【GXメールゲーム!】
ラストターン ○○は大変なものを盗んでいきました




 0.デュエルアカデミア本校 《ヘルカイザー・その他》

 ごうん、ごうん、と大きな音を立てながら、嵐の色をした巨大な雲の渦が、漆黒と濃藍をない交ぜにした空へと、そびえたっている。
 雨は石つぶてが打ちつけるように窓を打ち、雷火はひらめき、轟音と共に降り注ぐが、その程度のことでひるむような彼ではなかった。DA本校舎のドーム。しつらえられた機材を前に、この事態を収拾すべく集められたスタッフたちが奔走する。だが、原因不明の大嵐は、落雷が開始してからすでに数時間が経過した今もまったく衰える気配を見せず、青白い雷火は黒雲の城塞の中に秘められたエネルギーの膨大さのほんの片鱗に過ぎないということをこちらへと見せ付けているかのようだ。
 まるで、龍の巣のようだな。彼は、ヘルカイザー亮は、そう考えた。
 そして事実、そのとおりなのだ。あの中には《龍》がいる。神代の時代からその輝かしい力を抱き続けた伝説の龍、白い翼の碧眼の龍が。だが、その伝承の力がどれだけ大きなものであったとしても、今のこの世界においてはただの伝承上の存在、すなわち、一枚のカードであるにすぎない龍が、どうして、これほどまでに巨大な異変を起こすことができうるのか?
「おい、丸藤くん。ちょっとこっちに来てくれないかね!」
 スタッフの中から、白衣の袖をまくった老人が、興奮した様子で呼びかける。亮は振り返ってそちらを見た。老人と、その弟子であるところの数人の研究者たち。いかにも不遜で傲慢な様子の亮が大またで歩いていくと、なかの数人はいかにも恐ろしそうに身を引いた。だが、モニターを前にした老人……ツバインシュタイン博士……は、興奮を隠しもしない様子で、「見たまえ!」と画面を示してみせる。
「超ハイスピードカメラで捕らえられた一瞬の映像だ。この特徴的な形の球雷、青白い発光色。とうていなんの干渉もないただの自然現象がなせるものとは思えない!」
「……」
「いや、まったくもって美しい。自然は無論いつであっても整然として美しいが、このように顕現した現象の壮絶なまでの美といったらどうだね。まさしく、奇跡というのに相応しい!」
「は、博士、今はそんなことを言っている場合じゃないでしょう」
「ああ、すまんすまん。すっかり私としたことがすっかり興奮してしまってね。……で、どう思う、丸藤くん。このエネルギー波形、キミのデュエリストとしての直感は、いったいなんの姿だと見るね?」
 亮は、簡潔に答えた。
「《青眼の白龍》で、間違いないだろうな」

 ――DAに発生した謎の嵐雲、そして、KC総帥である海馬瀬人だけが持つカードである《青眼の白龍》の謎の失踪。その二つの、まったく関係の無い事件を結びつけるキィが、今、目の前に存在している。

「ツバインシュタイン博士がああも興奮していると、オレのほうが冷静にならざるをえないよ。これも幸いってことなのかなあ」
 ぶつぶつとつぶやきながら、白衣の青年は、たくさんのセンサーが付けられた強化プラスチックの球体を覗き込んだ。そこには一枚のカードがセットされている…… カードであることは間違いないだろう。だが、それが実際に《デュエルモンスターズ》のカードであるのか、と言われると、首をかしげるもののほうが大半だろう。
 それがモンスターカードであるということを示す、青いカード。だが、レアリティを示す星のマークや、通常のカードなら入っていて間違いないはずの刻印の類はあっても、カードテキストも、イラストも、無い。それはまったくの白紙のカードだった。
 本来、そこには、一匹の龍の姿が浮かび上がっているはずだった。
 ことは、わずかばかりの時間を遡る。実時間にして一日に満たないだろう。童美野町に存在するKC本社ビルで、あってはならないはずのその異変が発見されたことから事件は始まった。
 現在、手を離せない事業をかかえて、半年ばかり海外に滞在している海馬瀬人に代わり、KC本社ビルの地下、最重要セキュリティのかけられたゾーンに、一組のデッキが保管されていた。その中身こそ、伝説のデュエリストの一角に数えられる海馬瀬人のデッキ、ブルーアイズ・ホワイトドラゴンのデッキである。
 だが現在、新しい種類のカードシリーズの開発に携わっていたデッキの主は、長期間、自分自身がデュエルに携われないという事実にあって、珍しいことに、最愛にして最強、と公言してはばからないそのデッキを自分の身の回りから手放していた。おそらくは手元にそのデッキがあっては、自分が決闘をしたがって仕事にならない、と判断した副社長の苦言によるものだろう、というのが大方の見方だ。デュエル界においては、たぶん、現在もっとも貴重なものだろうそのデッキは、だから、決して誰の手にも触れないように、厳重に、そして大切に、地下のセキュリティルームに保管されていた。そのデッキは決して誰の手にも触れることなく、その主が帰ってくるまでの間、そこで眠りについている…… はずだったのだ。
 だが、その日、くしくも複数の人間が、それぞれに違った予兆を感じ取り、KCのセキュリティ部へと連絡を入れてきたのだ。
 あるものは測定しつづけていた特殊な力場の歪みが、あるものは異能が知らせる予兆が、あるものはただの《虫の知らせ》が、そんなとんでもない出来事が起こったということを教えた、という。
 そして、疑いながらもデッキの中身を開封し、カードをチェックした不幸なひとりは、それこそ、《滅びのバーストストリーム》を後ろから浴びせかけられたようなショックを受けた。
 すなわち、けっして、毛一本ほどの傷がついてもいけないはずの、貴重という以上に貴重なレアカード…… 《青眼の白龍》のうちの一枚が、まったくの、白紙のカードとなってしまっていたのだ。
 現在では、まだ、アメリカに滞在している海馬瀬人本人はそのことを知らない。知っていたらこの程度のさわぎではすまないだろう。いったい、何人の人間の首が飛ぶ(下手をしたら物理的な意味で)大惨事なることか。だから、一刻も早くブルーアイズを取り戻すべく、デュエル物理学の権威であるツバインシュタイン博士だの、I2社のペガサス会長が任命したエージェントだの、たくさんの人間がおおわらわの大騒ぎをしているのだが……
「さっさとバラしたほうがいいんじゃないだろうか」
 彼は、三沢大地は、深いため息と共につぶやいた。
「いなくなったって時点でこれだけ騒いでもらえるやつの失踪なんて、いつまでも隠しておけるもんじゃないだろう。オレが消えたんじゃあるまいし」
 いや、世にも空しいことを言っているのはわかっているのだが。三沢は眼を上げて、モニターに映し出された雷雲の柱をみつめる。地上にこんな規模の嵐が現れることなど滅多にあるものではない。地上では蒸散して水蒸気としてしか存在しないだろうレベルの大気が濃密な雲となり、嵐となって渦を巻き、蒼い霹靂で巨躯を鎧って聳え立っている。今、気象庁だのあちこちの国の観測衛星だの、あっちやこっちに鼻薬をかがせたり、脅したりすかしたりしてこの異常現象を《見えないもの》として扱おうとKCが走り回っているが、バレるのも時間の問題だろう、と思われた。
 ……いやまあ、カードの精霊がかってにカードを抜け出して、しかも、あんなふうに巨大な異常気象をつくって立てこもっている、とか言われても、誰も信じないかもしれないが。
 だが、すくなくとも彼の師であるところのツバインシュタイン博士のかきあつめたデータは、あの嵐にたいして、ブルーアイズが干渉しているという事実を確信しているらしい。ただ、どれほどに力のあるカードであろうと、たった一匹の独力でこんな大事件なんて引き起こせるはずがない。
 やっぱり、十代とかエドとかが、こんなことにかかわっているんだろうか。三沢はそんな風に考える。
 あの中に閉じ込められているDA生徒、もとい、デュエリストの正確な人数は分からないが、おそらくは8人。遊城十代をはじめとする本校生徒、ヨハン・アンデルセンなど留学生を含む部外者が3名、さらに、女子生徒がひとり。
 天上院明日香。
 彼女こそが、現在、この事件への関与をもっとも疑われている人物だった。
 ちらり、と背後を振り返った三沢は、腕組みをして、じっとモニターを見上げている長躯の男を盗み見る。漆黒のコートと愛想のよさの欠片もない横顔がいかにも怖い。とってもではないが、話しかけたくない感じ。学生時代の彼が威厳はあっても物静かで温和だったことを知っている三沢としてはどうしても認めたくないが、アレが、今現在の丸藤亮、もとい、ヘルカイザー亮なのであった。
 彼がこの件に関与したということが、まさしく、天上院明日香が《青眼の白龍》失踪事件に一枚噛んでいる、という疑いをもたらしていた。
 さもなければ、彼がこの場にいるということ自体に理由が無いだろう。半ばヒールとしてだが、多忙で人気のはずのプロリーグの仕事を蹴ってまで、今、彼はここに留まり、あの黒雲の城をじっと観察し続けている。いったい何をかんがえてのことなのか、何を目的としてのことなのかは、三沢になんて分かるはずが無い。
 ―――それ以前に、この事態そのものが、オレの理解を超えているよ!
 そして、三沢が半ばやけくそで機械へと向き直り、とにかく今回はデータ収集の機会だとだけ思っていればいい! と自分をごまかそうとした瞬間だった。
 バチィ、という甲高い音がした。
「う、うわぁっ!?」
 三沢の前の機械が、火花を上げた。青白い火花が散り、同時に、パン、パン、パン、というポップコーンの弾けるような音を立てて、次々と機器がダウンする。何事だ!? 思わずしりもちをついてしまった三沢のまえで、静電気にこがされた空気独特の濃厚なオゾン臭が立ち込める。だが、それは自分のことだけではなかった。
 周りからも、次々と、悲鳴や驚きの声があがった。三沢は驚き、回りを見渡した。ボン、という音が頭上からも響く。頭に何かがぶつかって鋭い痛みがはしった。三沢はぎょっとする。頭上をてらしていたライトの一つが爆発し、プラスチックの破片がとびちったのだ!
「大丈夫かね、三沢くん!?」
「は、はいっ!」
 三沢はあわてて立ち上がった。頭の上から焦げ臭いプラスチックの破片が落ちるが、それどころではない。ツバインシュタイン博士がひどく興奮した様子で、壊れかけた機械を拳で叩いている。
「どうしたんですか、博士っ」
「どうしたもこうしたもないっ。イレギュラーな反応が今一瞬見えたぞ!」
 誰か映像をまわせっ、観測データをとってこい、などと怒鳴る。三沢はほかの助手と共に、あわてて、博士を機材からひきはがす。叩けば治るというレベルじゃない。火傷をしたらどうする!
「今の反応は、《青眼の白龍》のものじゃあないよ、キミたち!」
「どういうことですか?」
「ワシにわかったらこんなに慌てとらんわいっ」
 博士は再び怒鳴った。
「内部から、何者かが、この嵐を突き破ろうとしたんだ! おい、通信内容をなんとしても調べなければ。何が起こっているのかが把握できるかもしれないぞ!」
「な、なんですって!?」
 誰かが、中からだと?
 メカニックスタッフが、必死で、焼け付いた機械を復旧させようとかけずりまわっている。だが、手伝うのも忘れて、三沢は一瞬、呆然とモニターを見上げた。ノイズが多すぎて何も見えない。雲の砦の形すらも。
 だが、このパニック寸前の状況に、さらにまた新しいスパイスが加えられたのは事実だった。三沢は博士に怒鳴りつけられて我に帰り、また、あわてて近くの機材に取り付く。あっちもこっちも興奮し、半ば取り乱しかけたスタッフたちが右往左往していた。みんな、とにかく、駆けずり回るほどに忙しい。目の前でおこっている事態を把握するのに必死だったのだ。
 だから、三沢も、他の誰も、そのときには気付かなかった。
 いつの間にか 丸藤亮の姿が消えていた、という事実に。



 ―――そして時間は、数十分ほど遡る。
 




TUAN−5 《その1》

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