【未来への咆哮】
《3》




  
  コンサートホールは、そのとき、時ならぬざわめきに包まれた。
  舞台の上に立ったのは、引きちぎれて汚れたワンピースを来た少女だった。だが、彼女の唇には微笑みがあり、ひとみには強い力がある。ハウリングの強いマイクで、彼女は、《みなさん!》と集まった人々へと声をかける。
 《聞こえますか、私は、萩原雪歩です。アイドル…… いえ、ただの一人の避難民です》
  でも、と彼女は力強く言う。
 《私は、これから、大切なことをみなさんに伝えたいと思います。たったいまから、私は、EDFの非常徴収兵として、戦線に参加します》
  ざわめき。混乱。当惑。だが、雪歩は微笑んだままだった。両手でマイクを握り締める。
 《私にも、戦えます。とても簡単だけど、重要な役割として……》
  それは。
 《決して、くじけないこと。私たちは絶対に負けないと、信じることです!》
  雪歩は、人々を見渡した。気弱いはずの心を奮い立たせる。いや、その必要すらも無い、と彼女は思う。
 《みなさんは、わたしと一緒に歌ってくれた。この苦しい戦いの中でも、歌い、魂を奮い立たせることが出来た》
 《そんなみなさんなら、絶対に出来ます》
 《何があってもくじけず、出来ることをやり、そして、私たちの勝利を祈ることが》
 《絶対に、出来ます!》
  すうっ、と雪歩は息を吸い込んだ。そして、大声で、皆に向かって呼びかける。

 《……みんな、がんばろうっ!!》

  おおおおおおおおおっ、と、雄たけびにも似た歓声が、それに答えた。
  雪歩は急に真っ赤になり、ぺこりと慌てて頭を下げる。マイクに頭がぶつかって、ごつん、と音がした。歓声に笑い声も混じる。舞台の袖へと小走りに戻った雪歩は、そこに腕を組んでいた海馬にむかって、「これで、よかったんでしょうか」と問いかける。
 「ふぅん」
  海馬は、にやりと笑った。
 「なかなか見事だった。……萩原雪歩、と言ったな?」
 「は、はい」
 「戦争が終わったら、すぐにKCと契約しろ。貴様のような逸材、決して逃がすオレではない」
  そして、海馬は大またでステージへと登った。これから、このコンサートホールを用いて、何が行われるのか、ここにあつまった約400人の避難民たちの力を借りて、何を行うのかを説明するために。
  



  コンサートホールの観客席を見下ろすボックス、音響システムの中央制御システムのところに、ロックマンは、いた。
  後ろに置かれたテーブルには、毛布が敷かれている――― そこにミクがいる。すでにスリープモードに入り、その胸が大きく開かれていた。人間らしい体つきを成型するためのシリコン素材が切り裂かれ、少女らしく薄い胸のふくらみの奥に隠されていた、機械の身体が露出している。
  体中にコードが接続されて、ロックマンも、満足に動けない。
  だが、コードを引きずってミクの側へと歩み寄ると、ロックマンは、そっとその頬に手を当てた。
 「ミクさん」
  穏やかな微笑みを浮かべ、眼を閉じたミク。
 「……一緒に、がんばろう」
  ザザッ、と音がした。通信機からだった。ロックマンは、そのスイッチを入れる必要もなく、その内容を聞き取った。ミクのものであったはずの機能で。
 《こちら海馬。全てのセットアップが完了した》
 「ありがとうございます」
 《避難民もすべて、被害をこうむらない場所へと避難させた。要所に配属されている連中は、皆、心得と覚悟のあるやつらばかりだ》
 「たのもしいですね」
 《ふん、言うな。では、これから10カウントの後、広域殲滅を行う。準備はいいか》
 「はい!」
  ランプが、コンソールにともった。
  10で、エネルギーゲージが上昇する。9で、複数のスピーカーを管理するための制御システムがフル回転を始める。8で、ミクの行う音響制御を行うためのDTMが複雑なアルゴリズムを適用し始める。
  ロックマンは立ち上がり、眼を閉じた。
  大きく息を吸い込む―――

  ―――歌う、ために。





 「くっそ、キリが無いぜっ」
  連続してマスタースパークを放ち、だが、あっという間に残弾がゼロになる。魔理沙は懐からあたらしいスペルカードを取り出す。だが、その一瞬の隙を付け込まれそうになる。被弾する! だが、その弾を、近くで炸裂した指向性地雷のクラスターが吹き飛ばす。「サンキュ、じいさん!」 魔理沙はふたたび両手にスペルカードを手挟む。力がそこへと充たされる。
 「地上部隊は無事なんでしょうか!?」
  障壁物の後ろに伏せたまま、琴姫が、悲鳴のように叫ぶ。
 「見当も付かないよ!」
  富竹が怒鳴った。
  ストーム1は、ただ、その精密な射撃で、迫り来る敵を次々と撃墜する。だが、対空部隊からでは地上の状況はまったく把握できない。ヘルメットで表情の見えぬ横顔を伺って、魔理沙は一瞬、背筋をつめたいものが走るのを感じる。もしも空からの敵を全て始末しても、地上が全滅していたら? 
  だが、その瞬間だった。
  ビリッ、と背筋が震えるような予感が、魔理沙の身体を走りぬけた。
 「な……っ!?」
  それは、音ではない音。歌ではない歌だった。
  わずかな瞬間の後、それは、来た。建物を、それどころか空気全体を震わせて、かつて、一度も体験のしたことのない衝撃が、魔理沙の、琴姫や富竹の身体を、通り抜けた。
 「なっ、なんだあ!?」
 「今のは……っ?」
  ストーム1が、瞬間、銃口を下げた。魔理沙は呆然として、一瞬、我を忘れかけた。だが、その瞬間、ピコ麻呂からの通信が入る。
 《聞こえるか! 無事か、琴姫、魔理沙、富竹…… ストーム1っ!》
 「あ、ああ、こっちはなんとか…… だが、なんだ、今のはっ?」
 《あとで教えてやろう。だがな、こちらでは地上勢力は、ほぼ殲滅した!》
  なんだって? 魔理沙は思わず眼を見張る。
  ピコ麻呂の声は力強かった。まるで、勝利を確信しているかのように。
 《いいか、我々に敗北は無い! 皆も終結しつつある…… すべてを終わらせるのじゃ!》
 「あ、……ああ!」
  何が起こったのか、わからなかった。
  だが、魔理沙はふいに、側でライフルへと、すばやく新たな弾を装弾するストーム1を見る。笑っていた。どういうことだ? だが、まもなく魔理沙もまた、知らぬうちに自分も、唇に笑みを浮かべていたということに気付く。
  声ではない声から、歌ではない歌から、自分だけでなく、皆が、同じメッセージを受け取っていたのだと、魔理沙は悟る……
  私たちは、勝つ。
  ―――絶対に!
 「いくぞ、お若いの!!」
 「ああ!」
  迫り来る巨大な航空母艦へと向かって、魔理沙は、己の最強の術符を、構えた。
  その先に待つ勝利を、確かに、闘志のなかに確信しながら。








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