アカデミア繚乱! おんぶデュエル!
〜ジムの番〜




 その朝、目覚めは最悪だった。
 朝起きると、自分は下に寝ていて、ベットの上だとカレンがふとんに包まっていた。寝癖が酷くて頭のシルエットがタカアシガニのようになっていた。トイレが詰まって逆流した。朝ごはんを食べに行こうとしたらもう食堂が閉まっていた。しかたなくドローパンを買ったら中身はくさやパンだった。食えたものではない。しかたなくカレンに食わせたら、怒ったカレンがあばれだして、周りの生徒のケツに噛み付いた。
 日本人なら言うであろう。《今日は天中殺に違いない》と。
 だがしかし、ジム・クロコダイル・クックは誇り高きオージーであり、そんな言葉はハナから知らなかった。
 ―――もしも、それを悟って自重していたのなら、ここまでの悲劇は避けうるものだったのだろうか。今となっては誰が何を言っても虚しい話である。

「なんか今日ジム元気ないよな? どうしたんだ?」
 授業が終わった後、中庭でため息をついているジムに、後ろから声がかけられる。振り返るとぴょこんと顔を出したのは見慣れた茶色い頭だった。心配そうに眼をぱちくりとまたたく。十代だった。
 学園の、中庭であった。
「ああ、十代か……」
「なんか顔色悪ィぞ。なんかあったのか?」
「Oh…… 聞いてくれるか。今日は朝から酷い眼にあった」
「ふえー」
 ぴょん、と身軽にベンチの背を飛び越えて、ジムの隣に座る。顔を覗き込むように下から見上げてくる。その剽悍な動作に少しだけ心が和んだ。十代がぱちくりとまたたくとび色の眼は、どうやら、本気でジムを心配しているらしいと知れたからだ。
「大丈夫かよ? 明日、ヨハンとのエキシビジョンデュエルがあるじゃん。引きが悪くなってたら大変だぜ」
「そうなんだよな…… いや、badrackはそれだけでも嬉しくないんだが、デュエルに関わりでもしたら本当に泣きたいくらいだ」
「うーん……」
 しばらく考え込み、それから、「そうだ!」とぽんと手を叩く。十代は笑顔でポケットからパンを取り出す。どうやら一口かじり、そこでジムに気付いたものらしい。満面の笑みで差し出してくるパンの中身はどうやら玉子焼きと知れた。いわゆる、アカデミア名物の”黄金のドローパン”というヤツである。
「これやるよ、ジムに!」
「What? いいのか、滅多に当たらないんだろう?」
「うん、だから。ジムがラッキーになるかもしれないじゃん」
「……」
 満面の笑みで差し出す十代の後ろに、ジムは、一瞬、天使の輪っかを見た。ただのパンではない。運にかけて手に入れる、しかも、人一倍食い意地の汚い十代が譲ってくれるパンである。これはたしかにラッキーアイテムになるかもしれない。ジムはありがたく受け取ることにする。
「Thank you,十代。オレは本当にいい友達に恵まれたぜ……!!」
「大げさだなぁ。いいって、いいって。おれ、元から運が強いほうだもん。ジムにそれを貸してあげられないかなぁって話だし」
 だから頑張れよな、明日のデュエル! と十代は満面の笑顔を浮かべる。
「ガッチャ! ジムとヨハンのカードなんて初めてだからなっ。全力を尽くせよ、明日!」
「十代……」
 じーん、とジムが感動に打ち震えていると、何をやっているのかと気付いたのか、近くの池でおたまじゃくしを見つめていたカレンが、のそのそとこちらへと這ってくる。がう? と首を傾げるカレン。ジムも満面の笑みを浮かべて、そんなカレンを抱き上げた。
「喜べ、カレン! これで明日はオレは」

 ぐきっ。

 その瞬間だった。
 ジムの手から、ぼとっ、と音を立てて、パンがベンチに落ちた。
「!?」
 十代が顔色を変えたのと、ジムが、棒でも倒すように、前のめりに倒れたのが、同時だった。
「じ、ジム!?」
 十代が慌てて駆け寄るジムの下で、下敷きになったカレンが、けれど、顔色も変えずに首をかしげている。大の字になって倒れたジムはぴくりとも動かない。ただ、日本語では表記不可能なうめき声が漏れている。なにが起こったのか。十代が抱き起こそうとした瞬間、「Ouch!」と悲鳴が上がった。
「あ、あうち? どうしたんだよ、ジムっ、ジム―――!!」
「ど、don`t toute! please don`t toute me……」
「英語分かんねぇよ、ジムっ、ジムっ、どうなっちまったんだよ、何が起こったんだよ!?」
 十代の貧弱極まりない英語力を、ジムは、このときほど怨んだことはない。無理やりに起こされそうになり絶叫する。だが、十代はぜんぜん分かってくれない。半ば強引に引きずられていきそうになって、ジムは、アメコミ張りの悲鳴を上げた。
「Noooooooo!!」
「ジム、しっかりしろ、ジム―――!!」

 ……何度でも言うが、その日は間違いなく、ジム・クロコダイル・クックにとっては、《天中殺》だったのだ。






 一時間後。
 保健室に運びこまれたジムがベットでうめき声を上げていると、なんだかんだと回りに人が集まっている。カーテンの閉まったベットの外で、しゅんと沈み込んでいるのは十代だった。他にもなんだかんだと人が集まっている。動転した十代がヨハンに向かって泣き声電話をかけ、何事かと思った翔が駆けつければ、レッド寮に話が周り、ブルーの留学生にも話が届くというのは自明だろう。気付けば部屋に集まっている人数は相当なものになっていた。落ち込みきっている十代からは話が聞きがたく、アカデミア生徒たちはそれぞれにひそひそと話題をかわす。
「ねえ…… 本当かドン? ジムさんがいきなり発作を起こして倒れたって」
「ええ、わたしは持病の喘息の発作だって聞いたわ」
「そんなの初耳だぞ」
「莫迦か。喘息持ちが化石の採掘などできるか。さしずめ糖尿病が原因の低血糖かなんかだろう」
「……それこそ聞いたこともありませんよ」
「ぼ、ボク、アニキとの闇のデュエルに負けて魂を取られたって聞いたんっすけど」
「そんな特技が十代くんにあったのかい?」
「ないっすけど、アニキだったらなんとなく出来そうな気がするじゃないっすか!」
 周りがてきとうな話をしている間、一人だけその輪から抜けたヨハンが、そっと十代の横に寄り添う。しゅんと落ち込んだ様子の十代の肩にそっと手を置いた。
「おい、十代…… 気にするな。あいつら、何も分からないから、不安で適当なことを言ってごまかしてるだけなんだ」
「そうかもしれないけど…… でもおれ、後で聞いたら、ジムが『触らないで!』って言ってたって聞いて……」
 強引に引きずっていこうとして…… と落ち込む十代。正直ヨハンも、その程度の英語力も無い十代が不安になったが、だがしかし、オージーの訛りは分かりにくいから、と強引に自分を納得させる。
「安心しろ十代、オージーの英語は『今日病院に行くんだ』が『病院に死にに行くんだ』に聞こえるくらい酷いんだ。分からなくたって無理ないさ」
「そういう問題じゃないと思うんだけど」
 ―――正論だった。
 ああああ、と十代は頭を抱える。半泣きになってヨハンに抱きついた。ヨハンの服を掴んで顔を見上げる眼は今にも泣き出しそうだ。
「なあ、ヨハン!? おれあの場でちゃんと手当てとか出来なきゃダメだったのか!? 人工呼吸とか心臓マッサージとか輸血とか電気ショックとか!」
「……手持ちのもので電気ショックができる人は少ないから、そんなこと気にしなくてもいいんだ、十代」
「でも、でもカイザーならできると思う!」
 ……それはそれで大問題だ。
 じんこうこきゅう、という言葉を聞きつけたのか、十代の自称弟分どもがこちらへと乱入してくる。それぞれ左右から十代へとへばりついた。
「アニキっそんな簡単なことで人にクチビルを許しちゃダメっす! 純潔は一回失ったら戻ってこないんっすから!!」
「じゅ、じゅんけつ?」
「そうだドン! アニキの純潔は人の命より重いザウルス! アニキはされるほうになっても人工呼吸をする側になっちゃダメなんだドン!」
「ほら、人工呼吸にもいろいろあるんっすから。胸を思いっきり踏んづけるってのもあるらしいし……」
「おいおいおいおい」
 こいつら、ほうっておいたら何を言い出すか分からない。ヨハンは慌てて二人から十代を取り上げる。
 涙目の十代を背中にかばうと、がるるるる、と黄色い二人が殺気立つ。どうしたものかと焦るヨハンの後ろで、十代が、「ヨハぁン……」と涙声をあげた。
「ごめん、おれのせいで明日ジムとデュエルできなくなって……」
「いや、デュエルなんていつでもできるさ。ジムが元気になったときにまたやればいいんだ」
「……でも」
「でも何もへったくれもない! ぜんぜん十代の責任なんかじゃないさ! たぶん!」
 あまりに力強い《たぶん》に、「ほんとうにフォローする気があるんですか」とアモンが呟いているが、ヨハンの耳には入っていなかった。力強く、ぐっ、と指を立てるヨハン。十代がようやく眼を上げる。
「そっか。大丈夫だよな、ジム……」
「ああ! ジムのことだから、何があっても平気に決まってる!」
「でも、でもおれ…… もしおれのせいだったら、何をしてでも、ジムのこと助けるよ…… 責任を取って、絶対にヨハンとのデュエルをやらせてやらないと」
 十代が呟いた瞬間だった。しゃっ、と音を立てて、カーテンがあいた。
 保険医の鮎川が、なんともいえず微妙な表情であらわれる。その背後だとジムがうつぶせに布団に転がって呻いていた。「ジム!」と声を上げて十代が駆け寄る。
「大丈夫か、ジム!? 無事か!?」
「All right,十代…… たいしたこと無いぜ」
 なんとか無理やり笑顔を作り、サムズアップをしてみせる。そんな十代を見て、鮎川は、頭痛か歯痛でもこらえているような顔で、こめかみをもんだ。
「ジムはどうしたんですか?」
 ヨハンが問いかけると、鮎川は、顔を上げた。なんといえばいいのか、という顔。
「彼は…… その…… 端的に言うと、アレです」
「アレというと……?」
 はあっ、と鮎川はため息をつくと、諦めたように言う。

「ぎっくり腰です」

 皆が、同時に沈黙した。
「原因は明らかだわ。重いものを背負ったまま階段の昇降とかをしたせいで、腰に負担がかかったのね」
 重いもの。
 全員の視線が、ベットの下にいるカレンに集中した。気付いていないのといえば、十代一人くらいのものだった。
「その、アレですか。端的にいうと…… ワニの…… 背負いすぎ?」
「ええ」
「日常的にワニを背負っているのが原因?」
「そのとおりです」
 がう、と吼えるカレン。彼女は身長がおおよそ2m前後もあるクロコダイルワニだった。正確に言うとオーストラリアワニ。オーストラリアの固有種で、革を目的とした乱獲のために数が減少している。成体の身長は2〜3mに及び、体重は軽く100kgを超える。場合によっては跳ねるようにして走り、その速度はワニの仲間では最速といわれる。
 ジム・クロコダイル・クック。
 その名前を知らなくても、『あのワニの人』と言えば通じるくらい、校内では有名だった。あまりにインパクトのありすぎるその外観のせいである。
「不覚だ……」
 ジムが呻いた。
「よりにもよって、こんな情けない結果になるなんて。オレはカレン一人も背負えないくらいひ弱なデュエリストになっちまったのか……?」
「ちょっとまてジム、貴様、今論旨がわけのわからんループを描いたことに気付いてるか」
 オブライエンが思わずツッコミを入れた。誰もが入れたかったタイミングだった。
 ワニを背負う=強いデュエリスト ではない。さもなければ、デュエルの大会はたちどころにワニの重量挙げ選手権と化してしまう。だが、ジムと十代だけは本気だった。十代が「そんな酷いことをいうなよ!」とオブライエンに反論する。
「オブライエン、いくらお前だって、ジムのデュエリストとしての魂を否定するなんて、許せない!」
 『ワニ』がデュエリストの魂なのだろうか?
「……その、アニキ、なんか話がズレてるというか、的外れというか……」
「そんなことない! ジムはおれが認めた最高のデュエリストの一人だぜ」
 そこまではここにいる誰もが認めることだが。
「それがカレン一人背負えなくなっちまうなんて、可哀想に……」
 それとこれとが、どう繋がるのかが、分からない。
「アニキが壊れたドン……」
 剣山が呟くのも仕方がないといえよう。どうフォローをしていいのか分からずに絶句する一同の前で、鮎川は、あくまで事務的な言動に終始することへと逃げを見出したらしい。淡々とした口調で言う。
「とりあえず、少なくとも2週間は絶対安静です。重いものは持たず、腰に湿布をはって、激しい運動は控えるように」
「デュエルは!?」
「判断に任せるわ」
 逃げましたね、とアモンがぼそりと呟いたが、ココロは誰も同じだった。
 通常、この面子の中で非常識度を図るなら、一位になるのは間違いなく天上院吹雪だろう。次点はその弟子こと万丈目サンダーだ。だが、その二人を見ても、いまいち反応がはかばかしくない。「兄さん……」と明日香が思わず声をかけると、「いやぁ」と吹雪は頬を掻いた。
「さすがになんていうか、温度によって性別が変わるような生き物との恋愛は…… アレだなあ、僕にも手に余るというか」
「兄さんですらダメなの!?」
「それ、もう誰も手のつけようがないっすよ!!」
「……キミたち、さりげなく、とっても失礼だね」
 外野が何のかんのと話をしている中で、十代は、ジムの枕元に座って、その手を握り締めていた。眼にはうっすらと涙すら浮かんでいる。ひとまず十代はジムのことにとても責任を感じているようだった。気になってそれを横から盗み聞きしているヨハンの耳に、二人の会話が入ってくる。
「Sorry,十代。心配をかけてすまないな……」
「ううん、心配なんてしたって何の役にも立たないんだ…… おれはジムのために何も出来ない…… どうしたらいいんだろう」
「そこまでおもってもらえるだけで十分だぜ」
「でも、明日のヨハンとのデュエルは!?」
「なんとかなるさ」
 ぐっ、と指を立てるジム。それを見た十代は、一瞬眼を見開き、それから、ぐっと表情を引き締めた。「ああ」と噛み締めるように呟く。
「分かった。ジムにそこまでの覚悟があるんだったら…… もちろんおれは全力で協力するぜ」
 協力って何をするつもりなんだろうか、とヨハンは思った。その次の瞬間、十代は、力強く宣言する。

「おれ、明日はジムを背負って決闘場へ立ってやるぜ!」

「ぅえええええ!?」
 その一言には、さすがにヨハンもつっこまざるを得なかった。
「ちょ、ちょっとまて十代、おまえ、何する気だよ!?」
「何って、決まってるだろう、ヨハン。責任を取っておれがジムを背負ってデュエルする」
「なんの責任だよっ!!」
「当然、カレンもいっしょに背負ってやる!」
 ヨハンは、反射的に想像した。
 十代の上にジム。ジムの上にカレン。
 すなわち、十代の上にジムの上にカレン(ワニ)。
 ……どう考えても、無理だった。
「いや、十代…… 逆ならともかく…… それは無理だろ?」
「無理かどうかなんて、やってみないとわかんないだろ!?」
「だってそれ、どう見ても逆三角形だろ!! バランスが悪すぎる!」
 ジムとヨハンは下手したら頭一個分くらい身長が違うし、さらに十代はそれよりも小さい。しかも十代は運動神経こそいいものの、決して重いものを背負ったりなんだりという体格ではなかった。ヨハンは思わず壁際に立っていたアモンを指差す。
「そんなの、アモンだって無理だよ!」
「……なぜ僕の名前が?」
「だってオレたちのなかで一番マッチョといったらアモンだろ!?」
「じゃあ、アモンがジムを背負ってデュエルしてくれる……?」
「お願いですから十代、その、誰かをおんぶしてデュエルするっていう発想から離れてください」
 アモンがあくまで冷静にさとすが、十代は全然聞いていなかった。
「普段のジムができることがおれにできないわけないぜ! それに、カレンのいないジムなんて、ジムじゃねえよ!」
「十代……」
 じーん、としびれているらしいジム。十代はあくまで熱弁する。
「だって、カレンはジムの家族なんだし、家族だったら常に一緒にいて当たり前だろ? カレンがいるからジムはがんばれるんだ。だったら、バラバラにデュエルするなんて考えられねえよ」
「いや、まあ、その…… 十代?」
「だってヨハンだって、宝玉獣たちと離れてデュエルなんて考えられないだろ? オレだってE−HEROたちと別れてデュエルなんて考えられねえよ」
 それは、ヤツらは間違いなくデッキの主力構成員だからだ。
 十代の横でハネクリボーがうんうんとうなずいていた。万丈目が横でうなずいているおじゃまトリオをゴミ箱に叩き込んでいる。ヨハンは困って自分のポケットのデッキを見る。肩でルビーが尻尾を揺らしているが、しかし、ことこのことに関しては十代と万丈目以外には《見えない》のだから助言の求めようも無い。必然的に押されてしまう。ヨハンはたじたじになってしまう。
「いや、そりゃあ、十代の言うこともわからないわけじゃないけど……」
「分かるのか!? 微塵も分からないだろう!?」
 オブライエンの援護射撃が入る。しかし。
「黙れッ!!」
 十代が一喝すると、とたんに、絶句する。反論の声も途中で消えた。
 ……なんか今、一瞬、別人みたいになってなかったか?
 とりあえず息を吸い、吐いて、十代は落ち着きを取り戻す。眼を上げると元通りの十代だ。真面目な顔で周りを見回して、「とにかく!」と声を上げる。
「おれは絶対にジムを応援するぜ! もしもジムがこれで明日デュエルできないなんてことになったら、おれ、尊敬する人に顔向けできねえもん……」
 尊敬する人って誰だろう。ヨハンはそう思うが、けれど、今度は押しかけ弟子コンビが説得に入った。
「で、でもアニキ、なにもむりやり明日デュエルしなくてもいいんじゃないの?」
「そうだドン、デュエルなんていつだってできるザウルス……」
 でかした。正論だ。
 けれども。
「『いつでもできる』って言ってるやつは、結局、最終的にはなんにもできないんだっていうだろ」
「誰が言ってたんっすか」
「カイザー」
 尊敬する兄の発言にぐっと翔が黙り込む。亮のやつ余計なことを、と吹雪が頭を抱える。めずらしい普段と逆の構図に、明日香の口が開いていた。
 残るは万丈目とアモンだ。ヨハンが救いを求めて眼をやる。訴えかけるような眼で見つめられた万丈目は、うっ、とたじろぐが、しかし、プライドがくすぐられたらしい。コホンと咳を一つして十代の前に出る。
「おい十代…… だいたい、ジムを背負ってデュエルをするというが、それが許されるとでも思っているのか?」
「なんだよ、それ」
「通常、フィールドに上がることを許されるのは一人だけだぞ?」
「万丈目だって、いつも、一人じゃないじゃんか!」
「このおじゃまどもは例外だ!」
「ジムだってカレンを背負ってるぜ!」
「ワニは例外だ!」
「ヨハンだっていつも宝玉獣と会話しながらデュエルしてる!」
「例外だ!」
「デュエルキング武藤遊戯は二つの人格を持ってたって言ってた!」
「例外だ!」
「オレはジムを背負ってデュエルをする!」
「例外だ! ……あ」
 言ってしまってから慌てて口をふさぐが、もう、遅い。
 アニキったら、うかつ〜、とちいさい精霊がため息をつき、そのままデッキごとゴミ箱に捨てられている。十代は言っているうちにどんどん本気になってきたらしい。ぐっ、と拳を握り締めて、ジムのほうへとむきなおる。
「そうだ! おれだっていつもジムに助けてもらってるんだし、今回はおれがジムを助ける番だぜ!」
「十代……」
「明日のデュエルは任せとけ! おれがジムもカレンもまとめて背負って決闘場に立ってやる!」
 ヨハンは焦った。このままだと、明日はカレンを背負ったジムを背負った十代とデュエルをするハメになる。
 ……嫌すぎた。
 いつ十代がカレンとジムの下敷きになって倒れるかと思うと、集中してドローもできやしない。そんなデュエルはごめんだった。残る助けはアモンしかいない。基本、傍観ポジションの彼らしく、今回も話に加わる気はなさそうなアモンだったが、ヨハンに腕にすがりつかれると、さすがに表情が多少崩れる。
「なんですか、それは」
「アモン〜、助けてくれ〜、あとはオマエしかいないんだよぉ〜」
「……あの、私に何をしろと?」
「止めてくれ、あの非常識な連中を!」
「……」
「止めないと、お前の部屋に毎晩ポルターガイストを送ってやる」
「どういう嫌がらせですか」
「毎晩、ワシとマンモスとトラとカメが出てきて、マージャンする夢を見せてやる」
「なんでマージャンなんですか」
「しかも、負けが込んだら暴れるぞ、全員。正直、手が付けられない。オレもどーしよーもないからマージャンは禁止ってことにしてる」
「……」
「でも、アモンの夢の中ならOKだって言ってやる」
 ヨハンの発言には妙な切迫感があった。もはや実話では有るまいが。
 アモンは眼鏡を押し上げて、深い、深いため息をついた。それからすたすたと十代とジムのほうへと歩いてくる。そして、十代に向けて、小さな子どもに諭すように言った。
「十代くん。君の体重は何キロくらいですか」
「え? ……ええと、50何キロ…… くらいだったと思うけど」
「そうですか。では、そこのカレンを抱いてみてください」
 アモンに淡々と言われ、十代は、カレンを見る。カレンも十代を見る。十代は、ためらいながら、カレンに近づいた。はっと息を飲んだやつがいる。カレンはジムの背中にいれば大人しいが、あまり不用意に触られると暴れることがあるのだ。ケツをかまれたヤツもいる。
「カレン」
 十代は、カレンの眼を見て言う。黄色くて瞳孔がタテになった眼。
「おれに協力してくれるか? 一緒に、ジムのために役立ちたい仲として」
「……がう」
「そっか。おまえがいちばんジムのこと心配なんだもんな。分かるよ、その気持ち」
 カレンの頭を撫でる十代。ワニと会話をしている、とオブライエンが複雑な表情で呟くが、普段から(ヨハンと万丈目以外には)空気と会話をしている十代を見ている面子はこの程度で揺るぎもしない。そして十代は、にこりと笑うと、カレンの腹の下に手を入れた。
「ん……!」
 ぐっ、と細腕に力が篭る。
「んんんん……!!」
 皆が息を飲んで見ていた。
「ぐうううううう!!!!」
 ちょっぴり、カレンが持ち上がった。
 だが、次の瞬間、どすんと音を立ててカレンが落ちる。十代も同時に床にへたり込んだ。ベットの上のジムが、「おい、十代!?」と声を上げる。アモンが訳知り顔でため息をつき、眼鏡を押し上げた。
「だから元々無理だって言ったんですよ……」
「へ?」
「クロコダイルの成獣は体重が100kgにも達するんです。彼のおよそ二倍ですよ?」
 ぽかんと口を開けた皆に、淡々と言う。
「ざっと見、ジムの体重は、軽くても70kg前後、重く見積もれば80kgに達します。合計すれば180kgですよ? 十代の体重の三倍以上です。持ち上がるわけがないでしょう」
 床にへたり込んだまま、呆然としている十代。その膝に慰めるように前足を乗せるカレン。アモンの無慈悲な宣言が響く。
「最初から無理だったんですから、止める必要も無かったんですよ」
 はあ、というため息も冷たい。
「もしもまともに二人まとめて背負ったら、それこそ、ぎっくり腰どころじゃ済みませんよ。諦めてください、十代も、ジムも」
 



 レッド寮へと戻る路を辿りながら、剣山がぼやいた。
「結局、何の騒ぎだったんザウルス……」
 答える翔の声もいまいち精彩を欠いている。
「だから、ジムがワニの背負いすぎで腰痛になって、っていう話でしょ?」
「そこにアニキがどう関わるドン」
「知らないよ! それこそ、アニキがたまたまジムがぎっくり腰になった現場に居合わせたっていう話なだけだろ!」
 強引に翔が締めくくろうとする。そこに、万丈目が、意地の悪い口調で茶々を入れた。
「しかし、十代は、貴様らが倒れたところで、『背負ってあげる』といってくれるものか?」
 その瞬間、翔と剣山の眼が、ばっちりと合った。
 ふふん、とあごをそびやかしたのは、翔だった。
「……あ、アニキだったら、ぜったいボクのためなら頑張ってくれるもんね」
「そんなことないドン! そもそも翔センパイは、アニキのためになんか役に立ったことがあるザウルス?」
「ちょっ…… それ、どういう意味だよ!」
「オレはアニキのカードとして活躍したことがある! ……らしいザウルス」
「うろ覚えじゃないか、それっ」
「だって、『おんぶする』って、結局『装備合体』みたいなもんドン! そもそも手札に入れなきゃ絶対に無理ドン!」
 やいのやいのとケンカを始める黄色い二人。しかし、帰る先は赤い寮である。呆れたようにその騒ぎにフンと鼻を鳴らしてそっぽを向いた万丈目は、しかしふと、なんともいえない気持ちになった。嫌な予感とも、未来を見通したとも知れない。
「……『装備合体』だと?」
 いやいや、と万丈目は、自分の思い付きを、すぐに否定した。
「いやいや、プレイヤーに装備魔法をつけるなんてルールの範疇外だ。だいたいLPはゲーム中のもの、プレイヤー同士がどうこうしたって話にならん」
 だがしかし、そこに即、いつもひっついている若干三名の一名が茶々を入れる。
『アニキ〜、今、明日香サンと装備合体することを想像したでしょ〜?』
「……!!」
 ボン、と音を立てそうな勢いで、万丈目の首から上が真っ赤になった。
『明日香サン、あんなにグラマーだもんねェ? 『装備合体』なんてしたら、背中に胸があたっちゃって…… イヤン、アニキも隅に置けないわねェ』
「ななななな何を言いがかりをつける貴様! 今すぐ捨てられたいか!? アァ!?」
『いやァ〜!! アニキィ〜!! 破らないでェ! 曲げないでェ―――!!』
 虚空に向かって怒鳴り散らしながらカードを振り回している万丈目に、翔も剣山も、取っ組み合いの手を止めて振り返る。話はそんな馬鹿話で終わるかと思われた。
 だが、しかし。






 翌日。
 満場の観客が集まった決闘場に、ジムの宣言が、凛々しく響き渡った。
「このタイミングで、手札から『化石融合』を発動!」
「……何ッ!?」
「ヨハンの墓地に置かれた宝玉獣トークンを、すべて、融合させる!」
 ジムの宣言と同時に、ソリッドビジョンが作動し、ヨハンの手元のデュエルディスクから宝石トークンが次々と飛び出す。同時に地割れが地を走り、そこから、虹にも似た閃光が走った。
 呆然と立ちつくすヨハンの前で、ジムは不敵な笑みを浮かべる。くい、と気障に帽子のつばを持ち上げた指で、「Do you know?」と宣言する。
「地下に埋もれた化石は、ときに他の物質と置換されて、宝石となる…… かつてオーストラリアだと、全身が虹色のオパールと化した恐竜の化石が見つかったこともあるのさ」
 拳が天へと突き上げられる。「出でよ!」という宣言が、力強く響き渡った。
「究極化石宝玉獣、オパール・フォッシル・ドラゴン!!」
 地面がひび割れ、溶岩の赤い輝きを照り輝かせながら、その骨格の全てが虹色にきらめくオパールで構成されたドラゴンが現れる。その威容、その美。おおっ、という歓声が走った。ヨハンのフィールドには、現在、攻撃表示のサファイア・ペガサスと、アメジスト・キャットのみ。ジムはヨハンを力強く指し示し、「このターン、オパール・フォッシル・ドラゴンの効果で、全てのモンスターが攻撃表示に変更される!」と宣言した。防御表示にされていたサファイア・ペガサスが強引に立ち上がらされる。こうなっては相手との力量差は明らかだ。ジムの唇に勝利の笑みが浮かぶ。
「くッ……!」
「さあ、バトルだ! 行くぜ、ファイア・フラッシュ・ストリーム!!」
 視界を圧する圧倒的な閃光が、七色の虹を飲み込むようにして、吹き荒れた。
「うぁぁぁぁあああッ!!」
 音を立てて、次々と、ヨハンのフィールドのモンスターが破壊される。オパールの七色の閃光が視界を圧倒し、一瞬、誰もが視界を失った。
 ―――そして、眼を開けたとき、フィールドに立っているのは、ジムのみだった。
 所詮、相手はソリッドビジョン。だが、あまりの衝撃に倒されたのだろう。フィールドに転倒したヨハンは、呆然としたような表情のまま肘を突いて状態を起こし、ジムを凝視する。
「勝者、ジム・クロコダイル・クック!」
 アナウンス担当が宣言すると、ジムは、「Yeeeeeah!!」と勝利の雄たけびを上げた。あまりにあざやかな勝利。
 倒れ付したままのヨハンの側に、ふっと、彼にしか見えない小さな幻獣が現れ、慰めるように尾で頬を撫でる。『るびぃ〜』という声すら耳に入っているまい。先ほど撃破されたばかり、とんだとばっちりのアメジスト・キャットが、ふっとヨハンの傍らに現れて、『ねェ』と憮然と呟いた。
『あれってどう考えても卑怯じゃない?』
 長い尾がくねる。その先には。
「やったぜ、十代! お前は新しいオレの勝利のAngelだ!!」
「そんなことねぇよ! ジムの実力だぜ! むちゃくちゃカッコよかったー!! オパール・フォッシル・ドラゴンっ!!」
 ―――何故だか、十代を背中に背負ったジムがいた。
 パチンパチンと手を打ち合わせて喜び合うジムと十代。あまりといえば余りの事態に、打ちのめされて声も出ないヨハン。
『あんなの見せられてヨハンが冷静でいられるはずがないじゃない。あれってズルじゃないの?』
『……そういうヨハンの傷に塩をすりこむようなことを言うな』
『えー』
『えー、じゃない。お前もヨハンのデッキの一員なら自重しろ!』
 自分の家族たちがお互いに言い合ってるのを耳にしながらも、殆ど何もいえないヨハン。かろうじて搾り出した声は、「あんなん、ありかよ」という、なんとも情けないものだった。だがしかし、ヨハンにとっては、正直な気持ちとしか言いようがない。
 あんなんアリか。
 ……体重が約半分だからって、カレンの代わりに十代を背負ってデュエルに参加するなんて。
 奇しくも、まったく同じことを呟いている人々が、観客席にもいた。
「……ねえ、こんなのってアリなの?」
「アリなのザウルス?」
「おまえら、未練がましいぞ」
 しかし、言いつつ、ほとんど自分も目を逸らしたいという気持ちでいっぱいの万丈目だった。
 認めたくない。
 ……十代の代理として、隣の観客席に、赤いジャケットを着たワニが座ってるなんて。
 必死に眼をそらす万丈目の膝に、太い尻尾が乗っている。それを認めたくなくて必死に目をそらす万丈目に、カレンはただ、可愛らしいつぶらな黄色い目をまたたいて、「がう?」と鳴くだけだった。
 



 エキシビジョンマッチの特別カード、ヨハンVSジム。まさかのジムのあざやかすぎる大勝利。
 ―――だがしかし、これが空前の『おんぶデュエル』ブームに繋がるとは、そのときは誰も思ってはいなかったのである。
 






えー…… 続きます。なんで3期なのにデスデュエルじゃないのかは不問で。
詳しくは言うまい。ジムに関して、「常にワニなんかしょってて、絶対に腰を痛めるって」というワンアイディアネタでございます。某サイトの管理人さまとのお話で出た話なのですが、それがまさかここまで発展するとは。
ちなみに、”オパール・フォッシル・ドラゴン”はけっこうマジ。効果とか攻撃力はあまり詮索しないでください。


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