【GXメールゲーム!】
TUAN-3 被害者の名にかけて!





 3.旧食堂・休憩室 ヨハン・翔・剣山

 路に迷わないように、と迎えにいった剣山と一緒にもどってくるなり、オブライエンは、まずは油断なく部屋の中を見回した。ヘッドセット付きのフルフェイスヘルメット、野戦服に軍用ブーツ、他にももろもろという重装備に翔はごくりとつばを飲み込む。なんだか、これじゃあ……
(ベトナム戦争帰りみたいっす)
「道すがら、剣山に聞いた。ジムはどうしている?」
「隣の部屋。休憩室で寝てるよ…… ヨハンが一緒についてるっす」
「この部屋には不審人物は来なかったか」
「どういうの不審っていうのかわかんないっすけど、知らない人は見なかったっすよ。あの、オブライエン、いったいどうしたんっすか、その格好?」
「……」
 翔の問いかけに答えないまま、オブライエンはやおら、びしょぬれの泥だらけになった装備を、その場で脱ぎ捨て始める。ヘルメットを脱ぎ、ザックを捨て、重すぎるブーツを履きかえる。翔はまた肝を潰す。たくましい褐色の腕があらわれたと思えば、そこに巻かれているのは……
「ちょ…… なんっすかそれ、銃!?」
「ただのラバー弾しか装填していない」
 がちゃん、と銃身をスライドさせて、弾の装填をチェックする。ラバー弾とは文字通りのゴムで出来た銃弾のことで、あたりどころがよっぽど悪くなければ殺傷能力はない。だが、日本人に生まれ日本で育ち、銃なんて見たこともない翔にとっては、それでも、オブライエンが握った拳銃の存在は、あまりにインパクトが強すぎた。
 くらぁっ、と倒れかける翔。慌てて後ろからささえる剣山。ヨハンはまだ出てこない。脱ぎ捨てた防水のコートを、オブライエンは無造作に部屋の隅っこへと転がした。
「オブライエン、オレたちを助けに来てくれたドン?」
「違う」
「じゃあ、どうしてここに? ってゆーか、どうやってあの嵐を突破してきたザウルス!」
 オブライエンは、何も答えてくれない。つぎつぎと装備を固め、いつものいでたちにさらに装備を固めたような姿になってしまう。そして、最後に紐を独特のやりかたで靴に結びながら、「ここで何があった?」と問いかけてくる。
「何が…… 何がって」
「殺人事件だよっ!」
 剣山の腕のなかで蒼白になっていた翔が、やっと、という感じで声を上げる。ほとんど金切り声だ。振り返ったオブライエンは、「殺人だって?」と眉を寄せる。
「ジムが倒れたドン。密室の中で…… まだ、犯人も分かってないザウルス。あんたがどういうつもりかは知らないけど、こっちはこっちで大騒ぎなんザウルス! 特にあんたは留学生仲間とは仲がいいんだから、ちょっとは協力したらどうドン!」
「……」
 黙って、オブライエンは剣山を見つめる。修羅場をくぐってきた男のプレッシャーに圧倒され、うっ、と剣山はひきかけるが、それでもなんとか踏みとどまった。ここでみんなが好き勝手動き回っていたら本当にどんどん被害者が出てしまうかもしれないのだ。頼りになりそうな、しかも、あきらかに外部から来たのだから【犯人ではない】人間を、簡単に手放すわけにはいかない。
「殺人っていっても、ほんとに死んでるわけじゃないんだよ? でも、ジムがいきなりこの部屋で倒れたあたりから、いろんな事件が起こってるんだ。関係はあるかもしれないじゃないか」
 剣山の腕の中で、翔もまた、必死で主張をする。イエロー寮二人の発言がどの程度気分を動かしたのか分からないが、オブライエンは黙って、装弾していた拳銃の安全装置を戻した。カチリ、という小さな音で、二人は一気に身体から力がぬけて、あやうく倒れそうになる。
 オブライエンは、置かれたままだったパイプ椅子にどっかりと腰をかける。そして、短く言った。
「何があったのか説明しろ」
「説明…… 説明って言われても、いろいろ起こりすぎで、もう何がなんだかザウルス」
 剣山は、深い深いため息をついた。どこから話せばいいものか。とりあえず皆が集まっていたときに謎の嵐がおこりはじめたこと、精霊が実体化したこと、さらに、剣山やカレンが暴れ出したということが同時に起こったということを、剣山はなんとか説明しようとする。翔はとなりに座って不審たっぷりの目でオブライエンをにらんでいた。発言が無い翔が気になって、剣山は半ば気もそぞろだ。
 翔は、ぷっつんすると何をしだすか分からないところがあるし、ヨハンは気まますぎてまったく頼りにならない。せっかく事件を解決してくれそうなオブライエンを味方につけないとどうしようもない。腕を組んでだまったまま話をきいていたオブライエンは、やがて、「話は分かった」と静かに言った。
「じゃあ、オレたちとここで、一緒にジム殺しの犯人を探してくれるドン!?」
「死んでないんだろうが」
 話をざっくりと一蹴すると、オブライエンは椅子をたった。
「話は分かった。だが、お前らのほうの事件は、オレの任務よりも優先順位が低いと判断した……」
「何それ、ボクらのこと置いてくってこと!?」
 血相を変えて、翔が立ち上がる。だが、いきなりがしゃりと音がして、銃口を向けられ、二人は立ち上がりかけたまま、すくみあがった。
「俺は、お前らの友人ではあるが、それよりもさきに、傭兵としての任務がある」
 抱き合って眼を白黒させている二人にむかって、オブライエンは、淡々と言う。
「話を聞いた以上、ここにいて【何もしない】かぎり、お前らにはこれ以上危害が及ぶことは無いだろう。ドアにバリケードでもつくって立てこもっておけ。助けがくるまでぐらいは持つはずだ」
「そ、そういう言い方ってないザウルス!」
 剣山は思わず食って掛かる。だが。
 そう言いかけたとき、二人のあいだに、ぬっ、と巨大な何かが割ってはいった。
「なっ!?」
《おい、おちつけや、あんたら。こんなとこでまたケンカしたって、何にもならないだろうが》
「そうだぜ。ケンカをすると腹も減るしな」
 黄玉の眼を持つ巨大な虎。トパーズ・タイガー。皆が振り返ると、ジムのねている休憩室とのあいだの壁によりかかって、ヨハンがこちらを眺めていた。笑顔だが、目は、真剣だ。
「これは…… 宝玉獣か?」
 おもわずたじろぐオブライエンに、「そのとおり」とヨハンは答える。その肩のあたりにちょろりと藍色の小獣が顔を出す。ルビー・カーバンクルだ。
「ここらの空気は、どうやら、宝玉獣たちと相性がよくなってるらしくってな。やろうと思えばオレの家族を全員だって呼べるかもしれない。ためしてみるか、オブライエン? アメジストの爪って、ひっかかれると結構本気で痛いんだぜ?」
 勝気に顎をそびやかすヨハンは、おそらくは、この場面に置いて自分がパワーバランスのどこにおかれているかを最も正確に理解していた。たしかに、すべての精霊が実体となりうる世界なら、宝玉獣たちの愛と忠誠を勝ち得ているヨハンを倒すのは至難の技だ。《どうする、色黒のあんちゃん》と言われて、オブライエンはため息をつく。銃口を下ろした。
「―――なら、ヨハン。お前はどう見る。俺に、どうしてほしいっていうんだ」
「別に?」
 ヨハンは、あっさりと肩をすくめた。翔は思わず悲鳴交じりの声を上げる。
「ちょっと、そりゃないっすよぉ!」
 だが、ヨハンはトパーズ・タイガーの見事な毛並みによりかかり、「うーん」となんともすっきりしない声をあげるばかりだ。ぽりぽりと指で頬のあたりを掻く。
「別に…… オレはお前らほど、この状況に焦っちゃいないしさ。オブライエンがやらなきゃいけないことがあるっていうんだったら、それはそれでイイと思うし。でもオブライエン、お前、オレたちのことを排除とか、精霊のことをどうにかしちまうとか、そういうのが任務の内容じゃないよな?」
「ああ」
「だったら、いいんじゃないのか?」
 翔と、剣山は、顔を見合わせる――― 深い深いため息をついた。そうして、ふと側を見ると、オブライエンもまったく同じようにため息をついていた。考えていることは対して変わらないようだった。
「お前には、危機感とかそういうものの持ち合わせが無いのか?」
「あるってば」
 ヨハンはちょっと、むっとしたような顔をした。
「ただ、オブライエンも言ってるみたいに、この状況がそんな危険だと思えないから、こうやって落ち着いて考えてんだよ。ここに立てこもってりゃ安全なんだったら、オレはジムの傍についててやりたいし、それに、十代たちが戻って来たとき、ここで誰か迎えないとまずいじゃんか」
「そ、そうだったドン」
 忘れかけていた。剣山は、ようやく我に返る。
「みんな腹だって減らすだろうし、疲れることもあるだろうし、怪我してるやつもいるかもしれないし。ここで誰かが待ってて、ジムの面倒見ながら、他のみんながここに集合したときに役に立てるように準備しとかないとまずいだろ」
「……すごい、ヨハンが空気を読めてるザウルス」
 これも電磁波の影響? とか半ば真顔でつぶやく剣山に、ヨハンは、「なんだそれ」と苦笑する。
「ま、飴でも食っておちつこうぜ。話はそれからだ」
 ヨハンは、近くのテーブルにおかれていた缶を取り、ぽいと飴を口に放り込む。そうして、それを剣山のほうにも投げた。空中でキャッチ。そして、剣山がため息混じりにそれを口にしようとした瞬間。
「Nooooooooo!! Stop! Stop、剣山―――ッ!!」
 いきなり、よそうもしていなかった大声が、響き渡った。
 剣山はおもわず飴を取り落とし、ヨハンもぎょっとして腰を浮かせる。ギィィ、と不気味な音を立ててドアが開く。
 カンオケの扉が開いた。
 隣の部屋から出てきたのは、殺されたはずの、被害者だった。
「じ…… ジムぅぅ?」
 剣山は驚いて、思わずジムの側にかけよった。目の下にごってりと隈をうかせたジムは、文字通りゾンビだった。普段の精気に溢れた姿はどこへやら、震える指で床を指差すと、「It`s genocide…」と口走る。
「へ? じぇのさいど?」
 そこに落ちているのは、ただのアメだ。紙の箱にはいった見慣れないお菓子。「何言ってんだよ」とヨハンが顔をしかめた。
「ただのアメじゃんか。どうしたんだよ、ジム?」
 拾い上げ、さらにポイポイと口に放り込む。剣山は遅まきながら、それが、まるで見慣れないパッケージ、読めない文字の印刷されたお菓子であることに気付いた。グミとアメの中間のような真っ黒いお菓子。
「や、やめろヨハン、それは毒だッ大量破壊兵器だッ!!」
「ジム、おちつくドン! 何があったザウルス?」
「その、その、毒入りの……う゛っ」
 口を押さえるジムに、剣山はあわてて、テーブルの上のお茶のペットボトルを取る。手に取ったジムはごくごくとそれを一気に飲み干す。いったいなんなんだ。何があったっていうんだ?
 一気にペットボトルを飲み干し、さらに口をすすいでようやく落ち着いたらしいジムは、ぜーぜーと荒い息をついていた。そうしてゾンビのように眼を上げると、地の底から這い上がるような声で、「Johhan……」と言う。
「ジム、なんか喋り方が日本語じゃなくなってる」
「そんなことはどうでもいい…… お前、どうしてそれを食って平気なんだッ!!」
 ヨハンは盛大に顔をしかめて、「えぇー?」と言った。
「そんなん…… ジム、納豆とかダメだったっけ?」
「納豆とかそういうレベルじゃないだろう! なんだその『食べる殺人兵器』はッ!?」
「そんなことないぜ! そりゃ、ちょっとは癖があるけどさあ、慣れると美味いんだって。そっか、ジム、これ食ってびっくりして、ひっくりかえってたんだー」
 ヨハンが片手にアメ、片手にパッケージを持っててくてくと近づいてくると、ジムは、アメコミ張りの「NO!NOOOO!!」という絶叫を上げて剣山の後ろに隠れる。
「嫌がることないってばあ。ほら、他にも郷里からいろいろ送ってもらったんだって。缶詰とかもあるし」
 剣山は、ジムを背後にかばったまま、油断なくヨハンを牽制しつつ、テーブルの上を見渡す。山盛りにお菓子だのジュースだの、他にもいろいろが置かれている…… コップもお皿もたくさんある。あきらかに、大人数で飲み食いをしよう、と思って準備をしてあるテーブルだった。
 真相らしきものに思い当たって、とたん、剣山は、とても、ものすごく、情けない顔になる。
 こんなことが真相だとは思いたくない…… あまりに腰砕けだ。だが、確認しないとどうしようもない。剣山はおそるおそる、ジムへと問いかけた。
「ジム、その、あのアメ、よっぽど不味かったドン?」
「Jesus Christ…… この世のものとは思えん……」
「ショックのあまりぶったおれるほど不味いドン?」
 ヨハンがぶうっとほっぺたを膨らませた。
「失礼だぜ、ジム!」
 だが、ジムは蒼白な顔のまま、がくがくと頷いた。そして、ようやく少しは我に帰ったらしい。剣山の傍を離れると、がっくりとパイプ椅子に座り込んだ。
「川の向こうで、白いヒゲのじいさんがオレに向かっておいでおいでをしてるのが見えたぜ……」
 臨死体験だろうか?
「そっ、そうだ。十代は無事か!? あの殺人兵器を食ってないだろうな?」
「アニキだったらピンピンしてるドン。ジムのこと、心配してたザウルス」
「そうか……」
 ヨハンはもはや、美少年が台無し、というくらい憮然とした顔だ。こっちに背中を向けて、ばりばりとポテトチップをやけ食いしはじめた。ジムはそちらをちらりとみて、「缶詰はとりあげてくれ」と言う。
「うかつだった…… まさか、あんなものが混じってたとは思わなかったぜ。だが、オレ一人で済んでまだよかったよ」
「ジム、十代のアニキと、ここで何をやろうとしてたんザウルス?」
 剣山がちょっとふくらんだ缶詰をヨハンの目の前から取り上げると、ジムはやっと胸をなでおろす。そうして、普段からは想像もできないような陰鬱な声で、ぼそぼそと説明をしはじめた。
「Well…… オレは、十代と話して、みんなでここでDVDを見ようかと相談していたんだ。一緒に飲み食いでもしながら見たらきっと楽しい……」
 そういわれてみると、たしかに、テーブルの上にDVDがある。昔のデュエルを記録したものだ。
「そこで、飲み物や食べ物をあつめてな、何人かには協力もしてもらって食べ物なんかを提供してもらった。ヨハンにもだ」
 ちらり、と剣山は眼を上げる。ヨハンは憮然としてバリバリとポテトチップを食べていた。翠色の髪を見て、頭にルビーをのっけたトパーズ・タイガーが、なんとも済まなさそうな顔をする。
「だが、準備をしているときに、ちょっと、ほんのちょっと、小腹が空いてな。先に手を出したら十代に怒られると思ったから、十代がちょっと部屋をあけたときに、アメでも舐めようかと思ったら……」
「思ったら……」
 いきなり、ヨハンがくるりと振り返る。そうして、憤然とした顔で、「サルミアッキの何が悪いんだよ!」と言った。
「さるみ……あっき?」
「人間の家族に、オレの実家から送ってもらったの。フィンランドから! 国だとみんなフツーに食ってるし、キオスクとかでも売ってるんだぜ? なのに、食っただけで倒れるとか、すっげー失礼だと思う!」
「いやヨハン、フィンランドをバカにするつもりはないが、どう考えてもそれは【食べる大量殺戮兵器】だ!」
「なんだよ、ジムまでそんなこと言うのかよ!? 美味いじゃん、サルミアッキ!」
 なんだろうサルミアッキって…… 美味いのか、それとも、死に至る味なのか。剣山はこわごわと手元の紙パッケージを見つめた。とりあえず食べないほうがよさそうだと、ポケットに突っ込んでおく。どういう味なのかは後でGoogleにでも聞いてみよう。
「じゃあ、これは結局密室殺人でもなんでもなくって、タダの事故だったザウルス?」
「みっしつ…… 殺人? どういうことだ?」
「ああいや、ジムには関係ない話ドン!」
 剣山はあわてて手をぱたぱたと振った。いくらなんでも気絶しているあいだに殺されたことにしてしまって、殺人事件ごっこをしていたとはとてもいえない。
 だが、と剣山は種々の疑問を頭のすみにおいやって、ポジティブな考えをひっぱりだそうとする。
 犯人がいない、ただの事故なのだったとしたら、これから先、たしかにここにいれば安全だということになる。(不用意にヨハンの持ち込んだものを食べなければ、だが)。実際、これで殺人事件のほうは解決したも同然なのだ。オブライエンの手を煩わせる必要も無いだろう。
 そういおうと思って顔を上げて、部屋の中を見回す。だが、オブライエンの姿が、どこにもない。
 翔の姿もだ。
「あ、あれ? 丸藤センパイ? オブライエン?」
「さっき出てった」
 ヨハンは、ポッキーをまとめて10本くらいもぐもぐさせながら、憮然と言った。
「オブライエンが出てって、翔がついてった。なんか用でもあるんだろ」
「え、ええっ? そ、それじゃあ……!」
「追いかけんの?」
 ぐっ、と剣山は黙り込んだ。
 ヨハンは椅子の上から足をぐうっと伸ばすと、ぴょこんと床に飛び降りる。ようやく頭を切り替えたらしい。「さっきオブライエンが言ってた通りになったな」という。
「どっちにしろ、ここで待ってるんだったら、なんか必要なもんでも集めたほうがいいんだろ。ジム、この部屋、なんかあるのか?」
「そこのロッカーにいろいろ入っていたと思うが……」
 まだちょっと気分が悪そうなジムを気にかけながらも、剣山は、言われたロッカーを開ける。壁際におかれていたロッカーの中に手を突っ込んで、中に入っていたものを引っ張り出す。応急手当セット、懐中電灯、タオル、その他もろもろ。
「ここは、温泉でモノが足りなくなったときのために、いろいろなものを置いてある部屋らしい。たいていのものだったらあるんじゃないのか?」
「あ、地図とかも?」
「そこに全館図がある」
 ヨハンは反対側の棚へとあるいていき、そっけない表紙のファイルをひっぱりだす。ひらいてみると、たしかに全館の地図らしいものが入っていた。
「なんだよお、最初っからこれがわかってれば、なんにも苦労しなかったんじゃないか」
 ヨハンはぼやく。剣山は一瞬、全力でそのふわふわした翠色の頭に突っ込みを入れたい衝動に駆られた。
 ……あんたが余計なことしなかったら、最初っから苦労する必要もなかったザウルス!!
 だがしかし、いまさらそんなことを言ってもただの無駄だ。剣山はがっくりと肩を落とすと、テーブルのお菓子をごっそりと横に避けて、見つけた品物を並べ始めた。


 

*  *  *  *  *



 非常電源はかろうじて生きているらしいが、廊下はまだ暗く、人気も無かった。かつ、かつ、かつ、という軍隊じこみの人間独特の規則正しい足音が響き、ときおり、ひらめく紫電が廊下をフラッシュのように照らし出す。翔は半ば泣きべそをかきながら、何回も、途中で引き返そうかと考えた。だが、オブライエンのことを追いかけているのは、どうやら自分ひとりらしい。何をするか分からないヨハン、まだ本調子ではないジムだけを残していくのは危ないから、剣山は自分についてはこないだろう。だったら、ボクがもどっちゃったら、オブライエンがほんとは何をする気なのか、誰にもわかんないじゃないか!
 だが、曲がり角のところで、急にオブライエンが足を止めた瞬間、翔は、思わずびくんと立ちすくんだ。
 ガチャン、とレジンキャストの重い音がした。振りかえるなり、ラバー弾を装填した拳銃を翔へと突きつける。翔は文字通りすくみあがった。カッ、と再び雷鳴。オブライエンの横顔が一瞬照らし出され、黄色い目が無感情に紫銀の光を照り返す。
「……なぜ付いてくる」
「ぼ、ぼ、ボク、その……っ」
「任務の邪魔だ。引き返せ」
 オブライエンの口調は、あくまで無感情だった。この男は友情には篤い、ということを知っている。だが、翔は十代やジムとちがって、オブライエンに『仲間』と認めてもらえるほど仲がいいわけじゃない! 翔は泣き出しそうになり、思わずぎゅっと眼をつぶった。半ば悲鳴のような声をはりあげる。
「帰らないっ!」
 オブライエンは、おどろいたようだった。銃口はブレないが、表情がわずかに動いた。だが、翔は気付かない。眼をつぶり、硬く拳を握り締めたまま、必死の勢いでまくしたてる。
「だいたいオブライエン、こんなところに何しに来たのさ! さっき、ボクたちからさんざんいろんなこと聞いてったくせに、自分は何にも言わなかったじゃないか! ボクはごまかされないよっ!」
「ごまかされないだって?」
 オブライエンは、低い声で言う。翔はなけなしの勇気を振り絞った。どうせゴム弾だからあたってもしなない、というやけくそな気持ちまでオマケに積み上げた。
「こんな大嵐の中にいきなり来て、精霊が実体化してるって聞いてもおどろかなくって、オブライエン、ホントは何が起こってるか知ってるんでしょ! ボクたちのことぜんぜん心配もしない、ジムが倒れてるって聞いてもほっとくし、なんか理由があってここに来たんでしょ。なのに、どうして当事者のボクたちに全部黙ってるの? ずるいよ、そんなの!!」
 一気に言って、そして、翔は、息を切らせて一度言葉をとぎれさせた。
 その瞬間、恐ろしさが一気にこみ上げて、ぺたんと床に座り込む。
 撃たれるかもしれない。いや、絶対撃たれる。きっと撃たれる!
 だが、翔にとって、一気にまくしたてた内容は、本当に疑問に思っていたことばかりだった。聞かなければ気が治まらない、というよりも、何も知らないせいでとんでもない事態を巻き起こしかねないと思ったことばかり。
 なぜ、オブライエンは、大嵐を圧してここに来たのか。
 わざわざ拳銃まで携帯した装備は、なんのためなのか。
 そして、ジムの安全よりもずっと優先順位の高い『任務』とは一体なんなのか。
 だいたい、精霊が実体化しているのをみても、まったく驚いたり不審に思う様子を見せなかったオブライエンは、このなかで起こっている事態を把握していたとしか思えない。冷静に考えても、それは、ひどくおかしな話と思えた。デュエルモンスターズ絡みの妙な事件を身近で見知っている翔たちですら、最初はおどろいたのだ。それを部外者のオブライエン、もっというならオブライエンに『任務』を与えた何者かが把握しているというのは、いったい、どういう事態なのだろう。
「ずるいから、どうする」
 オブライエンが言う。こっちをまっすぐ見たまま。翔は座り込んだまま、「う……」と黙り込んだ。
 だが、鋼作りの声が、まるで翔の言葉を継ぐように、それに続いた。
《そのようなことを続けるつもりならば、マスターは、お前をここから先には行かせない、と言っている》
「!?」
 翔は、ぎょっとした。だが、それ以上に驚いたのはオブライエンだったらしい。ぺたんと座り込んだ翔の目の前をきらめく鋼の巨躯がゆっくりとのたくり、庇うように翔のまわりを取り巻いた。まるで、鋼鉄の障壁のよう。
 鋼の龍は翔のまわりにぐるりととぐろを巻いて、強化ガラスの目でオブライエンを見下ろす。唖然としている翔、おもわずたじろぐオブライエンを見て、龍は…… サイバードラゴンは、ちかちかとかすかに眼をきらめかせた。それがなんだかえらく得意げにみえて、翔は思わず脱力する。
「そ、そんなこと、ボク、言ってないっすよ」
《大丈夫だ。マスターの気持ちは、私が一番よくわかっている》
「マスターでもないっ。翔、って呼べって言ったでしょ!?」
 わめきかえす翔は、だが、なんとか元気をとりもどしたらしい。廊下が狭いせいでサイバードラゴンはきゅうくつそうに身体をくねらせている。その、磨きぬかれた鋼の身体にすがるようにして、ようやっと翔は立ち上がった。そしてオブライエンをみて、「で、どうなんっすか」と言った。
「その精霊は…… ヘルカイザー亮のものではないのか?」
「そうなんっすけど、うん、だからまあ、このヒトのことはあんまり気にしないでくださいっす」
《マスター、そのいいかたはひどい。私は心が傷ついた》
「だからマスターじゃないっ。君は黙っててよ!」
 気の抜けるやりとりをやや唖然と見ていて、しかし、オブライエンはやがてなんとか冷静さをとりもどしたらしい。ため息をつき、安全装置を戻して、拳銃をホルダーに戻した。
「仕方が無い。……この場では、精霊の力を持ったものの協力を得たほうがいいようだ。仕方ない」
 オブライエンは何度も自分に言い聞かせて、それから、やっと顔を上げる。狭い廊下にぎゅうぎゅうづめになったサイバードラゴンと、その身体をなんとかまたぎ越えた翔を見る。
「オレは、今回はペガサス会長本人からではなく、間接的に、他の依頼主からの依頼を受け、このミッションを行っている」
「別の? って、誰のことなんっすか」
「KCだ」
「へえ…… えええええええっ!?」
 思わず大声をあげる翔。首を かしげるサイバードラゴン。オブライエンは、「大声を出すなっ」と少し焦ったような声を出す。
「しかも、これは極秘ミッションなんだ。外にこのことが流出したら、とんでもない騒ぎになりかねない」
「そ、そ、それって、一体何が??」
 混乱している翔に、もう何度目になるのかわからないため息をつく。
 オブライエンは、簡潔に言った。
「《青眼の白龍》が、行方不明になった。そして、おそらく《青眼の白龍》は、この嵐の中心にいる。それを取り戻すというのが、今回のオレの任務なんだ」







今回は《メールゲーム》UPが大幅におくれてしまい、本当に申し訳ありませんでした!
なんとか今回のTUAN−2も終了し、次回がラストターンとなります。
前回宣言したとおり、今回はアイテムの入手や状態異常の発生などがあちこちで発生しております。細かい部分はPL向け情報となりますが、いちおう、公開情報としては以下の通りです。

【ジム・C・クック】:無し(回復)
【オースチン・オブライエン】:無し
【天上院明日香】:状態異常・精霊憑依

【エド】【剣山】:アイテムを入手しました!

今回のPLアクションの締め切りは、いままでよりも長くして、来週の水曜日までとさせていただきます。また、最終ターンのUPは、おそらくさらにその次の週の水曜日になると思われます。(すいません…)
あと、最終ターンに向けて、PLさんや読んでる方のあいだで、どういうアクションをそれぞれで取るかを相談してみたら面白いと思いますので、今週末に【メールゲームチャット】を行います。
読者の方、PLの方、どなたでも参加可能ですし、また、強制参加というわけでもありませんので、気楽に参加してくださいませ。

では、次回ラストターンに!

GM ゆにこ

《その2》 

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