アカデミア繚乱! おんぶデュエル!
〜遊城十代は大変なものを盗んでいきました編〜





 前回までのあらすじ
 ワニの背負いすぎでぎっくり腰に倒れたジム・クロコダイル・クックを助けるべく、遊城十代が協力。装備合体により見事ヨハン・アンデルセンを撃破した。
 しかし、ワニではなく人間との装備合体でデュエルへ挑むという反則行為に対して納得の出来ないヨハン・アンデルセンは、ジム・クロコダイル・クックへと再戦を申し出る?

「……申し出たんドン?」
「あくまで予想だよっ」
 説明文の登録を終えると、画像を保存。登録済みのサーバーへとアップロードし、無料動画配信サイトへと登録。抜かりが無い、というよりもあまりに手早い。後ろから覗き込みながら剣山は嘆息した。相変わらずこの人は暇なときには何をやっているか分からない。
 ―――イエロー寮の翔の私室、通称、”秘密基地”にて。
 そもそも、普段、翔や剣山が生活の場としているのはレッド寮の一室、というよりも十代の部屋だ。来るものはこばまずを地でいく性格の十代は誰が部屋に来ようと文句一つつけないが、それに問題がないわけではない。……レッド寮は、インターネットに接続するための設備が、まるで嫌がらせのように貧弱なのだ。
 それもこれもレッド寮を劣等生専用の寮にする、もとい、”レッド寮まで落ちたらあとはないぞ”という脅しの意味を込めてのいやがらせのような設備だが、今ではほとんど罰ゲームの体を為していないといえよう。アカデミアにおけるトップである十代がレッド寮に在籍しているということで、レッド寮にいるということを屈辱にかんじる生徒が減ってしまったせいだ。そもそもイエロー在籍の翔も剣山もレッド寮にすみついているし、ブルーレベルで招かれたヨハンも、今ではどこの寮に所属しているのかがそもそも不明の万丈目もレッド寮に住み着いている。いまやアカデミアにおける吹き溜まりというべきか、なにがなんだか分からなくなってしまったレッド寮……
 とまれ、そこにはどうやっても手に入れられない私物の類を、必然的に、翔はイエロー寮の部屋で調達することになる。主にIT機器の類にはじまり、人に見せないコレクションの類。剣山はあきれがおで、ところ狭しと飾られている十代の写真を見る。これではアイドルオタクの部屋も同然である。
 ―――その上、わざわざ動画を大きな画面で見るために、携帯端末に飽き足らず、わざわざデスクトップのパソコンを部屋に置いている。
「翔センパイ、おたくザウルス……」
「うっさいなあ。いまどき、ネットもチェックしないでまともにデュエリストやってらんないよ!」
 動画サイトへUP。すぐに他の動画をチェック。翔のマイリストを見ると、アカデミアで行われた非公式デュエルの記録が並んでいる。―――翔にとって、アカデミアでのデュエルの記録をネット配信することは、趣味を通り越して一種の義務に近い。
 そもそもの始まりは、入学してすぐに、なんの気もなしに、兄のデュエル動画をUPしたことだった。
 その当時は兄は強豪ではあってもまだ学生、その動画への反応も薄い。けれど、エド・フェニックスがテレビメディアで遊城十代へのデュエルを申し出たあたりから風向きが一気に変わった。
 ……アマチュアの間で、遊城十代というデュエリストの評判が上がっている。
 だがしかし、そのときに言う”アマチュア”というのは、ほんとうにごく限られたデュエリストのことだった。自分自身はデッキを持っていても友達と遊ぶ程度で試合参加など予想も付かない、テレビでデュエルを見て楽しむけれど実際には高価なチケットを買ったりはしない、そういう類のファンに十代の名前が一気に知れ渡ってしまったのは間違いなくエドのせい。アカデミアに面白いデュエリストがいるという評判が一気にネットを駆け巡り、翔のUPした動画へもアクセスが殺到した。仰天したのは翔自身だった。何がどうなって、こんなことになったのやら。
 しかし、翔は十代のファンだ。弟分を自称してはいるが、同時に、第一のファンであることに誇りを持っている。今は十代のデュエルのファンも多いが、しかし、”十代が好き”という意味では誰にも負けるつもりはない。だから十代のファンたちへと十代のデュエル、および、アカデミアで行われる様々な興味深いデュエルを報告することは、翔にとっては一種のライフワークなのだ。それ以来、ジェネシックスでのデュエルを初めとして、特に十代の行った面白いデュエルを動画配信サイトに投稿するには、翔の日課となっている。
「に、しても、これってタグに悩むよなあ」
 画像をチェックして、万全であることを確認し、翔は思わず頬杖を付く。画面に映っているヨハンとジムのデュエルを、剣山は、興味しんしんに覗き込む。
「別に普通にジムとヨハンのデュエルってことでかまわないんじゃないドン?」
「でも、これって、どう考えてもアニキが一番重要なデュエルじゃない?」
 ―――画面の中で、ジムの背中にしがみついた十代が、目をかがやかせてジムの手札を覗き込んでいる。
「アニキがいなかったら、ヨハンは絶対に負けなかったよ! だって、どう見たって動揺しすぎだったじゃないか、ヨハン」
「たしかに、すっごい凡ミスの嵐ザウルス」
「ここまで無様なデュエルをみせちゃったら、こりゃあ、後が怖いよ。逆転しないと名声に関わるっていうか」
「まあ、たしかに……」
「非公式デュエリストだと、今、世界最強なのはヨハンってことになってるらしいからね」
 I2社の会長、ペガサス・J・クロフォードによる、数年前の発言だ。非公式の発言ではあるが、彼に言わせれば、世界でもっとも強いデュエリストであるのは、いわずと知れたデュエルキングである武藤遊戯、KCの社長である海馬瀬人、現在は公式には姿を見せなくなった城之内克也の三人に並び、エドとヨハンだということになっている。チャンピオンであったDDを除いているあたりがペガサスらしいといえるだろう。この五人に共通するのはデュエルの”熱さ”だ。理知的に構築されたデッキでロジカルなデュエルを見せるのではなく、それぞれにポリシーを持ったデッキを構築し、それをまるで己の手足のように扱うことによってデュエルを見せる。彼らのデュエルには華があり、熱さがある。それ以外のデュエリストにはないもの。まるで、DMというゲームそのものが、生きているかのように戦うという生き生きとしたスタイル。
「でも、このデュエルだと、いくらなんでもヨハンはボロボロだよ。叩かれるだろうなぁ〜」
 ふっふっふっ、と含み笑いをする翔。……剣山は思わず身を引く。
「翔センパイはアニキがかかわると人間が変わるザウルス……」
 人の不幸を願うなんて汚いザウルス、とじとりと剣山が言うと、翔は、ふんと顎をそびやかした。
「違うよ。ボクは人の不幸を願ってるんじゃない」
「だったら何を願ってるんドン」
「アニキを独占するやつが不幸になればいいと思ってるだけだもん」
「……」
 思わず沈黙する剣山に、翔は、カチカチと画面をクリックする。早くも動画には、嵐のような勢いで、無数のコメントがテロップのように走り出していた。



 そして。


「ジムっ! オレはお前にデュエルを申し込むっ!!」
 ―――アカデミアの保健室では、翔が予想したのと、まったく同じ事態がおこっていた。
「そうよ。クック君はドクターストップだって、何回も言ってるでしょう?」
 困り顔の鮎川。だが、ヨハンは収まらない。今日の惨敗がよっぽど悔しかったんだろう。どんなデュエルもノーサイド、という精神のヨハンには珍しく、怒り過ぎてほとんど涙目になっていた。
 ジムはというと、ベットに不自然な姿勢でひっくりかえったまま、困惑顔。ベットの下にはカレンがいるが、そもそも、とうてい立てるような状況ではないのだ。
 ……今日のデュエルの後。
「だから言ったのに。当分重いものを持つのは禁止って……」
「Sorry……」
 呻くジム。腰が痛くて、ほとんど声も出ない、という状況だ。
「だいたい無茶苦茶よ。十代くんは、そりゃあ、カレンよりは軽いけど、”重たいもの”には違いないんだから!」
 十代を背負ってヨハンとデュエルをした後、ジムは、再び保健室送りとなった。
 ……当たり前である。
 そもそもぎっくり腰は、癖になる。一度腰を痛めれば、しっかりと休養をとって治さないうちに同じことを繰り返せば、再び症状が戻ってしまうのも当たり前だ。ましてジムは今だに腰がいたいままデュエルリングに立った。しかも、カレンよりは幾分軽いとはいえ、人間一人を背中に背負ってである。再び悪くしないほうがおかしい。
「It has understood. だがなぁ、ヨハンとデュエルするに当たって、何一つ自分にとって大切なものを背負わないなんて、考えられなかったんだ」
 半ばうめき声ながら、ジムは、なんとなくカッコよさそうなことを言う。
「人間、自分にとって大事なものの重荷を背負って、初めて正面から誰かと戦うことが出来る。そうじゃないか?」
 ニヤリと笑う。
「オレにとってカレンはFamilyで、十代はBest friend,重荷の種類は違っても、心の重要さは比べられないくらい。だからオレはヨハンに勝てた」
 まあ、腰痛には負けたがなぁ。ジムはぼやき、笑う。ぐっと親指を立てて見せた。
「これくらいたいしたこと無い! いくらか寝てれば治るんだろう、Dr.鮎川?」
「そりゃあそうですけど……」
「この程度の痛みよりも、オレにとってはヨハンとのデュエルのほうが大事だったってことさ。それでいいじゃないか」
 そこでいけば、話はきれいにまとまってしまう。だが、それでは納まらない人間が、ひとりいた。
「よ、く、な、い!!」
 ヨハンの声は、まるで、地獄から這い上がってくるようだった。
 ばん、とテーブルを叩く。鮎川がぎょっとしたように身を引く。ヨハンの目が、まるで、鬼のようになっていた。
「大切なものを背負ってってなんだよ!? なんか大事なものがあれば偉いのかよっ。納得がいかないーっ!!」
「納得がいかなかろうが、なんだろうが、事実は事実だぜ?」
 ニヤリと笑うジム。ヨハンがカッと赤くなる。
「あんなに動揺したヨハンは初めて見たぜ……」
「だ、だ、だってそりゃあ、当たり前だろうっ!? 相手がいきなり人をおんぶして現れたんだから! オレ、そんな相手とデュエルなんてしたことない!」
「オレはいつだってカレンを背負ってたぜ? だが、毎回毎回、ヨハンに勝ててたわけじゃない」
「十代とカレンは違うだろっ」
「まあ、そうだ。カレンはずっしりと重かったが、十代はずっと軽かった。それにカレンはオレの首にだきついちゃくれないが、十代はぎゅうぎゅう締めてきたからなぁ」
 ……具体的には強力なカードをドローしたときとか、首を絞められた。
「オレにはカレンと別れることなんてできないが、しかし、十代相手だと悩むなぁー。カレン、浮気なオレを許してくれ。十代がCharmingすぎるのが悪いんだ」
 ぐわあ、と鳴くカレン。……あきらかに、挑発していた。
「そういう言い方は卑怯だ、ジムー!!」
 見事に載せられて、怒鳴り返すヨハン。
「十代が軽いとかチャーミングだとかそういうのって関係ないだろ!? オレはデュエルをもう一回やろうって話をしてるんだよ! 今度はフェアな状況で!」
「Impartialityね。だが、どういう状況がImpartialityだって言うんだ、ヨハン?」
 ぐっ、とヨハンは黙りこんだ。
「そ、そりゃあ、いつもどおりのジムとオレで……」
「オレはいつもと何にも変わらなかったぜ? 大事な誰かを背中に背負ってデュエルする、それがオレのスタイルさ」
 でも今のオレにはカレンは持ち上がらないだろう、と飄々と言う。
「だから必然的に背負うのはより軽い十代だった。いつもどおり。違うか?」
「ぜんぜん違うっ」
「The street,そのとおりだ。だが、違うのはオレじゃない。お前だろ、ヨハン?」
「……!!」
 ヨハンは一気に耳まで赤くなった。
「まぁ、オレにとってカレンが大事で、十代が大事なくらい、お前には十代が大切だったってわけだ。ふぅむ、ここはひとつ、ヨハンがカレンを背負ってデュエルをすれば公平に……」
「冗談じゃないっ―――!!」
 怒鳴りつけるなり、がしゃん、と音を立てて立ち上がる。椅子が倒れる。そのまま走って保健室を出て行くヨハンを、鮎川は、唖然として見送った。
「Well……」
 ベットの上で、ジムは、不自由ながら肩をすくめる。
「Loveってもんは、何か、やたらと物事を難しくするなぁ。なあ、カレン?」
 ぐわあ、とカレンは鳴いた。分かっているのか、分かっていないのかは、見当も付かなかったが。


 
 

 廊下を大またで、走るように歩く。そんなヨハンを見かけた誰もがぎょっとしたように身を引いた。あきらかに目がまともではなかった。触ると火傷しそうな勢いだった。
《ちょっとぉ、落ち着きなさいよぉ、ヨハン》
 そんなヨハンの傍らを、他の誰にも見えない山猫が、歩調を合わせて歩く。あきれかえった声だった。
「オレは落ち着いてるっ」
《鏡でも見てごらんなさいよ。それが落ち着いてる人間の顔だと思うの?》
 山猫は、歩きながら、器用にため息をついた。
《まったく、どうしてヨハンは十代がからむとまともじゃなくなるのかしら》
「十代は関係ないだろっ、オレはジムとのデュエルに納得がいかないっていってるんだよ!」
《だから論旨がむちゃくちゃだって言ってるでしょ。ヨハンはジムとのデュエルに負けたんじゃなくて、”十代を背負った”ジムに負けたのよ。自分でも分かってるんでしょう?》
「―――っ」
《問題なのはジムじゃなくってアナタ、というよりも、アナタと十代との関係なのよ。……まったく。ヨハンがデュエルに差し障りがあるくらい、誰かにのめりこむなんてねぇ》
「アメジスト・キャット…… そういう言い方って卑怯だろ……」
《違うの? あたしはなんにも間違ったことは言ってないわよ?》
「それじゃ、オレが十代のせいで負けたって言ってるみたいじゃないか!」
 傍らに怒鳴った瞬間、どん、とヨハンは誰かにぶつかる。わき見をしていたせいだ。転びそうになり、とっさに伸ばされた腕にすがる。誰だろう。ヨハンは慌ててあやまろうとした。
「わ、すいませ……」
「独り言言いながら、何をやってるんだい、ヨハンくん?」
 だが、返ってきたのは、予想外に聞きなれた声だった。
 見上げると、そこにいるのは、色の白い美青年。涅色(くりいろ)の眼と同色の髪。ヨハンを抱きとめていたのはブルー寮の年長さん…… 天上院吹雪だった。
「天上院さん?」
「なんだかぶつぶつ言いながら走っていたけど、どうしたんだい。十代くんがどうしたとかなんとか」
 ヨハンはカッと赤くなり、自分で気付いて、頭を抱えそうになる。―――さっきから自分はどうかしている。
 そんなヨハンを見て、吹雪はきょとんとしていたが、すぐになにやら思いついたらしい。笑みを浮かべるとヨハンの腰を引き寄せる。ヨハンは眼を丸くする。
「あ、あの……?」
「ふむ、いい香りだ。君からは、まるで、深く蒼い森の空気のような香りがする」
「……」
 意味が分からない。混乱して返事に詰まるヨハンの髪を、吹雪の指がすくいあげる。並んでみると吹雪はヨハンより幾分背が高い。やわらかい髪質の翠緑の髪をもてあそびながら、吹雪は甘く囁く。
「けれど、もっと芳しいこの甘さ…… これは、恋の香りだね?」
「!?」
 吹雪は笑顔を浮かべると、指で、上を指した。
「君の上に何が見える?」
 ヨハンはぽかんと口を開ける。釣られて上を見る。白い漆喰で塗られた天井。
「て、天井ですか?」
「……あー、天井ね…… 天井、IN、になっちゃうなぁ、それじゃあ」
「???」
「室内だとうまく行かないなぁ、これは」
 何を失敗したのか苦笑しながら、吹雪は腕を放してくれる。やっと開放されたヨハンは半ば唖然としながら、腰に手を当てている吹雪を見るしかない。
 天上院吹雪とは、あまり、話し込んだことの無い。十代からは、”すごく面白い人”とか、”でもよくわからない人”などと聞いていた。”明日香とはあんまり似てない”とも。
 ……なるほど、たしかに、よく分からない。
「何の用ですか、オレに」
「いやぁ? キミが悩んでいるようだから、どうしたのかと思ってね。さっきから一人でぶつぶつ何を言っていたんだい」
「別に独り言じゃなかったんですけど……」
「あ、誰かいるんだ」
 いるわよ、とアメジスト・キャットが憮然と答える。尻尾の揺れ方がなんとも不満そうだ。
「まあ、とにかく十代くんの名前がやたらと聞こえたんだけど、どうしたんだい。今日のデュエルについての話?」
 とたん、ヨハンはぐっと黙り込む。
 吹雪は眼をまたたいた。涅色の眼に、いかにも面白そうな色がうかぶ。くすりと笑みを浮かべた吹雪はふたたびヨハンの腰に手を回す。抱き寄せられそうになって慌てて逃げようとするが、耳元で囁かれた言葉に、動きが止まった。
「恋、の悩みなの?」
「!?」
 思わず、ばっと振り返る。至近距離に、涼しげな風情の涅色の眼。いかにも面白そうな色がそこに浮かんでいる。
「キミは僕を知らなかったみたいだね? 教えてあげよう。僕は恋の魔術師、天上院吹雪だ」
 思わず何かを言いかけた唇に、ぴたりと一本の指が当てられる。吹雪は歌うように言った。
「このアカデミアで起こる恋愛トラブルは、すべて僕の管轄内なのさ。当然、今まで十代くんに起こった恋愛トラブルもね」
「い、今まで!?」
「十代くんは、ほんとうに、魔性の男というか……」
 吹雪はいかにも感心した、という風に首を横に振る。
「彼をめぐって起こった恋の鞘当は数え切れない。あんな無邪気で少年らしい十代くんの、どこにそんな魔力があるのか」
 唖然とするヨハン。《ちょっと》と横で呆れ声がした。
《ヨハン、あなた、騙されてるんじゃないの?》
「アメジスト、ちょっと黙っててくれ!」
《なによぉ!》
「本当なんですか、天上院さん!? 十代が、その、恋愛トラブルとかなんとか」
「本当さ。この僕が手ずから調停を手がけたことだってあるんだからね?」
 絶句するヨハンの手を、吹雪の手がやさしく取った。ちいさなキスを指先に落とす。
「僕の部屋へ来ないかい? キミのその悩み、この天上院吹雪が、やさしく、じっくり、丁寧に、相談に乗ってあげようじゃないか」
《……この男、なんなのよ》
 アメジスト・キャットがぼやくが、すでにヨハンの耳には入っていない。
「Yes、と言ってくれるね、ヨハンくん?」
「……は、はい」
 押されるままにうなずいてしまうヨハン。あーあ、とアメジスト・キャットがあきれ返ったため息をついた。




「つまり、あれか。キミは今回のデュエルの顛末に、どうしても納得がいかなかったと」
「……はい」
 ―――いつの間にやら吹雪の部屋。
 ブルー寮の一室らしく、上品なインテリアの部屋には、しかし吹雪の趣味なのか、あちこちの調度が変えられていた。なんだか高そうなオーディオセットやら、紅茶を入れるための一そろいやら。今もソファに座ったヨハンの前に、白いボーンチャイナのティーセットが置かれ、吹雪がそこに、丁寧に淹れた紅茶を注いでくれる。淡い色と甘い香り。
「ダージリンのファーストフラッシュには、恋の香りがする…… 淡い水色、甘い香り、そしてその薫り高い苦味。これこそ恋に悩む少年の心にふさわしい」
「はぁ……」
 ……控えめに言っても、何を言っているのかさっぱり分からない。
 くすくすと笑いながら紅茶をすすめてくれる吹雪。「ストレートがオススメなんだ」といわれるままに口に含むと、涼しく甘い香りと共に、かすかな苦味が舌に残った。
「で、まあ、あれか。十代くんをめぐる恋愛トラブルについてと」
「別にオレは恋愛のつもりじゃあ……」
「いやいや、隠さなくたっていい。恋愛のエキスパートである僕の眼には一目瞭然だ」
 ヨハンの向かいに座り、笑顔でティーカップを手に取る吹雪。なんとも面白そうな顔をしていた。
「キミのデュエルは僕も見たよ。まあ、キミを傷つけるのは本意じゃないから細かいことは言わないでおこう。でも、キミはいつもどおりの自分のデュエルが出来なかったことを悔いている。そうだろう?」
「……言い訳はしない。その通りです」
 ヨハンは苦く、噛み締めるように答えた。ふぅん、と吹雪は面白そうな顔をする。
「素直だね」
「オレにもデュエリストのプライドがありますから。あんな勝負をしたってこと、言い訳のしようがないってことは分かっている……」
「ああ、そうじゃなくってさ。つまり、キミは十代くんを背負ったジムに負けた。十代くんへの想いにさえぎられて、自分のデュエルを忘れてしまった。そういうことなんじゃないのかい?」
 うっ、と言葉に詰まるヨハンに、吹雪は、にこにこと笑顔を浮かべる。
「僕には分かる。キミの中には十代くんへの愛があるんだ。その愛ゆえに、ジムが十代くんと仲むつまじくしている姿に動揺して、正常な判断能力を失った」
 ふう、と吹雪はため息をついた。芝居かかったしぐさで紅茶を一口口にする。白い指がきれいだ。
「僕には分かる。愛する誰かが人の恋心に無自覚で無防備だってことが、どれだけ心を焦がすのか…… 十代くんはあの無防備な姿で人の心を惑わせる。魔性だね、あれは」
「そ、その、それってどういう意味なんですか!」
 がちゃん、と手元でソーサーが鳴る。だが、構っていられない。思わず身を乗り出すヨハンに、吹雪は、いかにも困った風に首を横に振ってみせる。
「僕が知っている限りでも、一人、二人、三人…… 十代くんへの愛のために道をたがえたデュエリストがいる」
「……!!」
「そこにキミとジムも加えると、ねえ。ああっ、なんて罪深いんだろう、十代くんは」
 もはや、冷静ではいられなかった。
 頭の中がぐるぐるのパニックだ。魔性だとか罪深いとか。十代の無邪気な笑顔が頭をよぎり、ヨハンは思わず頭を抱えたくなる。十代、お前、オレが知らないところで何やってんだ! 知り合うまでにあまりにブランクがありすぎたことへの後悔やらなにやら。
 ……混乱しきっているヨハンは、吹雪が、どんな顔をしているかに気が付かない。
 吹雪はけれど、ふっ、と真面目な顔を作ると、テーブル越しに手を伸ばす。ヨハンの手に、そっと手を重ねた。
「でもねヨハンくん、僕はキミにも希望はあるとおもう。たぶん、今、十代くんが最も愛しているデュエリストは……」
 キミだよ、と吹雪は囁いた。
「そう…… ですか?」
「そうだよ。キミと一緒に居るときの十代くんのあの喜びに輝く笑顔、キミと歩くときの弾む足取り、キミのことを話すときのうれしそうな声色。あれは間違いなくキミへのラブポイントの高さを示しているよ!」
 けれど、と吹雪はいかにも哀しそうに目線を横にそらす。
「哀しいかな、キミには足りないものがある」
「オレに、たりない……?」
「そう。それが哀しいかな、キミとジムとの間に差を作り出している。それが十代くんに、ジムからの求愛を受けさせるという、決定的なアドバンテージの差を作り出してしまったんだ!」
 ……うさんくさい。
 決定的にうさんくさかった。
 こっそり、ソファの後ろに寝そべっていたアメジスト・キャットが、《サギ師……》と呟くが、しかし、ヨハンの耳には聞こえていない。ヨハンはつられるままにぐっと身体を乗り出す。
「なんですか、オレに足りないものって!」
「それは……」
 ピッ、と吹雪は指を立てた。
「ストレートに愛を伝える素直さ、だ。求愛といってもいい」
「愛を伝える…… って」
「キミは見たはずだよ。ジム・クロコダイル・クックが、いかにして十代くんへと愛を伝えたか」
 はあ、と胸を押さえる吹雪。大げさな身振り。
「《お前は新しいオレの勝利のAngelだ》…… 十代くんにとって、これほど心に響く愛の告白は無い」
 なんといっても、十代くんは、誇り高いデュエリストなのだからね! と吹雪はびしりとヨハンへと指を突きつける。
「十代くんが実力を認めたデュエリストを、正々堂々と倒し、その勝利を捧げてくれる。まして、その勝利は十代くんの力あってのもの! これで十代くんが胸キュンしないはずがない!」
 びしりと宣言し、そして、胸を押さえる。ふっ、と吹雪は切なげな笑みを浮かべる。
「どうだい、これが僕が三年間、十代くんを横で見ていて手に入れた結論だ……」
「……」
「つまり、キミは出汁にされてしまったんだよ。ジムが十代くんへの愛を伝える手段のためにね…… 可哀想に」
 ヨハンは何もいえなかった。
 完璧に、打ちのめされていた。
 自分はジムに負けた、というただでさえショッキングな事実の上に、さらに、もう一つの衝撃的な事実が、吹雪によって上乗せされてしまった。
 すなわち、ヨハンは、愛のデュエルにおいても、ジムに敗北してしまった、という事実。
 ―――それがはたして”事実”であるのかは限りなく疑わしかったが、けれど、吹雪の言葉は、まるで悪魔の誘惑のように、しっかりとヨハンの心に食い込んでしまっていた。
 さすがにソファの後ろで聞いていたアメジスト・キャットも、我慢がしきれなくなった。いくらなんでも無茶苦茶である。宝玉獣のヨハン、とその名を冠されるくらいなのだ。ヨハンという少年は宝玉獣たちみんなにとっての可愛い弟や、子どものようなものだといっていい。それが目の前でサギ師にたぶらかされているのである。
《ちょっとヨハン、正気に返りなさいよ!》
 思わずソファの上に飛び乗り、ヨハンの膝に前足を乗せる。
《さっきからこの人の言ってること、なんかしらないけど全然筋が通って無いわよ!? どうしてデュエルの話が恋愛の話になるわけ!?》
 だが。
「デュエルは愛のバロメーターだ!」
 まるで自分の言葉が聞こえていたように吹雪が言うものだから、アメジスト・キャットの尻尾が、瓶洗いのように太くなる。
「ヨハンくん…… だが、キミが十代くんの愛を取り戻す方法が、まだ、一つだけある」
 打ちのめされているヨハンの前で、吹雪はやさしくささやく。ヨハンは顔を上げる。そこには吹雪の、まるで、おとぎ話の王子さまのような笑顔がある。バックに大輪の薔薇でも背負いそうな笑顔が。
「その、方法って」
《ちょっとぉヨハン!?》
 アメジスト・キャットの声も、すでに、聞こえていない。
 ふっふっふ、と笑うと、吹雪は、高らかに言った。
「それは…… キミが、ジム・クロコダイル・クックと、同じことをすることだ!」
 アメジスト・キャットの顎が、かっくん、と落ちた。
 何を言い出すのだこの人は。
「つまり、十代くんをその腕に抱き、同時に彼の目の前で勝利を背負い、それを捧げる…… そのほかに十代くんの愛を取り戻す方法は、無い!」
 誰かを抱いてデュエルをするのは、不可能ではなかろうか。
 だがしかし、気付いていない。ヨハンは呆然と、その碧の眼を見開いてた。
 吹雪はそっと立ち上がり、テーブルを回り込む。ヨハンの肩をやさしく抱いた。
「キミにならきっとできるよ、ヨハン・アンデルセン…… なぜならキミは、たった今から、遊城十代のために戦う、愛のデュエリストとなったのだから……」
 もはやヨハンに言葉は無い。
 アメジスト・キャットにも、言葉は無かった。余りの成り行きに呆然として。
 そうして彼女は、不幸なことに、悟らざるを得なかった。
 遊城十代は、彼らの大切なヨハンから、大変なものを盗んでいってしまったのだ。
 ―――主に常識とか。
「分かりました…… オレは…… やります!」
 そして、ヨハンは、とうとう言ってしまう。
「オレは十代のために戦います…… 愛のために!」
 その眼はマジだった。
 本気と書いて、マジだった。
 アメジスト・キャットは、心の中で叫ぶ。
(誰かどうにかしてえええええ!!! あたしたちのヨハンがああああ!!)




「……っしゅん!」
 十代は盛大なくしゃみをした表紙に、カードを取り落とした。
《くり〜?》
「ああ、ごめん、相棒! 痛くなかったか!?」
 あわてて持ち上げるそのカードは、当のハネクリボーのカードだ。愛らしい精霊はなんともないと言うようにうんうんとうなずいてみせる。
 いつものように、さまざまデッキを構成している最中。手元には無数のカードが散らばっている。十代にとっての至福のときだ。それがどうしたんだろう。十代は小首を傾げ、指で鼻の下をこする。
「うーん、でも、どうしたんだろうなぁ〜? 風邪かな?」
 それとも誰かおれの噂でもしてるのかなあ、あはははは、と笑う。

 ―――それがぜんぜん洒落になっていないということなど、そのときの十代には、知る由もなかった。





このまえ



2ちゃんも見てるなら、ニコリストでもいいってことで……>翔
ユベルもいないのにラブモードになってしまったヨハンと、ぜんぜん自重していない吹雪さん。
今回は十代はちょっとお休み。一番自重してないのは作者だといちおう自覚はしています。正直すまんかった。後悔はしていない。



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