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『天涯境』は、近づいてみると、黄金のリングの内側に、さまざまな建造物が作られたエリアだということがわかった。
そのほとんどが、無骨な金属で作られた砦さながらの建物ばかり。無数の兵器が存在し、輪の中心の向こうには、とりわけ大きな暗闇が存在している。近づいていくと、いくつかの影が接近してきた。おそらくは『天涯境』の警戒部隊。
「おい、貴様ら、何者だ!」
誰何の声。何かの乗り物に乗った幾人もの天使や悪魔が、武器を構え、三人へと近づいてくる。
けれども、『聖動光珠』の上にすっくと立った動使が、凛、と言い放った。
「ぼくだ! 動使クシナダだよ!!」
「……動使!?」
獣の顔もつ悪魔が、驚いたように武器を収める。
「どうしたんですか、動使! いきなり行方不明になったって、みんなで大騒ぎしてたところですよ!」
「ぼく、『岩仙境』に薬を取りに行ってたんだ。この人たちはぼくがここに戻る手助けをしてくれたんだよ」
一本釣とピーターは、倍もあるような体躯の悪魔と言葉を交し合う動使を、なんともいえない気持ちで見守った。
この様子を見ていると、どうやら動使はこの『天涯境』ではちょっとした有名人らしい。近づいてきた悪魔は困惑の表情でちいさな動使を見る。
「何がどうなってそんな無茶を……」
「だって、ぼく……」
「とにかく、基地に戻ってください。クロス様が心配なさってますよ!」
有無を言わさぬ口調で言う悪魔に、動使は沈黙する。一本釣とピーターの二人は、ただ、顔を見合わせた。
『天涯境』は、幻次界の砦。
降り立ってみれば、そこには厳つい装備に身を固めた、いかにも力に自信のありそうな天使や悪魔たちが闊歩していた。お守りの姿はほとんど見えない。子供や老人の姿も無かった。そんな中、獣の悪魔に連れられて歩く三人は、相当に目立つ存在なのだろう。あちこちから怪訝そうな、あるいは困惑したような視線を感じる。
「ずいぶんものものしい場所ぜよ」
「うん。だって、ここは先端基地だから」
動使は、そう答える。
「いつ、敵が現れるかわからないから、戦えない人は住むべきじゃないって言われてる。いちおう、補給人員とかはいるけど……」
「子どもはいないの?」
「ほとんどいないかな。何人か、いないこともないけど」
動使はあっさりと答える。二人は顔を見合わせた。動使は苦笑した。なんともいえないニュアンスの表情。
「だから…… 目立つんだよね。なんていうか」
それはそうだろう。こんな戦地に、子ども、それも力の無い少女が暮らしているというのだから。
そんな三人を導いて、獣の悪魔は、砦の中に入った。
金属製の通路を通っていくと、やがて、どこかの司令室のような場所にたどり着く。ドアを開ける。そのとたん、大声が出迎えた。
「クシナダちゃん!!」
女性の、声。
動使が思わず逃げ腰になるのにもかまわず、飛び出してきた女性が勢いよく動使に抱きつく。一本釣とピーターは面食らう。それは、長い紫色の髪に十字架の冠をいただいた、白い翼の天使だった。
「どこ行ってたんですの! すっごく心配しましたの!! もう! もう!!」
「ご、ごめん、クロス……」
この女性が、この基地の隊長の一人?
それは、かわいらしい顔立ちをした、まだ、そう年長でもないだろう女性天使だった。
身に着けているものは多少武装じみてはいるが、今は涙でぐしゃぐしゃになっている可憐な面差しも、長く伸ばされた紫色の髪も、戦士というにはあまりに優しい。困惑する動使を抱きしめて、外聞も気にせずわあわあと泣いている。傍らを見ると、案内をしてくれた悪魔もまた、困惑顔をしていた。
しばらくは、どうにも声がかけづらかった。やがて大泣きが普通の涙に代わり、すん、すん、というすすり泣きに変わってきたころ、案内の悪魔がおそるおそる声をかけた。
「あの、クロス殿、客人が……」
「あ…… そうでしたの」
ようやく気を取り直したのか、涙をぬぐって立ち上がる。あまり大柄ではない。やはり、かわいらしい顔立ちをした女性だった。
「私、この『天涯境』の戦闘部隊の隊長をやっております、志星クロスと申しますの。あなたがたは、どちらから?」
「え、えと……」
初対面でいきなり大泣き、のショックに飲まれて、なんとも返事がしがたい。彼女の腕に抱きしめられたままの動使が、変わって返事をしてくれた。
「クロス、この二人は一本釣太公と、星幻子ピーター。ぼくのことを助けてくれたんだ」
「助けて……?」
とたん、また不安げな顔になる。『仙烈風』に吹き飛ばされてあやうく死ぬところだった、などと言ったらまた泣き出してしまいそうだ。一本釣はあわててぱたぱたと手を振った。
「い、いやあ、そんなたいしたことはしてないぜよ! この『天涯境』に戻ってくる手伝いをしただけで……」
「そうでしたの…… いきなりお恥ずかしい姿をお見せして、すいませんでしたの」
細い指で目元をぬぐう。
腕の中にいた動使が、はっとわれに返った。
「そ、そうだ、クロス! ぼく、仙光酒を持ってかえってきたんだよ!」
「え?」
動使はかかえていた包みを見せる。中身は件の薬師から受け取った仙光酒だ。瘴気当たりの特効薬。クロスは驚いたように動使を見る。
「クシナダちゃん、あなた、そのために『仙烈風』を通り抜けて……?」
「うん」
「……そう、ですの」
クロスの顔が、なんともいえない表情に変わった。
「だったら、すぐに医務室に届けさせますの」
「これでみんなが助かるよね?」
無邪気な笑顔で答える動使に、けれども、クロスはなんともいえない沈黙で返す。不安げな沈黙。
ピーターは横目で一本釣を見た。……何かおかしくない?
一本釣は目線で答えた。……なんだか、ぜんぜん喜んでないみたいぜよ。
「クシナダちゃん、全身が傷だらけ、砂だらけですの。一回お部屋に帰って、着替えたほうがいいですの」
「う、うん」
「お客様にも、部屋とシャワーを準備させますの。ようこそこの『天涯境』に来てくださいましたの。何も無い場所ですけれど、ゆっくり体を休めてほしいですの」
―――『天涯境』に、夜が訪れる。
赤い砂の風に覆われた空が暗くなるだけの、星ひとつ、月ひとつない夜だ。轟々と吹きすさぶ風の中、黄金のリングにも似た『天涯境』だけが煌々と光を放っている。監視塔のガラスの向こうには、次元の裂け目が大きく広がっていた。やはり、何の明かりも見えることの無い、漆黒の闇。
クロスは、一人、監視塔にたたずんでいた。闇の向こうに何かを見据えるように、紫色の瞳を瞬きもせず。その後姿に、ふと、自動ドアの開く音が聞こえた。
「……クロスさん?」
クロスは振り返る。そこには、二人の少年が立っていた。
蒼い髪の星幻子ピーター。そして、日焼けした肌の一本釣太公。
「お二人さん……」
二人はお互い、やや、気まずそうな表情を見合わせていた。どちらが口を開くか迷っているような様子だった。クロスは微笑んだ。
ピーターは、年頃なら動使とほぼ同じくらいだろう。自分の娘と同い年の子どもだと思うと可愛くもなる。
「どうしたんですの?」
問いかけるクロスに、ピーターが、ためらいがちに口を開いた。
「その、聞きたいことがあって」
「なんですの?」
「……昔、ここに、『ヤマト』という人がいたそうですね?」
クロスの顔から、笑顔が消えた。
愛らしい面差しが、凍りついたような無表情となる。クロスはわずかにうつむく。二人は顔を見合わせ、そして、一本釣が前へと歩み出た。身長はクロスとそうは変わらないだろう。
「あっしらは、今、あるものを探してるんぜよ」
「ある、もの?」
「星です」
ピーターは帽子を脱いだ。その前にすえられた小さな赤い星が光った。クロスはその星を見つめる。
「ボクたちは、実は、大昔の英雄の『因子』の一部を受け継いでいるんです」
あなたもご存知でしょう、とピーターは大人びた口調で言った。
「はるか過去、次界を開くために、ヘッドロココ様と旅路を共にした七人の英雄…… 七人の神帝。この星には、その神帝の力の一部が眠っているんです」
「……」
「ヤマト王子、ヤマト神帝、ヤマト爆神、聖Vヤマト…… あなたもご存知ですよね?」
幻次界の人間ならば、誰だって、子どもころから伝え聞かされている伝説だ。
はるか過去、この世界を築き、天使と悪魔の間の争いを収めた七人の英雄。彼らは最期は虹の架け橋となって散り、この世界への道を開いた。だからこそ、今、この幻次界が存在している。彼ら神代の英雄の力なくては、今のこの平和な世界も存在しない。
けれど、クロスの口から漏れたのは、硬く凍りついたような声だった。
「私のヤマト皇士さんは、そんな伝説とは、なんの関係もなかったですの」
「……クロスさん」
「たしかにヤマト皇士さんは『動』のルーツを継いでいるという話でしたの。……だからこそ、この『天涯境』まで来たんですもの」
クロスは、疲れたように、近くのシートに崩れ落ちた。今にも泣き出しそうな、はかないほどの姿だった。二人の少年は困惑する。クロスの背中で、白い羽が揺れた。
「私とヤマト皇士さんは…… もともとは、『陽天京』に暮らしていましたの」
ぽつり、ぽつり、とクロスは語りだした。『ヤマト皇士』の思い出を。
「お互いが知り合ったのは、士官学校時代でしたの。私は生まれつき理力が強かったし、邪気を打ち消す力を持っていたから、周りから進められて士官学校に入りましたの。でも、戦いなんて嫌いだった。誰とも戦いたくなんて無かった。……そんなとき、私はヤマト皇士さんと知り合いましたの」
この幻次界においては、警備隊は、一般に二つの任務を持つ。
ひとつはあふれ出す災厄への対応、そして、もうひとつがあまり多くは無いさまざまな争いの制圧だ。
けれど、後者の任務ならば、彼らは必然的に誰かと争わなければならない。今の時代、天使も悪魔もそうは変わらない。一般に天使はおとなしく、悪魔は粗暴な傾向があるとはいえ、その頑なな信念ゆえに罪を犯す天使もいるし、粗暴さを活発さに変えて人の役に立つ仕事をする悪魔も多い。
そして、クロスの持つ『邪気を打ち消す』という能力は、悪魔の制圧には役立っても、天使の犯す犯罪にはあまり役に立たない。彼女の力は天使相手に使われたなら、逆に相手の力を増してしまう。必然的に彼女の行く先は決まっていた。―――この世界に訪れる、さまざまな災厄の制圧だ。
「私は生来臆病者ですの。こんなところで隊長をやってるなんて、昔の私に言ったって信じてくれませんわ。でも、ヤマト皇士さんは、そんな私に言ってくれたんですの。キミの力はたくさんの人を救うよって。キミはたくさんの人の命を守るために生まれてきたんだよ、って……」
そしてまた、ヤマト皇士も、ひとつの宿命の元に生まれてきた天使だった。
はるか過去、この次界へとたどり着いたものたち。正統な『ヤマト』の血を受け継ぐ子孫は生まれることが無かったが、その名を関したものたちは存在した。初代マルコの時代の『ヤマト・ウォーリア』のように。そしてヤマト皇士もまた、その家系の元に生まれた天使だった。強い力、邪悪を打ち倒すという宿命。
「私たちは、次界警備隊に配属されてから、すぐに、こっちに転属命令が出されましたの」
拒否も出来た、とクロスはつぶやいた。
「この『天涯境』は殉職率もとても高いんですのよ。だから、いやだったらいかなくてもいいって言うんですの。ヤマト皇士さんも言いましたの。もしもキミが怖いんだったら、ぼくは無理は言わないよって」
けれども、彼はすでに心を決めていたのだ。―――天涯警備隊の一員となり、この幻次界を守る盾となると。
「ぼくは『ヤマト』だからって。英雄から受け継いだ力は、このために存在してるんだよって言ったんですの」
「……ヤマト皇士は、そんなに強い天使だったのかが?」
一本釣が問いかけると、クロスは、泣きそうな顔で首を横にふった。
「生来の素質だと、私のほうが上でしたの。ヤマト皇士さんはとっても努力家だったから、普通以上の力を手に入れてはいましたの。でも、ヤマト皇士さんはただの普通の天使だった。私以外誰も知らなかったですけれど、ヤマト皇士さんは、『ヤマト』の名前を持ってるだけの、ただの、普通の天使だったんですの」
ピーターと一本釣は、絶句した。
その名を継いでいるのならば――― その力も継がれているだろうと、無意識に、思っていた。
けれど、実際は、今代の『ヤマト』は、ただの天使だったのだという。戦う力を持たぬ、ただの天使。その名に負けぬように必死で力を蓄えただけの、普通の天使だったというのだ。
―――ならば、この天涯警備隊の任は、過酷なものだったろう。
その証拠に、彼はすでに、この世に亡い。
クロスは泣きそうな笑顔で二人を見た。
「わかりました? 私のヤマト皇士さんは、あなたがたが探している英雄ヤマトではなかったんですの。血筋は受け継いでいても、因子をついではいませんの。だから…… あなたたちが、英雄である『ヤマト』を探してるんだったら、ここにはヒントはないですの」
二人は、ただ、ただ、沈黙するしかなかった。
英雄の、名を持つということ。
二人が食堂に行くと、そこに、動使の姿があった。
周囲を天使や悪魔、たくましい戦士たちに囲まれている。彼らはよってたかって動使の頭を小突いたりなでたり、その話を聞きだしては笑っていた。
「しっかし、『仙烈風』をつっきるとはなぁ! お嬢ちゃん、さすがクロス殿の娘だ!」
「えへへ、ぼく一人の力じゃないよ! だって、帰りは手伝ってもらったんだもん」
「それにしたって根性が座ってるってもんだ。今頃どっかで粉々になってるんじゃないかって心配してたんだぞ?」
「大丈夫だよぉ。そんな無茶はしないもん」
どの口が言うか、とぼそりとピーターがつぶやいた。一本釣はあわてて口をふさぐ。
そんな二人に、ふと、気づいたらしい。振り返った動使が手を振った。
「あ、ピーター、一本釣! こっち、こっちだよー!」
声をかけられた二人に、戦士たちの視線が集中する。大きな牙の悪魔が、面白そうにピーターの頭を小突いた。
「へえ、この女の子みたいな顔の天使がなぁ」
「こっちのは割りと育ってるが」
「どれどれ、中身はどうなってる。本当に男かぁ?」
あっという間にもみくちゃにされて、二人はあわてる。それを見た動使がけらけらと笑う。背中あたりに浮かんだ『聖動光珠』もくるくると回転する。どうやら彼女はこの『天涯境』では、みんなの娘のようにかわいがられているようだった。
しばらく、さんざんいじくられて。
ようやくそれぞれの任務を思い出したのか、戦士たちは三々五々に散っていった。あとは動使に、ピーターと一本釣だけが残される。
ピーターはぐったりと机に突っ伏した。
「……こういう体育会系のノリ、ボクには合わない」
「そうかなぁ? みんないい人ばっかりだよー!」
「ピーターにはつらかろうなー」
こっちはあまり答えていない様子の一本釣が、危うく誰かにとられそうになった冠を直している。そこに、誰かが盆を運んできた。顔を上げると、ずいぶんと恰幅のいい、中年のお守りの女性だった。
「ほら、動使。それにお客さんがた。よかったらアイスでも食べないかい?」
「たべるたべるー!」
動使は飛びつくようにしてアイスのスプーンを取る。バニラのアイスクリームがガラスの皿に載せられていた。
幸せそうな顔をしてアイスを食べている動使の背中で、勾玉がくるくると輪を描いて回転していた。しばらくピーターはそんな動使を見ていた。一本釣はアイスをひとさじ食べて、それから、そのお守りに問いかける。
「ここはいつもこんな感じなんがか?」
「まあ、ここ数日はこんな感じだね」
彼女はどっかりと傍らの椅子に座り込んだ。手を伸ばして動使の頭をごりごりとなでる。動使はくすぐったそうに身を縮めた。
「この動使がいなくなってから、みんなカリカリしてたけど、まぁ、戻ってきて平和になったって感じさ。……まったく、無茶は父ちゃん譲りだね、この子は!」
ぽん、と頭をたたかれて、動使は肩をすくめた。ピーターは一人だけアイスに手をつけず、問いかける。
「ヤマト皇士殿というのは、どんな方だったんですか?」
「……」
瞬間、女は黙った。
動使を見る。動使はくわえていたスプーンを口から出す。テーブルに置いた。チン、と小さな音がした。
「……ぼくのね、尊敬する父上だよ」
背中で、勾玉がゆっくりと回る。
「やさしくて、責任感があって、それで、誰よりもみんなのことを考えてた。この幻次界の人がみんな幸せに暮らせるようにって、そう考えて戦ってた」
残酷なことを聞く、とわかっていたのだろう。ピーターは一瞬口ごもる。その頭にぽんと手を置いて、次の言葉は、一本釣が口にした。
「どうして亡くなったんぜよ?」
「……」
動使の緑黒の眼に、瞬間、つらそうな色が走った。
「ぼく、詳しくは知らないんだ」
「……」
「クロスも、みんなも、話してくれない。……たぶん、ぼくには聞かせられないような話なんだと思う」
どのような無残な最期か、と思わせる、それは、ひどく残酷な言葉。
でも、と動使は顔を上げた。微笑んだ。
「でも、ヤマト皇士は最期まで勇敢だった、ってみんな言うよ。最期まで力いっぱいに戦って、みんなを守ったって。だからぼくは、ヤマト皇士の娘であることを、何よりも誇りに思う」
彼女の背で、ゆっくりと、勾玉が回る。大きな勾玉が、それひとつづつが、衛星のように旋回しながら、輪を描いて回る。
動使は懐から何かを取り出した。ピーターは軽く目を瞬いた。
「……剣?」
それは、刀の鍔だった。紫の石が象嵌された、金色の鍔だ。紐が通してある。首にかけていたのだろう。
「ヤマト皇士の形見なんだ」
動使は、その鍔を、そっとなでた。
「本当はクロスが持ちたいのかもって思うけど、クロスはぼくに持ってろっていう。きっとぼくに何かあったとき、守ってくれるよって」
動使は笑った。屈託なく。
「だからね、ぼくも大きくなったら、立派な天使になるんだ。それで、ヤマト皇士みたいにみんなを守る! だから、一日でも早く、もっと大きく、強くなりたいんだ!」
動使が去った後も、二人は食堂に残っていた。皿を片付けていた女が戻ってくる。口数少ない二人の傍らに座った。
「いい子だろう、動使クシナダは?」
「……」
返事のしようがない。二人は顔を見合わせ、口をつぐむしかない。
動使の去っていった廊下の先を見る。無機質な金属製の廊下。窓の外には嵐が吹き荒れ、赤い砂の向こうには空が見えることすらない。
「あの子はいつも一生懸命だ。お母さんのクロス様を守ろうってね。……だからこそ、クロス様もたまらないんだろう」
「似てるんですか? ヤマト皇士…… に」
女は少し笑った。
「そうだね、責任感や正義感の強いところはよく似ているよ」
「ヤマトじゃけえ……」
ぼそり、と一本釣がつぶやいた。意味がわかるのはピーターだけだったろう。
彼らの記憶の中にかすかに残る、『彼』の面影。
愛する人を捨てて、新たな世界への扉を開いた。彼は笑っていたように思えた。それははるか彼方、風の中で砕け散ったいつかの記憶。覚えているというほどの明確なものではない。けれども、その記憶の中の『彼』が、今のあの屈託のない動使に、すでに亡いという『ヤマト』の名を持つ英雄のイメージに重なる。
けれども、すでに『ヤマト』はこの世に無いのだ。彼の『星』を取り返すあては無い。彼らの旅はまったくの無駄足だったということになる。
「坊やたち、なんでここに来たんだい?」
女が聞く。一本釣が答えた。
「古い友達に会いに来たんぜよ」
古い、という言葉に、やや怪訝そうな顔をする。そんな言葉を使うような年の二人でも無い。けれども、ピーターは、かみ締めるようにつぶやいた。
「でも、遅かったんだ。……遅すぎたんだ……」
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