/ガーWoL小話詰め合わせ





/愛してる愛してない
(ガーWoL)

 わたしがあなたにさわったら、
 あなたを傷つけるのかしら?

 があん、と音を立てて、弾き飛ばされた剣が石の柱に跳ねた。それで音はぜんぶ終わりだった。彼は、自分の手足が粗い石の床にたたきつけられ、人形のように無力にバウンドするのを見た。折れた骨を、飛沫となって跳ねた血の紅さを、鉄(ち)の味を、強く感じた。それで終わりだった。

 たたかいの終わりはいつも静かだ。

 世界が反転し、地面にたたきつけられる。頭をつよく打って一瞬視界が白く失われた。大剣が、頭の横に突きたてられた。髪をひっぱられて反射的に顔をしかめる―――
 彼が目を開けたとき、視界には、しゃれこうべのような形をした、鈍い鋳鉄の仮面だけがある。
 彼は目を閉じて、とどめの一撃を待つことにした。彼らの舞踏の、それがルールのはずだったから。

 なのにいつまでも、何故か、《慈悲深い一撃》が、訪れない。

 時間が過ぎた。あまりに、長く感じられた。本当はほんのひと時だったのだろうけれど。だが稚い彼はその時間に焦れて、とうとう目を開いた。
 そのひとみはまるで水晶の割れ目のようだ。
ころせ
 短く息が吐き出されただけで声にならない。あたりまえだ。無駄口をたたけるようならば、まだ、この舞踏を終わらせたりはしない。
 彼は顔をしかめ、喉をそらせた。いつも硬く鎧に覆われた皮膚は、まるでほんの少年のように白く肌理細かだった。
私を殺さないのか、ガーランド」
 その名前を呼んだとき、はじめて声が言葉になった。
 目の前で鈍色の仮面がゆれた。そこに何かがゆらめいた。顔がちかい、と彼は思う。そこに穿たれたふたつの穴から、内側のものが見えてしまいそうだ。
 そういえば、私たちは、こんなにも近い距離にあって、お互いを傷つけないことが一度でもあっただろうか。
「……ウォーリア・オブ・ライト」
 低く、まるでうめくような声が、しゃれこうべの向こうから聞こえた。少し震えているように思われた。何故だろうか。
「ウォーリア…… 未だ名付けられぬものよ」
 おまえは、とその声が囁いた。睦言のように。
「お前に問いたいことがある」
「なに、を」
「お前はわしを憶えているか」

 今日のガーランドは、ひどく奇妙だ。

「……お前は、私の目の前に居る」
「居るだけだろう。お前の中には誰も居ない」
「貴様などには分かるまい」
「いいや、知っている。わしはお前を知っている。お前を生み出したもの以上にだ」
 だが、とガーランドは呻いた。その鋼鉄の爪が、ふいに、動けない彼の頬に触れる。頬の皮膚をえぐって傷が刻まれる。白い頬にビーズの珠のように血がにじんだ。
「だが、わからぬ。お前は、わしを知っているのか。わしはこれほどお前を知っているのだ。お前がわしを知らぬという法があるか」
「知らない」
 彼は、ただ、答えた。
「お前の言う意味が分からない、ガーランド。なぜそのようなことを問う」
「―――!」
 があん、と頭蓋を振動が揺らし、また、鉄の味が口の中に広がった。視界が無くなった。一瞬、意識が飛んだのかもしれない。短い闇。

 知りもしない。あの、鉄のしゃれこうべの向こうに何があるのかを、彼は知らなかったし、また知りたいと思ったことも無かった。彼にとってはあの仮面が、そこに穿たれたふたつの穴と、そしてその奥に潜んでいるだろう肉体が持つ強大な力だけが、問題だったのだった。それ以上のことなど考えたこともないし、考える必要も感じたことが無かった。

 より多く愛されるものは、常に、より傲慢なものだ。

「……」
 意識を取り戻したとき、彼は、その面差しの周りで解かれたリボンのように豊かに波打つ髪を感じた。鋼と水銀をあわせたような色彩。青ざめた蓬髪が彼の顔を縁取っていた。彼は見た。ごく間近から、彼のことを見下ろすふたつの目を。そこに満たされた限りない渇きと餓え。
「お前はいつもそうだ」
 見知らぬおとこだ――― 彼はそう思った。
 視界の端に、鋼作りの何かが転がっているのが見えた。しゃれこうべの仮面。あれは、よく知っているものだ。だがこの男はだれだ。何故私を呼ぶ。私に触れる。
 唇をうごかした。かすかに息が漏れた。まだ声はでない。
「幾度繰り返しても、お前はわしを捕えたまま。だが、なぜわしにはそれが出来ない? どうすればお前を奪い、その内側に、わしを刻むことが出来る?」
ころせ
 彼は思う。この男はだれだろうと。
 お前など知らない。お前の声は私にはとても近しいものだけれど。だからこれほどに強烈な違和を感じるのだ。はやくこの長すぎる幕間に幕を落としてくれ。
 その声は、お前のものではない。私に最も近しいもの、あの、鈍色のしゃれこうべの奥に隠されたものであるはずだろう。
私を殺せ、ガーランド」
 その名前を呼ぶと、見知らぬ男は、まるでぶたれたような顔をした。ひどく傷ついた哀しそうな顔だった。節くれだった指が青ざめた髪を掴み、彼の身体を引きずり上げた。カットされた宝石のように端正な輪郭が、貴族的な薄いくちびるが、血に汚れているのを、その男は指でなぞる。
「……わしはお前の名すら知らぬ。未だ名付けられぬものよ」
 指がくちびるを割った。かみ締められた白い歯をこじあけ、喉の奥へと差し入れられた。男が何をしようとしているのかを彼は知らなかった。のどの奥のやわらかい組織をえぐられる。彼は噎せる。それでも男は手を止めない。端正な唇がゆがみ血の混じる唾液が滴る。削った水晶の目に、反射的に涙が浮かぶ。
 そのやわらかさが逆に奇妙に思えるような扱いで、彼は、地に横たえられた。長い髪が絹のトレーンのように広がる。その喉の細やかな肌を、さらに下の鎖骨のくぼみを、無骨な指がまさぐるのを感じた。足の間に誰かが割り入ってくる。彼は目を伏せた。傷ついた頬を涙が伝ったが、何も想わなかった。
 どの道これは余技に過ぎない。彼にとっての舞踏は、すでに終わってしまっている。何もかもが幕切れ後の空白だ。
「名付けられぬものよ」
 やはり、見知らぬ男だ。ひどい違和感だ。はやく、と彼はただ思った。
 はやく何時ものあの抱擁を。胸腔を貫く一撃を。熱く鼓動するものに鉄の口付けを。彼はそれしか知らなかった。その絆だけしか。
 それ以外のものなど要らないだろう。
 何故ならあれが私たちの口付けなのだから。私たちの絆なのだから。他のものなど余技にすぎぬだろう、このような不完全な抱擁など。体温などは?

 
それが私達の愛だろう、ガーランド?



******

 わたしがあなたにさわったら、
 あなたを傷つけるかしら?

 あれは身ぶるいだったの、
 それともふるえだったの?

 わたしに教えてよ どこでなら
 あなたはそばにいてくれるのかしら

 わたしをいじめていいわ
 わたしを追い回していいわ
 あなたがわたしをほしがるうちは

 (R・D・レイン)






/ぼくは悲鳴をあげるつもりだ
(WoL)

 私は悲鳴をあげるだろう。

 ガーランド、お前が地に伏せて滅びる姿を見たなら。

 けれど私は、己の上げた声の意味を知らないだろう。

 それが私だ。

 それでも、この心に私は、ただ一つの確信しか持つことができないのだ。お前が滅びるとき、私は叫ぶだろうということ。そこには誰も居ないということを悟り、そうするだろうということ。喉が裂け血が吹き出し、この胸を真っ赤に染めてお前と同じように滅びることを望みながらに、悲鳴をあげるだろうということ。

 そして私は、己の行いを理解せず、意味を与えることもせず、再び、剣を携えて歩み去るだろう。滅びることなど出来もせずに。ふたたび、戦うために。

 他のものは何もないのだ。ただ、私に出来るだろうことは、たったそれだけなのだ。

 ガーランド。お前は私の声を聞かぬだろう。その震えも、劈くような痛みも、弱弱しく絶え入る嗚咽も、何も。

 だから、お前に告げられることは、たった一つだけなのだ。

 私は悲鳴を上げるだろう。お前が地に伏せて滅びるときには。何度でも。何度でも。私は叫ぶだろう。喉が裂け、胸が破けて血を流し、叫べなくなるまで。
 
 私は悲鳴をあげるだろう。声も限りに。







/嘆願するシジュポス
(ガーランド)



 ウォーリア。
 お前はまるで、融けることのない氷の塊のようだ。

 お前の心は冷たく、そして、青く透き通って一点の惑いもない。
 けれど、それはお前の心が不毛であるからだ。そこには、凍てついた水のほか何もありはしないからだ。お前の心は、何も知らぬ。ただ融けることのけして無い氷のように、ただ、冷たく光を湛えているだけなのだ。己の心すら想うことのない、お前の心は。

 お前は知らぬだろう。お前のように凍てつき、透徹して不毛である氷ではなく、生きて揺らぎ、うつろいゆく人の心を。

 愛を知るものは憎むものだ。勝利を知るものは恐れるものだ。命持つものは怯えるものだ。すべてはコインの裏表。移ろいゆき入り混じり、濁り、澱み、そしてまた流れ出し形を変える。

 お前は何も知らぬだろう。何も、何も。

 お前を抱いていると、まるで、冷たい氷の塊を抱いているような心地がする。わしは、お前を砕いてその内側に心を探そうとする。するとお前は居なくなる。手の中に残るのは、血まみれてあたたかなこの腕ばかりだ。

 ウォーリア。お前は融けることを知らぬ氷だ。お前は何も知らぬ。悪を知らず、穢れを知らぬ。想いも、心も、すべて。

 けして融けることを知らぬ純粋な氷は、地の底でいつか姿を変え、水晶となると聞いたことがある…… すべての水晶は融けることを知らぬ氷なのだと。ならばお前もまた、ただの透き通った石に過ぎぬのか。お前を抱く腕に力を込めれば、お前は、微塵に砕けて滅びるばかりなのか。

 わしはお前の腕を掴む。お前の胸を剣で貫く。熱い飛沫がわしの胸を濡らす。そうしてお前は崩れ落ち、やがて息絶える。お前の血は熱い。けれど、そうやってようやくお前の熱さを知ったとき、お前はここにいなくなる。

 ウォーリア。
 あるいは正しいのはお前なのかもしれぬな。心などは厄介払いしてしまったほうがいいようだ。膿み爛れ、傷みを発するだけのためにあるものであるようだから。