―――そもそも、ことは生徒会長のうかつな発言であった。
 この学園で生徒会長を務めている青年は、名を、エドガーという。金髪碧眼長身痩躯の美男子で、責任感が厚く有能で賢く、それでいてそんな素質がいやみにならないような種類のユーモアとウィットを持ち合わせている。おかげで校内だれからも人望が厚い名生徒会長だ。
 だがしかし、彼には、ひとつの欠点があった。
 それは、「レディにであって口説かないのは相手に失礼」と公言してはばからない、まるで見境のない女好きっぷりである。
 挨拶代わりに女の子をくどく…… 【挨拶】の域を実際出ないので異性関係が乱れるということにはならないが、しかし、彼のような美男子に口説かれて嬉しくない女の子はいない。その上優しくて気が利くときたものだ。なので、彼は猛烈にモテた。モテてモテてモテまくった。まさしく、校内のアイドルである。
 そんな彼が、バレンタイン前の定例会議で言った発言が、ことの起こりであった。
 
 バレンタイン前後には、校内への私物持込が横行する。
 生徒会としても、行き過ぎにたいしては何かコメントをしたほうがいいのではないか……
 そんな発言が生徒会の会議で出たのだった。
 ソレに対して、生徒会長の答えは簡潔だった。
「どうせ14日までなんだから、そんなに目くじら立てることも無いだろう。わざわざ生徒会から公式コメントを出すほどじゃないよ」
 そこまでなら問題ないが、しかし。
「レディたちから年に一度の楽しみとときめきを奪う――― そんな野暮なこと出来るわけないだろ?」
 それに、と。
「わざわざバレンタインに私物を持ち込むな、なぁんて野暮なことを言うのは、プレゼントのひとつをもらえるもらえないで悶々としているようなお馬鹿さんだけさ。さて、次の話」
 ―――その追加コメントが、ことの発端となったのだ。

「それでね、それを聞いたとある男子生徒が、チョコをもらえないで悶々としているおバカさんとはなんだ、って言い出したんだよ」
「ひどい発言だよな……」
「え、そうかなぁ。別にもらえるなら嬉しいけど、もらえなかったらそれはそれじゃないか? チョコって?」
「そーそー。それに、誰からももらえないなんて、普段の素行の問題だろー。よっぽど女の子に嫌われてるんじゃないか、そういうのって」
「ば、バッツはともかく、ジタンお前…… とにかく! その発言を聞いた生徒会の某会員が怒り出したんだよ。バレンタインなんて中止にしろ! って!!」
「うん…… 言い出しちゃったんだよねぇ…… 僕もいちおう止めたんだけど」
「え、その人、セシルの知り合いなのか?」
「うーん、ひみつ。彼の名誉のためにも」
「それで、バレンタイン中止発言を受けた生徒会長が、【レディたちの楽しみをたかが自分のルサンチマンひとつで奪おうとするなんて、そんなんだからモテないんだ】って発言しやがってな……」
「……」
「それ、挑発してたんじゃないのか?」
「だと思う、たぶん。会長は楽しそうだったと聞いたしな。そこで名称が決定したんだよ。生徒会派と、ルサンチマン一派」
「なんでそうなるんだ……」
「ある意味必然の流れっぽくもあるけどな」
「楽しそうじゃないか、それ〜」
「「バッツはな!!」」
「でもねぇ…… 別に彼は楽しくてやってるわけじゃないと思うよ。本気なんじゃあないかな。昔っから、思い込んだら止まらないところがあるから。真面目なんだよ」
「それを真面目といえるセシルもすごいと思うが、俺は……」
「でも、なんでそこにフリオニールが絡んできたわけ?」
「それは……」
 それは。
 そのあたりで、ようやくティーダは、自分がベットに寝かされていると気付いた。目を覚ました瞬間うめき声がもれる。「あ、起きた」と、薄茶色の目がひょいとこっちを覗き込んでくる。バッツだった。
「こ、ここ、は〜……?」
「フリオニールの部屋。よかった、目が覚めて」
 気が付くと、二段ベットがひとつ入って狭苦しい六畳間に、ぎゅうぎゅうに人がひしめいている。ティーダはおきあがろうとして、頭がくらっとするのを感じた。気持ち悪い。思わず口元を押さえると、「おい、大丈夫か?」とスコールが眉をしかめる。
「ぎぼちわるいッス……」
「そりゃ、あれだけぶんぶん振り回されればな……」
「すごかったって聞いたぜぇ〜、ジェクトせんせが全力で息子ぶんまわしてたって」
「見たかったなぁ」
 冗談じゃない。
 けらけらと笑っているジタンと、こっちはどうやらホントに見たかったらしいバッツ。その二人を確認した時点でティーダはふたたび枕に沈没する。どうやらしょっちゅう泊まって半分自分用のようになっているフリオニールの部屋のベットの下の段だ。デスクでフリオニールが足を組み、床にはあぐらをかいたスコールと正座した膝でなにかを縫っているセシルがいる。どうやらジタンとバッツは上の段らしかった。
「なんでここにいるんッスか、オレ」
「ジェクトせんせが運んできたんだよ」
 ベットのふちから身を乗り出したジタンの、金色の髪が尻尾みたいにぴょこぴょこゆれる。
「なんかー、紙袋集団にフルボッコにされて目を回しちゃったから、ちょっと目が覚めるまでおいといてやってくれって」
「……半分くらいジェクト教諭のせいだと思ったが」
 ぼそりとつっこむスコール。そのとおりだよ! とティーダは頭の中で全力で同意したが、気持ち悪いのでとりあえず何も言わなかった。
「キミのズボン、今縫ってるからもうちょっと待って」
「すげーんだぜ、もうビリビリ」
「び、びりびり……」
 そういやズボンをひっつかまれて脱がされそうになった、とティーダは思い出した。セシルはなれた手つきでちくちくとかぎさきを縫い、ボタンを付け直してくれている。
「でさ、なんか話が中断したけど、生徒会派とルサンチ一派って何やってるんだよ、結局?」
 バッツがいかにも興味津々な風に聞く。聞いたことのあるような、無いような言葉だった。
 「ルサンチ一派ってのはな、」とフリオニールは苦い顔で足を組みなおす。
「その、生徒会長に反旗を翻した男子生徒を中心にして集まった、【バレンタイン中止】をもくろむ集団だ」
「なんだ、そのくだらない集団は」
「くだらないっていうな。バレンタインの一日があるというだけで、自分がモテヒエラルキーの中のどこに位置しているかを残酷なまでに思い知らされる男の気持ちがモテメンに分かるか。特にお前ら! スコールとジタン!!」
「えー、そんなこと言われたってさあー」
「……」
「おかげで非モテな俺たちは二月中ずっと憂鬱な気持ちですごすことを強いられるんだ。2月14日たった一日のせいでだぞ? それくらいだったらバレンタインを中止にしたほうがよっぽどすがすがしい。故に、武力をもってしてでもバレンタインを中止させる。それがルサンチ一派の最終にして究極の目的なんだ」
 スコールが、心底軽蔑した、とでもいうような一瞥と共に、言い放った。
「くだらない話だ」
「き、貴様……」
 フリオニールがこぶしを握りかける。が。
「あぁ、でもスコールもバレンタイン中止になってほしいって言ってたもんな」
 バッツのいかにも何も考えていない一言で、スコール、フリオニール両名の表情が変わる。
「あんたは、黙れ」
「えっ? 中止? ……でもスコール、モテるんだろ?」
「スコールはすごく斜めな方向にモテてるから、チョコもらうもらわないで死活問題なんだってさ。大変だよなぁそれって」
「だから……!」
「ほら、フリオニールだってもらったって嬉しくないだろ。髪の毛入り手編みセーターとか、血液入りチョコとかなんて」
 それは、怖い。
「それで受け取るの受け取らないのでまた大騒ぎだし、スコールも大変なんだよ。ほんとに」
「……それ、マジか」
 ジタンがとてもとても気の毒そうに問いかける。スコールは片手で顔を覆ってしまった……
「本気のコにとってはバレンタインは決戦の日だからね。彼が考えてるほどシンプルじゃないんだよ、贈るほうも」
 ちくちくと針を運ぶセシルは、こちらはこちらで発言が斜めだった。ためすすがめつズボンのボタンを選ぶ姿も妙にさまになっていて、なんだか、発言もあいまってすごく……
「女の子も大変なんだなぁ」
 バッツの、的を外れた発言が、冗談に聞こえなかった。
「と、とにかくだ。ルサンチ一派はそういう目的で誕生して、今、爆発的にメンバーを増やしてる。紙袋をかぶって額に《ル》って書いた集団といえば分かるだろう?」
 フリオニールが、妙な方向に迷走しはじめた話を引き戻すように、むりやりもとの話題を持ってくる。猫のように集中力のないバッツはすぐにそっちに気をとられたらしく、「うん、うん」と興味しんしんにうなずく。
「いっぱいいるよな、あれ! でも中身はいろいろなんだろ? だって、フリオだって紙袋じゃんか」
「その話はちょっと後回しな。ルサンチ一派の紙袋には、いちおう理由があるんだ。ルサンチ一派に対して生徒会派は徹底抗戦のかまえを打ち出してる。うっかり顔が割れたりしたら個別攻撃を喰らっておしまいだ。それに」
「それに?」
「……ますます、モテなくなる」
 ぼそっ、とスコールが言う。
 そりゃそうだとティーダも思った。
 だがそこで、バン、と大きな音がする。びっくりしたように皆が顔を上げる。フリオニールが平手で机をたたいた音だった。
「わかってるよ!ああそんなん分かってるんだよ! でもなあ、だからってそんな思いやりの無い言い方することないだろ!?」
「ちょ、おちつけ、フリオニール。お前のこと言ってるんじゃないって」
「ジタンみたいなモテメンにわかるかあ! この切ない胸のうちがあ!!」
 でもなあ、とフリオニールはますますヒートアップする。なんか今にも泣き出しそうだった。
「ルサンチ一派のやつらが間違ってることくらい、俺たちにもわかってるんだ! あいつらを止めてやらなきゃいけない…… ますます暴走して非モテをこじらせる前に!」
「おおお」
 バッツがぱちぱちと拍手する。あきらかになんか分かってない。スコールとジタン両名が大丈夫かこの人、という顔でバッツを見るが、あいにく、加速度がついているフリオニールは気付いていなかった。
「別になあ、非モテだからって友だちがいないわけでも、まるっきり女子に縁もゆかりも無いってわけでもないんだよ! 自分の友だちがルサンチ一派の活動にのめりこんで胸を痛めてるやつは男女問わずいるんだよ! だから、ちゃんと誰かがあいつらを止めてやらないといけない…… 生徒会一派みたいに正面から殲滅するんじゃなくって!」
「それが、反乱軍ってヤツ?」
 フリオニールが深々とうなずいた。ティーダは思わずがばりと起き上がる。
「そういう意味かよ、《きさま はんらんぐん だな》って!!」
 何のことだかカケラもわからないまま袋叩きにされていたティーダだったが、ここにきてようやく頭の中で話がつながってくる。
 なんで、いきなり反乱軍呼ばわりされたのか。その上袋叩きにされたのか。ズボン脱がされた上ハダカでさらし者にされかかったのか。
「反乱軍はね、外見はルサンチ一派と大してかわらないんだ。でも、目的は内側からルサンチ一派を切りくずすこと。だから、《反乱軍》なんてよばれてるわけ」
 セシルは、糸切り歯をつかって、あまった糸をぷちんと切る。
「外見だと差はほとんどない。ただ、ルサンチ一派はひたいに《ル》だけど、反乱軍はよくみると《ノレ》って書いてあるんだ」
「ちょー細かいッスね……」
「見た目でわかっちまったら潜入してる意味が無いじゃないか」
「あと、合言葉があるんだ。それが《のばら》。決めたのはいちおうフリオニールじゃないんだけどね」
 ティーダは呆然とつぶやいた。
「そういうことだったんッスか……」
「相手が同じ反乱軍かと思ったら、合言葉の《のばら》で通じるか確かめればいい。それで通じればそいつは仲間だ。ただしうっかり間違えたら袋叩きは決定だけどな」
 フリオニールは憮然と答えた。落ち着いたらしく椅子に座りなおす。と。
「へえええええ。なにそれ、面白れええええええ!!!」
 ぎしっ、とベットが音を立てる。「ちょバッツ!」と上の段でジタンがあわててバッツを取り押さえている。ティーダが柵越しに見上げると、バッツは目をキラッキラさせながら身を乗り出していた。スコールがこめかみを押さえる。
「おい、遊びじゃないんだからな。うかつに合言葉をつかおう、なんて思うなよ?」
「でもいいこと聞いた! へえーそういうことだったんだ、あの紙袋集団! へえー! 今年はまた派手だなぁ!」
「……ことしは?」
 まさか、毎年こんなことをやってるのか、この学校は。
「みんな、怪我とかしないでくれるといいんだけどね。はいティーダ、直ったよ」
「あんがとッス。って、誰が脱がしたんだよオレのズボン!」
 ぎゃーぎゃー言いながらも、受け取ったズボンを布団に中にひっぱりこんで、ごそごそする。セシルはソーイングセットを片付けながら、ふう、と憂鬱そうなため息をついた。
「あいつもだけど、彼女も…… なんでこんなことになってるのか。僕がきちんと見ていなかったのがいけなかったのかな」
「さっきから、妙に事情に詳しいな、セシル」
 スコールが冷静につっこむ。セシルはちょっと困ったように笑った。
「まあ、いろいろとあるんだ、僕にもね」
「でも、セシルはどれでもないんだ。生徒会派、ルサンチ一派、反乱軍。どっか入らないのか?」
「うーん、僕には、当日に間に合わせないといけないことがあるから。バレンタインが過ぎてからちゃんと説得する」
 それじゃ意味が無いだろ、とスコールがぼそっとまた言った。スコールの言ってることはたいてい正しいんだから大きな声でいえばいいのに。ティーダはいつもそう思うのだが。
「とにかく、ティーダも気をつけろよ。今日はジェクト教諭が来てくれたからいいものの、あのままだと完全に血祭りにあげられていたぞ」
「……そういや、なんでオヤジが来たんだ?」
 フリオニールはくるりと椅子を回した。
「なんでも、お前と仲のいい女の子に、助けを求められたらしい。ティーダが紙袋の集団をつっつきにいったから見に行ってあげてください、ってな」
「あ、ユウナ!!」
 そういえば彼女はどうしたんだ。ティーダは思わず青ざめかけるが。
「安心しろ。紙袋は基本的に女子には手出ししないから」
 フリオニールの発言で、ほっと胸をなでおろす。
「にしたって、ジェクト先生は大丈夫なのかな。兄さんから聞いたけど、教員は基本的にこの騒ぎにはノータッチってことになってるって……」
 セシルが小首をかしげるのを見て、ティーダは、思わず「マジなの?」と声を上げた。
「うん、マジ、というか、本当。先生たちまで肩入れしたらそれこそ収拾が付かないからって」
「……といいつつ、半ば公然と首を突っ込んでる教員も珍しくないがな」
 ぼそりとフリオニール。また小首をかしげるセシル。
「そうなのかい?」
「ゴルベーザ教諭みたいにまともな人ばっかりだったらどんなによかったか……」
 ティーダは、黙る。ベットの上の段からひょいと顔をだしたバッツが、さかさまになってこっちを覗き込んできた。茶色い目をぱちくりする。
「ジェクト先生、大丈夫か?」
「大丈夫って…… 大丈夫に決まってるッス。あんだけ元気だったんだから」
 そう、バスケ選手をやっている息子をかるがるとぶん回す程度には。
『…あ、なんか腹立ってきた』
「でもジェクト先生、ちゃんとティーダのこと助けに来てくれたんだ。いいなー」
 いいなー、とバッツはつぶやく。ナニも考えていないのか、はたまた、何か思うところがあるのか、分からない口調だった。セシルが言う。
「それは、親子だもの。ジェクト先生はティーダが大事なんだよ」
「……セシル、血縁にあんま夢みんな。どこもお前ンとこみたいってわけじゃないぜ……?」
「まったくだ……」
「えー、いいじゃん。頼りになるオヤジさんって。カッコいいよ」
 バッツは相変わらずさかさまのままで口を尖らせる。
 ズボンをはき終わる。なんだかティーダは落ち着かない気持ちになってきた。そわそわとしていると、フリオニールがこちらを見ているのにふと気付く。「なんだよ」とすねた口調で言うティーダに、「帰らなくていいのか?」と言う。
「外、そろそろ暗くなってきたぞ」
「……」
 言われたとおりだ。もう窓の外は夕焼けも終わって、遠くの空にかすかに金色がたゆたっているばかり。
 セシルが穏やかな表情でこっちをみていた。ふと、膝を立てて立ち上がると、「今日の晩御飯はおでんだよ」という。
「たくさんあるから、タッパーに詰めようか」
「別に、そんなん……」
「どうせ、二三日はおでんのつもりだったから、すごーく、すごーくたくさんあるんだよ」
「……」
「美味しいよ。ゆで卵とか」
 ティーダはしばらく黙っていた。やがて、ぼそっ、と答える。
「帰らない。どうせオヤジ、今日は帰るの遅いし」
「そう?」
「……でも、タッパは要る」
 少年の気持ちはいまいち一筋縄ではいかない。スコールが少しだけ表情をやわらげたのを見て、ジタンとバッツが目配せしあう。フリオニールはため息をつき、それから笑った。セシルはくすくすと笑うと、「そうだね」と言った。








 もう夜中もいい時間になったころ、ティーダはフリオニールの自転車で家まで送ってもらった。ティーダの家は駅前の高層マンションにある。親子二人だけだから広くは無いが、御影石をつかったエントランスがいかにも瀟洒な感じがする。コンビニに寄って帰るといったフリオニールに手を振って別れると、オートロックをあけてエレベーターをあがった。家は18階だ。
 玄関を開ける。そうしたら、いきなり目の前を、障害物がふさいでいた。
「……何やってんだ、あんた」
 父親だった。
「ンあー?」
「酒臭い……」
 筋肉の塊のような巨漢が転がっているのだから、このままだと家の中にも入れない。一瞬踏み越えて中に入ろうかとティーダは思ったが、すぐに、そうできない自分に気が付いた。悪態をつきながら荷物を靴箱の上におき、肩の下に腕を入れてむりやりにひきずり起こす。
「寝るなよ!玄関で!」
「ほっとけーぇ…… 重たいだろーが、クソガキー。てめーに持ち上がんのかー」
「バカにすんなよ酔っ払い!」
 そのままずるずると家の中までひきずっていって、ソファのあたりに転がした。本気で酒臭い。何があったんだ、と内心でティーダは少し困惑する。昔、酒癖の悪さで何回か失敗をしてから、基本的には飲みにいってもビール一杯よりたくさんは飲まないジェクトだった。それがこれほど泥酔しているとは。
「さっさと寝ろー。背ェ伸びねぇぞー」
「バカ言ってんじゃねぇよ、クソオヤジ!」
 ティーダは冷蔵庫を開けて、スポーツドリンクを見つけてくる。ふたを開けて手渡してやると、あー、とも、がー、ともつかない声を上げて受け取った。そのままスポーツドリンクを一気飲みするジェクトを、ティーダは、なんともいえない気持ちで横から眺めていた。
「ズボンのケツがやぶけて外も歩けねえかと思ってたぞ。誰に縫ってもらったんだーそのケツはぁ?」
「ケツケツうるせえな。セシルだってば! コスモス寮のセシル先輩! 寝てるときに直してもらったんッスよ!」
「あぁ、そうか。あのゴルベーザんとこの美人な。よかったじゃねぇか」
 なんか、様子がおかしい。何があったんだ。
「オヤジ、誰と飲みにいってたんだよ」
「あぁ? 知らねーよ!」
 知らないって。
「なんかあの皇帝陛下だのー、銀髪のやつだのー、たしか保健室の色っぺえ姉ちゃんもいたか…… 飲み屋でこっち囲んで説教とかしやがって、ったく、やってらんねぇよ! オレ様も騒ぎたいの我慢してるっつぅのに、なんでこっちが押さえ役にさせられんだ!? あー!?」
「……え?」
 酔っ払いらしくジェクトの言うことは脈絡がなくて意味がよくわからない。が、話を総合してみると、ようするに今日の大立ち回りの責任を取らされて、半ば無理やり飲み屋までひっぱられていったらしいと分かった。そこで今度は延々と、生徒たちの騒ぎにひたすら頭を突っ込もう、また、引っ掻き回そうとたくらむ教師陣を、止める立場に回っていたらしい……
 止めるとか、ジェクトの辞書に一番ない言葉だ。
「おーい、クソガキーぃ」
「っちょっ!?」
 ティーダが黙り込んでいると、いきなり、ごつい手で頭をつかまれる。撫でているつもりらしいが、ほとんどわしづかみだ。ごしごしと引っ張られて頭皮ごと髪の毛が抜けそうになった。やめろよ、と叫びかけて、しかし、やめた。喉が声につっかえた。
「どっか割れて脳ミソ漏れてるかと思ったけどよ、なんともねぇな」
「それ、死んでる」
「あれだけゴンゴンぶっつければと思ったんだがなあ」
「……あんたがやったんだろ、それ」
 視線がおよぐ。ジェクトの、厳ついくせに目鼻立ちだけは整った顔立ちを、正面から見られない。正直ティーダは困惑していた。今日コスモス寮でバッツが言っていた台詞が胸の中でリフレインして、コチンと音を立てて心のいちばん底にぶつかった。
 いいなー。
 ……オヤジさん、いいなー。
『別に、ぜんっぜん良くないッスよ!』
 助けに来てくれたかと思うと大暴れに夢中で息子のことを忘れかけたり、ちょっと気になって帰ってやってみたりしたらでろんでろんに泥酔して玄関につっこんでたり。どちらかというと迷惑をかけられている量のほうがずっとずっと多い。その上ゴリゴリ頭つかみやがって。さっきから痛いっつうのに!
 が、逃げられないのも、逃げないのも、ティーダ本人だからどうしようもない。どうすればいいのかぜんぜん分からなかった。
「お前、そばで見るたら、オレ様に似ねぇなぁー」
「ああそ、良かったな。似たくなんかなかった」
「あいつに似てきたぜ」
「……」
「鼻の辺りとか。顎とか。目の辺りはオレ譲りだけどよ」
 何を言えというのか。そんな話をされて。
「お前はオレのもんだ」
「いつ、あんたのものになったっつーんだよ」
「うるせえ。オレのもんだから、護ってやるっつうんだよ」
 クソガキ、といつもみたいにからかわれるかと思った。が。
「ティーダ」
 名前を呼ばれる。
 顔が近い、とティーダは思った。酒臭い。うっとおしい。突き飛ばして逃げてやろうか。だが、それじゃいつもどおりだ。あれ、なんかいつもと違う。何が違うっていうんだ?
「ちょ……」
 何が『違う』のか、気付いた瞬間には、すでに手遅れだった。
 いきなり、口がなんかにふさがれた。酒臭い! 何をされたのか気付いたときにはもう手遅れだった。
 思いっきり、キスされていた。
 しかも、舌まで入れられた。
「むぐぐぐぐぐぐぐぐ!?」
 しまった、と思った瞬間、ざーっと全身から血の気が引いた。が、あまりに気付いたのが遅すぎた。体格差がはじめからあるのに加えて、うっかり懐に入った時点で完全に押さえ込まれていた。マウントポジションで押さえ込まれて身動きが取れない。頭の中が真っ白になった。おかげで、嫌になるほどたっぷりと、自分の父親とディープキスをさせられるはめになる。
 口移しで酒の味がした。
 なんか、焼酎っぽかった。
「ぎゃ――――!!!」
 ようやく開放された瞬間、ティーダは絶叫しながら父親を突き飛ばしていた。ジェクトはそのまま背後に転がる。が、まったく堪えた様子も無く、声を上げてげらげらと笑い出す。思わず両手で口元をおさえて真っ青になっているティーダを見て、涙までにじませて馬鹿笑いをする。
「な、な、な、な、何しやがるッこのクソオヤジ―――!!」
「あぁ? 何って、そりゃぁー、もらったに決まってるだろうがー」
「何が!? 何を!?」
「バレンタインプレゼント」
 日ごろの感謝を込めて、とジェクトはぬけぬけと言う。かと思うと、自分の発言にウケたのか、ひーひー言いながら笑い転げ始めた。
「って、おまえ、なんつー顔してんだよー! キスの経験もねえのかよ、お坊ちゃんよー?」
「……!!!」
「あー、可愛いなージェクトさんちの坊ちゃんはよー。いや、お嬢ちゃんかー? いいよなー、ゴルベーザの気持ちがわかっちまいそうで怖いね、こりゃあ!」
 頭の中、真っ白。
「こっ、こっ、こ、この」
 ティーダは、舌がまわるようになった第一声で、思わず、絶叫した。


「死ねェェェ、このクソオヤジィィィ!!!」




 ―――高級マンションの夜に、少年の絶叫が響き渡る。バレンタインデー前日。
 奇しくもこれが、『2月14日の惨劇』の火蓋をきって落とすものとなったのだった……





 






これはひどいバレンタインですね。
ちょっと遅れてしまって当日に遅刻してしまいました(´・ω・`)

作中で名前が出たりでなかったりしたキャラの説明を下に入れました。
興味のある方は反転でどうぞ。


 エドガー・ロニ・フィガロ《FF6》
生徒会長。モテ男子代表。非モテ男子すべてを敵に回すような発言でやっぱり下記の某男子の怒りをかった。生徒会派のリーダーとして絶好調で活躍。

 カイン・ハイウィンド《FF4》
キャーリューサーン ガリ セシルがブラコンになった結果がこれだよ! エドガーに遜色ないほどの美男子なのに何故かぜんぜんモテなかった恨みつらみでルサンチ一派のリーダーとして君臨。パワー全開で活躍中。

 ローザ《FF4》
幼馴染その2が愚行に走ったものの、幼馴染その1は兄への愛の告白で頭がいっぱいで止めてくれなかった。そのため反乱軍を設立。合言葉の《のばら》はじつは彼女のこと。女の子なのにバレンタインにロマンがなく、やけくそ気味で活躍中。

 ユウナ《FF10》
友だち以上恋人未満、ティーダの宝物的な女の子。清純派ゆえに2月14日の惨劇を正確に理解できてない。今後は友人たちに保護されて戦線離脱。たぶんそのほうがずっといい。