「ハルヒさん、言葉さん、【彼シャツ】ってなんですか?」 ミクの無邪気な質問に、ハルヒも言葉も、盛大に紅茶を吹き出した。 「あ、あのねえ、ミク…… どこから聞いてくんのよ、そういう言葉」 「またこなたさんから借りた漫画ですか?」 やや引きつりながらも問いかける女子高生二人。当のこなたはおやつのコロネを真剣極まりない顔で皿の上に積み上げ、ピラミッドを作っている最中で、どうやらこっちに気付いていなかった。 ……いつもの、といえば、いつもの光景である。 こなたは手をぷるぷるさせながら、最後のチョココロネを、山のてっぺんに付け加えようとしていた。 絶妙なバランスの元になりたったチョココロネ・ピラミッド。そして、とうとう最後の一個が…!! 「ちょっと、あんたに聞いてんのよっこなた!」 「うばらぁっ!?」 背後からハルヒにどなりつけられ、こなたは盛大に手をすべらせた。見る間にコロコロところがりおちる コロネ・ピラミッド。こなたは「あ゛〜!!」と大声を上げて頭を掻き毟る。 「せっかく出来上がりそうだったのにぃ〜、ゴールデン・コロネ・エクスペリエンス〜!!」 「なんなのよ黄金のコロネって」 「この泉こなたには夢があるッ! …は、いいとして、いいよもう。でわたしがどうしたんだい?」 はあ、とため息をつき、ガリガリと頭を掻くハルヒ。苦笑しながらテーブルを拭くものをさがす言葉と、すばやくふきんを手渡してくれるよいこのミク。美しく役割分担が出来上がっている三人を見て、こなたは満足げにうんうんと頷いた。 「まぁ、わたしじゃあないと思うけどねえ〜。わたしの読むマンガに、そんな単語は出てこないよ。 琴姫とかアリスじゃない?」 それ少女漫画だよ、しかも古いヤツ、というこなたに、ハルヒは、「どっちでもいいわよ」と憮然と答えた。 「とにかく…… えーっと、責任とって説明しなさいよ、こなた」 「彼シャツ、彼シャツねえ。うーんと、それはアレだよ、装備品だよ、初音くん」 それもちょっと違うような、と言葉が苦笑している。ミクは首をかしげた。 「装備品? ですか?」 「そうそう。彼シャツ、つまり、自分の彼氏のシャツを装備するとだね、女の子は無防備さがぐぐーっとアップ! そして萌え〜度もぐぐーっとアップする! というすばらしいアイテムなのだよ」 「……いつも思うけど、ほんっとオヤジよね、あんた」 「なんとでもいいたまへ。でも、これで重要なのは、単に男モノのシャツを着てるだけじゃダメってあたりだねっ」 「え、ダメなの?」 「うおっ、これは不意打ちの発言が出たなあ」 うっさいわね! となんとなく怒っているハルヒと、その横でにやにやとハルヒの赤くなった顔をながめているこなた。 なんだかんだ言ってなかよしだ。拾い終わったチョココロネを皿のうえにのっけなおし、紅茶を入れなおしている言葉を見ながら、しかし、最年少のミクはいまだにわけがわからない、という顔だ。 言葉はちょっと笑いながら答えてやる。 「つまり、好きな人からお洋服を借りられるってことは、おうちにお泊りにいったとか、 そういう親密な状況ってことでしょう? そこにドキドキするのがステキだって話なんですよ」 「そっか、わかりました! ……あ」 元気よく答えかけて、だが、ミクはいきなり黙った。どうしたのだろう? 言葉が首をかしげていると、ハルヒのヘッドロックから抜け出そうとばたばたしながら、笑いながらこなたが言う。 「ふふふ、大丈夫だよ、初音くん。ロックマンはキミよりちっちゃいけれども、キミの胸もちっぱいだから入らないことは…… いてて、痛い痛いっ! 愛が痛いよっ!」 「やかましい! あんたはもうちょっと発言をえらびなさいよっ」 「何言ってるんだよう、ハルヒさんだってメイドとかスク水とか好きなくせにィ。それに、そういうときは一言、《自重しろ》と言って…… うわーん痛い、痛いってばぁ」 腕をばんばん叩いてギブアップするこなた、図星を突かれてさらに怒っているのかぎゅうぎゅう締めているハルヒ。 仲がいいなあ、と言葉はほのぼのする。ミクもつられてほのぼのする。そんな二人を見ていたハルヒが、ふと、「でも、このパーティって、【彼シャツ】可能な人が少ないわよね」と妙なことを言った。 「可能? ですか?」 「だって…… ロックマンはミクよりも小さいし、アリスと魔理沙じゃたんなる服のとっかえっこだし、阿部さんと古泉じゃ単にアッー!なだけだし。私はそんなの借りたい相手もいないし」 「神人さんから借りればいいじゃないか」 「あんな破れ胴着のどこがシャツなのよ!! それにアンタ! こなただって、遊戯の服じゃあほとんどぴったりサイズでぶかぶかしないじゃない!」 「そんなことないっ。わたしの小ささを舐めてもらっちゃ困るんだよ」 遊戯くんの学ランだって十分にぶかぶかだ! 意味があるんだか無いんだかわからないことをいって、こなたは堂々と胸を張った。 ―――こうなると、残る一人は言葉であった。 全員の視線が集中して、言葉は、「え、あの」とうろたえる。ハルヒがじいっと言葉を見た。足の先から頭のてっぺんまで。おもむろにハルヒが問いかける。 「ミク、社長の身長って何センチ」 「え? えーっと、たぶん、187cm強だと思います。……あのう?」 痩せ型で、手足が長く、頭の小さい海馬は、100m先からでも目に付くモデル体型だ。 あの袖なし・肩張り・しかも純白と三点そろったコートは、彼だから着こなせる一品だといえよう。 ついでにいうと重力を無視しているとしか思えない裾、通称、【針金入り】もそれに一役買っている。 だが、モデル体型…… むしろ、【グラビアモデル体型】は、言葉のほうも一緒である。 にやあっ、とハルヒが笑った。悪戯を思いついた悪ガキの顔であった。となりを見ると、こなたが、珍しくもちょっと困った顔をしている。言葉はますますわけがわからない。ハルヒはミクの肩をぽんと叩いた。 「ちょうどいいわ、ミク。実地サンプルがいたわよ、【彼シャツ】の。しかも二人も」 「え、ほんとですかっ?」 「わたしもなの〜? それはちょっとズレてないかなぁ? わたしはシルバーなんて似合わないZe」 「やってみないとわかんないでしょ。それに、本命はこっちよ!」 桂言葉! と、ハルヒはびしぃっと言葉を指差す。気の弱い言葉は、反射的に、「はい!」と返事をしてしまった。 「ミクに新しいデータ収集をさせなくっちゃね。というわけで、デュエリスト組のクローゼットを襲撃よ!」 「え、え、ええ? えええ?」 「はい決定。じゃあ、出撃よ!」 ハルヒは元気よく宣言をすると、片手に言葉の腕、もう片手にこなたの衿をがっちりと掴んで、いきおいよく立ち上がった。 彼シャツとかいきなり言われても。 それが、言葉の正直な感想であった。 「いやぁ、ごめんねえ。正直、すんごいヤブヘビだったよ〜」 となりでもそもそと着替えながら言うこなた。こっちは普段からコスプレをたしなんだりもしているのだから、ためらいはまったく無いようだった。どこから出したのか、私服らしい黒のホットパンツとタンクトップを着て、勝手に遊戯の部屋からくすねてきた首輪や腕輪を付けていく。だが、言葉のほうはそれどころではない。 「うぅ…… 悪いですよ、やっぱり……」 こちらは、こなたのように手早く女性化コスプレアレンジ、とはとうていいかない。普段のセーラー服のスカート、ニーハイソックスと長袖のカットソー。その上に海馬の部屋から盗み出してきたコートを着ればいいだけなのが、いつまでもぐずぐずとためらっている。 じゃらじゃらしたシルバーのブレスレットを、あれやこれやと楽しそうに迷いながら、「別に怒らないよ、きっと!」と気楽に言う。 「社長、そういう細かいことぜんぜん気にしないし〜」 「……気、にしない、ですかね……」 「気にしないどころか、《ふぅん》の一言で終わりじゃない? あのヒト、人間の女の子に興味ないみたいだからねえ」 「な、ないんですか?」 「そりゃ、だってすでに三人も嫁がいるんだし」 「……」 「あ、人間の嫁じゃなくって、ドラ嫁だよ!? 青眼の白嫁のことだってば!!」 とたん、一瞬目のハイライトが消えかける言葉を、あわててこなたがフォローする。同時につくづくと思った。 ヤンデレ化って癖になるんだろうか…… と。 (一回ヤンデレ化すると、なんかの拍子でまたすぐにヤンデレになるとか) 普段の言葉は、ごくごく大人しくて優しい感じの、とっても萌える子なんだが。 「じゃあ、ぜんぜん気にしないんだったら、着てもいいですよね……」 「うん、うん。それにホラ、社長は腰もやたらと細いしね、ちゃんとベルトで前を止めちゃえば、胸ボーン! の桂さんだったらちゃんとサイズ合うって」 「胸ぼーん……」 「わたしは逆に胸ぺったーん、だから、ほら、サイズぴったり。……おおっ、これはわれながらいい感じかな?」 鏡の前でくるりと一回転して、こなたはとても満足そうに自分の姿を見た。 ぶかぶかの学ランとじゃらじゃらのシルバーアクセサリー。似合うか似合わないかはすごく微妙だ、と言葉は思った。 顔に出ていた。こなたは、ふふふ、と含み笑いをする。 「これはねえ、このぜつみょーの、【なんか合ってない感】がいいのだよ」 「そういうものなんですか?」 「そ。軽くぶかぶか、そこがいいんだよ。……うううっ、でもなんか足りないっ。具体的にはデュエルディスクとかパズルが!!」 よし、借りてくる! そんな風に宣言すると、こなたはドアをパーンと開け、そのまま廊下に駆け出していってしまう。「泉さーん!」とあわてて止めるが、しかし、ぜんぜん聞いてくれる様子も無かった。 どうやら廊下には、ハルヒもミクもいない。写真を取るとかいってたから、 富竹に交渉でもしにいったのだろうか…… 言葉はなんとも微妙な顔で、手元にかかえた針金入りコートを見た。 いつも、海馬が来ているやつだった。 よくよく考えると、あんまり、正面からも後ろからも、見たことがなかった。 (……海馬さんって、いつも、わたしの後ろにいるんだもの) 前衛型剣士キャラ、大量火力型魔法使いキャラの宿命であろう。そうでなくとも、日常場面だと実はちょっぴりだけ、言葉にとっての海馬は、怖いのだ。態度はデカい、身長もデカい、声もデカい。 男性があんまり得意ではない言葉には、付き合いやすいキャラとは言いがたい。 だが。 言葉は、そうっと、ためらいながら、コートの袖に、手を通してみた。 「ぶかぶか…… です、ね」 ちょっと光沢のある白い生地。前をあけたままだと本当にぶかぶかなので、ためしに前を締めてみる。ベルトも締めてみる。きちんと裾も広がった。言葉は鏡を見てみた。 肩の辺りはぶかぶかだったし、裾はひきずっていたが、意外に、けっこう似合っていた。 「うわぁ……」 黒いニーハイソックスと、同じく暗い色のミニのスカート。その周りに針金入りの裾。 言葉は、ためしに、くるりと回ってみた。 裾がひらりと動いた。 「……うわあ」 もう一回、くるりと回ってみた。 裾がひらひらした。スカートも、ひかえめながらひらひらしていた。思わず顔がほころぶ。 言葉はくるくるとその場でまわってみる。真っ白な服がひらひらして、言葉はなんだか夢中になってきた。 がっちりと硬い縫製と、重たい生地と。 ベルトをがっちりと締めたからちょっとだけ拘束感のある着心地。なんだか知らない匂いがした。 なんの匂いか分からなかったが、悪い気分じゃなかった。誠くんとは違うな、と言葉は思った。 どちらかというと中肉中背だった誠、言葉の日常で出会う以外の香りをさせていたことなんてなかった誠。それとはまったく違う感じ。 ぎゅっ、と自分の腕を身体に回して、自分の身体ごと、白いコートを抱きしめてみた。 なんだかすごくドキドキした。悪いことをしているような気持ちと、逆に、それがものすごくうれしいような気持ち。 単に、勝手に服を借りてるだけなんですけど…… この長い服が風に吹かれてみると、どうなるんだろうか。そんな風に思って、言葉は、思わずドアから顔を出してみる。船舷は風がもろにあたる。長い髪と一緒に服の裾が風に吹かれて、ぶわっ、と大きく広がった。 「うわ…… ふふっ」 思わず、髪を押さえて、そして、くるりと回ってみようとする――― その瞬間、言葉は、背後にいた人物と、ばっちりと目が合ってしまった。 「―――!?!?!?!?!?」 そこにいた者。 身長187cmの、スーパーモデル体型の男子高校生。 海馬瀬人その人が、ハルヒとミクに押し出されるようにして、そこに立っていた。 「かっ、かっ、かっ、海馬さんっ!?」 「うわーあ、言葉、すんごく絶好調じゃない……」 しかも似合ってるわ、とハルヒがあきれたとも感動したともつかない口調で言う。ミクが眼をまるくして言葉をみて、それから、黙って言葉を見つめている海馬を見る。 いつもの白コートではなく、別の服(でも、やっぱり針金入りだった)を着ている海馬は、言葉のことを、じっと見つめる。 「すすすすす、すみませんすぐ脱ぎます!!」 言葉はあわてて、コートを脱ごうとする。だが、サイズをあわせようとベルトをきつめに締めていたのが失敗した。 動揺して上手く解けない。ますます混乱するとうっかり裾を踏みそうになる。放っておくと転びそうな言葉に、「ムリしなくてもいいじゃないの」と呆れ顔のハルヒが手を差し出した。 「ほら、社長。言葉があんたの服、着てるわよ〜」 「……ふぅん」 「ふぅん、じゃなくって、なんか感想を言いなさいよ、感想を!」 ハルヒに言われて、しばらく海馬は黙っていた。やがて、ぼそっ、と何かを言うと、それを打ち消すように、くるりと振り返る。 「俺の服に勝手に袖を通したことは特別に許してやる。……あとでちゃんと戻しておくんだな」 それだけいうと、いつもの大きな歩幅…… いつもよりも大きな歩幅? ……で、海馬は足早に廊下をさっていった。 「何よアレ」と言うと、ハルヒは、その後姿に向かって、べえっ、と舌を出した。 「や、やっぱり、まずかったですよね。勝手に服を借りたりしたら、海馬さんも、怒る……」 おろおろという言葉は、半ば、泣き出しそうだ。だが、それを見ていたミクは、くすくすと笑いながら、 「ぜんぜん怒ってませんよ」という。 「そう、です、か?」 「ええ!」 「ふーん、ミクがいうならそうなんでしょうね。ま、とにかく富竹をつかまえたわよ。こなたはどこ? 記念撮影しなくちゃ!!」 そのまま、言葉の手をつかんで、ハルヒはぐいぐいと歩き出す。 あー、だの、うー、だのといいながら半べそをかいている言葉に、けれど、横に追いついてきたミクが並んで、こそっと耳打ちをした。 「海馬さんね、こう言ってたんですよ」 白い、桂か。 ……ブルーアイズ…… いや。 「あれね、きっと似合ってるからびっくりしたんですよ」 ミクは、茶目っ気たっぷりに言った。 「だって、海馬さんにとっての褒め言葉って、《ブルーアイズみたい》ですもん」 桂さんが、白い服が似合うと思ってなかったから、びっくりしたんですよ。そういってミクは、みるみる真っ赤になる言葉に、また嬉しそうにくすくすと笑い出す。 「おお〜、これが千年パズルっ。すごいなあ、ほんとに決闘者になったみたいだよ〜。ねえねえAIBO、王様出して! 決闘してみたい!」 「だーかーらー、もう一人のボクってば、それの中に閉じこもっちゃってるから、ムリなんだよ!」 「ううー王様のKYめー、なんでこういうときに限って出てきてくれないのかな〜」 (泉さん相手に照れてるからに決まってるじゃない! もう一人のボクのバカ!) 「ん? なんか言ったAIBO?」 「あー、あはは、は…… なんにも……」 これはこれで、少女たちの平和な日常というものなのであった。 王こなはヘタレ王と先輩こなた、さらにツッコミ役AIBOの組み合わせがイイと思う。 …ところで言葉さんに針金コートは普通にアリだと思ってました。 ←back |