【GXメールゲーム!】
TUAN-2 純・粋・推・理!



 2:旧食堂


 ワニという生き物は、見た目よりもずっと俊敏だ。そして愛情深く、頭もいい。ペットならぬ家族にするには、犬の次くらいにいいかもしれない、と剣山は思った。ただし、ナイフを並べたみたいなでっかい口が恐ろしくなく、体重100kgを越える巨体を常時おんぶしつづけることができれば、の話である。
「……ンなことわかったって、どうしようもないドン!!」
 そんなことの出来る人間は、剣山の知る限り、ジム・C・クックたったひとりである。カレンは走り続けるのに疲れたらしく、ぜいぜいしながら床を這っていた。泥も雨水も床にこすれて乾いてしまった。それでも彼女は忠義深く廊下を進む。剣山はためいきをつくとカレンに並んだ。がう? と顔を上げた彼女に、「ジムのとこに行きたいザウルス?」と問いかけた。
「ぐわぉ」
「うー、オレはワニ語はわかんないドン! でも、オレも(たぶん)おんなじ気持ちザウルス。ジムの様子を見に行かないと、ドン」
 カレンがこうやって一人(一匹?)でいるというからには、ジムに何事かあったのだ。自分もさきほど何かわけのわからない理由で雨の中に飛び出していた。尋常ではない事態が起こっているのは、まず、間違いない。
 しかし、はあはあ言っている横にしゃがみこんで頭を背中を撫でてやりながら、「ジムはどっちザウルス……」と剣山は頭を抱えることになる。
 この温泉施設に来て、風呂上りにゲームを遊んでいたから、そのあとに別の面子がどこで何をしていたのかさっぱり分からない。そうやって剣山がうーうー呻いていたとき、ふいに、向こうの角から、大きな声が聞こえてきた。
「あ、剣山! やっと見つけたぜ!!」
 クリアな響きのあるアルト。顔を上げた剣山は、階段の上から、足取りも軽くヨハンが降りてくるのを見つける。何がなんだかわからないでいるうちに、なんだかえらく真剣な勢いで駆け寄ってきたヨハンは、「すぐ来い、今来い、すぐに来い!」とまくしたてる。
「な、な、何ザウルス!?」
「お前ら、他のみんながいないかどうか、探してるんだろ? オレも剣山を探して来いっていわれたんだ。だから、さっきから、みんなでお前のこと探してたんだよ」
 あとカレンのことも、とヨハンは言う。みんな? みんなって誰だ。剣山が混乱していると、後ろの角から、のっそりと巨大なトラが顔を出す。剣山は「ぎゃっ」と思わず悲鳴を上げた。
《ああ、見つかったのか、ヨハン》
「うん! これで食堂に戻れるぜ。すぐ戻ろう。今戻ろう」
《いいから落ち着けよ! オレが案内してやるから、後ろから付いてくるんだ。いいか、近道っぽい道を見つけても絶対に曲がるな。見覚えの無いドアは開けるな。あとエレベーターは停電してるから絶対に中に入るな。閉じ込められるからな》
「わかってるって、トパーズ・タイガー!」
 こっちは、何がなんだかわからない。
 眼を白黒させている剣山をみて、その側のカレンを見る。ヨハンは腰にくくりつけていた何かをひっぱりだす。革細工の何かベルトのようなもの…… と思うと、それは頑丈そうな皮製のおんぶ紐だ。ジムがつかっているやつだ、と剣山はすぐに気付く。ヨハンはカレンの前にしゃがみこみ、ものすごく真剣な顔をして、「いいか、ちょっとだけだから、オレの背中に乗ってくれ」と説得をしている。
「がぉう!」
「ジムじゃないのが不満だってのは分かるけどさ、そっちのほうが絶対に速い! ほんとに速いから! ちょっと我慢するだけでいいから!」
 ワニと真剣に会話をしているヨハンに、剣山はただただ呆然とする。と、のっそりと側にやってきたトラに肝を潰しかけるが、そのトパーズ色の眼になにやら同情じみた表情が浮かんでいるのを見て、ようやく冷静さを取り戻した。
「あ…… え、えーと、ヨハンの宝玉獣ザウルス?」
《ああ、トパーズ・タイガーだ。お前さんと話すのは初めてだったか》
「何があったドン?」
《ヨハンがな、言われてるのさ。とりあえず全員をひとところに集めたい、こういう状況でみんなが分散してるのは危険だって》
 誰に言われれば、ヨハンがあんな切迫した感じになるのか。そんな風に思って頭の中を疑問符でいっぱいにする剣山をちらりとみて、タイガーは、はあ、とため息をつく。
《……言った相手は、あの、眼鏡をかけたちっちゃい坊ちゃんだ》
「え、丸藤センパイドン? でも、なんでヨハンが丸藤センパイの言うことを聞いてるザウルス」
《デュエルで負けた》
 なるほど。
 なにやら話し合いに決着がついたのか、ヨハンはカレンの身体におんぶ紐をかけて、「うおおおっ」という気合と共に立ち上がる。そうとう重いだろうに大丈夫なんだろうか? だが、《お、おいヨハン、大丈夫か!》とタイガーが言った瞬間、弾き返すように、「大丈夫だっ」という返事が返ってくる。
「おい、戻ってさっさと翔と再戦するぜ、トパーズ・タイガー! このままじゃ納得いかねー!!」
 カレンの尻尾をなかば地面にひきずりながら、ヨハンは、駆け足で階段を駆け上っていく。《お、おい待て!》とあわててタイガーが追いかける。剣山もようやく我に返り、「待ってくれドン!」とその後を追った。そして、一人と二匹の後を走りながら思わず情けない気分になる。
 ……でもいいのか、こんな緊張感のないことで?
 

 
 剣山の心配は無用だった。
 ヨハンがワニを背負って全速力で疾走し、その後を慌ててトラと剣山が追っていた頃、旧食堂にたったひとりで残された翔は、ひざを抱えたまま、緊張感にまみれていた。
 その足元で、ゆったりと、クロームの輝きを帯びた巨体がのたくる…… ほんの一瞬の幻影である。だが、翔の耳には、落ち着き払った声が聞こえる。
《そんなに怯える必要は無いだろう、マスター》
「わかってるけど…… それに、ボク、あなたのマスターじゃないっす」
《今は私はあなたのデッキにいる。ならば、あなたが私のマスターだ》
 だが、望むのなら他の呼び方をしよう、と声は答えた。その冷静さ、知的さがどことなく兄を思い出させて、ますます翔は落ち着かない。ゆっくりともたげられて翔を見る目は強化ガラスの色だった。満足げな声は、その体の色と同じように、希鋼の硬質なきらめきをまとっている。
《あなたは私を使い、そして、決闘で勝利を収めた。ならばあなたは私の主に相応しい。そのようには思われぬのか?》
「ううっ…… 《アナタ》ってのもイヤっす。翔、って呼び捨てにしてくれて十分っすから!」
《……わかった、翔》
 声色はなんとはなしに不服そうだ。仕方が無いだろう。彼の名は、サイバードラゴン。機械族の中においてドラゴンの名を名乗る、誇り高き精霊なのだから。
(なんで、こんなになつかれちゃってるんだよおお。この人はお兄さんの精霊なのに!)
 理由は簡単だ、彼を使って決闘に勝ったから。しかも相手は十分に練達した才能ある決闘者であった、とあって、今のサイバードラゴンはえたくご満悦だ。激闘と勝利を何よりも好む。サイバードラゴンが、サイバー流の象徴とも言われるドラゴンと言われる所以のところである。
 いや、翔のデッキはもとから機械族主体だから、実際に"彼"がいたところで、根本からデッキ構成を変えないといけないというわけでもないのだが……

 《決闘》 翔:8 ヨハン:3 
  結果:丸藤翔の勝利!

 なにやら廊下から、どたどたどた、と足音が聞こえてくる。翔はぎょっとして顔を上げる。パァン、とドアが開け放たれると、そこに、なぜだかカレンを背負ったヨハンがいた。
 体力にも運動能力にも自信のあるヨハンでも、さすがにカレンを背負って全力疾走するのは大変だったらしい。ぜーはーと肩で息をしながら食堂に入ってきて、「つ、つれてきた……」というなり、ばったりと前に倒れこむ。
 そこまで全速力で探さなくてもよかったのに! 翔はあわててヨハンに駆け寄ると、皮のベルトの金具を外し、カレンを背中から下ろしてやる。這い出したカレンは隣の部屋に続くドアのほうへと走っていく。またドアを壊されては大変なので、翔はあわててドアのほうもあけてやった。
 カレンがジムの部屋にはいっていったあたりで、ドアのほうから、ようやく残りの連中が入ってくる。
「お疲れ様ドン、丸藤センパイ」
「あ、剣山くん。よかった、もう落ち着いたんだね」
「なんかまだ頭がちょっとチリチリするけど、とりあえずマトモだと思うザウルス」
「思うっていうのが不安だよ…… 暴れないでね。そしたら、今度こそ力づくだから」
《まかせとけ、力仕事は得意なんだ》
 のっそりと入ってきたトパーズ・タイガーが、大の字になって息をあらくしているヨハンのとなりに腰を下ろした。大きな舌でべろりと顔を舐めてやる。その仕草はやさしげだったが、しかし、太い足はしっかりとヨハンの首根っこのあたりを押さえていた。顔を上げたトパーズ・タイガーは、《起きたらヨハン、また、決闘しろって言い出すぜ》と言った。
《それより先に、話し合うことがあったら、話しとけや》
「う、うん…… 分かったよ」
 剣山はいかにも胡散臭そうにトパーズ・タイガーのほうをみて、それから、翔のほうをみる。翔は意を決した、とでもいうような顔で、ひざを抱えてすわりこんでいたパイプ椅子からぴょこんと飛び降りる。「何があったザウルス?」と剣山は言った。
「簡単に説明するね」と、翔は切り出した。
 いきなり全館が停電になり、温泉施設全体が真っ暗になったこと。そして、密室状態にあった部屋の中でジムが意識を失っていて、手元には《J》という文字が残されていたということ。そしてなぜか精霊が実体化して、自分の意思で動き回っているということ……
「事件のてんこ盛りザウルス」
 剣山は、呻くように言った。
「でしょ!? だから、こんな状態でばらばらになるより、みんなで一つの場所にあつまってるほうがいいと思ったんだよ。なのに、アニキも万丈目くんも、みんながばらばらになってどっかにいっちゃうし……」
「ちょ、ちょっと待つドン」
 剣山が慌てて割り込んだ。
「ヨハンとジムはともかく、他のみんなは何処行ったザウルス?」
「万丈目くんと、エドくんは、機関室。電気系統を復帰させるって……」
 でも、と翔は泣きごとのように言う。
「アニキと吹雪さんは、《なんか周りをみてくる》とかいってでてっちゃったんだ。何考えてるのかぜんぜんわかんないよ!」
 たしかに、《何か見てくる》はあいまいすぎる…… しかし、その二人なら分からないでもない。
「分からなくないってのが怖いんだよ!」
「お、おちつくザウルス、丸藤センパイ」
 翔は、状況が混乱してくると、訳がわからなくなってくる癖がある。剣山は必死で翔をなだめた。ふと、気付いて部屋の中を見ると、テーブルの上には菓子やジュースのたぐいが散らばっている。
「とりあえず、なんか食べて落ち着いて……」
「それはダメっ! 何かんがえてるんだよ、剣山くんっ!?」
 逆に、怒られた。
 がばりとおきあがった翔は、テーブルのほうを見る。そしてなにやら血走った目で、「いい、剣山くん?」と迫ってきた。剣山は思わず後ずさる。窮鼠猫を噛む、というか、おいつめられて逆上した翔独特の、鬼気迫るような迫力。
「丸藤センパイ、か、顔が怖いドン……」
「そんなことはどうだっていいんだよっ。いい? ここの部屋は、内側からカレンがドアを封鎖してた。つまり、密室だったの。それで、アニキが嘘をついてない限り、ジムはこの部屋のなかで何かがあって倒れた! つまり、そこのお菓子やジュースの中に、何かが入ってるかもしれないってことなんだよ!?」
「な、何か…… 何かって!?」
「知らないよ! だって、ここにはお医者さんも誰もいないんだから! それとも剣山くん、自分でそこのお菓子をかたっぱしから試食してくれるの!?」
 剣山は、ぶんぶんと首を横に振った。そんなの恐ろしすぎる。あと翔も。
 翔は、上を向いたり下を向いたりしながら、頭をひっかきまわしている。剣山は冷や汗がこめかみをつたうのを感じる。やばい。翔は、ヒューズがぶっとぶ寸前だ。
「そんなこと考えたくないけど…… でも、アニキが嘘ついてるって思ったら、ここは密室でもなんでもない…… でもアニキがジムになんかする理由なんて何にもないよ。でもー!!」
「おーちつくザウルスーっ!! 丸藤センパイは、アニキが信頼できないドン!? そんなの、弟分の風上にも置けないザウルス!」
 剣山はあわてて翔の肩をひっつかみ、がっくんがっくんと前後にゆさぶった。はっ、と我に返ったらしい翔は、「そ、そうだよね」と答えた。
「きっとなんかの事故ドン。ジムも、別にほんとに死んでるわけじゃないザウルス?」
「うん。なんか、その場のノリで、殺されたことになっちゃってただけで……」
「だったら、目がさめてから話を聞けば、ちゃんと事情が分かるドン」
「うん…… でも」
 翔は、困惑の目で、テーブルのほうを見る。
「もしも、他にまた被害者が出ちゃったらどうする……?」
 犯人がわからないままだと、そういうことだってありえるよ、と翔は言う。剣山は思わず呻く。どこまでも発想がネガティブだが、たしかに、ありえない話ではない。
 二人が顔を見合わせて呻いていると、後ろから、「で、どうするんだよ?」と声がした。
 ふりかえると、立ち直ったらしいヨハンが、床に胡坐をかき、膝に頬杖をついて二人をみあげていた。不安げな表情の二人を見て、器用に片眉を吊り上げる。
「十代を疑う、っていうんだったら反対させてもらうけど、冷静にいろいろ調べるってのは賛成だな。だいたい、翔はジムがぶったおれたときはオレといたんだから、アリバイは成立してる。剣山は外にいたんだから、よっぽどヘンなトリックでもやらないかぎり、ジム殺しの犯人にはなれない」
「死んでないドン」と剣山。
「外にいたって証明は?」と翔。
「そんだけ頭からびしょぬれなんだ。それに、そこのバンダナ、すんごい泥だらけだけどさ、同じ葉っぱがカレンの頭にもくっついてた。一緒にいたって証拠だろ」
 そんで、とヨハンは答える。ニッ、と笑ってみせた。剣山は思わずポケットに突っ込んだままだったバンダナを見た。たしかに、千切れた草の葉らしいものが、くっついている。
「ジムに手出しする相手をカレンが許すはずない。つまり、翔も剣山も、犯人じゃない。犯人がいるとしたら最低でもそれ以外ってことになる」
 剣山と翔は、思わず顔を見合わせて、沈黙した。
 床に座り込んだままのヨハンは、「なんだよ」と口を尖らせた。
「なんでもないっす」「…ザウルス」
 たぶん気持ちは一緒だろう、と二人は思う。
 ―――役に立つときと立たないときの差が、あまりに激しすぎるヨハンである。
 そのときだった。ふいに、部屋の隅で、何かベルの音がなる。
 ぎょっとした剣山が棒立ちになり、ほとんど飛び上がりそうになった翔が剣山に抱きついた。抱き合った形で眼を丸くしている二人に対し、ヨハンはすこしひるんだだけだった。立ち上がり、部屋の隅へと歩いていく。鳴っていたのは内線電話だった。受話器をとって耳に当てる。なにやら一言二言、向こうの相手と言葉を交わす。剣山と翔は呆然とソレを見ていたが、途中で自分たちがひしと抱き合っていたことに気付き、あわてて離れた。
 かちゃん、と音を立てて受話器を置いたヨハンは、ちいさく息をついた。
「だ、誰だったの?」
「意外な相手だぜ」
 顔を上げたヨハンは、なにやら不敵な風に、笑ってみせた。
「心強い応援だ。……どうやら、オブライエンが嵐を突破してきたらしいぜ」





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