外で並んで歩いて見ると――― ドラ衛門には、やはり、異常なまでの存在感があった。
軍用ブーツを履き、明らかに防刃防弾を目的としているのだろう分厚いジャケットを羽織っているという服装だけでも威圧的なのが、さらに、身長が軽く見積もっても190cm以上はある。体格から見れば、体重も100kgに近いのではないか。それでいて、なぜだか知らないが、首には鈴のようなものをつけている。異様としかいいようがない。
その上、彼の髪は真っ青。襟足辺りでくくられた髪は、どこからどう見ても、人間の髪の毛には在らざる、異様なまでに鮮やかなプラスチック・ブルーだ。
まずもって、デカい。
そして、怖い。
その体格の上に、無表情無感情な顔がくっついているのだから、その威圧感といえば、いや増しに増すというものだ。顔立ちそのものだけならば、いちおうは『美形』の範疇に入らないでもない顔立ちではあるが、この場合、その事実はまったくもって救いになっていない。
そして、その隣を歩かされるノビは…… なんとも言えず、立つ瀬の無い気持ちを味わった。
すれ違った人間が、まず例外なく100%、何が起こったのか、とでもいいたげな驚愕の目線で振り返る。露骨に視線をあわさぬようにそそくさと去っていくものがいる一方で、中には横をすれ違っても、しばらくじろじろとこっちを見ている人までいる。ノビは恥ずかしさの余り、消えてしまいたいような気持ちを味わった。
だが、そんなところで、いきなりドラ衛門が、話しかけてくる。
「おい、ノビ」
「はっ、はいッ!?」
「学校を爆破した方法は、おそらくは、原始的なものだろう。お前は『ガソリン』の臭いをかいだといったな? さらに、大量の蒸気を感じたと」
「う、うん……」
「ならばおそらく、水とガソリンの混じったものが散布されたんだろう。ガソリンは気化しなければ爆発しない。では、水とガソリンの混合物を、校内全体に、効率よく散布し、さらに気化させる方法としては何が考えられる?」
「え」
頭の中が、緊張のあまりで真っ白になっているところに、さらになんて負担を強いるのだ、この男は。
「わ、分からないよ、ドラ衛門……」
恐る恐る手を上げるノビに、けれど、ドラ衛門はあっさりと答えた。
「答えは、『防火用のスプリンクラー』だ」
「スプリンクラー?」
「ああ、そこにガソリンを大量に混入し、校内にばら撒いたのだろう。この時代の消火装置は、液体を細かい粒にして撒き散らす。その結果、ガソリンは気化しやすい状態に置かれる。そこに着火させれば、一気に爆発が起こることだろう」
スプリンクラー、とノビは思った。
たしかに、うちの学校には防火用のスプリンクラーが備え付けられていた。
「じゃ、じゃあ…… スプリンクラーの中のガソリンをストップさせれば、爆破は防げるの!?」
「可能性は高いな」
ノビは、まぶたの裏に、凄惨な大火傷を負った、上級生たちの姿を思い出す。
体が半ば単科してしまったもの、肌がずるりと剥けて苦しんでいるもの、体中にガラスが突き刺さり痛みに転げまわるもの…… そして、喉を切り裂かれて、血溜まりのなかで絶命している、優。
彼らを救うのは、間違いなく、第一目的だ。ノビは興奮した。
「じゃ、じゃあ、あの爆破は防げるんだねっ!?」
「だが、一番の問題はそこじゃない」
けれど、ドラ衛門は、ノビの喜びに、すぐに蓋をしてしまう。
「問題は、その源しず香という少女の中にいる『エージェント』だ」
「え、えーじぇん……?」
混乱しているノビを見たドラ衛門は、しばらく黙る。適切な説明を考えていたらしい。
「……彼らは、未来から送り込まれてきた。お前の存在を『消す』ために」
「う…… うん」
「だが、22世紀の技術では、生身の人間を21世紀に送ることは、実質不可能だ」
ノビは驚いた。
「そ、そうなの!?」
「ああ。2189年現在、タイムマシンはまだ信頼が出来るほどの精度を持っていない。問題点は主に精度の高さだ。過去に送る最中でデータが劣化し、目的の時間で正確にデータが再現化される確立は、現段階だと78%前後」
「え、だって、ドラ衛門はちゃんとここにいるじゃないか!?」
「俺も十分にノイズに侵されている」
ドラ衛門は淡々と答えた。
「だが、俺は過去遡行のために設計されているため、ノイズ劣化対応のための高レベルの自己修復機能を持たされている。仮にエラーが起こって俺のボディが45%の再現度を持たなかったとしても、ナノマシンのレベルで組み込まれた再生機構が作動し、俺の身体を再生することができる。記憶バックアップも体内に複数体存在しているため、破壊されても通常通り稼動できる可能性が非常に高い」
ノビは、ごくん、とつばを飲み込んだ。
「……実際は、再現度はどれくらいだったの?」
「76・52%。想定の範囲内だ」
「で、治ったの?」
「いや。現在も修復が続行中だ。特に内分泌器官のエラーが大きいため、神経の伝達物質を完全に分泌しきれていない。さらに機械パーツの修復が必要だが、これはさっきの機械から素材の分子を調達したから、数時間である程度は解決されるだろう。So it goes.(そういうものだ)」
ノビはひどいめまいを覚えた。
何か平然と言ってるけどこの人…… 何かむちゃくちゃなことを言ってない……?
家に来たとき、壁際に座り込んでいるのを見て奇異に思ったが、あれはもしや、『体の修復』とやらが完成していないため、動けない状態だったということだったんじゃないだろうか?
だが、そもそも付き合って考えていてもしょうがない。ノビはしかたなく話を戻す。
「じゃあ、その『エージェント』って人たちは、どうやってこの時代に……?」
「彼らは、『電子データ化された思考パターン』のみを、この時代へと送り込んでいる」
一瞬、意味が分からなかった。
「……なに、それ?」
「エージェントは、脳内の分泌物や微細な生体電流のネットワークパターンを一定の21世紀人の脳内に送り込み、その内部に擬似的に自分の学習してきた知識、感情、思考パターンなどを再現する」
「……???」
「その結果、送り込まれた人間は脳内でエージェントの思考パターンを再現し、それにしたがって行動するようになる。これならばデータ量をかなり小さく出来るため、劣化も自然と少なくなる。いわば、もっとも合理的に過去への遡行を行うことが出来る。無論、違法とされている行為だが」
ノビは、自分なりに、必死で考えた。そして、なんとか出てきた結論を、声にして搾り出す。
「つまり、なんていうか…… 未来から来た幽霊が、しず香ちゃんに取り憑いているってこと?」
「……」
ドラ衛門は、一瞬、黙った。……ノビにはすぐに理由が分かった。慌てて釘を刺す。
「『取り憑く』の意味は、説明させないでね。やっとぼくなりに納得できてきたところなんだから」
ドラ衛門は素直にうなずいた。
「了解した」
「つまり、しず香ちゃんに取り憑いている、そのエージェントってヤツを除霊すればいいんだよね? どうやればいいの?」
「コレを使う」
ドラ衛門は、まるで銃帯のようなベルトから、金属製の短いペンのようなものを取り出してきた。
「なにそれ?」
「特殊な賦活剤、及び、特殊変異プリオンをミックスしたものだ。これを投与すれば、数分程度で脳内にあらたなネットワークが形成され、エージェントのデータは必然的に機能を失う」
ノビは、しげしげと、そのペンを見つめた。
針はついていない…… どうやって体内にそれを打ち込むのだろうか。まさか銃で打ち込むとか、という風に不吉な予感を覚え、ちらりと目で見上げると、ドラ衛門はそれを読んだように、「これは直接頚部から投与することが望ましい」と言った。
「頚部…… 首っ!?」
「他の部分では、投与した物質が脳に到達するまでに時間がかかってしまう」
プシュッ、と小さな音がして、針が露出する。鋭い。ノビは思わずごくりとつばを飲む。なんていうか、推測するに。
「それ、なんかボールペンっぽいね」
「そうか?」
「名前はなんていうの」
「知らん」
「……」
ノビが黙るのを見て、ドラ衛門はわずかに首をかしげた。眉を寄せる。思い出そうとしているらしい。そして、口から出てきた台詞は。
「圧縮式携帯型病変プリオンインジェ……」
「覚えられないッ!!」
いちいち用語がややこしい。このヒトには『物事をわかりやすくする』という思考は無いのだろうか。
「だいたい、そういうの使うシチュエーションで、いちいちそういう長い名前を呼べるの!?」
「確かに、一理あるな」
「もっと分かりやすい名前! たとえば、『除霊ペンシル』とか……!」
「じゃあ、それでいい」
ドラ衛門は、あっさりと了解したので、ノビは逆に出鼻を挫かれた。
「この『除霊ペンシル』を首に押し付ければいい。そうすれば、動脈に入り込んだ賦活剤と特殊変異プリオンが速やかに脳に運ばれ、『除霊』が完遂する。……何か疑問は?」
「あの、念のため聞いておくけど、ドラ衛門ってそういう『変な道具』をどれくらい持ってるの?」
「現時点で使用できるものは、この『除霊ペン』、さらに対人遠距離攻撃用の携帯武器だけだ」
……現時点?
「他にも様々装備はあるが、現時点だと俺のコンディションに問題があるから、使用不可能だ。この『除霊ペン』は複数準備してあるが」
「他にはどんなのがあるの。専門用語での説明は不可! じゃなくって、『なにができるようになるモノ』なのかを言ってね!」
「……」
ドラ衛門は歩きながら、やはり、少し考えていたようだった。やがて、腕を片方持ち上げる。ガシャッ、と音がして、腕時計だとばかり思っていたものが、見る間に、篭手のようなものに変形した。腕を覆う金属性の篭手と、銃を一緒にしたようなもの。手首の上から砲身らしきものが伸び、手首の先あたりに銃口らしい穴があった。ノビは度肝を抜かれる。
「!?」
「圧縮空気を噴出するための装置だ。非実弾の銃だといえば分かりやすいか」
ぜんぜん分かりやすくない。
「え…… ええっと、エアガン?」
「20世紀から21世紀初頭に普及していた所謂『エアガン』は実弾を装填、発射する機能をもっているはずだ。これは完全に非実弾装備だから、違う」
「えっと、何、空気を発射するの? つまり…… 『空気砲』?」
「そう呼んでも構わないだろう」
「……で、具体的にそれって何」
とても嫌な予感がしながら、聞いてみる。ドラ衛門は軽くうなずくと、篭手に覆われた腕を、近くに路上駐車されていた車に向けた。
バシュッ!!
その瞬間、甲高い音と共に、車のフロントガラスが、木っ端微塵に砕け散った。
ノビは、絶句した。
「!!」
ドラ衛門はその『空気砲』を、ノビのほうへと見せるように、軽くかざす。車のことなど歯牙にもかけていない。平然と言う。
「出力50% 威力は現時点で、ほぼ、12Gのラバー弾を装填した散弾銃に等しい」
ドラ衛門は淡々と言うが、ノビは全身の血がざあっと下がっていくのを感じる。
「実際にはこれ以上の威力を出すことも可能だが、基本的には殺傷能力は無い無力化武器だ。頭部などを狙えば相手が死亡することもあるが、俺はリミッターが……」
「そ、それどころじゃない! ににに、逃げるよッ!!」
ドラ衛門の台詞を途中でぶったぎって、ノビは慌てて走り出した。ドラ衛門は引っ張りもしないのに黙ってついてきた。律儀にもノビのスピードにあわせて。頭上だとカラスがギャアギャアと鳴いている。ノビは軽く300mは全力疾走すると、いい加減息が切れた。角もいくつも回り、なんとか車からは離れたかと思って立ち止まる。膝に手を当ててぜえぜえと息をしていると、こちらは微塵も息を乱している様子の無いドラ衛門が、無表情に聞いてくる。
「どうした、ノビ」
「どうしたじゃないだろッ!!」
思わず、絶叫する。
ドラ衛門がフロントガラスを木っ端微塵に粉砕した車。ぱっと見でも、かなりの『高級車』だったのは間違いない。そして、このあたりの地域で、『高級車』なんてものに乗っている人種は……
「ああああああ」
ノビは思わず頭を抱えてうずくまった。もしも誰かに見られていたら、明日にも、派手な柄のスーツの粋な兄いさんたちが家に来るかもしれない。そしたら破滅だ。……ドラ衛門は微塵も表情を変えない。
「安心しろ」
「なにが!?」
「非実弾気体銃は弾が残らない」
「そういう問題じゃない―――ッ!!!」
犯人が分かるの、分からないの、という問題ではない。そもそも車のフロントガラスを一撃で破壊するような物騒なものを、常時ぶらさげて歩いているというのか、この男は!?
「では、この事実ではダメだろうか」
「何!?」
「撃つよりも、俺が直接殴ったほうが、威力は大きい」
「……」
ノビが沈黙したのを見て、ドラ衛門も、さすがに若干は『まずいこと』を言ったらしい、と思ったらしい。拳を固める。
「証拠を……」
「見せないでいい!!」
腹の底から声を絞り出すと、いましも傍らのブロック塀を殴ろうとしていたドラ衛門が、ぴたりと手を止めた。
全力疾走と大声のせいで、ひどい息切れだ。ノビは目の前をチラチラと火の粉のようなものが舞うのを感じる。無論酸欠のせいである。原因は誰か?
言うまでも無い。傍らの、『自称ネコ型ロボット』である。
ノビは、心の底から思う。……なんなんだ、この非常識の塊は!?
無表情でノビを見下ろしている身長推定190cmオーバーの、ミリタリー風の青髪の大男。腕に装備している正体不明の兵器は車のフロントガラスを木っ端微塵に粉砕し、本人が口にしているところによると、たぶん、彼はパンチ一撃でブロック塀を完全破壊するものだと思われる。
あきらかに、人間ではない。
ノビはしばらく黙ってドラ衛門を見上げていた。ドラ衛門も黙ってノビを見下ろしていた。ノビは緊張感に耐えられなくなる。いい加減我慢も限界だ。大きく息を吸って、吐いて、気分を落ち着ける。
「……あのね」
「うむ」
「ぼく思うんだけど、ドラ衛門は学校に来ないほうがいいと思う」
「なぜだ?」
ぴしっ、と頭のどこかが音を立てた。
「まだわかんないの……」
地を這うような低いノビの声に、しかし、無表情の自称ネコ型ロボット。堪忍袋の緒が切れた。
「ドラ衛門がいるほうが、いないよりも、100倍くらいキケンなんだよッ!!」
ドラ衛門、さすがにこの一言は理解したらしい。かるく眉を寄せる。
「俺は迷惑なのか?」
「そうだよッ! っていうか、いままで自分がやってきたことを考えて、どこが『迷惑じゃない』って言えるわけ!?」
彼と会話を始めてから、まだ、たったの20分たらず。
現時点での被害は、母の携帯電話と、そこら辺に止めてあった高級車一台。未遂で終わったもの、ブロック塀ひとつ。
20分でこれである。さらに10分立ったら、あるいは1時間たったら、どれだけ甚大な被害が起こるものか、想像するだけで頭がクラクラしてくる。この男、そもそも『常識』というものが、頭から完全に抜け落ちている。
「ぼくはぼく一人で学校に行くから、ドラ衛門はついて来ないでよ!」
「だが『エージェント』が……」
「ドラ衛門と一緒にいたら、オバケが出るよりも先に死んじゃうよ! オバケよりドラ衛門のほうが絶ッ対にあぶない!!」
「……」
怒鳴った後、返事が無い。
さすがに言い過ぎたか、と思って見上げるが、だが、超合金並みの鉄面皮は、相変わらずの無表情のままだ。まるでおとなしくて大きな犬をいじめているような罪悪感が、胸を掠める。けれど。
「もう、ついてこないでよねっ! 絶対だよっ!」
それを振り切るように、ノビは怒鳴ると、きびすを返した。
そのまま、全力で走りだす。とはいえ、さっき全力疾走したばかりなので、ひ弱なノビには大してスピードは出せない。さっき、軽々と後をついてこられたドラ衛門だったら、おそらく、簡単に追いつけるだろう。けれど一瞬肩越しに振り返ってみても、彼はさきほどノビの置いてきた場所に、ぽつねんと立ち尽くしているだけだった。目立つプラスティック・ブルーの髪と、無表情。
なんとなく、無碍にした、という罪悪感が、チクリと胸を刺した。
……でも、『あれ』と関わりあってるっていうほうが、あきらかに危ない!!
時計を見ると、すでに、登校の時刻を過ぎつつある。ノビは慌てて道を曲がった。ドラ衛門は見えなくなる。罪悪感めいたものを胸の奥にしまいこんで――― ノビは、カタカタとカバンを鳴らしながら、全力で、走り出した。
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