子どもなカンケイ 2.
(十代記憶喪失ネタ)

十代にとって、生まれたときから一緒にいてくれたひと、それは、ユベルに他ならなかった。
 ほんとうなら、おかあさんが一緒に… と考えるべきなんだろうということは、いちおうは知ってはいた。けれど、十代のおかあさんとおとうさんはいつだって忙しかったのだし、それに、おとうさんとおかあさんは、十代が見ている世界、生きている世界のことを半分も知らなかった。それはしかたのないことなのだと十代は哀しみと共に悟っていた。この世の中にはふたつのせかいがある。見えるものの世界と見えないものの世界。
 見えるものの世界だと、十代は、ひとりの人間の子どもとして、いっしょうけんめいに生きなければならない――― それが楽しくないとは言わない。けれど、見えるものの世界はつらくて哀しい世界であるというのもまた事実だった。かたちのあるものがかたちをなくしてしまうせかい。生きているものはやがて死なないといけないせかい。
 もうひとつの世界は、ちがう。
 見えないものたちの世界。たとえば、童話やアニメの中だと、ヒーローや妖精たちや、モンスターや妖怪たちが生きている世界。そこだと誰も死ぬことはない。たくさんのたたかいや、いさかいや、あらそいなんかがあるけれども、本当の意味でなくなってしまうものなんてひとつもない。いちど食べてしまったケーキがなくならない世界。摘まれてしまった花が死ぬことのないせかい。

 ……ねえ、ユベル、もしもぼくを見失っちゃったら、どうする?
 絶対にきみのことを見失ったりしないよ、僕の可愛い十代。
 もしもキミの傍を離れることになっても、僕は、絶対にキミを見つけてあげる。だいじょうぶ、キミがこうやって生まれてくる前にだって一度はぐれたけど、ちゃんとこうしてまた会えたんだもの。
 僕はなにがあってもキミを見つけるよ、十代。だから、あんしんしておやすみ。

 なのに、声が聞こえない。どこにも、ユベルがいない。
「じゃあ、落ち着いてきいてね。わからないことは答えなくてもいいから」
「うん……」
「あなたのお名前は?」
「ゆうき、じゅうだい」
「年はいくつ?」
「ななさい……」
「ここはどこ?」
「……」
「分からないのね。じゃあ、おとうさんとおかあさんはどうしたの」
「わかんない…… たぶん、お仕事です」
 十代の目の前に座った女の人は、しばらく、黙っていた。それから手元のカルテに何かを書き込み、そして、立ち上がる。「ちょっとお外の風にあたりましょうか」と明るい声で言った。
 窓のほうへと歩いていき、ブラインドを開く。とたん、まぶしい光がこぼれてきた。十代は思わず眼をぎゅっとつぶる。そして、開いたとき、目の前に見えたのは――― 
「え……」
 見慣れた、高層ビルの街とは、かけ離れた光景だった。
 高層マンションから見下ろす町並み。都市計画にしたがって作られたショッピングモールやオフィスの町並みの向こうに、視界の果てまで、ごみごみと立て込んだビルが並んでいる。夜中に家の窓から見下ろすときには、まるでガラス細工の箱庭みたいに見える景色。そんなものはどこにもない。目の前に広がっているのは、圧倒的な蒼さと広さで開けている南国の光景。眼に痛いほどあざやかな緑と、深さによって虹のように色を変えていく海とが作り出す、絵葉書のように美しい景色だった。
 雲が、まるでスプーンですくえそうなかたちに盛り上がっている。眼下には湖があり、岩肌があって、その向こうはすぐに海だ。いくつかの建物が木々の間に埋もれているのが分かったが、圧倒的に開けているのは、あきらかに自然が作り出す光景。十代は声をなくす。こんな景色知らない。テレビでしか見たことがない。
「ここ、外国…… ですか……?」
 呆然とつぶやく十代に、女の人は、少し困ったような顔をした。びくっ、と背中が震える。こんな顔は知っていた。まちがったことを言ったのだ。
「ご、ごめんなさい!」
「いいの、怒ってないわ」
 女の人は少し笑って、「驚いたわよね」とふたたびブラインドを下ろす。景色が消えて、すこしだけほっとした。けれど動揺は消えようも無い。何が起こったのかまるでわからない。知らない景色、知らない場所、知らない人、そして、消えてしまった大好きなひと―――
 呆然としている十代に、女の人が、少し困ったような顔をしていた。十代はぽつりとつぶやく。
「ぼく、病気なんですか?」
「え…… ええ、うん、そうね、そんなものね」
「ぼく、病気だから、とおいところの病院に来たの?」
「そうね、そう思っていていいわ」
 今日はゆっくりと休みなさい、と女の人は言う。そして背中に手を当て、十代を立ち上がらせると、ベットのところまで連れて行ってくれた。
「今日はゆっくり寝たほうがいいわね。これはお薬。飲むと眠れるから、すこし休みなさい。十代くんがおちついたら、また、いろいろと説明してあげるから」
「はい……」
 テーブルの上に、白い錠剤が置かれた。ちょっと困った。薬は苦手だった。ちゃんとひとりで飲めるか自信が無い。
 けれど、それよりもずっと心がかりなことがある。
「すいません、お医者さん」
「なに?」
「ぼくの…… ぼくのカード、しりませんか」
 きれいな女医さんは、困惑の表情を浮かべる。軽く眼を動かすと、「そこにあるのは違うの?」と言った。
 革のケースに入ったデッキ。
「ちがう…… です……」
「でも、それが十代くんのデッキのはずよ」
「だって、ユベルが」
「ユベル?」
 はっ、と十代は口をつぐんだ。
 不自然に口をつぐんだ十代をどう思ったのか、彼女はしばらく困り顔をしていたけれど、やがて、「じゃ、何かあったら、そこのボタンを押してね」と壁を示すと、部屋を出て行った。あとには十代だけが残される。そして、デッキケースに入った一セットのカード。
 恐る恐る手を伸ばし、中身を取り出して、確認する。困惑は深まるばかりだった。自分のデッキどころか、見たこともないカードがたくさん封入されている。まだ子どもだとはいえ、ルールくらいは把握していた。十代が使用できるジュニアルールではこんなデッキは組まないし、組むこともできない。そもそも何に使うのかまったく分からないカードもある。十代はそんなカードの一枚を手に、ひたすら困惑した。
「《摩天楼》…… なにこれ?」
 そのとき、だった。
 ふと、側に気配を感じる。びっくりして眼を上げる。すると、そこには、見知らぬ精霊が一匹、大きな目をくりくりとさせながら、十代を見下ろしていた。茶色い毛玉みたいな身体。ちいさな手足と白い羽、大きな眼。
《くり?》
「え…… キミ、だれ?」
《くり、くりー》
 誰だかはわからない。見覚えも無い。でも、敵意は無いこともわかる。やっと肩から力が抜けた。
 ―――精霊たちがいるんだったら、だいじょうぶ。ここは自分の居場所だ。
「ねえ、キミ…… だれなの。このデッキ、なんなの?」
《くりー……》
 十代はすこし悩む。それから、上目遣いに、そろそろと問いかけた。
「ユベルが、どこにいるか、しらない?」
《くりくりー……》
 ふわふわした精霊は、ふるふると首を(というよりも、身体全体を)横に振った。やっぱり、そうか。どうやら自分は、なぜだか分からないけれども、ユベルとはぐれてしまったらしい。
 そう思った瞬間、じわりと、涙があふれてくる。
 思わずベットの上に膝を抱える十代に、小さな精霊が困惑の表情を浮かべた。十代はなんとか涙をこらえようと、ぎゅっと膝へ顔を押し付けた。

****

・《ジュニア・ルール》というものが存在する。
・まだフィールド魔法があんまり無い。
・たぶん融合デッキが組めるほど融合カードが無い
この時点でだいぶ時代がかかってます。でもうちにある初代の社長ストラクチャーデッキもこんなんなんだよな……

 





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