2.ジム・クロコダイル・クックのクリスマス


 ジムは昔からクリスマスが好きだ。嫌いな人間なんていないだろうが、やっぱり、特別に好きだった。子どもの頃を思い出す。実際に血縁の親ではないにしろ、ジムのことを育て、可愛がり、そして教え導いてくれた国立公園のレンジャーの皆が火の回りに集まっていたクリスマスのこと。
 ジムの郷里だとクリスマスは夏の盛りで、なにしろ暑いから、たぶん日本で想像するようなクリスマスとはだいぶ違っている。日の周りに集まって、みんながみんな肌脱ぎになって、笑ったり飲んだりと大騒ぎだった。というのも実は仕方の無い話で、帰るところのあるはずのみんな、帰ることができるみんなは、とっくに郷里で家族と一緒にクリスマスを過ごしているはずだったからだ。だから、そんな湿っぽさを吹き飛ばすために、何倍にだってみんな騒いだ。ジムのことを可愛がってくれていた中年の動物学者なんか、もろ肌脱ぎになって酒瓶を片手にして、チョコレート色のたくましい乳房をむき出しに、げらげら笑いながらジョークを飛ばしまくっていた。
 誰かが持ってきてくれた七面鳥を焼いて、それが足りなくなったらビーフやらカンガルーの肉やらを焼いて、それもなくなっても誰かが何かを持ってきた。ブリキのコップにスパークリングワインを注いで、まだちいさかったジムだって例外じゃなかった。燃えやすい木の粗朶を火に放り込み、燃料を注ぐと、火がきれいな青やピンクをひらめかせた。真っ赤な砂と奇岩の並んだ国立公園の真ん中で、星がきれいだった。灯りはほかにひとつもなくて、空と大地は、大昔に神さまが分けるまでひとつにくっついていたという話が、ものすごいリアリティをもって実感できた。
 小さなジムはみんなに可愛がられ、愛されていたから、クリスマスになるともちきれないほどのプレゼントに埋もれてしまっていた。強化プラスチックの柄がついたスイス製のナイフ、ビーズを編んだお守り、歩きやすい頑丈なブーツ、大人が読むような立派で専門的な地質学の本、それと、カレンのために特別に作ってくれた皮製の引き輪とか。
 でも、そんな中で、いちばんの宝物だったのが、あの、チョコレート色の膚をした女学者のくれたものだった。それは恐竜の顎の化石だった。編んだ紐をつけて首にかけられるようにしてあった。長い長い年月の中で違う素材に置き換えられたその化石は、普通の化石である部分と、オパールで出来た部分がまだらになっていて、まるでおっこちてきた虹みたいにきれいな虹色にひかっていた。当時のジムには分からなかったが、それでも、とても貴重で、そして、大切なものであるということは分かった。
「昔ねこの大地だと、虹は竜になって、天と地を結ぶ役目をしていたっていうんだよ」
 可愛いジム、と言って彼女はジムの頭を乱暴に撫でた。
「あんたはきっと、そういうことができる子になるね。強くて賢くて優しい子。あたしたちのジム」
 抱きしめられた、日焼けした膚の感覚。たくましい腕と硬い乳房。そして、なつかしい土ぼこりと汗と、そして、太陽の匂い。
 ―――
 パーティでみんなが大騒ぎをしている最中で、ジムは片隅に座ってのんびりとその風景を眺めている。南の島、と言われているアカデミアであっても、ジムにとってはかなりの北方に当たる。寒いせいか最近カレンの動作が鈍い。入れてもらった暖房の傍に寝かせておいて、その横でチキンの足から肉だけをむしってやっていると、ヨハンがこちらにやってきて、なんだか疲れた顔でぺたんと座り込んだ。
「どうしたんだ、ヨハン?」
「いや…… 別に」
 別に、といいながら、その眼はもともとこのアカデミアに通っていた生徒たちがさわいでいるところを眺めている。ビンゴでさんざもりあがり、今はそれぞれにプレゼントを開けているところだ。どうしようもないジョークグッズがあたって怒っているのは万丈目で、冗談みたいなお菓子入りのブーツをかかえて大笑いをしているのは十代だった。それを見つめているヨハンの手には、ガラス製の華奢なツリーのスノウ・スケープがあった。かわいらしい細工だったけれど。
 ジムはちょっと笑った。帽子を脱いで、ぎゅっと無理やりかぶせてやる。「うわっ!?」と声を上げている隙に、ヨハンの手にしていたオレンジジュースのコップの中に、たっぷりとスピリッツを注いでやった。
「ホームシックか。らしくないなあ、ヨハン」
「うるさいなぁ、ほっとけよぉ」
「ま、そりゃ里心も付くさ。クリスマスだからな」
 憮然とした顔でコップの中身をちびりと飲んで…… ぶっ、と吹き出しそうになり、げほげほとむせ返る。そんなヨハンに笑って、ジムは、首から外した革紐を、すばやく首に巻きつけてやった。
「な、なんだよっ。何しやがるんだよぉ!」
「プレゼントさ。変わりにそいつはオレがもらっとこうか」
 手の中から、ガラス製のスノウ・ドームをひょいと取り上げる。ヨハンは困惑顔で自分の首にまきつけられたものをみて、それが、おおつぶのボルダー・オパールであることに気づいて眼をまたたいた。びっくり眼にみひらくと、ヨハンの眼は、すきとおる碧色をしていて実にきれいだ、とジムは思う。
「それは、虹の龍の化石でね」
「……それって」
「冗談じゃない。そりゃ、お前さんの探してるドラゴンとは、ちょっとばかりは違うかもしれんがな」
 くすくすと笑いながら、帽子越しにごりごりと頭を撫でてやる。ヨハンは困惑顔で虹色の化石を見て、そして、ジムを見る。ジムはかるくスノウ・ドームをゆすってみる。プラスチックのドームのなかで、ガラスのツリーに雪が降る。実にかわいらしい細工だ、と思う。
「オレの郷里じゃ雪は降らない。こういうもんがあれば、帰ったときに、みんなに土産話ができるってもんさ」
「でもこれ、大事なものじゃ―――」
「相応しいところにあったほうが、どんなものだって喜ぶ。そういうもんだろう?」
 片方だけの眼を細めて笑い、ジムは、ヨハンの頭を撫でてやる。
「お前はきっと、夢をかなえられるだろうよ。強くて優しくて、そうして、誰よりも一生懸命なヨハン」
 しばらくヨハンは黙っていた。それからやがて、ふてくされたようにぼそりとつぶやく。
「……子ども扱いすんなよな」
 ジムは眼を丸くして、それから、ぶっと吹きだした。げらげら笑っていると、気づいたのか、十代がこっちにとことこと歩いてくる。「どうしたんだ?」とジムをみて、それからヨハンの首に下がった石を見て、「すっげえ!」と声を上げる。
「お前のそれもすごいじゃないか! 一人じゃ食いきれないんじゃないのか?」
「そんなことないけどさあ。でも、ジムもヨハンも食う? キャラメルポップコーンとさ、あと、マシュマロと、ハッカ味のアメ!」
「おっ、そいつは懐かしいなあ。どれどれ」
 お互いに笑いながら言い合っている二人を見ながら、どういうつもりなのか、ヨハンは困った顔で首に結び付けられた革紐を揺らす。その先端できらきらと光を弾く虹色の化石に、どういう風に思っているのか、暖房のそばに寝そべったカレンが、くわあ、と大きなあくびをする。




 
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