【GXメールゲーム!】
TUAN-2 純・粋・推・理!



 《今回の行動宣言》
 遊城十代 《3:フリーアクション》 
 ヨハン・アンデルセン 《0:未宣言》
 万丈目準 《3:フリーアクション》 
 エド・フェニックス 《2:特技使用》 
 天上院吹雪 《3:フリーアクション》 
 丸藤翔 《2:デュエル》 *ヨハンに対してデュエルを宣言する
 ティラノ剣山 《3:フリーアクション》



 1.機関室 《万丈目・エド》

「なんで貴様が付いてくるんだ」
「それは僕の科白だ」
《ちょっとォ〜、アニキもエドのダンナも、余計なケンカをしてるばあいじゃないわよォ〜》
「やかましい! 貴様のようなクズにあれこれいわれる筋合いはないわ!」
 ぎゃあぎゃあとおじゃまイエローと言い合っている万丈目を見て、エドは、いかにも小ばかにしたようにフンと鼻を鳴らす。それを見た万丈目がさらに額に青筋を立てた。そのあいだでイエローはおろおろとお互いの間を見比べるが、しかし、弱小モンスターとてんから万丈目に思われている時点で、彼の発言が採用してもらえる余地はほとんどないのだ。損な立ち回り… と思うようなまっとうな意味での悲観性は、しかし、彼には存在していなかった。
《でも、ホントに薄暗くて気持ち悪いわねェ、アニキ》
「そうだな… ここから先は真っ暗か」
 それでも人の往来があったあたりは非常灯がついていて足元が照らされていたが、機関室などの裏方に回った瞬間、灯りはさらに少なくなってしまう。打ちっ放しのコンクリートはどことなく湿っぽく、また、あたりが暗くて気味が悪い。
 近くの非常用設備からもぎ取ってきた懐中電灯のあかりをつけると、地下へと続く急な階段に、ぼんやりと光の輪がおちた。ふたりの姿がうすぼんやりと闇に浮かぶ。黒髪に黒尽くめで闇にまぎれてしまう万丈目にくらべ、銀髪に銀のスーツ姿のエドは薄闇の中でもよく目立った。じいっ、となにやら熱い視線を向けるおじゃまイエローに、エドは、アイスブルーの眼で、いぶかしげな一瞥をくべる。
「……なんだ、低レベルモンスター」
《いやん… 薄暗いところで見ると美人がさらに美人に見えるっていうけど、エドのダンナ、ますます美少年に見えるわァ…》
 ふたりも美形がいてオイラ幸せ、といいかけたところで、万丈目が真っ赤になり、空中でひっつかんだおじゃまイエローをポケットにぐいとつっこんだ。エドは道端の野良犬でもみるような目で万丈目を一瞥すると、冷たい口調で言う。
「モンスターを見れば、決闘者の格も知れるな」
「なんだとっ?」
「ただの独り言だ。いいから、先に行け。灯りを持っているのはお前だろう」
 キャアキャアと騒いでいるポケットを手でおさえながら、万丈目は、ムカムカする気持ちを抑え、先に階段を下っていく。エドがうしろから付いてくる。金属製のドアが軋みながら閉まり、狭い階段は、懐中電灯の明かりのほかは真っ暗になった。
 ……まったく、なんでこのオレ様が、こんなイヤミなやつと同行しないとならない!?
 なんの理由があるわけでもない、ただの偶然である。というよりも、発想の方向が似ていたというべきか。施設全体が停電しているということ、さらに、剣山が錯乱してあばれだした原因は電磁波だったのではないか、ということに思い当たったとき、同時に、《機関室を調べよう》と発言したのが、万丈目とエドのふたりだったのだ。
 このまま電気が停止した状態だと不具合も多いだろう、とエドがいい、強力な電磁波を発生させるようなものがどこかにしかけられているのかもしれない、といったのが万丈目だった。そう思い当たったあたり、ふたりの発想はよく似ている。だが、問題としては。
「だが万丈目、お前が機関室に行って、いったい何をするつもりだ?」
 後ろから階段を下りながら、エドが、ごくあたりまえのような口調で言う。ぐっ、と万丈目は黙り込んだ。
「機械の操作に、心得でもあるのか」
「……貴様はどうなんだっ」
「僕は博士号を取るために理工学関係のカレッジに在籍していたことがある。専門じゃあないが、どんな種類の故障があるのかくらいは分かるはずだ」
 淡々とした口調がまたイヤミだ。万丈目はギリギリと奥歯を咬み、階段を下りる足を早くした。このイヤミ極まりない年下からちょっとでも距離をとりたい気分。
 あんなにバンバン叩いてやったにもかかわらずめげないおじゃまイエローが、コートのポケットから這い出してきて、万丈目の肩の辺りにしがみつく。《そんなにカリカリしたってしかたないよォ、アニキィ》と慰めるようなことを言った。
《だって、相手は世界に名だたる天才少年でしょ〜? アニキにだって別のいいとこいっぱいあるんだから、そんなところで張り合ったって、体力のムダよォ》
「わかっているッ!!」
 エドは、いろんな意味で《特別製》なのだ。その出自だの能力だのその他もろもろに置いて。同じような意味で《特別製》な存在といえば十代もいるが、そっちのほうにはすでに一年も前に正面から対抗する気持ちは捨てている万丈目だったが(だいたい十代は、デュエル以外に置いては、万丈目よりも劣っているところが山ほどあった)、付き合いの浅いエド相手である、そんな諦めの境地にたどりつけるはずがない。他の誰かに言われたとおり、万丈目は「天よりも高い意地っ張り」なのだから。
 そうこうしているうちに、目の前に金属製のドアがあらわれる。機関室だ。万丈目は肩のところに懐中電灯をはさんでおいて、ポケットからデッキを取り出した。扇のように広げて、そのうちの一枚を選び出す。
「おい、『罠はずしのクリフ』!」
 ぱぁっ、と光が生じる。おそらくは、と思っていたが予想通りのようだ。ソリッドビジョンの発動に似た光と共に現れたやせた男は、とん、と床に降り立つと、「なんだい、万丈目のダンナ」と親しげに答えた。
 後ろのエドが、少し眼を丸くしている。ふふん、と得意げに鼻を鳴らすと、「そこをあけろ」と万丈目はクリフに命じた。
「罠でもなんでもないただの鍵だ。開けられるだろうな」
「単純な仕事だなあ。『開けられるか』なんて、失礼なことを聞くダンナだよ」
 ドアに向かい合ったかとおもうと、ほんの数十秒。カチリ、と音がして鍵が開いた。振り返ったクリフは万丈目、それに、その後ろのエドをみて、おっかなそうに肩をすくめる。
「おいダンナ、そんなおっかないお兄さんがいるときに、そうそうオレを呼ばないでくれよ? いくつ命があったって足りゃしない」
「なんの話だ?」
 眉を寄せる万丈目。クリフは肩をすくめて苦笑し、そして、消えた。エドはぶっきらぼうに「開いたんだろう」と言う。
「さっさと中に入るぞ。音がしない…… おそらく、機関室の中のほとんどが止まっているんだ」
「あ、ああ……」
 機関室に入ると、すぐに、何かの焦げたような臭いが鼻に付いた。非常用のバッテリーは動いているらしく、部屋の中全体がオレンジ色に照らし出されている。いくつものスイッチやメーターの付いた機械が壁際に並び、さらに奥の部屋へと続くドアもある。万丈目がどこを見たらいいのかわからずにためらっているうちに、エドはさっさと奥へと入っていき、銀灰色のジャケットを脱ぎ、袖をまくる。
『おっかないお兄さんだって?』
 エドのことではあるまい。見た目だけでいうなら、エドはどちらかというとその反対だ。そういえば、精霊が実体化するような事態が発生しているにもかかわらず、エドの傍には誰の姿も無い… とふいに万丈目は気付く。
 あちこちのスイッチを手早く操作し、メーターを確認し、さらに、「おい」と万丈目に横柄に声をかける。「あ、ああ」と万丈目は我に返る。
「ドライバーか何か無いか。ここの中が見たい」
「自分で探せばいいだろう!」
「僕は機械の確認で手一杯なんだ」
 お前は他に何も出来ないだろう、とエドが言う。いちいちムカつく野郎だ! だが、万丈目は言われたとおりに部屋の隅に置かれていたボックスを探った。金属製の箱の中にはドライバーやニッパーなどの工具が一式そろっている。手渡して後ろから手元を覗き込むと、エドは、真剣な顔で配電盤を覗き込んでいた。やはり、グリースの焦げたような嫌な臭いがする。しばらくあれこれと細工をしていたようだが、やがてエドはため息をついて、配電盤の蓋を閉じる。
「ダメだ…… 完全に焼きついてしまっている。非常電源は確保できるが、全館の電源を復帰するには、ちゃんとしたパーツが必要だ」
「焼きついている? 誰の仕業だ」
 顔をしかめる万丈目に、「知るか」とエドは投げやりに答えた。そして、やや真面目な口調になって続ける。
「おい、万丈目。なにかおかしな装置でも仕掛けられていないか探したほうがいい」
「お前が命令するな! オレも元からそのつもりだと言ったはずだ!!」
「うるさいやつだな。…僕一人じゃ限界があるんだ。僕のヒーローたちはそういうことに向かない」
 万丈目ははっとしてエドのほうを見る。エドは無感情を装っていたが、アイスブルーの目には、わずかに悔しそうな色があった。
「お前のデッキには、雑魚だが小器用なモンスターどもがひしめいていると聞いたことがある。つかえるものは使ったほうがいいだろう」
 万丈目は、あわてて再びデッキを取り出す。何枚ものモンスターを選び出して、次々と名前を呼んだ。とたんに人気の無かった機関室がやかましくなる。羽がはえたの、動物そっくりなの、人間みたいな姿なの、さまざまな種類のモンスターが機関室にひしめきあう。
「おい、お前ら! 何か不自然な機械とか、壊した痕とかがあったら、オレに教えろ。ただし絶対に触るなよ! 現場保存が基本だ!!」
《まさかアンタがそれを言うとはなぁ》
 ザルークがぼやく。そして、「うるさい!」と怒鳴り返す万丈目を見て、その側でやや驚いている様子のエドを見る。大きな歯を見せてにやりと笑った。そして、小モンスターどもに大声で命令を下すと、みんなでわいわいと機関室の中を調べ出す。
 これだけの人数がひしめきあっていると、まともに歩き回ることも出来ない。万丈目はどっかりと床に座り込む。そして、側でなおもあちこちの配線を見ているエドのほうを見上げた。
「おい、エド・フェニックス」
「フルネームで呼ぶ必要はないだろう」
「わかったよ、なら、エド! どうしてお前には精霊がいない? お前の精霊どもはどこにいるんだ」
 エドは、無感情に答えた。
「傍にいる。僕のヒーローたちは、いつでも僕と一緒だ」
「なら、呼び出せばいいだろうが」
「ヒーローたちの仕事は戦うことであって、雑用をすることじゃない」
 それで自分がこんな雑多な仕事に忙殺されているんだったら意味が無い。あきれかえる万丈目に、エドは、妙に子どもじみて突っ張った口調で、「子どもの遊びとは違うんだ」と言った。
「僕はプロだ。無駄なことにカードを使うわけには行かない」
 子どもって…… オレより年下じゃないか。だが、ふたたび配電盤に向かい合うエドの、ムキになったような横顔を見ていて、あらためて彼が自分よりも年少なのだ、ということを思い出した。
 自分より一つ年下で、剣山と同い年。だが、エドには血の繋がった家族もいなければ、身寄りとも言えた斎王もDDも、それぞれ、エドのことを手ひどく裏切るような形で彼の元を去っている。たった15歳の少年が、天涯孤独のひとりぼっち。
「おい、エド……」
 いいかけた、瞬間だった。
 バチィ!
「ッ!?」
「!!」
 スパーク。青白い火花が中空に爆ぜ、オゾン臭が空気に散らばった。万丈目はとっさに、弾き飛ばされたエドの後ろに滑り込んでいた。ふたりの少年は、重なり合うようにしてコンクリートの床に倒れる。
「ッ……!!」
「お、おい、大丈夫か!?」
 この騒ぎにびっくりしたのか、レベルの低いモンスターたちは掻き消えてしまっていた。万丈目はあわててエドの肩を抱き起こす。手を押さえたまま、エドは、「たいしたことじゃない」と呻く。
 その手を見て、万丈目はぎょっとする。華奢な手にひどい火傷が出来ていた。配電盤を見ると、いまだに細かな火花が飛び散っていた。融けてしまったエナメルの皮膜。呆然としている万丈目の後ろから、憮然とした声がした。
『おい、ダンナ。俺たちは失敬させてもらうぜ。いくらなんでも、こりゃ、俺たちには危なすぎる』
「ザルーグか…? 何がおこったんだ!」
『でっかい雷が落ちやがった。あきらかに、"こっちを狙って"いやがったぜ。とんでもねえ威力だ。一撃喰らっただけで、俺たち程度じゃ、真っ黒焦げになっちまうよ』
 "こっちを狙って"だと?
 だが、驚いた万丈目が何かを言うよりも先に、姿のみならず、声までが消えうせてしまう。これ以上は呼び出してもムダだろう。だが、ザルーグのいい様でようやく理解する。万丈目は思わず頭上を見上げた。
「そうか…… 落雷のせいで停電したのか!」
 さっきから、何度も何度も雷が落ちていた。この建物にも避雷針くらいは設置されているだろうが、ここまで落雷が直撃し続ければ、機械の一つや二つはいかれても仕方が無いだろう。万丈目の腕の中で、エドが、つぶやく。
「落雷か。電磁波の理由も分かったな」
「どういうことだ?」
「巨大な電流が発生すれば、電磁波も発生する。お前だって実験を見たことくらいあるだろう」
 万丈目は思い出す。小学校だったか中学校だったか、電気を流した電線の周りに、ばらまかされた砂鉄が渦のような模様を作る。雷が落ちるとき、テレビの画像が乱れたり、携帯電話が繋がりにくくなったりする、ということを万丈目は思い出した。
「だが…… それにしたって、たかが雷程度で、剣山が暴れ出すほどの電磁波は発生しないだろう!」
「それを言うんだったら、こんな一つところに集中して雷が落ちること自体が異常なんだ。それに、落雷だけじゃ持続的な電磁波は発生しない」
 嫌な予感。万丈目は思わず、天井を見上げる。無論、空など見えるはずも無いのだが、万丈目は建物の上にわだかまっていた巨大な雷雲を思い出した。
「じゃあ、この建物の上に、いままでの落雷以上の規模の電気が集まってるってことか!?」
「詳しいことは調べないと分からないがな。もしかしたら純粋な意味での《電気》ではなく、《エネルギー》のようなものかもしれない。どっちにしろ、あきらかに誰かが『人為的』にこの嵐を作っているってことだろう。……ッ!!」
「お、おい、大丈夫か!?」
 立ち上がろうとして、膝が崩れる。万丈目はあわててエドの腕をひっぱり、無理やり床に座らせた。感電したせいで身体が痺れているのだ。無理やり戻ろうとしようものなら、階段から転がり落ちかねない。
「離せ!」
 エドは、もつれる舌で喚く。
「やかましい! 真っ直ぐ立てるようになるまでじっとしていろ!」
 万丈目は負けじと怒鳴り返す。
「オレにお前が担げるとでもおもうのか」
 ふたり一緒に階段を転げ落ちたいんだったら話は別だがな! そういわれて、エドは、びっくりしたように万丈目の顔を見上げる。子どもめいた表情だった。万丈目は少しばかりの満足を感じる。
「急いてはことを仕損じる。日本の格言だ。憶えておけ」
 偉そうに言い放つ。エドはしばらく黙っていたが、やがて眼をそらして、「勝手にしろ」とつぶやいた。


 ―――万丈目には見えない背後の暗闇の中で、一つの影がひっそりとつぶやく。ソロモン王の呼び出した地獄の公爵のような姿をした、精霊の騎士。
《主、望まれるのなら、何処へともお連れ致そうに》
 かまわない、Bloo-D。エドは、心の中だけで答える。
 万丈目の飼っている弱小モンスターどもを、無駄に怖がらせる必要も無いだろう。お前はまだ姿を隠していろ。必要になればすぐに呼ぶ。
《御意》
 答え、すぐに、気配は再び闇へと消えた。だが、なんだかその声が少し笑っていたような気がした。エドは憮然と眼を閉じた。



TUAN−2 《その2》

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