プラチナ (四期×一期)
……昔、不思議な笑顔をみたことがある。
その人と出会ったのは、ただの行き合わせだった。夏休みのはじめの日で、みんなが家に帰っていなくなってしまったから、たいくつになったおれは、誰かが寮におきっぱなしにしておいた釣竿を持ち出して、ちかくの船着場まで行った。釣れるとか釣れないとか、あんまり考えたことはない。でもそこは人が少なくて、そのくせ日当たりと風通しがよくて、すごく気持ちのいい場所だった。それに釣竿を垂らしていれば何をしているかと聞かれることもなかった。だからそこにいった。それだけだったんだけど。
そこでおれはあの人と会った。
おれと似た色の髪をしていた。眼の色も膚の色も。もしかしたら翔とか万丈目がいたら、そっくりだって驚いたかもしれない。でもおれはそうは思わなかった。なんとなく、その人は、人間じゃない感じがしたからだった。
この世の中にはときどき、そういう人がいるということを、おれは知っていた。
何の話をしたっていうわけでもなかった。おれたちは釣り糸をたらしたまま、どうでもいいような話をいくつもした。アカデミアのこととか寮の飯についてとか、ほかにもいろいろ。
気がつくと夕暮れになっていて、その人は立ち上がり、もう帰ると言った。
「今日、デュエルやれなかったなぁ」
おれがぼやくと、その人は笑った。
「そういう日もあるさ。楽しめたならいいじゃないか」
たぶん二度と会えないだろうとおれはぼんやりと思った。そういうものだ。世の中には、そういう出会いというものもある。
茜色の光が後ろから髪を照らして、栗色の髪をふちどった金色がきれいだった。ちょっと猫みたいな感じの目を細めた表情をしていた。手足は細いけれど若木の枝のようなしなやかさを持っていた。しぐさがどことなく、体重がないみたいに軽やかだった。
「じゃあな」
「……また、今度」
おれが言うと、その人はちょっと笑った。それからきびすを返して、ゆっくりと、船着場を出て行った。おれはその背中をずっと見送っていた。
その人の話はこれでおしまい。
なんにもない、なんでもない、ただの日常の話だから、別に誰に話したことがあるわけでもない。でもおれは、なぜだか、おぼえている。思い出すと胸のどこかが小さく疼く。もしかしたらあれは奇跡だったんじゃないかと。あそこでおれは、もっと別の、なにか、相応しい答えを言えたんじゃないかと。
でもこれはもう終わってしまった話で、おれはもう何も出来ないし、言えもしない。ただ思い出すだけ、それだけだ。
哀しそうな、懐かしそうな、苦い後悔を含んだ、いとおしそうな、
あの微笑み。
―――おれは、昔、不思議な微笑みをみたことがある。
これはたったそれだけの、そんなお話。
Back