寸劇 【悪ノ物語】 必要なものは真っ赤なリボン、それにうつくしい大きな布。 あとは素敵な演奏者。 それに最高の役者が一人。それだけ。 仲間たちを座らせた前で、バッツがピアノの鍵盤の調子を確かめる。ジタンと二人であちらこちらを指差しながら最後の打ち合わせに余念のない様子。 元はどこの土地のパーツだったのかわからない場所だった…… 舞台らしき場所があり、一台のピアノがある。集まると言われたのに来るのが遅れたフリオニールは、それぞれ、面白そうな顔や不思議そうな顔、いろいろな表情で思い思いの場所に陣取った仲間たちを見つけて目をまたたいた。何をやってるんだろう? 「フリオニール、こっち、こっち」 「セシル。……何の騒ぎだ?」 「あれフリオ、聞いてなかったんッスか?」 それぞれ、床の上に行儀悪く足を投げ出して座っているティーダと、こちらはもう少しお行儀の良い様子で少し高くなった場所に腰掛けているセシル。呼ばれるままにフリオニールは二人の間に腰を下ろす。面食らって周りを見回す。みんないる。それぞれ、なんとも嬉しそうに二人の方を見つめているティナや、よく意味がわかっていないのだろう普段の顔で腰掛けたライト。残りの三人も思い思いの場所に陣取っていた。立っているのは向こう側のバッツとジタンの二人だけ。 「これから、ジタンがお芝居をしてくれるんだって」 「さっきオレ、『泣かすぞ!』って言われたッス」 「……えぇ?」 フリオニールは再び面食らう。ジタンの手には真っ赤なリボンが一枚。たぶんティナのものだろう…… ほどかれた亜麻色の髪がティナの肩の辺りでふわふわと房になっている。だが、ほかに舞台装置らしいものは何もない。だいたい、役者が誰もいないのに、どうやって芝居なんてやるのだろうか。 「一人芝居だってさ。ジタンの得意技らしい」 「そんなことまで出来るのか……」 「さすがに演奏者がいないと無理だったらしいけど、バッツがピアノなら弾けるって言うから」 フリオニールは、簡単とも疑問ともつかないうめき声を上げる。なんだか想像もつかなかった。ジタンとバッツ? その二人で芝居? 「芝居じゃなくって寸劇らしいけどね」 「でも、あんなリボン一枚で、なにが出来るんッスかね」 ティーダはしきりに首をひねっていた。なんだか納得の行かない顔だ。フリオニールはちょっと想像してみる…… ティーダに向かって、『泣かす!』と宣言するジタンの姿。 そりゃ本気だろな、とフリオニールは思った。 なにやら打ち合わせは終わったらしく、ジタンはバッツとぱちんと手を打ち合わせると、前へ出ようとする。と、何を思いついたのか、ぴょんと前に出てくると「フリオ、フリオ」とちょいちょいとこちらを招く。 「俺?」 「ちょっとそのマント貸して! ちょっとでいいから!」 「あ、ああ……」 困惑しながら、マントを止める銀のフィブラをはずし、ほどいたマントをジタンに手渡す。もともと長身のフリオニールでも、くるぶしのあたりまで届きそうなおおぶりなマントだ。当然ジタンではひきずってしまう長さになる。受け取ったジタンはくるくると器用にマントを腕に抱え込んだ。「ありがとな!」と目を細めて笑う。 ピアノの音が鳴り響く。テンポ良く奏でられるのは、どこか宮廷音楽調の軽やかなリズム。バッツはまるで鍵盤のように踊るように、楽しげに、そして、軽やかにキィを鳴らし始める。 それが、ジタンが舞台の中央に立つと、一度ストップ。ジタンは髪を結んだ紐をほどくと、代わりに真っ赤なリボンをカチューシャのように首の後ろからくるりと回す。こめかみの上あたりに結び目を作ると、まるでティアラをかぶっているかのよう。さらりと手を流して髪を払うと、うっとりするようなハニーブロンドが肩をすべった。 そして、ジタンは、まるで今しもマジックをはじめようとする手品師のように、マントを手に、片足をスッと引いて優雅な礼を取る…… 凛と響く一声と共に、寸劇は、始まった。 |