断罪、喝采、そして大団円。
フリオニールは何故だかひどく居心地の悪い気持ちになる。隣を見ると、どうやらセシルも同じ気持ちらしい。真ん中のティーダだけがわれを忘れたように夢中で拍手する。けれど、バッツがちらりとこちらに視線をくれた。同じモチーフを、違うフレーズで奏でながら、「まだ終わらないぜ?」と高らかに宣言する。
「え?」
確かに、舞台に目を移すと、ジタンはまだそこに崩れ落ちたままだ。ふと真剣な顔になり、バッツは、同じモチーフを繰り返しながら、がらりと違うメロディをかなではじめる。今度の曲はワルツではない。もっと、別のメロディだ。
ジタンがすっと立ち上がる。こちらに背中をむけたまま。くるりと翻った指が真っ赤なリボンを首に巻きつけ、同じ手が、かかとでふわりと回転した勢いのままに長いマントを肩に羽織る。腕がざっと髪を背中に流した。フリオニールは驚く。表情が、違う。
両足が地面をつよく踏んでまっすぐに立つ。まなざしがまるで違う温度を持っていた。すっと指が上がり、微笑み、空中で誰かと指を絡める。そしてエスコート。誰かの手をいとおしげに携え、一歩、二歩、と前に出る。「あっ」とセシルが声を上げたのが聞こえた。同じタイミングで気づいた。これは、はじめの方の寸劇の、『見えない半分』だ。
そこにいない誰か、物語の半分に向かって、ジタンは、いとおしむように微笑みかける。今度の表情は『少年』。そしてかかとがすっと引かれ、優雅な宮廷式の礼を取る。だが今度身にまとっているものは優雅なドレスではない。マントを羽織り、タイを締めた、少年従者の姿だ。
そしてジタンは、ふたたび、歌いだした―――
「君は王女 僕は召使
運命分かつ 哀れな双子
君を守る その為ならば
僕は悪にだってなってやる」
凛、と歌い上げると同時に、ステップが踏み出された。まるでそこに誰かがいるかのように、はっきりと差し出された指、足の運び、そしてまなざし。一人芝居にもかかわらず、確かにそこに、『もう一人』の姿が描き出される。
そして、再び、舞踏が始まる。
今度は明確に宙に差し出された指が、誰かをエスコートしていた。そうか、とフリオニールは悟った。これは、前半部分のワルツのパートナーだ。この物語は二つのパーツで構成されていたんだ。そしてこれは物語の、隠されたもうひとつの側面。
「期待の中僕らは生まれた
祝福するは教会の鐘
大人たちの勝手な都合で
僕らの未来は二つに裂けた」
「たとえ世界の全てが
君の敵になろうとも
僕が君を守るから
君はそこで笑っていて」
引き離された二つの心。切なげに伸ばされた指先が、けれど、宙にもう片割れの手を掴むことなく、胸の前でぎゅっと握り締められる。ためらいは一瞬。決意は永遠。そしてジタンは、少年は、今度は決然と一人きりのステップを歩み始める。
片手に携えたものは剣。哀しく宙にのばされたまま、引き離された片割れを恋うる指。けれど少年はためらわない。命じられるままに、想う心のままに、躍り始める。もうひとつの物語。宮殿の高みに閉じ込められ、何一つとして知ることを赦されない少女のための、罪と痛みを刻むための舞踏。
「隣の国へ出かけたときに
街で見かけた緑のあの娘
その優しげな声と笑顔に
一目で僕は恋に落ちました 」
一瞬の迷い。ためらい。彼は、玉座に縛り付けられた無知な人形ではない。ただ微笑むだけの人の手を取り、幸福を求めることだって出来た。それでも彼は、片割れを捨てることはできない。苦しげにふりあげられた手が、腰に携えた剣から鞘を払った。ティーダが引きつるように息を呑む。
「だけど王女があの娘のこと
消してほしいと願うなら
僕はそれに応えよう
どうして?涙が止まらない 」
顔を覆う一瞬。そして微笑む一瞬。彼が背負うものは、知ることの重荷だ。
「君は王女 僕は召使
運命分かつ 狂おしき双子
「今日のおやつはブリオッシュだよ」
君は笑う 無邪気に笑う」
無知なまま無垢なまま、罪にまみれていくもの。そしてすべてを知りすべてを選ぶ力を持ちながら、自らの意思で返り血にまみれていくもの。ジタンはほんのワンフレーズの中に、そのすべてを表現しきってみせる。歌い、そして、踊る。もはや止めることのできない、大きな歴史に翻弄されるままの物語。
「もうすぐこの国は終わるだろう
怒れる国民たちの手で
これが報いだというのならば
僕はあえて それに逆らおう」
ふわりと微笑み、そしてジタンは肩からマントをすべり落とした。そこから先は、目を疑うほどに鮮やかな逆転劇。同じリズムを保ったままに、ステップが、違うものへと取って代わられる。少年から少女へ。召使から王女へ。
「ほら僕の服を貸してあげる」
「これを着てすぐお逃げなさい」
「大丈夫僕らは双子だよ」
「きっとだれにもわからないさ」
青い布を、ドレスのように、まとう。
だが、赤いリボンのタイが、そこに残ったものが"少女"ではないということを明確に示していた。マイム。片割れの頬をいとおしげに撫でて、そして次の瞬間――― 突き放す。
「僕は王女 君は逃亡者
運命分かつ 悲しき双子
君を悪だというのならば
僕だって同じ 血が流れてる」
無知が罪だというのなら、知りながら血にまみれることもまた。
青いドレスをまとったまま、"少年"は完璧に"王女"へと成り代わってみせる。片手が優雅にドレスの裾をもちあげただけで、闊達な少年であったはずのジタンが、高貴で無垢な少女へと一瞬に成り代わる。だが、歌い続ける声は確かに少年のものだった。どこか誇らかに、どこか凛然として、ジタンは少年の声で歌い、少女のステップを舞う。
「むかしむかしあるところに
悪逆非道の王国の
頂点に君臨してた
とても可愛い僕のきょうだい」
クライマックス。ピアノを奏でながら、バッツが、声を重ねた。語り部の物語に、真実の歌が重なる。二つの歌のシンクロに、フリオニールは、背中が総毛立つような感覚を覚えた。二つの物語がその瞬間、交差する。血にまみれた大団円の、隠された、本当の姿。
まるで舞踏会の中心へと赴くように、優雅にドレスの裾をかかげ、少女/少年は、処刑台への階段を上る。そこにはもはや、ためらいはない。彼/彼女は選んだのだ。それぞれに己の罪に殉じる道を。
たとえ世界の全てが
(ついにその時はやってきて)
君の敵になろうとも
(終わりを告げる鐘が鳴る)
僕が君を守るから
(民衆などには目もくれず)
君はどこかで笑っていて
(君は私の口癖を言う)
その瞬間、指が伸ばされ、首に触れ―――
「あら、おやつの時間だわ」
―――血の色のリボンが、ふわりと、地面に落ちた。
「君は王女 僕は召使
運命分かつ 哀れな双子
君を守る その為ならば
僕は悪にだってなってやる」
青いドレスがふわりと解ける。その内側から、少年の姿があらわれる。最後に彼は、彼に戻る。切なげに投げかけられた視線が、遠くへと逃げ延びた少女の姿を作る。腕を伸ばそうとして、途中で、指を握り締め、こらえる。少女はそして物語の外へ。おそらくは偽りを持たぬ代わりに、苦難と悲しみに満ちた、生きるための道へと。
最後にジタンは歌った。肩にかけたマントが、彼を、少年の姿へと戻す。時計の針を逆に回し、二人が寄り添ったままに生きていたころへ。最後の言葉は、メッセージ。この世にまたとなく愛した、最愛のきょうだいに対する最後の言葉。
「もしも生まれ変われるならば
その時はまた遊んでね」
そして、肩からすべりおとしたマントを腕に抱き、片足をスッと引いて、深く、礼。
終演を示してピアノがメインフレーズを最後に一度だけ繰り返して、そして、
―――これにて、終演。
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