8.
翌日は月曜日だった。
いつの間にか帰ってきていた姉は、セーラー服のリボンを結ぶと、乃々介の作った朝食を掻きこんで、急いで家を飛び出していった。父はまた頭をかかえながら二階に上がっていった。奈子は普段よりも少しだけゆっくりと朝食を食べた。
それからランドセルを背負って玄関に出ると、割烹着を着た乃々介が見送ってくれた。
「いってらっしゃい、奈子さん」
いつものような笑顔で言う。昨日、奈子が泣いたことなんて忘れたような顔だったので、奈子は少しだけ赤面した。それから、怒ったような口調で言った。
「あのね、あたし、ずっとののっちと一緒にいるからね」
「はい?」
「それで、あたしに好きな人ができて、子どもができて、その子がおおきくなったら、あたしを食べていいんだからね」
乃々介はすこしきょとんとして、それから、少し嬉しそうに、少し哀しそうに笑った。
「―――はい」
「じゃ、行って来るね!」
奈子は玄関を開けて外に飛び出す。秋の穏やかな陽がふりそそぐ。少し落ち葉が散っていた。明るいところから、奈子は、後ろを振り返った。
玄関で乃々介が手を振っていた。痩せた、ぼさぼさの髪の、やさしい人喰いが。
奈子はちょっとだけ笑い、手を振った。それから前に向き直ると、その拍子に、水色の空が見えた。
よく晴れた空だ。おそらく今日も好天だと奈子は思った。いつものように。
そうして奈子は、いっさんに坂道を駆けていった。カタカタとランドセルを鳴らしながら。初夏の道を。
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