≪6≫ 「くそッ! 消えろ、消えろぉぉッ!!」 なぎ払うように振り払った手に従い、青い瞳の龍が熱線を放つ。カッ、と青白い炎が、火線となって奔った。一瞬の後、焼き払われた廊下が赤熱してガラスのように融け落ち、そして、爆発する。 驟雨のように降り注ぐガラスの破片。それが、身体につきささる。海馬は噛み切らんばかりに唇をかみ締め、髪にまとわりつくガラスの破片を払い落とす。掻き毟られ、手が真っ赤になる。血まみれになる。 そう、血だらけだ。全てが紅い。焔も、夕焼けも、そして、己自身も。 やめろ、と誰かが叫んでいた。男の声だ。海馬は、振り払うようにしてその声から必死に逃れようとする。目の前でのたくる巨大な爪。白い龍の身体へと牙が食い込み、真っ赤な血がしぶいた。しなやかな首をふかぶかと切り裂く傷。海馬は、とたん、喉から何かがごぼりとこみ上げるのを感じた。 「ぐ…… ぅぐっ!」 視界が、白く明滅する。痛みが脳裏にスパークし、平衡感覚が失われた。ぐらりと地面が揺れる。海馬は、ガラスの散乱する地面へと膝を突いた。 とっさに手で口元をぬぐうと、べったりと手を濡らすのは、鮮血だ。震える指が喉の傷を探り当てた。何かの野獣に食いきられたようなぎざぎざの傷。海馬は、さらに血を吐いた。轟音が響き渡り、しなやかな喉を食い破られた白龍が、青銅の鐘が割れるような絶叫を上げる。 痛みは、無い。代わりに異常なまでの亢進がある。海馬は、その青い瞳を、ぼうぜんと見上げる。目の前で、鏡像のような黒い龍に喰らわれて、白い龍がもがきくるしんでいた。 苦し紛れに噛んだ雷火が、彼女自身の身体を焦がす。崩れ落ち、融け落ちる建造物の臭い。フラッシュバック。血、割れたガラス、真紅、悲鳴、そして――― 「ふ……ざけ……ッ」 ひゅうっ、と音が漏れた。己の気管から空気が漏れた音だと悟った。常人ならば、すでに、当に意識を失っていてもおかしくないほどの傷だった。 影の龍が、焔を放つ。白い龍の身体が焼かれる。海馬の皮膚がただれていく。立っていることすら限界だった。かたわらの壁に爪を立てて、海馬は、立ち上がる。 青い瞳の、白い龍は、彼の魂だった。 破れてはいけない。退いてはならない。振り返ってはいけない。 天を駆ける翼。全てを焼き尽くす蒼い焔。孤高にして高貴。それが、彼の生き様。彼に許された、唯一の生きる道。 何もかもが焼き払われ、崩れていく中で、ピコ麻呂は半ば呆然と、その様を見つめている。駆け寄ろうにも側のハルヒ、そして、意識を失っている琴姫を守っていては、身動きが取れない。結界を一瞬でも緩めれば、己たちごとまとめて、青白い熱に焼き尽くされる! 「何故、だ……」 独鈷を構えたまま、ピコ麻呂は、血を吐くようにつぶやく。 「なぜ、そこまで、するのだ……」 《青眼の白龍》が傷つけられれば、それだけ、海馬の身体も損なわれていく。その原因は分かっていた。時に、呪術の道においても起こりうること。 己の魂を形代に宿せば、その形代を滅ぼされたとき、己もまた滅びる。別の誰かなら違ういい方をしただろう。精神力を絞りつくしてもなお魔法を使い続けようとすれば、今度は身体が損なわれるほかにない、と。 どちらも、おそらくは正しい。同じ意味なのだから。 「消え……ろ……ッ!!」 絶叫が、鮮血と共に吐き出される。がっちりと己と絡み合った影の龍に、白い龍が、苦しげに開いた顎に雷火を宿した。至近距離。こんな場所で放てば、己も焼き尽くされる―――! 「やめろ、海馬ァ!!」 ピコ麻呂の声が、まるで悲鳴のように、響いた。 だが同時に、蒼い、白い光が、白い龍の顎だけではなく、首に穿たれた深い傷からもまた、ほとばしる。 光。 熱。 己を焼き尽くしながら燃える恒星の、青白い焔。 視界を圧倒する一瞬の光の後、衝撃と、熱とが押し寄せた。轟、と響いた衝撃派が、まるで、津波のように結界へとぶちあたる。ピコ麻呂は呻くような声を上げた。その背後でハルヒが、意識を失った琴姫を抱きしめたまま、必死で、爆風に耐えている。 音を立てて、手のひらが焦げた。独鈷が赤く熱され、融けようとする。ピコ麻呂は己を焼き尽くす痛みに苦痛の声を上げた。だが、手放せない。これを落としてしまっては、琴姫も、ハルヒも、あの光に焼かれることになる。感じたものは恐怖よりも使命感だった。今まで数万と繰り返した形を、己の手が、正確に結ぶ。縦に四字、横に五字。九字を切る。唸るように鎮護を誦する。 「もえん不動明王、火炎不動王、波切不動王、大山不動王……!!」 開いた目を、熱と光が灼いた。 だからピコ麻呂は、ほんとうは、何も見えてはいないはずだった。 「打ち式、返し式、まかだんごく、計反国と、七ツのぢこくへ、打ち落とす、?アビラウンケンソワカ!!」 誦しきった呪文が、発動する。清明桔梗、すなわち、五芒星の結界が、古の契約よりなされる障壁を持って、陰陽師と、その守るべきものたちを、護る。 その瞬間彼は、青白い聖なる光のかなたに、ひとつのまぼろしを、幻視した。 裂けんばかりに見開かれた青いひとみに、くっきりと、ひとつの感情が焼きついている様を。 ―――それは、恐怖だった。 そして、光と熱とが、去ったとき。 「―――ァ、っ……!!」 海馬は、もはや何の感覚も無い世界で、遠く、誰かの声を聞いた。 誰の声か。だがいずれにしろ、知らぬ人間のものだ。己にとって知る人間は数少ない。ただの知己というだけでなく、護らねばならぬ、そして、信じることのできる存在は、この世に唯一つにほかならない。 だが、彼は、それを裏切ったのではなかったか? ただひとりの人にとって愛すべきものだった《兄》という存在を、己が血にまみれることによって、奪い去ったのではなかったか? 白。そして青。天空を意味する色。真空の闇にかがやく、孤高の恒星を表す色。 奪ったのならば、償わなければならない。罪を犯したのなら、石を受けなければならない。それがこの世の定理。《生きる》というゲームの絶対のルールだ。 代価は、常に、命によって支払われる。ならば、オレは、勝ち続けなければならない。負ければ死が待っているのなら、己の命をかけてでも、勝利へと爪を立ててしがみつかねばならない。 敗北は、死よりも恐ろしい。なぜならば、死ねば汚濁にまみれて惨めさに咽ぶこともないから。敗北と死と等価とするのならば、すなわち、怖れるものは何もない。 ……ほんとうに? ほんとうに、そうなのだろうか? そのとき海馬は、すでに形骸すらもとどめないほどに焼け爛れた肌に、何かを、感じた。 「……ば、さん……」 なんだ、これは。 かすかに聞こえる声。嗚咽。誰かの手を感じる。やわらかくて小さな手。 「ど……して?」 どうして? 兄サマ、どうして? そのか細い声が脳裏に響き、そして、どこかで、交じり合い、すりかえられる。まだ幼い少年の声と、泣きじゃくる少女の声とが、重なる。 黒いひとみ。白い顔。小さな手。 かなしそうな表情。 「―――ッ……」 ふいに、脳裏を、霹靂のように何かがつらぬく。それは、疑念のようなもの、悔恨のようなものだった。 間違えた? オレは、何かを間違えたのか? 何を? どうして? 何故だ? 勝ち続ければそれでよかったはずではなかったのか。なのに、何故悔いる。何故、こんなにも怖れる。 答えが、焼け付くような悔恨と共に、かすかに、脳裏に浮かんだ。―――。 だが、それを形にするよりも先に、海馬の意識は、真空の闇のような漆黒へと、まっしぐらに、堕ちていった。 「ねえ、分かったかな。何度やっても、結果は同じだって」 いくつものシーンが、断片となって、ちらちらと舞い散った。 いくつものシーン。いくつもの、ありえたはずの、《可能性》。 己の刃で切り伏せられた言葉の、血まみれになった小さな体を、呆然と膝の上に抱いている海馬。 彼女の最後の言葉は、彼の耳には、届かなかった。 あるいは、泣きじゃくりながら、必死で、炭化してぼろぼろと崩れ落ちていく海馬の身体をかきあつめようとする、言葉。 透き通った青をしていたはずのひとみは、決して消えぬ悔恨の色を焼き付けたまま、もう、動かない。 「ああ、そう、《万華鏡》の話の途中だったわね。あれはね、事故が起こって、宇宙空間にバラバラに放り出された宇宙飛行士の話なの。それが、重力に引かれて地球へ落ちていくってだけの話。……こんなの、小説になりっこないって思わない?」 狂気に囚われて、戦鬼と化し、全身に返り血を浴びて、涙を流して哄笑する言葉。 すべての力を己の龍へと注ぎ込み、その末に、己の肉体すら見失い、崩れ落ちる海馬。 死。無数の死。可能性。重力の井戸に囚われたちいさな欠片。大気へと落ちて燃え尽きる。一瞬のきらめきを残して。 「このサンプルは両方とも、とっくにもう、落ち始めているの。あとはどういう風におちるか、ってだけ。でも、それって見る価値があるほどのものなのかしら? 結局は燃え尽きて消える、それだけじゃない」 ああでも、と彼女は言う。楽しげに。 「面白い可能性も、ときどきは、あるみたい…… たとえば、こんな風に」 「桂」 「なんでしょう、海馬さん」 「他の連中はもう行ったか」 「ええ、そうみたいです」 ふん、といつものように海馬は哂った。だが、その声がかすかに震えていた。言葉は背中に庇った海馬を見る。膝を折って半ば崩れ落ち、もう、立ち上がる気力もない海馬を。 空が赤黒く濁り、永遠に終わらない夕焼けにひずんだチャイムの音が聞こえた。あきらかに異常がすすみきっているのが分かる。空から、何万もの手が、影のように伸びてくる。 「古泉はどうした」 「谷口さんにお任せしました。ひどい傷だったけど…… きっと平気。谷口さんなら逃げ切れます」 「それだけが能の男だからな」 地面が黒くねばついたものにまみれている…… 言葉の顔も同じだった。ふと、海馬はそれに気付く。その視線で理解したのか、言葉は自分の顔を手でこすろうとして、やめた。 その手は、顔以上に、黒く汚れたものに、まみれている。 「ごめんなさい。なんだか、私、べたべたで」 言葉はすこし笑った。場違いな、可笑しそうな笑い方だった。 「汚いでしょう?」 「何故だ」 「だって……」 海馬は短く答えた。 「戦場での返り血は、勲章だ」 その科白に、言葉は、眼をおもわず丸くするが。 「……そういう風に、ハートマンが言っていた」 続いた言葉に、くすりと、吹き出してしまう。 くすくすと笑っている言葉は、血泥にまみれた戦場にはあきらかに不釣合いだったが、そんな表情のほうがずっと歳相応の少女に見える。たしか、言葉は己よりも一つ年下だったはずだ…… と海馬はふと思い出した。 黒髪、白い肌。どこかしら頑なで、けれど、純粋でひたむきなひとみ。それが誰かを思い出させるのだ。己の気持ちにそう結論付けたのは、いったい、いつだったか。 「桂、こっちへ来い」 「え?」 刀をたずさえたまま、近づく言葉に、海馬は、最後に力を振り絞り、立ち上がる。 袖口で頬の汚れを乱暴にぬぐわれて、言葉は、眼を見開いた。 「お前も逃げろ」 「……」 「オレは、あと一度だけブルーアイズを呼び出すことが限界だ。だが、お前の腕なら、まだ……」 だが、言いかけた海馬の科白を、言葉が、むしろ優しげな声で、さえぎった。 「そういう薄情なことは、言わないで下さい」 それに、わたしも、と言葉はいう。 「もう、無理です。……逃げられません」 言葉が、そっと、己の足に触れる。海馬は初めて気付く。 その細い腿をざっくりと切り裂いて、深い傷口が、ざくろのように咲いている。 海馬は息を呑む。言葉は笑った。 「でも、走らなければ、まだ平気。海馬さんを護れます。だから一緒に居ます」 「……この、莫迦が……」 「あなたに付き合おうと思っただけでも、十分におばかさんだと思いますよ?」 だから、と言葉はいう。 「言わないで下さい、そんなかなしいこと」 微笑む言葉の向こうに、海馬は、ふいに、見た。 侵食する影にまぎれるようにして、こちらを見ているひとみがあるということに。 ひとみ、いや、ただのレンズだろうか? 感情をしらない無機質な目が、かたちだけひどく楽しそうに、興味深そうに、笑っている。 海馬は、次の瞬間におきることを、なぜか、知っていた。 「―――ことの、」 力を失ったはずの身体が、まるで、バネを開放したような勢いで、弾かれるようにして立ち上がる。 海馬は、とっさに、言葉を抱きしめていた。 己の身体を盾にするようにして、細い身体を、庇った。 「は」 言葉が、眼を、見開く。そのひとみに、青い色が写りこむ。 その瞬間に、背後から飛来した銀槍が、音も立てず、二人の身体を、ふかぶかと貫いた。 足を、腹を、肩を、胸を。 何本もの銀槍が、二つの身体を、同時に射抜いた。 言葉の目が見開かれる。ただ、驚愕の色だけを映して。 血と血が交じり合う。体温と体温もまた。 「かいば、さ」 最後の息が、肺から押し出され、声となった。腕から刀が落ちる。音を立てる。 言葉の腕が、海馬のコートの、もはや白をうしなった背を、震える指で掴んだ。 「……せ、と」 ごぼり、と血潮が、言葉のくちびるからあふれ、ちいさなくちびるを、真紅に彩った。 そして二人は、共に、崩れ落ちた。 「ああ、これって、ハッピーエンドかもしれませんね、いちおう」 ハルヒは見ていた。その欠片を。 ひとみは硬く凍りついて、身じろぎ一つできない。 目の前には、息絶えた二人が見えた。お互いに抱擁しあったまま、その身体を共に射抜かれて、もはや永遠に、離れることはない。 ゆっくりと、割れたコンクリートに、真紅の血だまりが広がっていく。ひらいたままの言葉のひとみは、もう、何も映さない。海馬の腕は言葉を抱きしめたまま、二度とはなれることは無い。 「このパターンだったら、そうね、もう私は何も干渉できない。だって、二人がいなくなっちゃったんだったら、手駒もあまり意味がなくなっちゃうんだもの」 「……」 「ふたりはお互いの愛を確かめ合い、もう永遠に離れることは無い…… こういうのって、確か」 朝倉は、にっこりと微笑んだ。 「ロマンチック、って言うんですよね?」 ハルヒの唇から、震える声が、漏れた。 「……ふざけないで」 朝倉は、くちびるを笑みの形にしたまま、わずかに首をかしげる。 ハルヒは顔を上げる。―――頬に一筋の涙があり、だが、その顔を彩るのは、哀しみでも絶望でもない。 純粋な、怒り。 「認めないわ、こんなもの!」 ハルヒの拳が、黒板を、強く叩いた。そこにヒビが生じる。 朝倉は眼を細めた。ヒビが、見る間に広がっていく。クリスタルガラスのグラスに熱湯を注いだかのように、《現実》にヒビが入り、崩壊しようとしていく。 当たり前だ――― 涼宮ハルヒは、思い通りに《現実》を作り変える力を持っている。 彼女が認めない世界は、すなわち、崩壊する。全ての結果が白紙に戻され、結果、ありとあらゆることがスタート地点に戻されるのだ。 朝倉は、ぱたんと音を立てて、本を閉じた。 「OK、分かったわ。《もう一回》ね?」 でもあなたも飽きないわね。朝倉は、銀の鈴を鳴らすように、しゃらしゃらと笑った。 「何回繰り返せば気が済むの? 結果は見えてるのに。何回やっても同じことが繰り返されるって知ってても、また、同じことをやるのね」 ハルヒは答えない。怒りを宿したひとみから、一筋の涙が、血のようにこぼれる。 「有機生命体っておかしなものね。正直、なんだかとてもくだらなく思えるわ。……じゃあ、もう一度、はじめましょうか」 朝倉は、にっこりと、微笑んだ。 そして――― リセット。 谷口は、そのとき、思い出していた。 いつだか、彼の師である不可思議な美女が、言った言葉を。 「谷口。あなたの能力の本質はね、わたしとは決定的に違う。わたしは《空間》に干渉するけれど、あなたの能力は、あくまで時間という軸の上にあるわ」 紫は言った。現実を構成する三つの要素、縦の線、横の線、そして、奥行きの線。さらにその上にもうひとつ、《時間》という軸を見つけ、その上を自由に行き来することができるというのが、谷口の力なのだと。 「あなたのやることは、そうね、もしも現実を一冊の本だと思ったのならば、そこに赤いペンで勝手に書き込みをするようなもの。あらかじめ存在するページが宿命としたら、あなたは、それを動かすことはできない。でも、なんらかの干渉を加えることで、その現実を、まったく違った意味のものに作り変えることができる」 憶えておきなさい、と紫は言った。 数千年の時を越えた、その、老獪なひとみで谷口を見据えて。 「あなたは、大きなものを動かせない。けれど、長いときの流れの中で見れば、流れに投じられた一石が、大河の行く末を変えることだってあるのよ。そのことをゆめゆめ肝に銘じておきなさい」 そのとき、紫の言った言葉の意味は、谷口には理解のしがたいことだったのだけれど。 ……。 谷口は、眼を、醒ました。 「……?」 ふと眼を開けると、頭上には、軽金属で出来た天井が見える。縦横に走るダクト。ここはどこだろう? 一瞬、頭が混乱した。 そのとき、ふいに側から声がする。聞き覚えのある声だった。 「谷口! やっと目が覚めたのか!」 「へ? りょ…… っい゛!!」 「おい、まだ動くな!」 とっさに上半身を跳ね起こそうとした瞬間、ひどい痛みが身体を貫いた。身体をくの字に曲げたままで悶絶する谷口を、リョウはあわてて押さえ込む。谷口はいつの間にかぼろぼろになっていたブレザーを脱がされていることに気付く。背中に布が当てられ、包帯が巻かれていた。 たしか俺は、偽物のブルーアイズが火ィ吹いたのに巻き込まれて…… そんで古泉に突き飛ばされて…… 「!? 古泉! あいつはどこだ!?」 「無事だ。いや、無事とは言いがたいか。でも、生きてはいる。安心しろ」 リョウの言い方はあまりに正直すぎたが、逆に、それだからこそ何一つとして嘘はないと信頼できた。おもわず谷口は、うつぶせのままぐったりとベットにつっぷした。自分でも無我夢中でわけがわからなかったが、少なくとも、瀕死の重傷を負ったと見えた古泉をつれて緊急離脱したのは、成功したらしい。だが、そう思った瞬間、残してきたほかの仲間の動向を考えて、不安が苦い味のように喉から付きあがってくる。 「おい…… 俺以外はどうしたんだ? 言葉さんや、泉さんや、海馬の野郎や……」 「それは、まだ、連絡が取れていない」 リョウは一瞬、顔を曇らせる。だが。 「だが、お前らが、こんなにすぐに見つかったんだ。たぶん、他の連中だって無事だろう。安心しろ」 「すぐに?」 違和感。ゾッと、背中にこみ上げてくる。 ふいにまじまじと顔を見上げられて、リョウは、困惑したような顔をした。ひどく嫌な予感がした。谷口は、喉に絡む声で、問いかける。 「すぐにって、おい、それ、どういう意味だ?」 「どういうって…… そのままだ。まだ、《アレ》にぶつかってから、何時間もすぎちゃいないんだ。せいぜいまだ三時間……」 三時間、だと? 呆然とする谷口に、リョウは、困ったような顔で言った。 「確かに、あの妙な真っ黒の塊には困っているが…… 中には軍曹も、ピコ麻呂も、それに、海馬たちもいるんだ。すぐに出てくるさ。そうだろう?」 谷口はようやく、己の置かれている状況を、理解した。 ←back |