永遠と須臾の恋人




 アークティック校に帰る、とオレが言った日、十代は静かに「そうか」と言った。
 それからあの眼でまっすぐにオレを見て、「愛している」と、はっきりと言った。
 
 好きだ、という言葉を、もう、数え切れないくらい聞いたはずなのに、今は思い出せない。どうしてなんだろう?

 オレは知っている。お前はもう、人間じゃない。
 ―――永遠と同じくらい長い時間を、生きていく魂を、得たのだと。
 魂を得るために人に恋する人魚姫を、死んで天国へと旅立っていく王子とつばめを、お前はもう理解しない。
 永遠を生きるものたちにとって、人の命は理解のできないもので、きっと今はお前も、そんな心で生きているんだろう。
 まだ傍にいられる。あと何年か、何十年かは。
 けれど永遠という長い時間の中で、お前はいつかオレを忘れるんだろう。
 きっといいことなんだと思う。
 それがやさしいことだということ、オレは昔からずっと知っているから。

 散っていく花を人が見るように、
 消える虹をいとおしむように、
 精霊たちはオレを愛した。
 
 普遍の夜空を見るように、
 砕かれることを知らない大地を抱くように、
 オレは精霊たちを愛した。

 長い時間の中ですれちがうことは、きっと哀しいことじゃない。
 お前も少しづつそれを知っていくよ。
 今は誰かを愛することに、痛みしか感じなかったとしても。

 いつか、数千年、数億年後の大地にお前が立って、星々を棲まわす暗闇を見上げる。
 繰り返す昼と夜、無限の闇にすべてが眠った後に。
 さみしさに冷え切った、長い長い明け方の中で。
 おまえはゆっくりと走り出し、草の種みたいにふわりと飛び立って、そのまま遠い遠い場所へと飛んでいく。
 いつお前は捨てるのだろう。
 人としての哀しみを、喜びを、思いを、すべてを?
 かかえきれないほどの重みとぬくもりを?
 けれどお前がすべてをぬぎすてて、遠く遠くへと旅立っていくときも、
 灰に還ったオレの腕が、すべてのカケラを抱きしめている。
 永遠を生きられない、だから、一瞬という時間の中にすべてを閉じ込められる。
 それが滅びゆくさだめの魂だけが抱く、かりそめの永遠。
 
 だからオレは答えの代わりに、抱きしめる。出会ったときからそうしたように。
 お前の今くれた言葉は、きっと永遠に消えることはない。
 長いときの彼方にすべてが消えても、お前の心が人の形を捨てても。

 だから、そんなに哀しそうに言わないで。この言葉は一度きりでいい。
 次に会うときは、またとびきりのぜいたくみたいに、「好き」って言葉を言い合おう。
 春ごとに、無数の花が咲くみたいに。
 夜空が星くずを、毎夜ごとにばらまくみたいに。
 オレもオレの時間があるかぎり、お前に「好き」って言い続けるから。
 数えることも忘れるくらい、きっと言うから。



 だから、オレからも一度だけ、この言葉を。
 愛してるよ、十代。
 ―――誰よりも、誰よりも。







pumpking666様に差し上げました。


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