それから数週間後、僕は、ひさしぶりに、学校へと向かった。
制服に袖を通すのはひさしぶりだったけれど、学生服を着るにはいい気候だった。父は何も言わなかった。僕は前日から作っておいた弁当を持って行った。
教室に戻るのはためらわれた。元……クラスメイトたちの、なんというか、腫れ物を触るような目つきがいやだった。僕がいなかった三ヶ月のうちに、僕のいたはずのその場所は、砂に掘った穴が自然に埋まってしまうように、消えてなくなってしまっていた。僕の居場所なんてしょせんその程度の存在だったのだ。わかりきっていたので哀しくも無かった。
ただ担任教師が僕に何くれと気を使ってくるのがなんともいえない気持ちにさせたけれど、僕はとりあえず保健室と図書室で、テキストを見るということで登校を許された。
でも、僕の目的はそんなものじゃなかった。学校に再び通うことが目的なんかじゃなかった。ただ、会いたい人がいたのだ。それだけが目的だったのだ。
休み時間、僕は、彼女のクラスの生徒に話しを聞いて、彼女の居場所を探した。
―――そこは、屋上だった。
錆びた鉄のドアを開けると、立ち入り禁止の場所には誰もいない。ただ、一人の女生徒の影がある。短くしたスカート、ニーハイソックス、それに狐色の髪と、無数の銀色のピアスが光る耳。
彼女は、尾崎さんは、少し驚いたように僕を見る。僕はどういう顔をしたらいいのか分からず、ちょっとだけ笑う。そして手にした折り詰めを見せる。
「いなり寿司、食べる?」
尾崎さんはしばらく、あきれたように僕を見ていた。それから、困惑したように、拒絶するように、はき捨てた。
「バカみたい」
「バカでいいよ」
僕は近づく。尾崎さんの足元に座る。尾崎さんは強情に遠くを見ている。僕は弁当を空けて、お茶の水筒を出す。
屋上から見下ろす町は、マンションが立ち並び、清潔で、美しい。けれどその下には化け狐たちの暮らしていた銀のすすき野が眠っている。そのどちらも僕たちの居場所ではない。……では、僕たちはどこに行けばいい?
「尾崎さん」
僕は、呼びかけた。
僕はたぶん、元通りに学校に通えるようにはならないだろう。尾崎さんの不品行は収まらないだろう。僕たちには『居場所』が無い。どこか安心して幸せに暮らせる場所、どこかそこにいけば幸せになる場所、そんなところが見つからない限り、僕たちはずっと、帰る場所の無い迷子のままだ。
でも、それでもいい。
それでも。
「僕は君の話し相手になりたい」
尾崎さんは、瞬間、びっくりしたように僕を見た。
僕は少し笑う。尾崎さんは複雑な表情をしている。
尾崎さんはいつか笑ってくれるだろうか、と僕は思う。
……笑ってくれるといいな。
僕はそう思う。思いながら、尾崎さんの耳でピアスが光るのを、ぼんやりと見上げていた。
尾崎さんの背後には、空が広がっていた。秋の高い空、どこまでも、どこまでも青い、いつまでも変わらない空だった。
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