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 ……二人が帰還したとき、『呼ばれざる』エリアは、真っ赤な夕暮れに包まれていた。
 太陽の無いこのエリアでも、なぜか、夕暮れは赤く染まる。水の底から差し込む赤光に満たされて、さざなみが、白く、岩塊を洗っていた。
「思い出した?」
「おう。……ほんの、ちいとじゃけど」
 一本釣太公は手を伸ばし、額に触れてみる。今、あの星は自分の冠の中心に宿っていた。形も変わっている。波を模したような小さな形。
 あの瞬間、すべての記憶を見通したような気がしたけれど、今ではすべてが再びあいまいな記憶の彼方に去っていた。おそらくそれが今の形の自分の限界なのだろう。平凡な天使であって、ヘッドでもなんでもない自分には、かつて、世界を改変するために与えられた力の全てなど、受け止めきれるわけが無いのだ。受け止める必要すらない。
「しかし…… なんでおんしは小さいんに、あっしはこの姿なんぜよ?」
「たぶん、みんなバラバラにこの幻次界に生まれてきてるんじゃないかなぁ」
 星幻子ピーターは、慎重に言葉を選びながら言った。
「ボクたちは一緒に死んだこともあるけど、バラバラに死んだこともあったよね。そもそもどの時点の『ボク』が、今の『ボク』のルーツなのかも分からないし」
「そもそも、大昔に死んどったり、まだ生まれとらんやつもおるんじゃか?」
「可能性はあるよね。それに……」
 それに、と一本釣太公は思う。
 この世界は、今、二つに引き裂かれている。
 次元の門をくぐった世界の片割れは、この幻次界とは違い、修羅の風の吹く世界だという。何度も戦を繰り返し、滅びと再生を繰り返す世界。誰かがその地にもしも降り立っているのならば、出会うことなどとうていかなうまい。
 つぶやき、うつむく星幻子ピーターの横顔を見ながら、一本釣太公はしずかに記憶を引き寄せる。ばらばらに砕けた記憶の欠片を。
 自分たちは、たしか、七人だったはずだ。
 自分、このピーター、それに、共に虹の七色と化して消え去ったはずの仲間たち。あと五人。彼らはいったいどこにいるのだろう。……どんな姿をしているんだろう?
 思い出せば、いままで形の無かった懐かしさがさらに募った。そう、自分は彼らに会いたい。できることならば君主たる方とも出会いたかったが、尊い人はすでに神の領域にいまし、出会うことは叶わないということは何故だか静かに納得できた。
 一本釣太公は自分の手を見る。ぎゅっと、握り締めてみた。
 この手は誰の手だろう? まだ若く力ない天使だった自分の手でもなく、屈強な天使ヘッドだった自分の手でもなく、異界の戦士、あるいは少女だった自分の手でもない。頭が少し混乱しているようだ、と苦笑する。剣を握ったことが無いこの手は、おそらくその誰の手でもなく、たった今の『自分』の手に他ならない。おそらくは生涯剣を持つことも無いだろう手だ。
「あっしはあっしであって、他の誰でもないき」
 呟く一本釣太公を、星幻子ピーターが見た。
「他の『一本釣』もあっしじゃけど、今の自分はあくまで自分ぜよ。そこを見失ったらいけん」
「そうだね」
 星幻子ピーターが笑った。
「記憶を取り戻したからって、今のボクがあのころのボクになるわけじゃない。それにこの世界には、もう、ボクたちの使命も無いしね」
 使命のために作られた『因子』が、使命のない世界に生きるということ―――
 さて、と呟いて、星幻子ピーターが、ぴょこんと立ち上がった。
「じゃあ、ボクは、次のエリアに行こうかな」
 一本釣太公は、おどろいて、彼を見上げた。
 赤い夕暮れの光に照らされて、彼は、微笑んでいた。
「まだボクの旅は終わらないよ。仲間はあと5人。全部の星を集めて、全部の記憶を確かめないと、界極点に帰れない」
「おんしゃ、まだ足りんのかが?」
「うん」
 星幻子ピーターは目を細めて、遠くを見た。どこまでも続く水の果てを。
「思い出したいんだ。ボクがどんな風に生きて、どんな風に散っていったか。……たぶん、今生がそれができる最後のチャンスだからね」
 一本釣太公は、黙り込んだ。
 かすかな記憶――― 彼は、かつて、敵として干戈を交えたこともあったという記憶。
 それは罪の意識なのだろうか。自分には、すくなくとも、自分が天使では無かったという記憶は無かった。なればこそ、記憶を取り戻して今、何も罪悪感を感じずにいられる。その罪を取り戻すというのなら、星幻子ピーターは自ずから辛い記憶を掘り出そうとしているということにもなる。何が彼をそこへと駆り立てるのだろうか?
「おんしゃ、そんなに過去が惜しいんか?」
 問いかけると、「違うよ」と星幻子ピーターは笑った。
「ただ、会いたいだけ。……『みんな』に」
 みんな。
 なつかしい、仲間たち。
「……そうか」
 一本釣太公は、握り締めていた手を、ゆっくりと下ろした。
「そうか」
 ぽん、と背中を叩いてやると、星幻子ピーターがびっくりしたように一本釣太公を見た。一本釣太公はニッと笑った。
「なら、あっしも行くぜよ」
「ええ?」
「そろそろあっしもひとり立ちする歳じゃき、太公望鯨帝も許してくれるぜよ。それに、おんし一人じゃったら危なくて旅もむつかしかろ」
「……子どもだっていいたいの?」
「わかっとるじゃないけ」
 からからと一本釣太公は笑う。星幻子ピーターは頬を膨らませる。そして、ふと、思いついたように聞いた。
「そういえばキミって、昔からそんなしゃべり方だったっけ?」
「……んん?」
 記憶を探る。分からない。けれども。
「まあ、女だったような記憶もあるき、不自然はないぜよ!」
 星幻子ピーターは誤魔化されたと思ったのか頬を膨らませる。笑いながらその肩を叩く。そんなやりとりに、ふと、心が満たされるのを感じる。元の分からなかった寂しさが、わずかに溶けていく。
 理由も、源も分からなかった思いが、明らかになる。

 ―――ただ、もう一度、会いたい。

「あいつらにまた会えるのが楽しみぜよ!」
「だね!」
 二人はお互いの額を小突きあい、笑いあう。何千年かぶりのやりとり。
 ―――真っ赤にくれていく夕暮れが、ただ、はるかな時を経て再会した彼らを、照らし出していた。






すべての発端。
新BMとSBMのDVDボックスを買って、ふと、「2000に出てくる幻次界ってけっきょくなんだったん?」と思ったのがきっかけで、うっかりこんなのを書き始めてしまいました。この時点だとあまり設定とかも無かったんですが、先はバリバリ伸びてます。
一本釣とピーターは、祝と旧をごっちゃにしたような感じ? 土佐弁は完全に刷り込まれて、もう、標準語でしゃべる釣ぽんが想像できません(笑


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