/ライオンに口付け (スコバツ・微エロ)





 なんかいろいろ誤解されてた気がする。冗談だとかふざけてたとか。
 スコールは、なんだか、いつもおれのことそんな風に思ってる。

 ふざけすぎたから、罰のつもりだったのかな。
 頬をたたく代わりだったのか。傷を付けたくないだけだったのか。それとも、他の理由があったのか。おれを黙らせたかったのか。それだけだったのか。
 わけがわからない。あれからずっと。”あのこと”を考えると頭の中がぐるぐるしてくる。その理由だけは明らかだ。

 仕返しを、しないといけない。おれのためだけに。


「……冗談のつもりか」
「残念だけど、違うから」
 肩に膝をのせて押さえつけ、スコールのことを動けなくした。あの青い目にはいつもみたいな醒めた冷静な色があった。スコールはおれにおさえつけられたままでまた言う。「ふざけているんじゃない」って。
「離せ」
「やだね」
「何がしたいんだ、あんたは」
 ぐっ、と体の下に押さえつけた体に力がこもるのを感じる。背筋がゾクゾクした。まるで大きなけものを押さえつけているみたいだ。正面から力で拮抗して対抗できるのはほんの一瞬だけ。スコールはすごい。骨がばねみたいで、体中がくまなく戦うための構造だけで出来ている。そう、とおれは思う。
 まるでライオンをねじ伏せようとしてるみたいだ。
「逃げないのかよ」
「あんたが離したらすぐに逃げる」
「離さなかったら?」
「……」
「何がしたいんだと思う?」
 はあ、とスコールはためいきをついた。おれは、そのくちびるだけを見ていた。薄いくちびる。少し乾いたその場所。かすかに見えた白い歯。そのうちがわ。
 無意識に、おれは、自分で自分のくちびるを舐めていた。あの自分でもわけのわからないものが、体の奥からこみあげてくるのを感じる。おれは少しだけ力をゆるめ、スコールの体の上に寝そべった。かすかに身じろいだ気配を肩で感じる。ああ、靭い。まだ17の少年なのに、まるで肉食の獣みたいに硬く鍛え抜かれた肩。
 はあ、とおれは自分が息を吐いたのを感じた。くちびるが濡れていた。
「スコール」
「なに、」
「触らせて。お前に」
 お前の、と手を伸ばす。ふるえる指で、スコールの、口元をなぞった。
「ここに、キスさせて」
 目が見開かれて、すこしだけくちびるが開いた。いちど触れたことが在る。それを思い出しながら顔を寄せ、おれは、スコールのくちびるをゆっくりと舐めた。かわいた唇の皮が舌にひっかかる。
「…っは……」
 頭の、奥が、白くなる。
 かっちりと硬い歯の並びを感じた。吐息も。くちびるは、裂け目だと思う。人間の皮膚がそこだけ裂けて内側が覗けている。そう思うと頭がまた白くなる。興奮してるんだ、とおれは思った。違う。むしろ。
 とけている。解(と)けている。
 自分という形を構成する、心の構造が、ばらばらに解けていく。
「ふ、……」
 布の端で糸をひっぱると、ぱらぱらと繊維がほどけて、すべてが崩れる。そんな感じ。おれは夢中であたたかい粘膜をむさぼる。口いっぱいに生きたままの何かをほおばっているみたいだった。嗜虐的なキモチと被虐的なキモチが同時にゆれる。わけが分からない。
「ん……―――ッ、…!」
 気付いたら、あの大きな手が、俺のこめかみのあたりに触れていた。このまま引き離され、投げ捨てられるのか。そんな感じがふっと頭の奥をよぎって、体が、冷たくなる。やっぱこんなことするんじゃなかったか。でも。
「 でも」
 は、と、ほんの一瞬、息継ぎのためにお互いが離れた、瞬間だった。
 すべりこませるみたいに、名前を呼ばれた。
「……バッツ」
「……!」
 思っていたのとまったく逆な風に、スコールは動いた。ぐ、とものすごい力で首をひきよせられる。息がとまりそうだった。反射的に体がおびえて逃げかけたのを、逆に強引におさえこまれる。歯の間を割ってスコールの舌が入ってくる。さっきまでの考えなんてあまりに生ぬるい。おれは文字通り、口いっぱいにふさがれるように、口付けを、される。
「…ッ、ふッ、…ん―――……!」
 融ける。
 血の味がした。おれのなのか、スコールのなのか、もはや分からなかった。頭がくらくらして体中から力が抜けた。口の中いっぱいに押し込まれたものを無理やりに飲み込まされる。生きたまま食われる。そんな感覚。
 何も考えられなくなる。
 心が融ける。こころが、融け出していく。融解する。
 食べられてしまう、おれは。
 このけものに。

 違う?

 《食べられたかった》のか、おれは?
 こいつに? スコールに?

「…ッは……」
 息が出来なくなってなかば無理やりに体をもぎはなすと、そのまま、体の体勢をぐるりと入れ替えられる。おれはスコールの重くて強い体の下に完全におさえこまれた。詰まっていた息が通って、まるでおぼれていたみたいにむせかえる。激しく胸を上下させて息をするおれを、スコールは、目に困惑の色を浮かべて、見下ろしていた。
「バッツ」
 さらりと、髪に、指がふれる。さっきよりずっとやさしい手つきだった。信じられない、と半ば思う。
 この手は、ほんとうにその気になれば、たやすくおれをばらばらにして、壊してしまうこともできる手なのだ。
「スコール」
 困惑の色でいっぱいになった、スコールの目を見上げる。その体の中でひとみだけが臆病で幼い子どもの色だ。そのアンバランスがおかしくておれはくすくす笑い出す。笑うと涙が出てくる。おれは自分の体の欲求に逆らったりなんてしない。だからそのまま、くすくすと笑いながら、涙をこぼして泣いた。おれの上でスコールの目がまたたくのが、くさはらにころがって夜空を見ているみたいだった。
 おれは笑う。手を伸ばす。頬に触れる。
 そしてささやく。想いのままに。



「おれは、お前が好きだよ」






ちょっとえちいキスエロ。