/エド・フェニックスと楽しいにっぽん語 エドにとっていちおう所属してはいるものの、めったにくることも無い学校、デュエル・アカデミア。それでも使う場所は一つだけあってそれは図書室だ。デュエル関係の資料が豊富だし、場合によっては娯楽本などもちょっとびっくりするようなものがあるため、移動時に読む本を調達するのに重宝する。そんなこんなで今日も足を運んだ図書室で、ふと、見かけてしまう。なにやら見覚えのある二人がもんもんと頭をつき合わせていた。 何をやっているのかと別に考える義理の一つも無いのだが、ついつい、彼は声をかけてしまう。エド・フェニックス。世話焼きと言われたことは一度も無いが、義理の大切さというものは人一倍にわきまえた男だ。 「何をやっているんだ、十代、ジム?」 「あ、エド」 「Eddy! いいところに来た!」 場所は図書館、閲覧室。ここという場所に限ればまずもって見覚えのない二人が椅子に向かって頭をつき合わせている。何をやっているのかと見れば、二人で日本語の辞典を引いているらしい。重たそうな辞書が何冊も積み上げられている。エドは形のいい眉を軽くしかめ、近くの椅子に座った。 遊城十代と、ジム・クロコダイル・クック。別に珍しい組み合わせではないだろう。デュエルをしているとき以外には何かと子どもっぽさが目立つ十代と、面倒見のいいジム。知り合ってあまり間もないとはいえ、別段、一緒にいるということに疑問を感じるような二人でもないのだが。 「……Mr.Cook あまりなれなれしく人を呼ばないでくれないか」 「Oh,sorry.あんまりタイミングがいいんでな。コレも神のお導きか」 いやみを言ってもちっとも聞きやしない。 軽く片眉をつりあげるエドにも気付かず、肩をおとし気味の十代がこちらを見上げる。まるで獣医で首から下を丸刈りにされた犬のような、なんともいえずおちこんだ様子。 「あのさぁーエドー、オレな、ちょっとヨハンとケンカしちまったんだ」 「……ふん?」 まあ、それは別にどうでもいい。どれだけ気が合う二人だといっても、いや、それだからこそケンカくらいはするだろう。推測されるにどうでもいいような理由が原因のケンカなのだろうが。 「オレがさ買ってきたパックに入ってたカードが湿気で反っちゃったって言ったら、ヨハンが本の下敷きにしとけって言って、その本間違えてそのまま図書館に帰しちまって、十代は不注意だカードが可哀想だって怒られて……」 「必要なカードだったのか」 「ううん、使ったことないフツーの。ダブりも10枚くらいもってたし」 ……カードを大切にするのは美徳だ。とりあえずその点には目をつぶろう。 「で、それを探していたのか?」 「いや、そいつはもう見つかったんだよ。相棒に一緒に探してもらってさ」 でも、そんときにヨハンに言われた台詞がショックで、と十代は肩を落とす。その肩をジムがぽんぽんと叩く。 「ヨハンだってたまにはカッとなることがあるんだろう…… don`t worry、十代」 「いや、分かってるんだけど、でもさぁ、やっぱ…… ショックだろ?」 「何をいわれたんだ?」 ここまで十代を落ち込ませる台詞とはなんだろう。想像も付かない。十代は落ち込んでいて答えない。それを見たジムはしばらく回りを見回した。誰も居ないのを見計らってちょいちょいとエドを招く。なんだろうといぶかしみながら顔を近づけるエドの耳元に、ちょろっとささやく。 エドは、ぴしりと凍りついた。 「だぁ〜っ!!」 十代は、そのまま辞書に突っ伏してしまう。 「なんか意味よくわかんないけどわかんないぶんさらにショックっていうかなんていうか!!」 「辞書を見ても載っていない。うーむ、Japaneseは難しいなぁ…… ヨハンは日本語に慣れているからなおさら」 「……」 数秒後、エドはなんとか我に返る。 額に青筋を立てて怒鳴りたくなるのをなんとか我慢して(彼は若年ながら理性ある男だった)、ぐったりしている十代の手から辞書をもぎ取った。そしてぱらぱらとページをめくると、そのひとつの単語を無言で示した。 《 おかちめんこ 4 俗に、不器量な女性をいう語。》 十代は黙った。 ジムも黙った。 エドは顔が赤くなりかけるのを我慢して、あえて、淡々とした口調で言う。 「誤用だ。それと勘違い。ヨハン・アンデルセンも間違ってるし、君たちも大いに聴き間違いをしてい……」 「うわああああそうだったのかああああ!! やっとすっきりしたああああ!!」 しかし、なんとか平静を保とうとするエドの努力も、十代に飛びつかれて、一瞬で無駄になった。 「Oh,My god!Wonderful!! 助かったぜ、エド! これでやっと努力が報われた!」 「いやぁーそういう意味だったのかぁーヨハンが間違ってておれも勘違いしてただけかぁーそっかーほっとしたー!!」 「わ、わかった。わかったから……」 抱きつかれたまま椅子に押し倒されたエドは、けれど、なんとか最期の一言だけは回避しようと努力する。けれども。 「もう、おれ、《おかめちんこ》って一体何かとおもってさぁー!!」 ……言った。 言ってしまった。しかも大声で。 「ジムも思うよなっ、そんな理不尽なこといきなり言われたらショックだよな!」 「Yes! どんな意味かと思うとそりゃ悩むぜ! 男だからなぁ!」 「そーだよっ。《おかめちんこ》ってどんなちんこなのかなぁとかヨハンと風呂入ったときに覗かれたのかなぁとかおれのちんこってそんなに変だったのかってもう悩んで悩んで」 大いに盛り上がってる二人は気付いていない。静かだった図書館にひびいた時ならぬ大バカ野郎な台詞に、誰もが振り返っているということに。なんだなんだと顔を上げてこちらを見ている。あっけにとられた顔で! 「……公衆の面前で破廉恥な台詞を連呼するなーッ!!」 なんとか復活したエドが顔をひっつかんで十代を自分の上から引っぺがす。もう、見なくても分かる。自分でも分かるくらい顔が真っ赤だ。ニヤニヤと笑いながら親指を立てるジムがなおさら腹立たしい。何を言いたい、何を。 「言いたいことが有るなら」 「はっきりと言ったほうが?」 「よくない! 言わないでいい!!」 大声で怒鳴るエドに、なにやかにやと図書館を利用している生徒たちが振り返っているのもまた恥しい。この学校では制服を着てない生徒は目立つし、そうでなくともエドは有名人なのだ。顔を真っ赤にして狼狽している花形美少年デュエリスト、エド・フェニックス。レアである。だからといって携帯を向けないでほしい。写メも撮るな。だからやめろって言っているのに!! 「いいか十代お前も良識のある大人だったら人前で猥語を連呼するな」 思わず顔をわしづかみにしたまま凄むエドに、けれど、十代の反応ははかばかしくない。きょとんと眼をまたたく。 「ワイゴって何?」 「Becouse,そういう言葉じゃないのか?」 「え、じゃあ何だったらワイゴじゃなくて、どっからはワイゴなんだ? 言って恥しいのがワイゴ? ちんこはワイゴでちんちんはワイゴじゃないの? ……どうしたんだ? 顔、真っ赤だぜ? なぁなぁエドー」 「僕に聞くなあああ―――ッ!!」 絶叫するなり、エドの手にした分厚い辞書の角が、十代の頭を直撃した。 そのままひっくり返る十代。辞書を投げ出して走り去るエド。 「お、おい、十代、大丈夫か!? ……うーむ」 眼を回している十代を慌てて助け起こしながら、ジムは、逃げていくエドの後姿を見る。そうして、しみじみと呟いた。 「若いなあ」 後日ヨハンに確かめたら。 「うん、オレもちょっと腹が立ったからさぁ辞書で引いて覚えてたテキトーな悪口口走ってて。ごめんな十代」 「ううん、いいってぜんぜん! おれのほうが悪かったんだし、一個頭もよくなったし」 「えーと、じゃあ、《おかちめんこ》は女性限定? 男相手にはなんて言うんだ?」 「……バカ、アホ、マヌケ?」 「バリエーションが少ないなぁ。他になんかないのか? えーと、あとは、このうらなりびょうたんとか、三百代言とか、ささげのつる、山師とか香具師とか、思案ロッポウ、ゴケ勝負とか」 「全部意味わかんねぇ…… っていうか生まれて初めて聞いた……」 「そういうもんなのかぁ。難しいなあ、日本語」 「えぇー。じゃあなんていうんだろ。やっぱり《おちかめんこ》?」 「あれ、なんか違わないか?」 「……《おめかちんこ》」 「それも違う」 「も、もう覚えやすいから《おかめちんこ》でいいじゃん!」 「女性に向かってそれは失礼じゃないかー?」 「えーでもみんなそう覚えてるよな? な? 翔、剣山、万丈目? ……ほらほら、みーんな《おかめちんこ》だと思ってんだから、それでいいじゃん」 「めずらしいっすね、エド君が頭を抱えてるっすよ」 「あのね翔、自分よりおつむが不自由な年上の面倒を見るのってね、ときどきものすごくストレスになるのよ……」 その日、エド・フェニックスは、住処にしているクルーザーごと日本から国外逃亡する算段を半ば本気で立てたそうな。 どっとはらい。 でも私もつい最近まで勘違いしてました>おかちめんこ ヨハンの言葉使いがやたらと時代がかってるのは、たぶん、漱石でもテキストにして日本語を勉強したせいでしょう。ということにしておけ。 ←back |