1.ヨハン・アンデルセンのクリスマス


 メリークリスマス! と十代に言われてもさっぱり実感が湧かなかったというのは秘密の話。オレの郷里におけるクリスマスってのは、日本でいうあたり、なんていうか"お盆"(興味深い習慣だ! 大好きだといったらすごく変な顔をされたけど)に近いような感じで、好きな人にプレゼントとかそういう方向にはどうなってならない。一月おいといても大丈夫なような、ブランデー漬けのベリーがたっぷりはいったレンガみたいなケーキ。それといい子にはプレゼントをくれて悪い子には石炭を持ってくる不思議なばあちゃん。それがオレのクリスマスであって、断じて、こういう感じに大騒ぎをするようなのがクリスマスだったりなんてしなかったんだけど。
 なんかバカらしい感じの三角形の帽子をかぶった十代は、クラッカーを持ったままでオレの反応に眼をまたたいている。「どうしたんだよ?」と聞かれても、「あー…」とかなんとかはっきりしない返事をするしかない。なんていうか、これは文化の差なのだ。説明したって通じる気がしない。
「あのさあ、吹雪さんが部屋でパーティやるって。行こうぜえ、ケーキとチキンが死ぬほど食えるって! プレゼント交換もあるみたいだし!」
「なんでチキン? っていうか、プレゼント交換って?」
「……ヨハン、お前、クリスマス知らねえの?」
 ……十代に物知らず扱いをされると、すごく心が傷つくような気がするのは、、どうしてなんだろう。
 何を考えたんだか知らないが、しげしげとオレを見ていた十代は、やがて、にっ、と笑顔になる。なんだかよくわからない笑顔だった。幸せと不幸せが混じってた。なんか胸のどっかがぎゅっとなった。
「ま、別に知らなくたって関係ないって。ケーキ食ってさ、ごちそう食ってさ、みんなでクリスマス、すごそうぜ」
 ちゃんとヨハンのためのプレゼントもあるから! と十代は笑う。オレのため? 正直、面食らった。
 ……そうしたら、ぼそりと、声が聞こえた。
《言い訳があれば、誰かと楽しい時間を過ごせるんだもの。特に理由とかに目くじら立てるなんて、あんたらしくないわ》
 アメジストの声かと思った。でも、なんか違う気がする。オレが思わずきょろきょろしてると、「なんだよ?」と十代が首をかしげる。
「あー、いや、なんか今聞こえなかった?」
「……いやぁ?」
 誰だろう、と思って十代を見て、それから腰のあたりに付けられたデッキのケースを見て――― やっと、納得が行った。
「うん、……そうだな」
 オレが顔を上げて、ニッ、と笑ってやると、十代もぱっと笑顔になる。「そうこなくっちゃ!」とオレの腕をぎゅっと掴んだ。
「あ、でもそれ置いてけよ。お前のデッキ」
「えぇ!? どうして!?」
「っていうか、万丈目のとかと一緒にしてさ、オレのもおいてくから」
 そういう言い方で分かったらしい。「あ、そっか」と十代は納得顔になる。
 腰のホルダーからデッキを抜いて、それからとんとんと丁寧に角をそろえて、オレの部屋のテーブルにざっと広げる。オレもおんなじ風にする。あとで万丈目のやつも持ってきてやろう。―――こいつらには、たぶん、こいつらの楽しみ方がある。
「んじゃみんな、また後でな。お前らも楽しめよ!」
 十代は笑顔で手を振って、それから、オレの手をぐいぐい引っ張って部屋を出て行く。最後にオレが振り返ると、アメジストの隣に座って、一人の女性がオレを見ていた。感謝を込めてちいさく頭を下げると、彼女は、勇ましくて優しいレディ・ヒーローは、笑顔でひらりと手をふりかえした。





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