灯台部ふじわら (藤原・その他)




 ダークネスから開放されて、アカデミアに戻ってきて。
 気が付くと同級生はみんなとっくに卒業していたし、オレはすでに歳がはたちをこえていたと聞いて、正直、腰が抜けるくらい驚いた。人界を離れていると時間間隔が狂うのかと一瞬思ったけれど、身体の検査をしていて身長も体重も三年前(というか、オレの感覚で普通に吹雪たちとアカデミアにいたころ)とまったくかわっていないと分かったにいたって、オレはとうとう悟らざるを得なかった。
 オレは、ようするに、浦島太郎になってしまっていたのだ、と。

「まぁ、しかたないよ。僕もそうだったしね〜」
 吹雪はなんだかえらく気楽な調子で、そんなことを言う。
「気が付くと二年留年して明日香と同い年だよ? ま、でもたいしたことじゃ無い無い。戸籍年齢が身体とずれるくらい、よくあることじゃないか」
「世間一般だとそういうことは無い、吹雪」
「硬いこといっちゃダメだよ。ほら、浦島太郎とか冷凍睡眠とかもそうじゃないか」
 浦島太郎と冷凍睡眠とリップ・ヴァン・ヴィンクルとドラえもんのタイムスリップ。
 全部をいっしょくたにしている吹雪には正直腰が砕けるくらい脱力したが、吹雪のいってることのほうが、科学的な説明だとか魔術的な説明だとかの何もかもよりも簡潔で分かりやすいってのが哀しい。でもそんな吹雪を見ていて、なんだかちょっと大人っぽくなったな、と思って、さらにちょっと哀しくなった。
 オレが、今、肉体年齢が16歳の、戸籍年齢20歳。吹雪は身体が18歳で戸籍が20歳。そして亮が個性も身体も同い年(そっちのほうが普通だけど)。…気が付くとオレは亮の弟の翔くんよりも後輩だ。嗚呼。
「くよくよしたってしかたないよ〜。いまさら世間に普通にほうりだされたら、そっちのほうが困るだろ、藤原?」
 吹雪はそんな風にわらって、オレの背中を張り飛ばした。
「アカデミアも三年でいろいろ変わったよ。まあ、居心地は前よりよくなったんじゃない? とりあえず、高校受験で3ダブしたと思ってのんびりすれば」
 …まったくなぐさめになってない。というよりも、傷口にグリグリ塩をぬりこんでいるのはわざとなのか、吹雪。
「違うよ、ほんとになぐさめようとしてるんだよ」
 だから、人の心の声にまで突っ込みをいれるなよ!!

 制度的にレッド寮の存在がなくなって、最後まで居座っていた遊城十代(アカデミアの名物生徒みたいなやつだったんだそうだ)がいなくなると、老朽化して危険だっていうボロ寮は壊されることになった。オレがいた当時、アカデミアは生徒たちをカースト風に分けて、それぞれを競わせるという手法をとっていたんだけど、今はだいぶ校風が変わったらしい。自分の意思によらない競争は焦燥を書きたてはしても発展的な成長には繋がらない。…うん、考えていることはわかるんだけど。
 それでも、ここ数年、名物生徒の溜まり場みたいになっていたレッド寮を惜しむ声は多い。赤い制服を着たい生徒もいるらしいから、もしかしたらまた違う制度となって復帰はするかもしれない。でも、すくなくとも落ちこぼれの捨て場のレッド寮が復帰することはもうないだろう。工事のおわった夕方頃、オレは、寮をとりこわしているクレーンが恐竜の頭みたいに見えるあたりで、ぼんやりと夕暮れを眺めた。なんだか、かくれんぼをしていたら自分ひとりが鬼のまま、忘れられていたみたいな気分。
「かくれんぼ、鬼のままにて老いたれば… か」
《老いるって歳じゃないでしょう、マスター》
「身体はね」
《いやいや、心も十分。キミは身も心も、フツーのアカデミア二年生ニャ》
「…先生?」
 大徳寺先生は、亡くなったと聞いたのに?
 オレがふりかえると、足元でデブ猫のファラオが後ろ足で首をかいている。ふわふらと飛んでいるちいさな光をみて、オレはなんとなく全部分かった気がした。
「エーテル体ですか、先生」
《自分でもこういう顛末になるって、二年前には予想してなかったにゃあ…》
「燃焼期間は? どれくらいで消滅すると思ってるんですか」
《さあねえ。なんか、計算する気がうせちゃって、正直、ぜんぜんわかんないニャ》
 昔の先生だったら、そこで、オレにエーテルの練成でも命じるところだったと思う。まったく、世の中変わったもんだ。時間の流れって速い。
《でも、助かったニャ〜。十代くんも万丈目くんも卒業して、私の声を聞いてくれる人がいなくなったかと思って、ひやひやしてたニャ》
「なんなんですか?」
《女の子が泣いてるニャ。なぐさめに行って上げてほしいんだニャ》

 なんか妙に景色のいい灯台あたりで、真っ赤なジャケットを着た女の子がひとり、ひざを抱えてぐすぐす言っている。あれ、あのコだれだっけ。なんか見覚えある… というより、レッド寮ってもうだれもいないんじゃなかったか?
 泣いてる女の子なんてどうしたらいいんだよ。オレが困っていると、《藤原くん》《マスター》「にゃ〜」と後ろからけんつくどやされる。なんで三重奏なんだ。オネスト、お前、いつからそんなに気が強くなったんだ…
 押し出されるようにして灯台のあたりにいくと、顔を上げたその子は、どうみても年下にしか見えなかった。年下? なんで? でも大きな眼を涙でいっぱいにしたその子は、オレを見上げて、「誰?」という。
「あー、えと… 藤原っていうんだけど」
「…もしかして、吹雪センパイと一緒だった?」
 吹雪、お前… 相変わらず女子にはむちゃくちゃ有名人なんだね。
 うながされて横に座ったオレに、でもそのコは、そんな考えをていねいに修正してくれた。この子はレイという名前で、もともとは亮をおっかけてアカデミアに入学し、遊城十代のファンとしてここにいたんだそうだ。赤いジャケットはその印で、歳はまだ13歳だというから恐れ入ったものだ。ずいぶんと意思が強くないと、そこまで貫き通せるもんじゃない。
「でも、藤原くんも、制服のデザインが普通じゃないよ」
「これは吹雪がまとめてあつらえたやつなんだよ。えっと… 二年前… に?」
「亮サマが一年のときだったら、ボクが入学するより三年前だから、五年前じゃないの?」
「いや、五年はいいすぎだよ!」
「えー、でも、そのころボク、赤いランドセルで小学校行ってたよ」
 …時間がすぎるのって早いよ、ほんとに!!
「お前、オレよりも7歳年下だよね…?」
「身体の歳だともっと近いでしょ。それに、ボクたち、新学期から同級生だよ」
 だからこういう口調なんだよ、とそのコは妙に保護者めかした口調で言った。
「吹雪センパイが言ってたの。藤原くんはネガティ部の部長だから、構ってやってねって」
「…ネガティ部?」
「でもここは灯台部の活動場所だから、ネガティ部と同時入部はできないよ。釣りがやりたいんだったら釣り部もあるけど」
「なんだ、それ」
「知らないけど、そういうもんなんだって」
 理屈じゃないなあ、ぜんぜん。
 はあ、とため息をついて膝に頬杖をつくオレに、レイは、くすくすと笑って、目元を拳で擦った。「同級生がふえてよかったな」とヘンなことを言う。
「オレと友だちになっても、別に、なんにも楽しくないと思うけど…」
「藤原くん、精霊が見えるんでしょ? それでさ、ネガティ部で、強いデュエリストでさ。そういうセンパイがみんな卒業しちゃって、ボク、さみしかったんだ。だから藤原くんがいると楽しいもん」
 そういうセンパイ、がいっぱいいた、という時点で、なんだかむちゃくちゃだなあ。
 オネストのこととか、当時は吹雪とか亮くらいにしか話せなかったはずなんだけど。あとは大徳寺先生だろうか。みんな灯台のある岬の根っこのあたりにいてこっちを助けに来てくれないし。
 顔をぐっと近づけてきたレイが、じいっとオレの顔を覗き込む。「何」とちょっと邪険な口調で言うと、「藤原くん、けっこうかっこいいね」と妙なことを言われた。
「藤原君…なんか他人行儀だよね。優介だよね。ねえ、ゆーちゃんって呼んでいい?」
「なんだそれ!?」
「いいじゃない。じゃあ、藤原くんは今日からゆーちゃん! よろしくね、ゆーちゃん」
 
 まったく、四年も浮世を離れてると、いろんなことが起きるもんだよ!
 
「ゆーちゃん、ボクね、レッド寮の復帰キャンペーンをはじめたいと思ってるの。寮がなくなったからってさ、オシリスレッドの魂はなくならないもん。応援してくれないかな」
「なんでオレがそんなことしないといけないのさ」
「だって、当時のオシリスレッドを知ってる人、ほとんどいないんだもん。ねえ、いいでしょ?」
 小鳥みたいにちゅんちゅん言ってるレイの話にたじたじしながら、オレは、なんだかちょっとほっとしていた。吹雪はアカデミアがすごしやすくなってたって言ってたけど、これのことなんだろうか。…灯台部のことか?
「どうせ、すぐにその制服もきつくなるよ。ゆーちゃん、ボクといっしょにレッド寮になろうよ!」
「似合わないって、絶対に。それくらいだったら同じデザインの新しく作るよ」
「だったら、あたらしいのは線のところだけ赤くすればいいんだよ〜。どうせ白いんだから同じだよ」
 でも、心配してたほど、さみしい学生生活は送らなくてもいいみたいだ。
 オレはちょっとため息をついて、レイに、「幸せが逃げちゃう」とほっぺたをひっぱられる。困り顔で苦笑する。そうして、あ、こういう風に笑ったのって、実時間だともう四年ぶりなんだ、とちょっと思った。

 なんか不思議だ。
 あんなになくすのが怖くって、全部時間を止めようとして、そうしてなくしたはずのものが、四年もたったのにまだここにある。どういう手品なんだろう?
 
 遠くで誰かがレイのこと呼んで、それからしばらく間があいて、オレのことも呼ぶ。たぶん、あのヘンな語尾の二年生だろう。明るいやつだったな。血の熱そうな、そんなに頭の良くなさそうな。
 よくよく考えると、この学校には魔術を実際に知ってる生徒がいなくなっちゃったってことか。なんだかやることたくさんありそうだ、とオレは思って、それからひっそりと驚く。ヘンな話だ。なんで、なにもかもなくなったはずのあとで、こんなにやることがあるんだろう。
 レイはたちあがって、ぐうっと伸びをした。その肩のあたりがまだまだ子どもだ、と思う。まだたった13歳の女の子だ。
「さー、泣いたから、すっきりした! がんばらなきゃ!」
「がんばるって、何をさ」
「レッド寮の復活キャンペーンとね、デュエルとね、あと恋かな」
 その三つを同列にするってあたりが、なんていうか… レッド女子らしいなあ。彼女が作るまでなかったカテゴリだ。レッド女子。
「よく見るとゆーちゃんもけっこうイケメンだよね。彼氏候補にしてあげてもいいよ?」
「全力でお断りしとくよ」
「なんで!? すぐにそんなこと言うなんて、女の子に失礼だよ、ゆーちゃん!」
「いきなり”ゆーちゃん”呼ばわりも失礼だろ!」

 吹雪、亮。
 …なんだか知らないけど、オレの学生生活って、これからやっとはじまるらしいよ。
 そんな風にこころの中でつぶやく。そしたら、やっと分かったニャ、と先生がどっかで笑ってた。

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 レイちゃんと同学年ふじわら。
 戸籍だと7歳も年下だぞ。がんばれふじわら。



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