【GXメールゲーム!】
TUAN-3 被害者の名にかけて



 《今回の行動宣言》
 遊城十代 《3:フリーアクション》 
 ヨハン・アンデルセン 《3:フリーアクション》
 万丈目準 《3:フリーアクション》 
 エド・フェニックス 《3:フリーアクション》 
 天上院吹雪 《2:フ特技使用》 ”口先三寸”>明日香
 丸藤翔 《3:フリーアクション》
 ティラノ剣山 《3:フリーアクション》



 1.機関室 《十代・エド・万丈目》

 えーっと、状況をまず整理しなくちゃネ!
 万丈目のアニキたちといっしょに温泉を楽しんじゃう☆ うふ☆ ウホッ☆ っていうような状況だったのに、いやぁ〜ん! なぜかいきなり殺人事件が発生よォ!
 密室で殺されていたジムと、どんどん実体化しちゃう(オイラも含めてね!)精霊の謎! 停電の原因はアニキとエドのダンナのおかげで分かったけど、まだまだ謎がいっぱいだわァ〜…
 こういうシチュエーションだと、犯人はもともとここにいたメンバーのなかに含まれているってのがお約束よね。いちばんの美人がきっと犯人でェ〜、何かすご〜くかわいそうでやりきれない過去に原因があるのよォ。ホラ、火曜サスペンス劇場とかだと、誰が演じてるかで犯人がわかったりするじゃなァい! こういう流れでいくとね、オイラ、エドのダンナが怪しいって思うの。ホラ、美少年・哀しい過去・有名×優って条件がそろってるじゃない。ってことで、愛の力でエドのダンナに殺人をぜーんぶ白状させて、それから美しく解決するってのはどォ? それでアニキの名探偵としての名声もあがるじゃない?
 …って、ちょ、ちょっとアニキィ、やめてェ!! その雷危ないのよォ! オイラたちだと、一撃で黒焦げなのよォ〜!!

「そうか、黒焦げか」
 万丈目は、無表情に言った。…冷静なのではない、という証拠に、声が小刻みに震えている。
「貴様なんぞは墓地におくったほうが価値があるくらいだからな… 思い切って落雷を受けて、墓地へいってみるか?」
《イヤァッ!! アニキっ、今決闘中じゃないわよォ! 今黒焦げになったら、オイラ、墓地じゃなくって燃えるゴミ送りになっちゃうわよォ〜!》
「そうか、それはいいことを聞いた」
《イヤァ! ヤメテェ! 止めておくれよォ、エドのダンナァ〜!!》
 万丈目は手を止めて、ぎろりと後ろを振り返った。エドが憮然とした表情で床に座り込んでいる。「止めるなよ!」と万丈目が怒鳴ると、「誰が止めるか!」とエドが怒鳴り返した。
「そんなクズカード、さっさと墓地にでも資源ゴミにでもしてしまうがいい! さっきからでたらめばっかり言って…!」
「貴様と意見が一致したのは初めてだな、エド。じゃあ、こいつをさっさと消し炭にして、話をすっきりさせるとするか」
《キャァァァァ!! イヤァァァやめてェェェ誰か助けてェェェできれば誰かカッコいい人ォォ!!》
 悲鳴の内容まで現金なおじゃまイエローに、万丈目はとうとう殺意が沸いたらしい。ふりかぶり、握り締めたおじゃまイエローを配電盤へと向かって投げつけようとする。泣き喚くおじゃま。音を立てて飛び散る火花と青筋を立てた万丈目サンダー。ああ、まさしく悲劇。次の被害者が、まさか、オイラだったなんてェ!
 だが、おじゃまイエローが頭の中で神だか仏だかに祈りかけたとき、待ち望んでいた救いのヒーローが現れる。
《クリィー!!》
「な、なんだ、この毛玉はっ!?」
 万丈目がイエローをなげようとした瞬間、何か、もさもさした茶色いものが、正面から顔へとたちふさがった。だが、勢いあまってしまったらしい。顔にいきなり巨大な毛玉をおしつけられた万丈目は、そのままひっくりかえってしりもちをついた。やっとその手から逃げ出したイエローがキャアキャアと悲鳴を上げながら逃げていく。唖然とそれを見ていて、それから、はっとしたように振り替えるエド。階段の上から、ばたばたという足音。
「万丈目! エド! 何やってんだ、そんなとこで!?」
「……十代?」
 やっとの思いでハネクリボーをひっぺがし、片手でハンドボールでもにぎるようにわしづかみにする。どうやら、顔をつっこんだせいで、毛をすいこんでしまったらしい。咳とくしゃみでたいへんなことになっている万丈目、そして、機関室の中ですわりこんでいるエドをみて、機関室へとおりてきた十代は、さすがに、唖然とした顔になった。
《ほ、ほんとにヒーローが来たわァ… すごいっ、すごいわァ!》
「へっ? ヒーロー?」
「何をしに来たんだ、十代…」
 とびついてきたイエローを抱っこするような形になっていた十代に、エドが、地の底からはいあがるような声を出す。十代は混乱するしかない。しどろもどろになって答える。
「お、おれは、さっきから吹雪さんと一緒に館内をみてまわってるだけだぜ。なんか他のところみてもあんまり面白いことなさそうだったから、機関室のほうはどうなってるかなって思って」
 ほら! と十代は言う。やっと調子が戻って来たらしい。
「なんか、真っ暗で台風の中の建物って、探検って感じがするじゃんか。探検といえば地下ダンジョン!」
「この大バカヤロウ」と万丈目。
「低脳め」とエド。
 ステレオで怒鳴られた十代は、さすがに頬をふくらませる。
「なんだよ、二人そろってそこまで言うことないだろ。それよかさ、お前ら、なにやってんの? …わっ」
 ドッヂボールの要領でおもいっきりなげつけられたハネクリボーを、あやうく胸の前でキャッチする。眼を白黒させている十代に、「こいつがな!」と万丈目が怒鳴った。
 指差す先には、座り込んだままのエド。なにやら憮然とした顔でそっぽを向いている。そのエドをきょとんとみて、十代は、いまさらながらに「わっ」と声を上げた。
「エド、どうしたんだよ、その手!」
「……」
「配電盤を見ていて、感電したんだ。ひどい火傷だ、このバカが」
「……たいしたことじゃない。余計なことを言うな、万丈目」
「どこがたいしたことじゃない、だ!」
 眼を回しているハネクリボーと、なにやら自分の後ろに隠れて目だけを出しているイエローをかかえて、十代は、怒鳴りあっている二人をやや呆然と見つめる。そうして、だんだんと分かってきた。
 どうやら、この二人は、十代がくるまでの間、こうやって言い合い続けていたらしい。
「建物のうえにエネルギーが集中していると思われるんだったら、それをなんとかする方法をさがすべきだろう…」
 エドは、押し殺した声で言う。しかし、何度もエドとデュエルをしてきた十代だから、よくわかる。エドは冷静なのではなくその逆だ。ぶちきれかけて冷静さを失っているのだ。
「だから、避雷針なりなんなり、あつまっているエネルギーをアースする方法を考えるべきだ、と言っているんだ、僕は!」
「アホか! そんなこと、おまえ一人でできっこないだろう! さっき機材がなくって電気系統が復活できないって言ったばっかりじゃないか!」
 対して、こちらは万丈目。どうやら思い通りにならないエド相手にキレまくっているらしい。しかし、万丈目がキレやすいのはいつもどおりとしても、相手がなにしろ悪すぎる。プロでつちかったポーカーフェイスの持ち主であるエド相手に、そもそも万丈目が、相手がどういう状態なのかなんて察することができるわけがない。
「だから言ってるんだ、お前はさっさと休憩室にもどって、手当てなりなんなりをしてもらえ。けが人は足手まといだ!」
「足手まといはどっちだ? お前には機械の操作方法も、今の天候状態がどうなっているのかもわかっていないじゃないか。ただのしろうとが一人でこの先を探査して何ができるっていうんだ。クズカードもろとも真っ黒焦げがオチだろうが」
「真っ黒こげはお前だろうが! 決闘者の癖に自分の手を大事にしないなんて、自覚の足りない甘ったれ野郎め!」
「甘ったれているのはどっちだ! 何も出来ないのはお前の癖に!!」
 目の前でぎゃあぎゃあと怒鳴りあう意地っ張り二人。さすがにこの事態は予想外だった。十代はぼうぜんと二人のどなりあいをみているしかない。どこから止めればいいのやら、さっぱりだった。
「え、えーと、結局何をしたかったんだ、万丈目とエド…」
《ええっとねぇ、アニキはね、この先をもっと調べたいって言ってたのよォ〜》
 十代のうしろからもそもそと這い上がり、肩の上に陣取ったイエローが、ため息をつきながら身体をくねくねさせる。
「この先って、えーっと…… 何があるんだ?」
《さァ、よくわからないのよねェ〜。でも、よくわからないってことは、このひどい雷とかを発生させてる原因があったり、怪しい誰かが隠れてるかもしれない! ってアニキは思ってるのよ》
「あ、そっか。なるほど!」
 だが、納得した十代がぽんと手を叩こうと(ハネクリボーがいるからムリだったが)したとき、ふいに、後ろの暗がりの辺りから、《だが》知らない調子の声が聞こえてきた。
《我が主は、ちがう方向から状況を動かしたほうがいいのではないかと言っている》
 急に聞こえたその声に、低レベルモンスター二匹が、同時にすくみあがった。
《クリッ?》《だ、誰ェ!?》
 だが、お互いに抱き合うようにしてくっつきあい、すくみあがっている二匹よりも、十代のほうがよっぽど落ち着き払っている。「じゃあ、エドはどう思ってるんだ?」と先を促す。
《無駄な危険をおかすよりも、施設の封鎖を解除することを優先したほうがいいだろうと。断続的に続く落雷を止められれば、外に助けを求めることも可能だ》
「まぁ、それもそうだ。でもさ、いちおーこの温泉には、普通の避雷針もついてるんだろ?」
《それは、人間であるそなたらのほうが詳しかろう》
「まあ、そりゃそうだ」
 姿の見えない、聞き覚えもない声と平然と会話して、最後には「ありがと、やっとなんとなく分かった」と礼まで言う。ハネクリボーと抱き合ったままのイエローが、《さすがヒーローだわァ…》と呆然とつぶやく。十代は大声をあげ、手をぶんぶんと振りながら、怒鳴りあいを続けている万丈目とエドの間に割り込んだ。
「おーい、お前らの精霊から説明きいたぞー!」
「「勝手なことをするな!」」
 同時に振り返り、同時に怒鳴りつける。「うおっ」とさすがの十代もあとずさりをする。
「なんだよ、お前ら、息ぴったりじゃんか…… あのさ、聞いてて思ったんだけど、どっちもやればいいんじゃないのか?」
「どういう意味だ!」
 怒鳴りつける万丈目。「うん」と十代は奥のドアを指差す。
「おれ、なんとなく館内全部をみてきたけど、そういう機械とかがやたらとある場所ってそんなに数ないんじゃないかって思ったんだ。おれ、そういうの苦手だから、あんまりわかんねえけどさ。どうなんだ、エド?」
 エドは、軽く不機嫌に眉を寄せながらも、答える。
「確かに、この建物の規模だったなら、機関室以外の施設が別の場所に集積しているとは思いにくい。メーターを見た限りでは、温水の循環施設や、変電施設もこの先にあるように思える」
「じゃさ、目的一致じゃん」
 元気よく答える十代に、二人は思わずそれぞれ、眼を丸くしたり、眉を寄せたりする。
「どういう意味だ、十代」
「こっから先にいって、万丈目はなんか怪しいやつがいないか調べる。そんで、エドと一緒に使えそうな機械がないか探す。怪しいやつもいないし、道具も見つからなかったら、一緒に別の場所にいけばいいんだよ」
 どうだ? とにこにこと答える十代に、二人は、しばらく黙った。先に口を開いたのはエドのほうだった。
「そして、お前はどうするつもりだ、十代」
「ん? お前らと一緒に、探検する。なんか怪しいもんとか面白いもんがありそうだから、こっちに来たんだし」
 ほら、ちゃんとディスクも持ってる、と十代は腕を見せる。しばらくそれをじっと見ていて、やがて、エドはため息をついた。
「……なるほどな、お前らしい考えだ」
「よっしゃ、エドはそれでOKだな!」
 立ち上がろうとして、すこしよろめく。壁に手をつく姿勢がなんとなく不自然だった。だが、こちらは納得がいっても、納得のいっていない人間もいる。
「ちょっとまて、十代、なんでそいつも連れて行くのが前提になってるんだっ」
 万丈目が大声で怒鳴り、エドのほうをビシィ!と指差す。
「えー、だって、おまえひとりじゃあぶないじゃんか、万丈目」
「そいつのほうがずっと危ないっ。けが人に無理をさせる気か!」
 エドは、押し殺した声で、「けが人じゃない」と言う。
「それに、けが人だったとしても… 役立たずよりは、ずっとましだろうが」
「なんだと!?」
 万丈目の、常人よりもずっと繊細にできている『堪忍袋の尾』が、何回目かにまた切れたらしい。つかつかと近寄っていくと、「じゃあ、なんだこの腕は!」とエドの腕をぐいと掴む。エドは思わず身をひくが、掴んだのは怪我よりずっと上のほう、肩の辺りだ。めずらしくも、うろたえたような声をあげるエド。
「は、はなせっ。こっちは左手だ。たいしたことない!」
「アホかっ。左手を痛めてデュエルができるか! 貴様、プロだったら、『左手の怪我』のほうがずっと面倒だと分かっているだろう!」
 イエローがぱちくりと眼を瞬き、《どうしてェ?》と首をかしげる。十代がていねいに説明をしてくれた。
「ほら、ディスクって利き手と逆につけるだろ。そっちの腕でディスクの重さをささえて、あと、手札をもたないといけないってわけ。右手は最悪、カードが持てれば十分だから親指と他の指が一本でも無事だったらなんとかなるけど、左手が痛いとけっこう辛いよなぁ〜。普通に机でやるんだったら、左手はどうでもいいんだけどな」
《あ、なるほど!》
「ほら、見ろ。アホの十代にまで分かることだぞ? しかもこの万丈目サンダーがお前の手がわりにいろいろやってやるって言っているんだ、素直に言うことを聞け、この年下めっ」
「意味がわからないっ」
「バカか、貴様は。じゃあ、丁寧にいってやる。"オレ様がお前をまもってやる"って言ってるんだ!」
 鬼の首でもとったように偉そうに言って、エドを見下ろす。顔が近い。何故だかエドはカッと顔をあかくすると、腕をむりやりに振り解き、そっぽを向く。ふん、と万丈目は胸を張った。
「どうだ、オレ様のいうことを聞く気になったか!」
 ははははは、と嬉しそうに笑う万丈目。「そんなに張り合うことないのになあ」と十代は苦笑。エドは妙に子どもっぽい顔で黙り込んで、そっぽを向いている。頬がなんとなく赤い。
《主……》
「え、何、なんだ?」
 後ろの薄暗がりから声。だが、エドにはどうやら聞こえていなかったらしい。なんとも気の毒そうなため息に十代は周りをみまわすが、しかし、それ以外の答えは何も聞こえなかった。
《それじゃぁアニキィ、まずはここから先を調べて、なんにもなかったらエドのダンナのお手伝いね?》
「ああ、そういうことになったらしいな」
「よっしゃ。じゃあ、ここをブチやぶればいいんだよな?」
 オモシロそうだぜえ、とうれしそうにいいながら、懐中電灯を片手に、十代が奥へとあるいていく。「気をつけろ!」と後ろから万丈目に言われて、「大丈夫、大丈夫!」といかにも安請け合いに手をひらひら振った。
「ここらへんはそこらじゅうから漏電してるんだ! 金属や水には気をつけろ!」
「OK! 分かったぜ!」
 腕をぶんぶんとふりまわしながら、脱いだジャケットを手にぐるぐるとまきつける。ほんとに分かっているのか? 万丈目はうしろから声をかけようとするが、しかし、ふいにエドがつぶやく声が聞こえた。
「上の方は、どうなっていたんだろう」
「? どういう意味だ?」
 十代は、コンクリートの床にある跳ね上げ扉を、足でカンカンと蹴っていた。ここから下はさらに地下。鍵はかかっていないにしろ、そうとう重たい、マンホールの戸のようなドアが下への道を封鎖している。
「十代は、たしか、天上院吹雪と一緒に、館内を探索していたはずだ…… では、吹雪はどこにいる?」
「師匠? 師匠は気まぐれだから、また、どこかで何かをみつけて、そっちに気をとられてるんじゃないか」
「《何を》見つけたんだ?」
「……さっきから、何を言いたいんだ?」
 エドが何かをいいかけたとき、がらん、と重たい音が奥から聞こえてくる。跳ね上げ扉を力いっぱいこじあけた十代は、そこから下を懐中電灯で照らすと、「わっ」と声を上げた。
「どうした、十代?」
「だめだ、すっげえことになってる…」
 万丈目とエドは顔をみあわせ、慌てて、十代のかたわらへとかけよる。三人でそれぞれに跳ね上げ扉から下を覗き込んだ。
 そこには。
「雨が浸水したのかなあ〜。これじゃ、泳がないと先にいけないじゃんか」
 十代が不満そうにいうとおり、プールの蓋より下は、数メートルくらい下ったあたりで、水面になってしまっている。透明な水が地底湖のようなかすかな青い光をたたえ、ときおり、ゆらゆらと下から泡がうかびあがってくる。「これじゃムリだなあ」と十代がため息混じりに蓋を戻そうとしたとき、「ちょっと待て!」とエドに怒鳴られ、問答無用で万丈目に後ろから襟首をひっぱられた。十代はたまらずしりもちをつく。
「な、なんだよ、お前ら!」
「このアホがっボケたことをいうのもいい加減にしろ! これが《浸水》なわけあるか!」
「だ、だって、こんなに水が… 痛ててっ!」
 ぎゅむ、と十代の耳をひっぱりあげた万丈目は、「いいか、よーく考えろ」と耳元に向かってどなりつける。
「どうして、雨水と温泉が浸水したものが、こんなに透き通った水になるんだ? だいたい、この変な明るさはなんなんだ! どこからどうみても、《床下浸水》には見えんだろうがこのアホがっ」
「いたい、耳痛いってば、まんじょうめぇ!」
 十代にも耳ってあったのか… エドはやや見当違いなことをつぶやきながら、横から、水の中を覗き込む。万丈目の言うとおり、ゆらめく透き通った水の向こうは、どこからどう見ても地下施設には見えなかった。青い光をたたえ、泡がゆらめき昇ってくる水の底は、覗き込んでも何も見えない。おそろしく深いのか、あるいは。
「そもそも、底なしか… か」
「離して、いた、ほんと、耳は痛いんだってば!」
 ぎゃあぎゃあ悲鳴を上げる十代からやっと手を離して、「ふん」と万丈目は鼻を鳴らす。表情はなんとも不服そうだった。エドの後ろから謎の水面を見下ろして、「謎の怪人が出てきそうだ」と言う。
「怪人だって?」
「なんかこう、白いコートを着ていて、正義の味方とか名乗ってる怪しいやつ… カイバーマンとかいう」
「カイバー… 海馬? KCの総帥の、海馬瀬人か?」
「違うだろう。あんな怪しいコスプレ野郎が、伝説のデュエリストの一角であってたまるもんか!」
 万丈目は、なんとも納得の行かないため息をつくと、世にもなげやりに説明をした。
「何年か前、ここで十代たちと風呂に入っていたら、変な幻覚を見たことがあってな。風呂の底がいきなり抜けて、変な場所に出たかと思ったら、カイバーマンとかいう怪しいやつが十代に決闘を挑んできた。幻覚か、単にのぼせただけだと思っていたんだが、これを見ていると… どうも現実だったらしいな」
 忌々しい、と万丈目は吐き捨てて、乱暴に地下へと続く蓋をけっとばした。がらん、と音を立てて蓋がしまる。
「おい、エド、十代! これじゃ地下にいくだけ無駄だ。どこに出るか分からないぞ!」
「ううっ…… でもさ、いかにも怪しい犯人が潜んでそうじゃないか? なにか、雷をビリビリ落とすようなおっかないやつとかさ。行けばデュエルできるかも」
「出来るかもな。だが、二度と帰ってこられない確立のほうがずっと高いだろうな! お前はこのまま水棲デュエリストになりたいのか!?」
「み、水属性限定かー」
 十代の返答がとんちんかんなのにも、万丈目の発言がむちゃくちゃなのも無視して、エドはじっと地下のほうを見つめ、考え込んでいた。やがて、「おい、お前ら」と二人に向かって声をかける。
「なんだ」「なんか思いついたのか、エド?」
 二人の返事に、「ああ」と答えて、エドはジャケットの内側からデッキケースを取り出してくる。そして、いきなり、テキストの表示されているほうを上にして、二人に向かってデッキを突きつけた。万丈目も十代も眼を丸くした。
「な、なんのつもりだ?」
「どうしたんだよ、エド!?」
「交換条件だ。特別に、僕のデッキの中身を見せてやる」
 エドは、真剣な声で言った。
「だから、お前らも中身を見せるんだ。お互いの手札を交換する必要がある」
「な、なんだ、それは!」
 万丈目は声を上げるが、十代はいくらか冷静だった。「どういう意味なんだ?」と問いかける。アイスブルーをしたエドの目は、痛いほどに真剣だった。
「いいか、ここから地下が精霊界化していて、雷の原因はわからない。精霊は実体化する。こうなったら、こちらも同じ手で望むまでだ」
「……あ、なるほど!」
 十代が声を上げて、あわててデッキを取り出してくる。万丈目一人がわからない。「どういう意味だ?」と眼を白黒させる。
「血のめぐりの悪いやつだな! いいか、向こうが普通の手でこないんだったら、こっちも同じことをする、と言っているんだ。精霊のエネルギーを開放させたいんだったら、こちらも、同じ手段を使ったほうがいい」
「エドはさ、おれたちの手持ちのトラップとか魔法で、なんとか、あの雷とかを突破したり発散させたりする方法があるんじゃないかって言ってるんだよ」
 万丈目も、ようやく納得する。呻くような声を上げた。
「できるのか、そんなことが?」
「たぶん、な」
「でも確実かどうかはちょっと怖いよな。もしも失敗して、まともに攻撃されたら危ねえもん」
 それこそ黒こげだよ、と十代が言う。
「どうする、エド? 使えるカードがあるんだったら、いくらでも貸せるぜ!」
《クリッ!》
 ぴょこん! と小さな手をあげるハネクリボー。顔をあわせてにっこりと笑い、ぱっちん、とハイタッチをする決闘者と精霊のコンビ。唖然とみていた万丈目に、《どうするのォ?》とイエローが気遣わしげに言う。
《アニキィ、オイラたちのデッキ、やっぱり貸しちゃうの?》
「……」
 エドが顔を上げ、万丈目を見た。だが、そこに絶妙のタイミングで、十代の能天気な声が割り込む。
「やだとか言わないよな、万丈目。だってお前、エドのこと守ってやるって言ったもん」
「くっ……」
 万丈目はぎりぎりと奥歯をかみ締めて、デッキケースをベルトから引っこ抜いた。ばん! と叩きつけると、カードが何枚かばらばらと飛びそうになる。《イヤン!》と悲鳴を上げるイエロー。万丈目はひどくつっぱって威張った風に… 虚勢なのは丸見えだった… 言う。
「分かった、ああ、分かったよ! 何をしようが好きにしろ! 万丈目サンダーに二言はない!」
「そう言ってくれると思ってたぜ」
 十代は笑顔で答えて、こぼれたカードを拾い、とんとんと叩いてデッキをそろえる。エドに向かってにっこりと笑いかけた。
「万丈目って、いいやつだろ?」
「やかましいわっ。貴様なんぞに《いいやつ》呼ばわりされてたまるか」
「ええ、褒めてるのに〜」
 十代が割り込んでくれて、エドはなんとなくほっとしたような顔をして、そして、すぐにそんな自分に気付いてか、とてもとても、罰の悪そうな顔になる。世にも複雑な気持ちが全部顔に出てしまっていたことを悟って、とうとう渋面になる。だが、それを見ていたのは幸い、ハネクリボー、そして、彼の忠実な騎士だけだったようだ。
《くりー?》
「いいから、黙っていてくれ。…お願いだから」
《くーりっ》
 了解、の返事にか、しゅたっ、と手を上げるハネクリボー。おそらくをつけるまでもなく、この面子の中でいちばん良心的な精霊にしか見られていなかったことが、おそらく、エドにとっての一番の幸運だった。






TUAN−3 《その2》

back