【悲しみの向こうへ】
≪4≫




 薄暗いオフィスの中、いくつものモニターが連結され、それぞれに違った記録画像を映し出している。街の、いたるところに存在する監視カメラ、さもなくばEDFによって設置されたカメラによる監視画像。
「これが、前後三日間に記録された戦闘の記録だ」
 海馬がそう答え、キーボードを操作する。すると、画面がいくつも、連続して切り替わった。映し出される。それは、市街のいたるところで繰り広げられる戦闘の有様だった。
 様々な姿の魑魅魍魎が、そこにあらわれる。四足で駆けるもの、腹で這うもの、無数の足で這いずり回るもの、ひれをもってのたくるもの。その姿はいまままで、決して数少なくない魑魅魍魎どもを相手取ってきたピコ麻呂にとっても、異様に思えるものだった。
「……これほど多くの、新しいタイプの妖怪が現れていたとは」
「新しいタイプか。ふぅん、見るだけならそう思うだろうな」
 だが、呻くピコ麻呂に対する海馬の答えは、いささか、奇妙な響きを含んだものだった。クリック音。画面が停止する。ドットの荒い画面の解析度が上げられ、そこに、さまざまな妖怪たちの姿が映し出された。クローズアップ。はっ、と琴姫が小さく息を呑んだ。それは、グロテスクというにも、あまりに悪夢的な姿をしたものたちの百鬼夜行だ。
「どこかのアホが悪魔に食わせるフリカッセでもひっくり返しやがったのか」
 ハートマンが毒づいた。口に涌いた苦い味を吐き棄てるように。
 クローズアップをかけられて、妖怪どもの姿が変わる。いまや、それは異様な姿ではあっても、けっして見覚えのないものではない。だが、それがかえって奇妙な生理的嫌悪感をそそった。それは、どこかしら悪意に満ちた子供の落書きを思わせる、森羅万象の全てを肥大させ、湾曲させ、あるいは、増大させたものたちの姿だ。
 じくじくと黄色い液を滲ませる、巨大な膿胞を全身にはりつけたものがいる。それは、よく見れば犬の姿だ。あるいは伸ばされた枝のひとつひとつに少女の顔が実った樹木のようなもの。あるいは常に自分自身を咀嚼しながら行軍する唇。淫奔な舌が赤く踊る。
 出し抜けに、ひとつのモニターの画面がブレた。手持ちのカメラ独特の画面のゆれだ。ストーム1が、眼を細める。声が聞こえた。
《現在、視認できるターゲットの数は…… ええと、6つです。今からサンプルを摂取しに行きますね》
《言葉ちゃん、ムリしないでね?》
《ええ。海馬さんの予想通りなら、たいしたことありません。そうじゃなかったときは、サポートをお願いしますね》
《ああ、分かったぜ》
「桂殿と泉殿…… それに武藤殿か?」
 驚いたように言うピコ麻呂に、「そうだ」と海馬が答えた。
「いつのまに、こんなムリをさせた! 妖怪どもを相手取るのならば、三人だけでは無茶ではないか!」
「危険ならば撤退を最優先しろと言っておいた。それに、三人ではない」
 正確にはひとりだ、と海馬は言った。
「ここから先は、桂一人で戦え、と言ってある」
「なんだと!?」
 思わず声を上げるピコ麻呂に、しかし海馬は、「黙ってみていろ」と傲然と言い放った。
「―――これを見れば、オレの言いたいことが、すべて分かるだろう」



「離れていてください…… 危ないですから」
 言葉はにこりと微笑むと、そして、妖怪どもの群れへと向かい合った。遊戯は何かを言いかけた言葉をムリに飲み込む。腕にディスクを構えたまま、普段、見たこともないような怯えた顔のこなたを背中に庇う。
 こなたはカメラを片手に持っている。遊戯のデュエルディスクも同様だ。もしも戦いに向かってしまったらデータが採取できなくなる。このミッションの意味が無くなってしまうのだ。
 海馬から、記録機器を渡されていないのは、言葉ひとりだけだ。彼女は妖怪どもへと向かい合うと、笑顔を、消した。
 しゃん、と鍔鳴りがする。片足が引かれ、言葉の身体が低く構えられた。
「―――行きます!」
 まるで、その瞬間を見計らったかのように、彼女の前に、鮮紅色の深淵が、開いた。
「……!」
 ぱっくりと地面が開く。ぬめぬめとした裂け目は、いったいいつからそこに存在していたのか。だが、言葉の動きはまるでそれを先読みしていたかのようだった。もう、そこには彼女の影さえも残されない。漆黒の髪を翻し、白刃の少女が駆けた。
 地面が裂けていく。言葉を追い、飲み込もうとする。その裂け目から涌きだした飛沫が、言葉のスカートを灼いた。みるまに腐食し、ぼろぼろと崩れる。だが、闇のしずくさながらの酸に灼かれても、言葉の白い肌には傷一つ残らない。
 今しも、パンプスの踵が、肉の深淵に飲まれようとした。眼前から駆けてくるものは、全身の皮を剥がれた巨大な犬。だが、その悪夢じみた怪物を目の前に、言葉は哂った。たしかにそのくちびるが、笑みの形を刻んだ。
「―――まず、一つッ!」
 涼やかな音と共に、その刀が、抜き放たれた。
 言葉は、跳ぶのではなく、踏み込んだ。最後の一歩の後ろで、深淵が地面を飲み込んだ。だが、居合いで抜かれる神速は、そのスピードをはるかに凌駕する。言葉は、己へとつっこんでくる怪物の首に刀を突き立てたかと思うと、力任せにその刀へと、《自らの身体を引き寄せた》。
 グゥォォオォォ!!
 鮮血が、飛沫した。
 刀を目の前の怪物へと深々と突き刺し、言葉は、それを手がかりとして、迫る深淵から脱出したのだ。彼女の身代わりとなった肉の狂犬が深淵へと飲み込まれる。
「あはは…… 同士討ち、じゃないですか……!」
 びゅっ、と払うと、その青い刃には一点の血のぬめりすら残されない。真っ赤な血を頭からあびて、言葉は哂った。高らかな哄笑。そして、舞踏のあざやかさで振り返るなり、背後から迫っていた、幼児の姿をしたものを、柘榴のように叩き割る。背中から羽の代わりに菌糸を生やした異形の胎児。言葉は笑いながらその群れをなぎ払った。嗤う、嗤う、嗤う。
 あまりの凄惨さに、こなたが蒼ざめる。口元を押さえた。
「う……」
「大丈夫か、泉さん?」
「う、うん…… 平気……」
 哂いながら、言葉は奔った。歪んだ肉細工のあいだを。
 ありとあらゆる姿をしたものたちに、しかし、言葉は一抹の怯みすら見せることなく、すべてを鮮やかに切り伏せてみせる。その技を本当の意味で見せる必要すらなかった。血と膿、脂と漿液を浴びながら、言葉は、あざやかに振り返る。長い髪がふわりと踊った。
「―――みんな、同じじゃないですか。海馬さんの言うとおりです」
 わたしには、傷一つ、付けられない……
 地面が沼のように沸き立ち、そこから、無数の指が這い出す。ひどい悪臭がした。ふいに、ハッ、と遊戯は気付く。同じものが近くの壁から湧き出し、こぼれおちる。ウジのように這い、のたくる、指の群れ。
「や…… やだっ、なにこ…… ゲホッ!」
 あげかけた悲鳴が、中途で、咳に変わった。瘴気に喉を焼かれたこなたが咳き込む。遊戯は顔色を変えた。
「泉さん! くっ…… ブラックマジシャン!」
 幻光がひらめく。そこに現れた精霊の魔術師は、主を庇い、杖を構えた。
「いけ、《ブラック・マジック》!」
 振り上げられた杖に、黒い光が宿る。放たれた光が周囲を一掃した。だが。
「―――くっ!」
 ほとんど、効果が無い!
 うろたえたような表情を一瞬だけ残して、精霊の魔術師は姿を消す。這い回る指の群れは積みあがり、地面を覆いつくし、二人へと迫ってくる。こなたは何かを言いかけた。おそらく、呪文を唱えようとした。だが、肺を灼く瘴気に、声が出ない! 遊戯はとっさにこなたを抱きしめると、もう一枚のカードをディスクに叩きつける。
「頼む、クリボー!」
 その声にこたえて、再び、幻光がひらめいた。
 言葉は、背後の仲間たちの危険を振り返り、わずかに目に焦燥を走らせる。だが、その目は、頭上のほうを見上げている。そこに誰かがいる。おそらく、この悪夢の源泉が。
 ビルの上に、ふいに、何かがひるがえった気がした。誰かの長い髪、いや、スカートの裾? だが、それを完全に見分けるよりも、仲間たちの無事を優先した言葉が、鋭く声を放つほうが先だった。
「大丈夫ですか、遊戯さん!?」
「泉さんが限界だ。脱出するぜ!」
「足止めは私が。お二人は速く!」
 くそっ、と悔しげに声を漏らし、遊戯は、さらにもう一枚のカードを展開する――― 熱を持たない光。その中から羽ばたき現れたのは黒曜石の体躯を持った竜だった。遊戯は、無数に増殖して壁を努めてくれるモンスターに後を任せ、こなたを半ば抱き上げるようにして、《真紅眼の黒龍》の背へと飛び上がった。
 強くはばたく竜に威嚇されて、無数の指はばらばらとこぼれた。瘴気が吹き散らされる。こなたはやっと眼を開くことができる。悲鳴のような声を上げた。
「言葉ちゃん……!」
 龍の羽ばたきに髪を吹き散らされながら、言葉は、こなたを見上げ、すこし笑った。安心させようとするように。わたしは大丈夫だから、と言うように。
 その白い面差しは、血と膿で、まだらに染まっていた。
「すまない、桂さん!」
 オオォォオン、と《真紅眼の黒龍》が咆哮する。その翼が力強く羽ばたき、舞い上がった―――

 ……音を立てて、そこで、画像が停止した。

 誰もが、声をなくしていた。
 目の前で繰り広げられた記録画像。その凄惨さ。だが。
 それよりもなお、声を奪うほどだったものは。
「これをみれば、分かっただろう」
 海馬は、淡々と言った。
「あの怪物どもに対して、遊戯の《ブラック・マジック》は殆ど効を成さなかった。同時に、泉はあれだけの攻撃を受けただけであの始末だ」
 ストーム1が、静かに、口を開いた。
「分かっていて、行かせたのかの?」
 海馬は、一瞬、口をつぐみかけた。
 ほんの一瞬のことだった。
「……だが、あいつらの攻撃は、桂に対しては殆ど効果が無い。遊戯に対しても同じだ。そして、どれほど違った姿をしていても、あいつらは皆、【同じ力】しか持っていない」
 しばらく声を失っていた琴姫が、そこで、ようやく我に返る。思い当たったのだ。そういった姿、力を持った存在が、何者なのかに。
「では、あれらは、同じものが姿を変えたに過ぎないとおっしゃるのですか?」
 海馬は頷いた。
「桂は、あれのことを、【ただの、影のようなものだった】と表現した」
 クリック音。違う画面が呼び出され、引き伸ばされる。解析度が上げられる。
 言葉の斬撃が、皮無しの犬を切り裂いた瞬間の画像。
 その刃が滑らかに切り裂いた内側には、血肉も内臓もなく、【タールのような闇色】だけが存在していた。
「この数日間、この周辺で見られた妖怪の正体は、すべて同じだ。オレは暫定的に【ダークネス】と呼ぶことにした。だが……」
 さらに、クリック。まったく違う市街の光景。こことは違う日本のどこか。苛烈な戦闘の繰り広げられる戦場。
 そこには、虫に似た形のクリーチャー、あるいは、餓鬼のたぐいなど、見覚えのある姿の妖怪たちがいる。砲撃を受け、あるいは、異なったやりかたで攻撃されて、四散する。その身体は奇妙なタール状のものではなく、金属や血肉や砂のようなもの、すなわち、今までに誰もが見知ったものによって形作られていた。
「【ダークネス】が現れたのは、この街だけだ。しかも、この三日間のみに集中している」
「……!? おい、貴様、ここ数日、飯も食わずに何をしていたのかと思えば……!」
 ハートマンの声に、海馬は、無感情にこたえた。
「貴様らは情報戦に弱い。オレが先に解析を済ませ、報告をしたほうがずっと速いと思っただけだ」
 海馬は、ガタンと音を立てて椅子を蹴った。キューブから抜き取ったフラッシュメモリーをピコ麻呂へと放る。
 だが、ピコ麻呂は、受け取らなかった。
 硬く、小さな音。
「……ピコ麻呂様」
 琴姫が、ちいさく息を呑む。海馬の青い眼が、無感情にピコ麻呂を見ていた。ピコ麻呂もまた、海馬を見据え、まなざしひとつ動かさない。
「そのようなことを、我らに黙っておったのか」
「貴様らなどに頼るよりも、このほうが効率的だと思っただけだ」
「……その上、遊戯やこなた、言葉などを危険にさらしたのか」
「……」
 青い眼には、表情一つ無かった。
 青く透明で、ガラスのように、無表情だった。
「答えよ、海馬瀬人……」
「何をだ」
「―――一体何故、そんなことをしたのかと、問うておるのじゃ!」
 空気が震えるような一喝だった。
 ビシリと音を立てて、何かに、ヒビが入ったようだった。
 海馬の表情が歪んだ…… だが、そこに何があるのかを、殆ど、誰も見分けられなかった。わずかに揺らいだその色は、一瞬にして、歪な倣岸さに取って代わられてしまったからだ。
「貴様に同じことが出来たか、ピコ麻呂?」
 海馬はあざ笑い、顎をもたげる。
 ピコ麻呂は、言い返そうと口を開きかけた。だが、海馬は畳み掛けるように言葉を続ける。
「貴様に同じことが出来たのか。オレでもここまでのことをつかむまでに三日かかった。この場所には異常が起きている。だが、それをおぼろげに掴んだところでどうなるというのだ。相手の正体も、手口も、特製も分からず、どうやって手を打てたのかと聞いている!」
 海馬がモニターの一つに拳を叩きつける。鈍い音が響く。
「敵の姿もつかめず、どうやって戦える。どうやって勝てると? 貴様らは手ぬるすぎる! そのようなやり方で、いったい何が出来るというのだ!」
 液晶の画面がゆがんだ。画面に、いびつな虹色の干渉環が広がる。異形の怪物どもの姿の上に。
 ピコ麻呂は、弾き返すように、怒鳴りつけた。
「そなたこそ、そのようなやり方で、何を守れるつもりでいる!」
「守るだと? ふん。そのような消極的な手を打って、どのような意味がある」
「なんだと!?」
 ピコ麻呂は、いきり立ちかけた…… だが、それを、一本の腕が制した。
 ストーム1だった。
「ピコ麻呂殿、落ち着きなされ。海馬殿も」
 場違い、と思えるほどに穏やかな古参兵の声に、ピコ麻呂も海馬も、一瞬、声を呑む。
 ストーム1は、モニターを見渡した。そこに映し出されたままのデータや記録画像。そして、しゃがみこみ、床に落ちたフラッシュメモリーを拾い上げると、声も無いピコ麻呂の手に乗せ、拳を握らせる。
「海馬殿のやりくちには、確かに問題もおおかろうて。じゃが、よく、ここまでの仕事をしてくれた」
 海馬は、返事をしない。まっすぐにストーム1を見据えている。
 ストーム1は、労わるように微笑んだ。
「そこまで頑張られたのなら、さぞ、疲れたじゃろうて。異変は分かった。あとは専門家の仕事じゃ。海馬殿はゆっくりと休まれればいい」
 海馬は黙った。
 その白く硬質な面差しに、何か、奇妙な表情が、再びよぎった。
「……休め、だと?」
 吐き棄てるように、海馬は、言う。
「そのような時間など、微塵も無いわ!」
「……海馬ッ!」
 ハートマンが吼えるように怒鳴りつけるも、もう、遅い。
 海馬は白い服を翻すと、早足に、オフィスを出て行く。廊下に荒い足音が響いた。背後から怒鳴るように名前を呼ぶ声が聞こえるが、もはや、そんなものなど海馬の耳には入っていなかった。
 余裕も、時間も無い。理屈ではない何かがそう叫んでいる。タイムリミットまでもう時間が無い。どれだけ力を振り絞っても足りない。一睡もせず、ほんの一瞬すら気を抜けないほどの緊迫を持っても、まだ、間に合わない。
 海馬は、強く、思う。

 桂。
 ……無事で、いてくれ。






 夕間暮れの迫る空には、紅く、また昏い黄金の色に、夕刻の色がにじんでいる……
 それは、濡れた紙に滲ませた鮮血と、血膿の色だ。言葉は抜き身の刃を片手にたずさえたまま、ゆっくりと、広い屋上のコンクリートへと踏み出す。
 海馬が【ダークネス】と呼んだ存在は、今はここにいない…… そして、言葉の目的は、そのような雑魚でもなかった。
 海馬の言うことが正しいのなら、あれらを操っている存在は、別にいる。
 言葉はゆっくりと屋上を見渡した。誰も居ない。半ば風化し、ひびのはいったコンクリートには、まだ昼の日差しのぬくもりが残っていた。眼を閉じれば、そこに集まって休みの時間を過ごし、弁当やパンをついばみ、笑いさんざめいていた生徒たちの気配すら伝わってきそうだ。その錯覚は言葉に鈍い痛みをもたらす。言葉はその痛みをかみ締めるようにして、己自身の輪郭を、確かめなおす。
 居合い使いにとって、存在の全ては、感覚器官でならなければならない。
 心に刻まれた深い傷すら、触れれば血を流すような生々しい痛みをもって、剣士の本能を研ぎ澄ますものとなりうる。ひとたび、言葉の心をずたずたに裂いた傷は、今では武器にまで研ぎ澄まされていた。
 言葉はコンクリートに跪き、ざらりと、その表面を撫でた。
 ここに誰かがいた……
 ……誰だろう?
「そうね、誰かしら?」
 ふいに、声がする。言葉は、弾かれたように身を起こした。
「あら、危ない」
 くすくす、と笑う声。言葉は己の本能が警告を発するのを感じる。
 ここにいたのは、この少女だ。
 だが、と言葉は思う。己の背に、重い鉄の扉がある。屋上には、ほかに隠れる場所など、ひとつもない。
 背中で軽く手を組んで、微笑みながらこちらを見ている少女。見慣れた北校の制服姿。聡明そうな、整った面差しをしていた。背中をすべる長い髪。
「あなた、誰ですか」
「私、朝倉涼子。……あれ、このやりとり、何回目だったかしら?」
 こんなに毎回同じだと飽きるわね。彼女はくすくすと笑う。ままごと遊びを楽しむ幼女の笑いだ、と言葉は思う。
 蝶を捕らえて羽を毟り、その羽を髪に飾り、きらめく鱗粉を面白がる、無邪気な悪意にまみれた笑みだ。
 問うべきことはいくつでもある。なぜここにいるのか。何者なのか。意味を通らないことを言っているのは何故なのか。
 だが言葉は、そのなかの、どの道も選ばなかった。
 ちゃり、と鍔鳴りがする。言葉はゆっくりと息を吐いた。
「―――あなた、敵ですね」
 問いかけですらなかった。
 その断定をまるであらかじめ知っていたかのように、少女は、「そうよ」と頷く。
「で、だから何?」
「だったら…… あなたを斬るだけ」
 少女は苦笑し、肩をすくめた。愛らしい仕草だった。
「怖いわね。話し合いとか、しようと思わないの?」
「無駄ですから」
 青古江の切っ先が、ゆっくりと、弧を描いて持ち上げられる。
 言葉は、青古江を、その肩に《担いだ》。
 一撃必殺。狙うものはほかに無い。
 ほかの選択肢など、初めから存在しない。
 敵ならば、斬る。それだけしか答えは無い。理由はたったひとつ。それで十分だ。
「理由って何?」
 まるで、その考えを読んだように、少女は、朝倉涼子は、涼しい声で問いかける。
 言葉は、まるで定められていた科白のように、なめらかにそれに答えた。
「―――護るためです」


 ……海馬さん。
 わたしは、あなたを死なせない。
 





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