日なたの子 (四期×一期)


 そういえば、朝日が昇るのがとても怖かったことがある。どうして忘れていたんだろうと、オレは、太陽の登らない世界から帰ってきて、はじめてそれを思い出した。
 日の光は、こわい。身体をつらぬく針が容赦なくすべてをあばきたてて、真昼の光は、眼球の底を重ったるく貫通するように思われた。そして、なおさらおそろしかったのは、背中のうしろに隠していた大事なものたちが、太陽の光にあばかれることだ。あのころでさえ、オレにとって、あいつは、ユベルは、本当の意味のどこかでは、護るべき存在だった。オレには、大事なものがたくさんあった。だから日の光には背を向けないといけなかった。

 ―――そうだったんだけどな。

「あのさー、ユウキさん、あんまり窓しめきってると、身体がしけっちゃうぜ?」
「…ン、暗くなったら、換気する」
「それじゃ意味ねえんだってば。ちゃんと日光にあたらないと骨がボロになるって三沢が言ってた」
 …なんか、えらく懐かしい名前を聞いた気がするなあ。
 こいつもたしかに【おれ】のはずなんだけど、寝たままのオレにかまわずにカーテンをあけようとする”もうひとり”に、オレは情けないうめき声を上げて寝返りを打つ。
「やめてくれ、溶けちまう」
「吸血鬼みたいなこと言ってる…」
「たいして変わらないんだって。お願いだから、やめてくれ!」
 オレの声が、本気だってことに気付いたらしく、そいつは、ちょっと残念そうな顔をして、カーテンをあけようとしている手を止めた。変わりにこっちに膝で這ってきて、顔をのぞきこむ。オレとよく似ているはずだけれども、ずいぶんと子どもっぽく、また、あどけない風のある面差し。
「ユウキさん、眼の色がヘンになってる」
「日光に当たって、変色したんだ」
「なんだよう、それ!」
 ぶう、と頬を膨らませるそいつに、ちょっとだけ笑って、手を伸ばした。やわらかいほっぺたをぎゅっとひっぱってやると、「痛ててて」と言ってあわてて逃げ出す。
「あんたが出てきてくれないと、デュエル、できないじゃん」
「夜中になったら付き合ってやるよ」
「眠くなっちまうんだよ、おれは!」
 …お子様め。いや、これは二年前のオレなんだけど。
 頭の中で誰かがおかしそうに笑っている。あいつは、ずいぶんこいつに甘い。うるさい、と頭の中であいつをおっぱらい、オレはぐいと手を伸ばして、ベットの横で頬をさすっていたこいつ、というか、【おれ】を、ベットのなかにひっぱりこむ。
「うわ、なんだよ!」
「夜中付き合ってもらいたいんなら、今ここで寝とけよ。そしたらおきてられるだろ」
「おれまで吸血鬼にする気かよ、ユウキさん!」
「ならない。なろうったって無理だ、おまえには」
「…なんかすごく、おれに失礼な言い方って気がした」
「そういうの、【心外だ】っていうんだぜ」
「そうなのか?」
 なんやかんやといいながら、横にもぐりこんでくる。自分でやっておいてなんだが、なんだか、ものすごくヘンな気分になった。くすくすくす。頭の中で笑い声。オレは頭の中で悪態を付き返す。
【なんだよ、ユベル】
【いや、役得だな、と思ってね。ひさしぶりだよ、十代とこうやって一つのベットで寝るなんて】
【オレとはイヤでも一緒だろうが】
【キミはちっとも可愛くないんだもの】
 おまえもぜんぜん可愛くない。頭の中で口げんかをする。そして、ふと気付くと、横でほったらかしにしておいたこいつが、なんだかじいっとおれのほうを覗き込んでいた。
「なんだ?」
「…おれさあ、翔とか万丈目とかに、電波だって言われるんだけどさー」
 なんかはじめて意味わかった気がする、とぶつぶつ。おい、オレは未来のお前なんだぞ。その台詞、二年後にそっくり自分に帰ってくるっておぼえとけ。
 いや、返ってこないほうがいいのかな。よくわからない。片腕を頭の下に敷いて考えていると、ふと、鼻先を硬い髪がくすぐって、こそばゆい。なんとなく乾いてあたたかい匂いがする。
「なんか、いい匂いがするな、お前」
「…そうか?」
 眉がヘンな形にひそめられる。
「んー、あーでも、なんか、言われたことある」
「なんだって?」
「おまえは、ひなたで干したふとんのにおいがするって」
 …ああ、たしかに。
 なんだか無性に胸がくすぐったくて、そして、ヘンに苦しい。なるほどなあ。なるほど。
「なんだよ、その顔?」
「…いや、別に」
 こっち来い、といって頭をぎゅっと抱き寄せてやると、そいつは、ちょっと変な顔をして、黙った。そうやって黙ってる顔を見ると、ひっそりとあいつがつぶやく。キミはこんな顔をしてたんだね、僕がいなかったころ。
 矛盾。今のオレと、この子ども… ユウキジュウダイ、との間には妙な断絶があって、どうしてもオレには、この屈託の無いガキが、オレ自身だと思えなかった。事実そうなんだろう。だけど、だからこそ、長い時間を経て再会した弟にでも見ているような気分で、ものすごく自然に、護ってやりたい、そばにいてやりたい、と思う。
 これはいくらかはオレではなくユベルの気持ちで、いくらかは過去の自分への憧憬を感じるユウキジュウダイで、その残りのほんのいくらかは、【たったいまのオレ】自身の気持ちから、こいつを護ってやりたいと思ってるんだろう。
「ユウキさん、夕方頃になったら、あんま眩しくないんじゃないか?」
 だからたまには日向に出ろよ、とまだ言っている。やれやれ、とオレは笑った。
「分かった、わかったよ、ジュウダイ」
 
 あのころのオレは、傍に来てきてみると、思っていたよりずいぶんおせっかい焼きの、心配性のガキだった。
 でも、腕の中に抱いているその髪からは、今のオレからは絶対にすることのないような、あたたかい、日向の草の匂いがして、だから、なんでだかわからないけれど、無性に胸が苦しく、また、あったかかった。




Back