「やー、これ、オレの十八番だったんだ。声がこれで、見た目がコレだろ? で、一人で演じきるには男女どっちもできないといけないから、劇団でもオレ以外にまともに演じきれるやつがいなかったの」
「それにしたって、すごいよ。中盤あたりほんとに驚いた。だって、一人で一度に『王女』と『召使』をやっていたよね?」
「うん、そのあたりの入れ替わりがこの寸劇の見せ場だからさ。ちゃんとどっちがどっちなのかを演じ分けないと意味わかんなくなるだろ。いやぁ、嬉しいねー。びっくりしてもらえたみたいでさー」
 さすがに、一度に全部を演じきると、それなりに体力を使うらしい。少し紅潮させた頬のままで、ジタンは満足げな顔で紐を手に取る。解いていた髪をいつものようにひとつに結わえなおす。ピアノのふたを閉じたバッツも、さも嬉しそうな顔で、こちらへと戻ってきた。
「よう、バッツ。最高!」
「こっちこそ。千両役者!」
 ぱちん! 二人は手を打ち合わせて、それから、顔を見合わせて嬉しそうに笑いあう。なるほど、この二人が息をぴったりあわせているから、こんな芸当ができたということか、とセシルは得心が行く。
「途中で、ちょっとフリオニールの真似が入ったよね?」
「あ、分かってもらえたか! あそこの"女戦士"って普通は別のてきとうなふりを入れるんだけど、なんか、曲について説明してたら、バッツがそこフリオニールの真似したらいいんじゃないかって」
「だって、民衆を率いて云々〜って、なんだかフリオニールっぽいだろ」
「だね。効果抜群だよ」
 にこにことセシルに言われて、ジタンは、ちょっと困ったような顔になる。「えーと」と後ろを振り返った。
 ―――肝心のフリオニールの反応がない。
 壁にむかってうずくまって、なんだか、ひたすら何かをこらえているような格好になっている。おかげでマントが返せない。肩が小刻みに震えていた。「話しかけないであげてね」とセシルがささやく。
「男の意地ってものがあるんだから。人前でわんわん泣ける歳じゃないんだよ、フリオニールも」
「……ティーダとティナは?」
「あっちはいいの。そういう歳だから」
 二人はちょっと離れた場所で、それぞれオニオンとクラウドの保護者組を突き合わせて号泣コースに突入している。声をかけるのも野暮だろう。
 ふと、足音が近づいてくる。普段の5割り増し仏頂面のスコールだった。「どうだった?」とバッツはごく気楽に声をかける。スコールはあいまいに目線をそらす。
「……最近、二人だけで何をこそこそしているのかと思ったら」
「あはは。だってさ、どうせだったらスコールも驚かせようと思ったんだよ。どうだった? おれの腕前」
「バッツもかなりイケてたと思うんだけど。どうよ」
 スコールは、返事をしなかった。なんだかあいまいに視線が宙をさまよっている。バッツが丸い目をまたたき、顔をのぞきこむようにする。「やめろ」とスコールはぐいと手で押しのける。
「あう」
「なんだよー。あっ、さては泣いてたな、お前?」
「……泣いてない」
 意地を張るような反応で、逆に答えが丸分かりだ。顔をぎゅうと手で押しのけられたままのバッツが「おお、撃墜追加!」と嬉しそうに言う。スコールはむきになったような口調で言う。
「撃墜って、何だ」
「いやあ、ジタンと話してたの。何人泣くかなって」
 スコールは予想してなかったな、とバッツは屈託なく笑う。スコールの顔が真っ赤になる。こちらは、楽しそうだなあ。と、セシルが思わずほのぼのした気持ちになっていると、重たい足音が聞こえてくる。ジタンは顔をあげる。ライトだ。
「おっ、リーダー。どうだった、オレの寸劇?」
「すばらしかった」
「……ストレートだね。照れちまうな、なんか」
 ジタンは頬を指でかりかりと掻く。だがライトの表情には素直な感嘆の色がある。彼は本心から思ったことしか口にしないから、とセシルは思う。やっぱり、相当ジタンの演技に引き込まれたんだろう。彼がこの物語にどういう感想を持つかは、さすがのセシルにもはかりかねたけれど。
「君が役者だというのは本当だったのだな…… 他にも、こういったものを知っているのか」
「ん? まぁね、レパートリーはいくつかあるよ。こいつが一番人気だったけど」
「幸福な物語も、あるのか?」
 ジタンは、「えっ?」と聞き返す。ライトは少し顔をしかめた。なんだかひどく意外な表情。まだスコールとじゃれていたジタンも手を止める。
「たしかにすばらしい演技だった。だがこの物語は、少し、哀しすぎる」
 だから、とライトは言った。
「もっと幸福な物語があるのだったら、いつか見せてもらいたいものだな、と思っただけだ」
 思わず、ジタンとバッツだけでなく、セシルも、スコールも、顔を見合わせた。
 けれど、やっぱり最後に最高に嬉しそうな顔を浮かべたのは、ジタンで。
「……そう言ってもらうと、役者冥利に尽きるってもんだ」
 そうして顔一杯に浮かべた笑顔は、誇らしげで、満足げ。つと、ぴょん、と地面を踏んだジタンは、くるりと宙返りをして背後に跳ぶ。すると、そこはもう舞台の上だ。ジタンは最高の笑顔で両手を広げる。
「なんでもいいぜ。なんでも見せてやるよ。悲劇、喜劇、大恋愛、大団円、なんだって!」
「おお、でっかく出たなぁ」
 ヒュウ、とバッツが口笛を吹く。ジタンはぱちりとウインクをして返す。
「だってさ、それが舞台ってもんだろ。ショウほど素敵な商売はない、ってね!」


 

 fin




悪ノP作曲の鏡音姉弟屈指の名作、【悪ノ娘】と【悪ノ召使】。
なんかジタンだったら役者さんだし、一人芝居の寸劇でやれそうだよねーという話があったので、実際に書いてみました。
でもジタンの見た目だったら普通に王女も召使もやれちゃいそうなのがすごいなー。