夕焼けレッド
色鉛筆の『そらいろ』が青なのだから、空の本当の色は青に決まっていると主張する僕に対して、Tは夜のほうが本当の色だと反論する。
「だって、地球の外は宇宙だろ。宇宙の色は黒じゃんか。空の本当の色は黒に決まってるだろ」
天体望遠鏡を持っていることを自慢にしているTらしく、その台詞には酷く説得力があった。言い返せない僕を見て、Tは得意げに鼻の穴を膨らませる。そして、Kにまで同意を求めた。
「なあ、Kもそう思うだろ?」
Kは雑巾を絞りながら、首を横に振った。ブリキのバケツから引き上げられる指先が、かじかんで赤い。
普段は無口なKの反論は、Tの癇に触れたらしかった。漏れた声には不満の色が濃い。
「だって、昼と夜以外に色なんて無いだろ。お前も空は青色だなんて非科学的なこと言うのかよ」
「非科学的、は知らないけど。僕は両方とも違うと思うな。空の本当の色は、夕焼けのときの色だよ」
意外な答えにTも僕も驚いた。
運ぶ途中だった机を置いている僕のほうも見て、Kは悪戯っぽく笑った。
「そりゃあ無いだろ。だって、空が赤くなるのって一日のうちちょっとだけだろう? きっと青か黒だよ。そっちのほうがずっと時間が長いんだぜ」
Tがムキになっているように見えたのは、Kの意外なほどの自信に気圧されたからなのだろう。やっぱり納得の言っていない僕のほうも見て、Kは言う。
「証明してやるよ、今日の夕焼けのとき。そしたら、何してくれる?」
「来週も、再来週も、お前は黒板消し当番でいい。机を下げるのも雑巾も、全部やらなくていい」
僕はそう言い、Tを見た。Tも頷いた。
「映画館のスクリーンは何色だか知ってるよね? 映画の最初と最後に見えるからね。 空も本当はそれとおんなじなんだよ。昼間の青とか、夜の星とかは幻灯機で空に写してあるものなんだ。だから昼と夜のフィルムを取り替えるあいだの時間に見える色が、空のスクリーンの本当の色なんだ」
Kが僕らを案内したのは、町外れの丘の上だった。周りにはセイタカアワダチソウがびっしりと生えていて、病んで粉っぽい葉が波になっていた。
Kと僕らは胸まで草の海に埋まって、町のほうを見た。Kが口に指を一本当てて見せ、耳に手を当てて見せた。僕らは黙った。
やがて幻灯機のフィルムが回るカタカタという音が聞こえてきた。
音は次第にゆっくりになり、空が完全に赤くなるのと同時に止まった。と、丘を登る砂利道を、男が自転車で登ってきた。
銀色の自転車から丸い荷物を降ろして男は消えた。しばらくして、またカタカタという音が始まった。
だんだん空は青くなり、音が整うころには夜になった。
男は違う荷物を抱えて戻ってきて、自転車に乗って帰っていった。
僕らは男が荷物を持っていったほうへ行って見た。
そこには幻灯機も何も無くて、ただ、荒れた地面が少しだけ見えていた。Tは草を蹴り、悔しそうに言った。
「何も無いな」
「うん。でも、昔拾ったことがあるよ。ほら」
Kはポケットからフィルムの切れ端をだして見せてくれた。それは空の青と同じ色をしていた。
「ねえ、本当だったでしょう?」
笑うKを見て、僕もTも悔しくて仕方が無かった。Kはこんなに凄いことを知っていて、しかも昼間の空のきれっぱしを持っているのだ。どんなに沢山のビー玉とでも、きっとKは交換してくれないだろう。
Kはとてもくやしそうに言った。
「来週も再来週も、Kは黒板消し当番だな」
ジジジと小さな音がして、電信柱の明かりがついた。
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