに手を突っ込んでくる。喉を撫でたり腹を撫でたり。オレは動物じゃねぇ! ジタンはそんな風に思ったりしたのだが。
 していたのだが。





 ……。
 そこらのイミテーションを掃討して、二人の手間をはぶき、しっかりと周りを固めてから、ジタンとバッツのところに戻ろう。
 スコールがちょっと寄り道をしすぎてしまったのは、主にそういう思考回路によった。
 元から足が重いのは承知している。先に二人におおまかな片づけをしてもらって、あとは休んでもらっている間が自分の出番だ。それが、正しい連携というものだと思う。他に他意はない。まったく無いのだが。
「あ、スコール。おかえり〜」
「なんだこれは」
 《その光景》を見たスコールは思わず、、はっきりと口に出して言ってしまった。
 自分のキャラを壊すようなことは思えど言わない。いじらしい思春期の意地というやつである。が、それもさすがにブレイクする。こんな状況を見たら。
 片づけを終えて、仲間たちのところへ、戻ってみたら。
 戻ってみたら……
「ほら、ジタン。スコール帰ってきたぜ。オカエリーってしなさい」
「ふにゅぅ……」
「だめだこりゃ、でれでれ。仕方ないなぁ」
 ほら、おかえりなさい。ジタンの片手を持って勝手にそんなことをさせたりする。いわゆるひとつのあれだ、猫とかを膝にのっけて、勝手に前足を動かしておどらせてみたりポーズをとらせてみたりするあれ。
 バッツの手元にぐにゃぐにゃになったでかい猫がころがっている。腹をなでられたり喉をくすぐられたりするたびに、「うみゅう」だの「にゅう」だのと甘えた鳴き声がする。バッツはご機嫌だった。えらく楽しそうだ。うれしそうな顔で「よーしよしよし」などと言いながら膝にのっけたでかい猫をいじくりまわしている。
 いや猫じゃない。それは猫じゃないだろう。
「……ジタン?」
「にゅー」
「おい、ジタン」
 ごろごろごろ。喉を鳴らしていたでかい猫…あらため、ジタンだったが。
「ほれジタン、スコールがお帰りいってちょうだいって」
「……!?」
 バッツにぱちんと鼻をはじかれた瞬間、いきなり、我に返ってしまったらしい。
 はっと目をさますと思いっきり腹を見せてバッツの膝にのっかっている。その現状を確認した瞬間、ざあっと顔から血の気が引き、それから、いっきに顔が真っ赤になった。バッツが、「ぶっ」とも「ぶほっ」ともつかない変な声を出した。そのまま口元を押さえて肩をふるわせはじめる。
「ちょっ、スコール、違う! これはな、これはなあ!?」
「何をおっしゃるジタンさん。さっきまでごろごろにゃんにゃんしてたくせに」
「してねぇよ!?」
「してただろ。すごく」
「いや、してたけど…… いや違う!これは違うんだよスコール!!」
 ジタンは半ば涙目になりかけていた。必死で弁解するがまともに言葉になっていない。むごい…… あまりにジタンが気の毒で、スコールはそっと目をそらした。
「って、こっち見ろよ! 目をそらすんじゃねぇ!!」
「え、見て欲しいわけ」
「違う! 違うってば!! あああ、なんで、こんなことになってんだよぉぉ!?」
 それは要するに。
 結局のところ。
「ジタンはおれ、いやバッツさんが大好きだってことですよねー。ってことでOKだよな?」
「(むごい総括を……)」
「違う、違うってばあ! なんだよこれ! このオチ!」






《魔獣使い》のアビリティの対象に「シッポのある人間」は入りますかという話。
ジタン哀れ。合掌。